将棋界一、心優しき男が狙う天下への道。棋士・広瀬章人 31歳。

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「今、将棋界で一番強い男は誰か?」と将棋ファンに問うと、間違いなくその一人に入るのが広瀬章人である。

今年度は文字通り充実したシーズンを過ごしている。成績は23戦18勝(9月30日現在)で勝率は7割8分。強豪と当たり続けるA級棋士としては異例の勝率である。竜王戦1組決勝では、先日二冠を獲得した豊島将之を下して1位で本戦に進出。勢いそのままに挑決で深浦康市を打ち破り、羽生善治への挑戦権を獲得した。竜王戦だけではない。棋王戦、王将戦、叡王戦など全てのタイトル戦で挑戦の可能性を残している。

広瀬というと「いい人」というイメージがあるが、まさにそのまんまである。初対面の相手でも気遣いができる大人の中の大人だ。そんな温和な男が選んだ甲冑は独眼竜・伊達政宗。その選択に当初は違和感を覚えたが、左眼の鋭い眼光をみて腑に落ちた。その眼は間違いなく「タイトルの椅子を狙っている人の眼」だからである。(編集部)

1987年(昭62)1月18日生まれの31歳。北海道札幌市出身。勝浦修九段門下。05年早稲田大学教育学部入学と同時に四段。早大在学中の10年、王位戦でタイトル戦に初挑戦し王位獲得。現役大学生のタイトル獲得は史上初。四間飛車穴熊を得意とし「穴熊王子」の異名を持つ。血液型A。順位戦A級、竜王戦1組在籍。
―今期は勝率7割越えに、竜王戦への挑戦、王将戦挑戦者決定リーグ進出と充実されていますね。
正直、何か特別に変わったことをしているわけではなく、勉強方法も今までとさほど変わらずなんですよね。よくある棋譜並べ、詰将棋、ソフトを使って序盤の研究をしたり。あとは研究会に行ったり、一対一の「VS」とか、本当に誰もがやっているような定番のことしかやっていないです。

ただ最近は対局の進行が速いじゃないですか。自分も時代の波に乗って、意図的に少し持ち時間を残して早めに指すようにしたというのが、変えたことですね。相手の残り時間との兼ね合いは常に気にしていて、想定している局面だったら割とパッパパッパと指しちゃいます。終盤に時間を残すのと、対局相手よりも少し多めに残すということを意識しています
―これから対局が増え、忙しい時期に入っていきますが、準備はできていますか?
対局で忙しいのは、棋士としては誇らしいことではあるので、体調管理だけはしっかりしたいです。普段から結構寝るタイプで、最近は体調を崩すことはないですね。睡眠時間さえ確保すれば大丈夫かなと個人的には思っています。

それでも対局後はあまり眠れなかったり、逆に早めに目が覚め過ぎたりすることはあるので、対局が続くとやや懸念材料ではなります。
―2年前にご結婚されたこともプラスになっているのでは?
色んな人から結婚して良い方に向いていると言われます。でも実際は、生活スタイルはそんなに変わっている感じはしないんですよね。家の中のことを妻がやってくれているのは大きいかなと感じています。
―リーグ含めて王将戦はどんな棋戦だという印象がありますか。
王将リーグは最初の方で躓いてしまうと、あっという間に挑戦権が無くなってしまうので、やっぱり開幕戦は重要ですね。歴史のある棋戦でもありますし、最近はなんといっても七番勝負で勝った方が面白い写真を撮られていますよね。罰ゲームというか(笑)。私も同じ業界の人間として結構面白く見させていただいているので、他の棋戦にはない特徴のひとつかなと思っています。

今回対局するメンバーは、自分と世代の近い人が多いなと思いました。年齢が上から3番目となり、だんだんと年下との対局も増えてきているので、自分の世代から見ても若いリーグになったなと思います。郷田(真隆)さんから見たら若者ばっかりですが(笑)。
―将棋界はまさに実力伯仲の戦国時代ということで、王将リーグに進出した先生方に甲冑を着ていただきました。伊達政宗の甲冑を指名されましたが、何か思い入れなどはありますか?
そこまで戦国武将に詳しくないんですよ。大人になってから関心を持った初めての武将が、伊達政宗だったということが、大きな理由のひとつでもあります。今年の5月にタイトル戦(第3期叡王戦七番勝負第3局)の大盤解説会で仙台に行ったときに、どうせならと調べて興味を持ちましした。

自分も視力があまり良くないのですが、伊達政宗は右目が眼帯でふさがっていて視界が大きく違いますし、よくこういう状態で戦国武将として活躍されたなあと感心しました。
―子どもの頃からメガネをかけていましたか?
もちろん将棋もやっていたんですけど、やっぱり子供のときはテレビゲームが好きだったので、やり過ぎてしまって視力が下がりました(笑)。メガネをかけ始めたのは、おそらく小学校5年生くらいからだと思います。
―小学校まで札幌に住んでいたと伺いました。北海道で大きな地震があり、今も余震が続いていますが影響はありましたか。
父親の実家が札幌市内にあるんですけど、ちょうど竜王戦挑戦者決定戦の対局日だったんですが、真っ先に祖父母の安否を確認して、無事だったということで安心しました。幸いなことに1日2日で電気も通ったみたいで。ただ、祖父母は大丈夫でしたが、自分の知り合いの安否とかは当然分からなかったので、不安な気持ちもありました。
―将棋界は10代〜40代まで満遍なく活躍されていますね。どのように感じていますか?
40代でタイトルを持って活躍するというのはとても大変なことで、羽生(善治)さんや久保(利明)さんはやっぱり大棋士といいますか、歴史に名を残す棋士だなと思いますね。

30代は渡辺(明)さんや佐藤天彦さんがいて、私もその世代に属すると思うんですけども、この世代が中心になってくればいいなと思っているんです。でも20代も少しずつタイトルを争ってきていて、世代間の争いというのは、大きな見どころになっているのかなと思います。

例えば、今やっている王位や王座のタイトル戦もそうですけども、フレッシュな棋士同士だとどっちが勝つか分からないですよね。以前みたいに羽生さんがほとんど防衛してしまうといった感じではなくなってきていますね。
―若手の台頭という意味では、やはり将棋ソフトの影響は大きいですか?
大きいと思いますね。ソフトがない時代だと、基本的にはタイトルを持っている人の将棋を中心に勉強していくことになると思うんです。けれど、その人の手が正しいと思うのと、ソフトが正しいと思うのとは基本的には全然違ってくると思うので。強い人が指した手の印象というのが、そもそも変わってきていると思うんですね。「この人が指したから絶対良い手だ」と思っていたのと、「この手はちょっと変じゃないかな」と思うのとではやっぱり違いますね。

自分は、よく当たりそうなA級などトップ棋士や、ソフトをよく勉強している方の棋譜を見たりします。コンピューター将棋の最先端はどんな感じかなと、多少は見るように心掛けています。

ソフトと人間の形勢判断を比較して、プラス2000を逆にマイナスにしていたとかは、流石にないですけども、プラス800ぐらいだと難しいときもありますよね。秒読みになると、なおさらしょうがないと思いながらやっているんですけども。
―広瀬さんといえば振り飛車のイメージがありましたが、居飛車に転向されました。信じてきた道を変えるのは相当な勇気が必要だと思います。
やっぱりひとつの決断ではありました。ただ実際、振り飛車を始めたのは奨励会に入ってからだったんです。奨励会だと、”左の香落ち”というのがあって、手合いで香車を落とすんです。すると矢倉とかにしづらいので、振り飛車にせざるを得ないというところがあるんですよね。なので、最初に覚えた将棋が居飛車だったので、また奨励会に入ってからプロになるまで振り飛車で、元に戻したという感じです。
―戻そうと思ったきっかけは何だったんでしょうか?将棋界では永瀬(拓矢)七段など居飛車に転向される棋士が増えている印象があります。
ひとつの大きなきっかけは、羽生さんに穴熊で挑んでいたら、だんだんボコボコにされるようになってきたんですよ(笑)

だからといって、振り飛車が全然だめということではないと思います。ただ、今活躍されている久保さんや菅井(竜也)さんは、子どもの頃から本当に振り飛車ばっかりだったと思うんですよね。自分は居飛車から入ったというのがあって、いわゆる生粋の振り飛車党ではないんです。また振り飛車に戻るかもしれないんですけど(笑)。どちらも出来た方が戦術としては幅が広がりますしね。

振り飛車の場合、王様をしっかり囲って、となりやすいですし、そこがアマチュアの方に人気がある最大の理由だと思うんですけどね。

正直、来年どういう戦法が復活してくるかは分からないです。矢倉ばっかりが流行していた戦術が1年経ったら全然使われなくなるということがザラにあるので。1年後どうなっているかは全然分からない。また画期的な戦法が現れている可能性も、もちろんあります。

自分は新しい戦法を探すことに、うまくアンテナが反応しないというか、緩い方ではあると思うんですけど。誰かが発見してきて採用するのを見て、自分もようやくという…。最先端とまではいかないですね。
―早稲田大学で数学を専修されていたとお聞きしました。棋士は数学好きが多いですよね。
今は名前が変わったようですが、当時は教育学部理学科の数学専修というところでした。ちょうど、大学入学と同時に四段になりました。
詰将棋を解くのが好きなんですけども、数学はパズルに近い感じです。解けると気分がいいというか。高校までの数学ってそんな感じじゃないですか? 大学に入って一気に苦労しましたね。大学の数学は、抽象的な証明問題とか多いじゃないですか。微分積分の延長みたいな基本的なところから苦戦していました。するとだんだんやる気もなくなってくるという(笑)

実は1、2年はいろんな遊びをしてしまって、授業に行っていない時期もあって。親から「中退しろ」と言われたくらいひどい成績だったんです。3年生からちゃんと行き始めて、結果的になんとか卒業したんですけども。「大学に行ったことで人として少し真面目になったかな(笑)。ちょっと大人になったな」という。
―そもそもどうして大学に行こうと思ったんですか?
もともと大学に行くつもりはなかったんですけども、熱心に高校の先生に勧められたのと、性格的に周りに流されて。高校の友達がみんな大学に進学していたので、軽いノリで自分も行こうかなと(笑)。親には反対されたんですけども、「学費は自分で払うから」と言って、親に先に払ってもらって出世払いにしてもらいました(笑)

大学では将棋部にちょっと顔を出していて、将棋部の仲間に中村太地君を紹介しました。大学の将棋部も全国大会とかあって、意外にもみんな熱い戦いをしているんです。さすがに自分はプロだったので扱いが微妙で、一応コーチという形でした(笑)
―自分の性格についてどうお考えでしょうか?
おおらかです。普段から怒ることは全くないですね。結構のんびり生活しているからかな(笑)。

対局中の物音もそこまで気にならないですね。最近、(東京将棋会館の)特別対局室でエアコンが効いていると掛け軸がちょっと風で揺れて…「コンコン」と音がすることに気が付いたんですけども。最初こそ気になったんですけども、ずっと聞いているうちに慣れてきて「もう大丈夫だな」と。

負けたあとでも、もちろん負け方にもよるんですけども、寝て起きればだいたい復活してますね。睡眠でリセットされるかもです。
―サッカー好きで、数年前に渡辺棋王とヨーロッパに行かれていたんですよね?
あの旅行は一生の思い出になりました。現地では将棋に関する戦術的な話はしないんですけど、向こうだと日本語は誰も分からないので、二人で業界の話を色々と(笑)。

イタリアではサッカー観戦をして、ユベントスとトリノの試合でトリノのホーム戦だったんですが、われわれはなぜかアウェイの席にたどり着いたという。渡辺さんが「ここは危ないからやめよう」と言っているんですが、一緒にいたもうひとりの方が「いやここは絶対譲れません」みたいなことを言って。結局アウェイシートで見たんですけど、ファン同士が網越しにやり合ってるんですよね。渡辺さんはユベントスの選手が得点を決めた瞬間、ゴールじゃなくトリノの観客席を見て「やばいよやばいよ」って(笑)

あとドイツでは現地の方と将棋のイベントをやりました。おそらくドイツ人だと思うんですけど、八枚落ちか六枚落ちで完封された子どももいて驚きました。

将棋連盟で売っている駒の消しゴムを、渡辺さんが子どもたちのために持っていったんですね。やっぱり飛車があまりにも人気がありすぎて、どこの国も変わんないんだなと思いました。飛車だけあっという間になくなっちゃって(笑)。

本当は佐藤天彦さんも来る予定だったんですけど、彼が行けばまた違いましたね。またいつか行けたらいいなと思っています。
トリノでサッカー観戦をする広瀬八段と渡辺棋王(写真提供:広瀬章人八段)
―今でもサッカーはよく観ていますか?
アーセナルが好きで、主に海外のサッカーを観ています。将棋と似ているところが結構あると思いますね。サッカーはポジショニングが重要じゃないですか。将棋も銀の位置がひとつ違うだけで網が破れたりしてしまうので、将棋でいうと駒の連携、サッカーでいうとパス交換をしてうまく人が動いて、という点は似ているかなと思いますね

自分の将棋はどちらかというと、ボールを持つポゼッションサッカーとは違って、モウリーニョ(現マンチェスター・ユナイテッド監督)みたいなカウンターを決めるタイプの将棋ですかね。穴熊とかは「5バックで守ってカウンター」って言われやすいですけども、根本的な棋風としては近いかもしれないですね。
―藤井聡太さんと朝日杯の決勝で当たりました。強さのポイントをどういう形で見ていますか?
基本は、一手一手しっかり指して優勢になったら勝ち切るところが一番の強みですね。それって、普通15才や16才にはまずできないことだと思います。少なくとも自分はそうだったんですけども。よく分からないからすぐに攻めていって、逆転負けしてしまうような荒削りさが良くも悪くも若者らしい特徴のひとつだったんです。

そういう意味で、藤井君は本当にトッププロと指している感じと変わりませんね。なかなかつけ入る隙がないというか。それでいて、内容的に悪くなったら違う一面も今後出てくると思うんですけど、そういう若者らしい伸びしろを兼ね備えているところが、一番の強みじゃないですかね。彼が活躍して多くのメディアに出るのは将棋界にとって良いことだと思います。
―麻雀がお好きということで、プロ化されることをどう見ていますか?
楽しみなんですけど放送していると見ちゃうので、「時間コントロールが大変だな」と鈴木大介さんと話していました(笑)。

昔は棋士仲間とやることが多かったんですけどね。鈴木先生が好きで後輩を引き連れてやっていたんですけども、麻雀をする棋士たちが軒並み結婚して段々と…。ルールを覚えたのは中学生くらいで、雀荘デビューしたのは割と大人になってからですね。
―最後に、指導者とプレーヤーの関係性が取り沙汰されていますが、お弟子さんの山川泰熙三段との関係性で気を付けていることはありますか? 弟子を取った経緯から教えてください。
埼玉に戻ってきたときに、蒲田(東京)の将棋道場で指導対局をしたら、彼に角落ちか何かで負けたんです。せっかくの機会ですしそれなりに強そうだったので、師匠(勝浦修九段)に相談してみたんです。師匠が「俺が取る」といったら紹介するつもりだったんですけども、自分が面倒を見ることになりました。

自分が口下手というのもありますが、あまり言い過ぎないようにしていますかね。弟子もおとなしいタイプなので。今三段なんですけど、藤井君が29 連勝目の増田(康宏)戦のときにちょうど記録係だったみたいで。報道陣がたくさん来るじゃないですか。藤井君は彼から見ても年下なので、すごく刺激を受けたみたいなことを言っていました。

あと最近四段になったばかりの本田(奎)君は、昔から彼(山川三段)とは将棋を指していて、世代が近いはずなので、発奮材料になってくれればいいかなと思っています。

弟子とお互いにとって理想的な関係性というのは難しいですよね。自分も年齢は比較的近い方で、ひと回りくらいしか違わないですけど、向こうから見たらどういう人に映っているか分からないですからね。(了)

インタビュー=我満晴朗(スポニチ)
写真=浦田大作
衣装協力=甲冑工房丸武
デザイン=桜庭侑紀、野間志保
ディレクション=金泳樹、伊藤靖子(スポニチ)
企画・プロデュース=森 和文
第一弾「20代の逆襲」

読者プレゼント

今回インタビューをさせていただいた、広瀬章人さんが揮毫(きごう)した色紙と、第68期王将戦挑戦者決定リーグに出場する7人と久保王将のサイン入り扇子を1名様にセットでプレゼント。ご希望の方は、下記の項目をご確認いただいたうえ、奮ってご応募ください。

応募方法
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受付期間
2018年9月30日(日)18:00〜10月6日(土)18:00
当選者確定フロー
  • 当選者発表日/10月9日(火)
  • 当選者発表方法/応募受付終了後、厳正なる抽選を行い、個人情報の安全な受け渡しのため、運営スタッフから個別にご連絡をさせていただく形で発表とさせていただきます。
  • 当選者発表後の流れ/当選者様にはライブドアニュース運営スタッフから10月9日(火)中に、ダイレクトメッセージでご連絡させていただき10月12日(金)までに当選者様からのお返事が確認できない場合は、当選の権利を無効とさせていただきます。
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