多才でありうっかり者であり。その人間らしさに僕らは惹かれる。棋士・糸谷哲郎 29歳。

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昨日行われた王位戦第7局、豊島将之が菅井竜也を下し棋聖戦に続き二冠を達成。8人が8つのタイトルを争う均衡状態を破り、一歩リードした。これによって「豊島時代の到来」と断言するにはまだまだ時期尚早だ。それほどまでに今の将棋界は、トップ棋士のレベルが拮抗しており、タイトルホルダーでも一年後どうなるかは分からないといった状態だ。

そんな戦乱の世を棋士たちはどのように生き抜くのか。「20代の逆襲」に続く、第二回のテーマは「戦国」。王将戦の主催者であるスポニチの協力で、まもなく始まる挑決リーグに出場する7人と、タイトルホルダーの久保に、将棋界の「現在」について話を聞いた。さらに今回は、「戦国」というテーマにちなんで、各棋士に好きな武将の甲冑を着て頂いた。

第一回はダニーの愛称で知られる糸谷哲郎。棋士としては、大学院修士課程を修了するなど、異色な経歴を持つ。DJ、スイーツレポート、カードゲーム…何をやらせてもこなせてしまうまさに天才だ。哲学を勉強してきたからか、糸谷の話は論理的でとても理解しやすい。それでいてユーモアもたっぷり。時には情熱的な一面もあり、そんな彼の人間っぽさにファンは惹かれるのかもしれない。選んだ甲冑は真田幸村。糸谷が将棋界で文字通り「日ノ本一の兵(つわもの)」になる日を、ファンはきっと待っている。(編集部)

1988年(昭63)10月5日、広島県広島市生まれの29歳。森信雄七段門下。06年四段。順位戦A級、竜王戦1組在籍。タイトル戦登場は3期。14年の第27期竜王戦でタイトル初挑戦し奪取。大阪大卒業後、大学院に進学。文学部哲学・思想文化学専修修士課程を修了の異色の経歴を持つ。大のスイーツ好き。血液型B。
―今期の王将戦挑戦者決定リーグ戦を戦う上で、何か目標などは決められているのでしょうか?また、8つあるタイトル戦の中ではどういう位置付けなのでしょう?
王将リーグは第65期からこれで4期連続で参戦させていただいているんですけども、なかなか挑戦できないので、残留ではなく挑戦が目標といえるシーズンにしたいですね。

本当に厳しくて、維持するだけでも最難関のリーグと言えると思うんですよね。半分(7人中3人)が落ちるので非常に恐ろしいリーグです。まだタイトルへの挑戦ができていないんですけど、陥落せずに粘れてはいるので「最近相性の良い棋戦なのかな」とも思っています。今回も対局相手の方も当然、精鋭中の精鋭、といっていい方々ばかりなので、一戦一戦、緊張感を持って挑ませていただいています。

今期はこれまであまり調子が上がっていないので、どうにかリーグ戦までには整えられるように頑張りたいと思います。
―楽しみにされている対局相手はいらっしゃいますか?
今期出場される皆さんとはこれまでも結構指していて、対局回数は複数あるんですけども…タイトルを獲られてからの豊島(将之)さんと当たりたいです。タイトルを獲って、どのように将棋が変わっているのか、もしくは変わっていないのか、とても楽しみです。前期の王将リーグでは豊島さんに勝ちを収めることができたので、今年も勝ちたいなと思ってます。
―リーグを勝ち抜いて久保利明王将と七番勝負されるときのイメージは何かお持ちですか?
昨期は豊島さんがだいぶ相振りにこだわっていましたよね。なので菅井(竜也)さんとの王位戦でも仕掛けてくるのかなって見ていました。たぶん僕は居飛車で普段通り勝負します。普通の居飛車でも、僕のは変わった居飛車だと言われるので。感覚がね、もともと人とは違う部分があるので
―今期からA級に在籍されています。序盤戦を振り返っていかがでしょう?
今のところ勝ち越しているので、何とか落ちる方で争わずに、挑戦権を競える立ち位置をキープしたいなと思っています。できれば(勝ち続けて)ぶっちぎりで行きたいんですけど、それは難しいでしょうから。A級は一斉ではなく、一局ずつ対局するっていうのが、その重さを象徴していますよね。B1から昇級してすぐにタイトルに挑戦される方が多いんですけど、まずはA級を守れるかどうかですね。ジンクスはジンクスで。頼れるものでも何でもないので。
―王将リーグやA級を守るために、最近はどんな勉強を取り入れていますか。
今は将棋連盟に行って(一対一の)VSをやるか、4人で研究会をやるかですね。上の方になってくると、やっぱり対局で当たる相手とはやらないんですよね。だから大橋(貴洸)さんとか強い若手とやることが多いです。以前は斎藤(慎太郎)さんとも研究会やっていたりしてましたけど、お互いタイトルに絡むようになり始めると、「お互い当たることも多いしね」みたいな感じでやらなくなりました。
―特に意識されている棋士はいますか?
(佐藤)天彦名人、豊島さん、稲葉(陽)ですかね。一番幼い頃から知っているのは奨励会で同期の天彦名人ですかね。
―将棋界はまさに群雄割拠の戦国時代ということで、今回、甲冑(かっちゅう)を用意させていただきました。着てみて率直にいかがでしょう? 重かったですか。
「人間将棋」で着たことはあったんですけど、やっぱり重いですね。刀とかも意外に重くて。着慣れないと、なかなか着こなすのは難しそうですね。

手がちょっと拘束される以外は動けるんですけど、今回のは軽量版ということで。重量版だったらちょっとどうなっていたんでしょうね。さすがに重みでつぶれる体型ではないと思うんですけど(笑)。
―今回は用意できませんでしたが、好きな武将が真田幸村の父親である昌幸と、鈴木重秀(孫一)だとお伺いしました。
鈴木重秀の雑賀衆(さいかしゅう)は鉄砲のロマンですよね。ゲームでよく使っていたキャラクターだからっていうのが大きいんですけど。「信長の野望」の「将星録」や「烈風伝」あたりは子どもの頃からやり込んでいました。

内政がすごく楽しいゲームで、開始してからずっと引きこもって内政しているんですけど、そのうち敵が攻めてくるから鉄砲で撃って倒すという。雑賀衆は場所が和歌山山岳地帯ということもあって、四方から挟み撃ちにされることはないので、地形的にこもりやすいんですよね。それに鈴木家の家紋である八咫烏(やたがらす)がかっこいい。

真田昌幸に関しては、「寡兵(少数の兵)で大軍を破る。でも報われない」という戦国武将としての美しさが象徴的ではありますよね。楠木正成とかもそうなんですが。やはり歴史において一番ロマンのある戦いは「いかにして寡兵で大軍を破るか」だと思うので

「信長の野望」では、基本的に内政を極めて、そろそろ織田あたりが天下統一をしそうだなってところから外に出ていきますね。真田で十勇士が出てくるまで外に出ないっていう縛りプレイをやってたんですが、だいぶきつかったです(笑)。

逆に将棋では城があんまり役に立たないので、包囲されるとまずいんですよね。なのでやっぱり散開するように意識します。
―将棋界は8人がタイトルが分け合うなど、実力が拮抗されている印象を受けますが、いかがでしょうか。
やっぱり強い方が増えてきました。上の世代の方だけではなく、下の世代も強くなってきて、拮抗状態に入ったということでしょうね。

ソフトの発展などにもよって各棋士がお互いのレベルを序盤で上げられるようになった、というのが大きいと思うんです。先手の有利が以前に比べてどんどんどんどん増していて。上のクラスに行けば行くほどその傾向が強くなっているようなところもありますね。そういった意味では技術の向上というのもあったのではないのでしょうか。
―そんな”戦国時代”の中でレベルを上げるために、意識して取り組んでいることはありますか?
私の場合は穴が多いタイプなんで、とりあえず穴を消していくことなんですけど、なかなか”三つ子の魂百まで”で、穴って消えないんですよ。そこが魅力だとも言われるんですが、勝率を上げるために改善していかなくてはならないです。

とにかくうっかりが多いんですよね。読み抜けとか、軽挙妄動とかいろいろありますけども。基本的に思考に行動が追い付いていないというか、なかなか改善が難しいんですよね。どうしたら直るんですかね(笑)。

よく指摘される持ち時間の使い方は、意識的な早指しと良くなってからの長考などだいぶ改善してきてはいます。ただ時間を多く使っても、うっかりはそう簡単になくならないんですよね。なので、時間じゃないんですよね。人間はどれだけ準備をしても、どこかで見落としているところはあるなと。

プロ棋士というのは、頭の中で全部の手を検索するわけではなく、いくつかの手をピックアップするので、そもそも手が見えていないときもあるんです。野球でいうと、「ここでまさか三番バッターがスクイズをしてくるとは…」みたいなことが起こります。
―将棋は日々進化を遂げていますが、未来はどうなると予想されていますか? 永瀬(拓矢)七段は「終わらない将棋が理想」だと以前に行ったインタビューで語っていました。
近年は攻め偏重になってきている傾向があるので、このままでいくと永瀬さんの予想と反対なんじゃ、と思いますけどね。どこかで隙を見つけて突き崩すようなことになるんじゃないでしょうか。人間の終盤は「ミスの仕合い」なので、受けていたほうがミスはしにくいんですね。ただ、受けているとたいてい80点から95点で安定しますが、攻めると良ければ100点で悪いと70点くらいに大きく振れている感じです。

正解は多いかもしれないですけど、守ってる方が致命的なミスにはなりにくい。ただそうはいっても戦形次第なんで、迷ったら攻めたほうがいいとは思っています。
―2006年に「将棋界は斜陽だ」と仰っていました。あれから12年経って今はどうですか?
話としては構造的なもので、少子化で子どもの数が減る一方で、スマホなどでも色んなゲームは増えているわけですよね。その中で娯楽としての地位を確立しなければならないわけですが、やっぱり多様化によって、娯楽のシェアを守り続けるだけでも精一杯じゃないかなとは思いますね。

そういった意味で今ブームになっているのはありがたいことですが、「不断の努力」というか、常に皆さんに楽しんでいただけるような努力をし続けなければいけないのかなと思っています。

これまであった軸自体を変えることはあっても捨てることなく、いろいろと新しい試みも続けていければいいなと思ってます。その時代時代に合わせて、形を変えていくことが必要なんじゃないかと思います。

将棋というのは時間もかかるし非常に難しいゲームです。始めてすぐは、弱いコンピュータには勝てるんですけど、対人戦だとなかなか勝てないんです。ゲームの初心者というのは、成功体験がないと続ける気力ってなかなか湧きにくいと思うんです。そういったところをどうにかしていけたらいいなと思っています。
―一方で将棋を見る専門のファン、「観る将」が増えている印象はあります。
やはりいろいろな媒体で取り上げていただいて、知名度とある程度の興味は持っていただけている状態にあると思います。これからはそれをどうやって定着化に結び付けるか。またその定着から、子どもたち、これから将棋を始める人への親しみやすい土壌づくりに、どうつなげていくかが、今後の課題だと思います。

観て楽しんでいただけるだけでも非常にうれしいんですけど、棋士が何を考えているのかは実際に指していただけたほうが、より深く分かっていただけるのかなとも思います。ただ例えばフィギュアスケートや野球などのように、プレーヤーじゃなくても観て楽しめるってことの方が重要かもしれないという気持ちも理解しています。
―(関西若手棋士の)「西遊棋」の活動など、ネットの活用もお上手ですよね。ニコニコ生放送での詰将棋カラオケは最高のエンターテイメントでした。歌いながら将棋って考えられるものなのですか?
正直に言うと間奏で頭のスイッチを切り替えたりしていました(笑)。考えながら歌っていたら普通に歌詞が飛びますからね。眼の前に歌詞があっても飛ぶっていう謎現象が起きます。
―棋士では珍しく大学院まで進学されていますが、どうして哲学科を選ばれたのでしょう?
読書の傾向が哲学科で学ぶ内容に近かったんです。とくにSFとミステリーが好きで、いわゆる”後期クイーン問題”、”ゲーデル問題”とか哲学の素養を要求してくる作品が多かったんですね。SFの方も同じで、自分たちの”あるように見えている世界”が、実は”あるように見えている世界”じゃない、ということをどうやって解決するのかとか。

哲学というのは暫定的に答えを出していくみたいな感じの学問です。科学と似たようなプロセスだと思います。とりあえず暫定的に仮説を立てて、説明して、それがそぐわなくなったらまた違う仮説に変えてみて…みたいな。扱っている領域が違うだけで同じだと思っています。
―振り返ってみて大学院を含めて在籍されていた10年というのは、どんな時間でしたか。
実りある時間だったと思います。考えること自体が、自分の中の価値を転換させるっていう行為でもあると。実際、思考っていうのは自分が思考しているってことだけじゃなくて、何かについて思考することによって、何かに関する思考を強化するって行為でもあるんです。例えばずっと食べ物のことについて考えていると、食べ物のことが浮かびやすくなります。一定の思想を持つ書物にずっと目を通しているとその思想に影響されやすくなるとか。

人間というのは、普段している思考から導かれやすい結論に飛びつきやすい性質があるんですよね。本当にそれはどうなのか、と疑ってみる目線も必要です。人間は先入観から完全に逃れることはできないんです。せめて複数の価値観を持っていた方が物事を分析しやすくなるんじゃないかな、と思いますね。

将棋とつながっているかどうか分かりませんけども、多角的な視点を持つことについて考えるというのは、結構最近の傾向では使えますよね。居飛車と振り飛車では局面が違うというケースも多いので、どっちの面も持っていれば有利だとは思いますね。
―学業と将棋の両立を目指す後輩に向けてアドバイスするなら?
あとからカバーしにくいので「語学だけは単位取っとけ」ですかね(笑)。再履修だけには回すなと(笑)。高校時代も英語はリカバリーが利かないと思うんですよ。数学はその気になれば試験前の1週間できっちりやればできますけど。特に文系の数学は易しいんで。何回も繰り返せば1カ月である程度実践的には仕上げられるので、語学を中心にやると良いと思います。
2014年の第27期竜王戦で初じてタイトルに挑戦し奪取した。大学院生でのタイトル獲得は史上初の快挙。(写真提供:日本将棋連盟)
―ちなみに広島県出身ということでやはり広島カープの試合は気になりますか?
マツダスタジアムのチケットは全然取れないので、甲子園とか、神宮とかでたまに。基本的に関西の棋士は阪神ファンが非常に多いので、広島―阪神戦とか見に行きたいですね。同郷の山崎(隆之)さんはあんまり野球に興味ないので、カープファンなら澤田(真吾)君とか。三重県出身なのになぜかカープファンなんです(笑)。

広島だとカープファンになるのは、大阪の人がタイガースファンになるくらい自然なことで、学校の先生はカープの勝ち負けで小テストをやるかどうか決めていたくらいです。中学生の時は私も昔はラジオでカープの試合中継を聴きながら宿題をやっていました。その当時が(カープが)一番の暗黒期だったんですけども(笑)。
―藤井聡太(七段)さんについてはどのような印象をお持ちでしょうか? 王座戦の二次予選で対戦されていました。
私の中では、そんなに序盤が得意だっていうイメージではないですね。中終盤は人よりちょっと長く読んで出ると思うので、積んでいる思考エンジンが優秀なのかなと思います。ただ細かいことは分かんないですね。一般論として、われわれは棋士を数値化しないので。他の棋士を分析するときに、きっと自分との相対評価になるんです。だから序盤がうまい人は序盤だとは言わないと思うんです。自分のほうが上だという自信があるんでしょうから

王座戦予選では、こっちが自爆状態だったのであんまり参考にならないですが、終盤とかきっちり読んでますね。丁寧に読んでいて。集中を切らさないのはすごいなと思いました。

現代は序盤に関しての研究材料がそろっているので、そういった意味で序盤に関してミスしにくくなってるんですよね。過去にデビューした先生と今デビューする人を比べることにあまり意味はないと思います。環境が違い過ぎますから。
今年の王座戦では、藤井聡太六段(当時)と初対戦。(写真提供:スポニチ)
―藤井さん以外もそうですが、最近は関西の勢いが止まりませんね。
ある程度まとまって上がったのが大きいと思うんですよね。複数人が頑張っていると他の人間にも好影響が出るんですよね。なにくそ、と。「あいつが上がれたんだから私だって!」みたいな。自分も天彦さん、豊島さん、稲葉の影響はある程度大きかったと思います。

自分もタイトルをもう一丁獲ろうと思っています。もう一丁とは言わず何度でも。 (了)

インタビュー=筒崎嘉一(スポニチ)
写真=浦田大作
衣装協力=甲冑工房丸武
デザイン=桜庭侑紀、野間志保
ディレクション=金泳樹、伊藤靖子(スポニチ)
企画・プロデュース=森 和文
第一弾「20代の逆襲」

読者プレゼント

今回インタビューをさせていただいた、糸谷哲郎さんが揮毫(きごう)した色紙と、第68期王将戦挑戦者決定リーグに出場する7人と久保王将のサイン入り扇子を1名様にセットでプレゼント。ご希望の方は、下記の項目をご確認いただいたうえ、奮ってご応募ください。

応募方法
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受付期間
2018年9月28日(金)18:00〜10月4日(木)18:00
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