どんな環境にも屈しない強さがある。福士蒼汰が憧れた、曇 天火の“しなやかさ”
「自分自身は、何をやるにも○○長という柄じゃないんです。たとえば部活の部長とか…」。少し前まで初舞台となる公演で3ヶ月ものあいだ、座長を張っていた男は困ったように笑う。物語の中でも、その人柄やカリスマ性で周囲を惹きつけるような役を演じることが増えた。映画『曇天に笑う』の
原作に近づくために、ビジュアルについての要望を出した
- 映画『曇天に笑う』は唐々煙さんによる人気漫画を原作に明治初期、琵琶湖のほとりの曇神社を守護する曇三兄弟、災いをもたらすオロチ(大蛇)の復活を目論む風魔一族、それを阻止しようとする右大臣直属部隊の
犲 らの戦いが描かれます。すでにアニメ化もされ、舞台も人気を博していますが、作品はご存知でしたか?
- 原作漫画は今回のお話をいただいて読んだんですが、舞台のほうは以前、最初の公演(2015年)を見ていました。
- 舞台版は2.5次元作品の中でも非常に高く評価され、再演も行われました。同作の300年前を舞台にした『煉獄に笑う』も舞台化されるなど、人気の高いシリーズです。ご自身で見た舞台の要素を、役作りの参考にされたりもしたんでしょうか?
- 舞台を見たのはお話をいただくよりもずいぶん前だったので、まさか自分が映画で天火を演じることになるとは思いもしませんでした…。ただ、同じ漫画を原作にした作品ですが、舞台と映画では見せ方や作り方は違ってくるので、そこは意識した部分ではあります。
- といいますと?
- 舞台だと少々派手な感じで、漫画的に見せるくらいが映えると思うんですが、映画で寄り(※カメラを人物に近づけてアップで撮影)でそれを見せると、どうしても「リアルじゃない」と感じてしまうところがあって難しいんです。ナチュラルな芝居と漫画的な描写のバランスはすごく大事なので、迷いました。
- 今回の作品でいうと?
- たとえばビジュアル部分。最初の段階ではイヤリングやネックレスはなしでいく方向だったんです。でも、原作と離れてしまうのもどうなのか?という思いもあって、僕のほうから「あったほうがいいと思います」と要望させていただきました。
- ビジュアルに関して、かなり福士さんの意見が反映されているんですね?
- あの髪型(※原作の天火は、後ろで留めているポニーテールが四方八方に飛び出している)は、残念ながら再現できなかったので(苦笑)。せめて寄りの画になったとき、原作の天火と同じように見せたいという思いがありまして。そこから(装飾の)大きさは? 素材は? と詰めていきました。
- そうしてビジュアルを丁寧に再現する一方で、芝居では、先ほどおっしゃっていた「ナチュラルな芝居と漫画的な描写のバランス」が難しい部分だったと。
- バランスが求められる部分だと思います。最近、漫画原作の実写化が多いですが、それはどの作品にも共通する難しい部分ではないかと。
- とくに本作は時代劇やファンタジー的な要素もあって、ただリアルを追求すればいいというわけでもなく…。
- そうなんです。キャラクター性が非常に強く、その個性を見せていく作品でもあるので、そこは本当に難しく、大切な部分だと思います。
天火と、舞台『髑髏城の七人』の捨之介はよく似ている
- 改めてこの『曇天に笑う』の物語としての面白さは、どういった部分に感じられましたか?
- まずオロチの復活のカギである“器”となるのは誰なのか?というミステリー的な要素がすごく面白いです。ある種の犯人捜し的な物語になってます。そのうえでキャラクターの誰もが魅力的で。
- 天火を中心に、琵琶湖のほとりの大津の人々に愛される曇三兄弟がいて…。
- 何をしでかすかわからない長男(笑)と、それについていきつつ「俺だってできる!」と反発心も持つ次男の空丸(中山優馬)、三男の宙太郎(若山耀人)は末っ子らしく、どっちにも乗っかってくる(笑)。そこに再興を図る忍びの風魔一族が迫り、一方で犲という、西洋的な要素を取り入れた規律を重んじる精鋭部隊も出てきて…。
- 武器を持った精鋭部隊や、チャンバラ、忍者、洋式の制服……男の子の憧れが詰まってます!
- そうなんです! ひとりひとりのキャラクター性も際立ってるし、オロチを巡って彼らの思惑がぶつかり合い、関係が変わってくるのもすごく面白いと思います。
- そんな魅力的なキャラクターたちが交差しますが、やはり中心にいるのは天火です。彼の魅力はどんなところにあると思いますか?
- 天火は、どの時代に生きていたとしても「あぁ、こういう人がカッコいい男なんだな」と思える人です。自分自身、いまでもすごく強い憧れを抱いてます。
- 具体的にはどういう部分に?
- 重い過去や芯の強さを抱えつつも、飄々としていて雲のような、どこかつかみきれないところがある。こういう人こそ無敵だと思うんです。
- 無敵? 人間性として?
- すべてがしっかりガッチリしすぎている人は、何かの拍子に芯にあるものが崩されたとき、立ち直るのが難しい。一方で、芯がなくてフラフラしているだけでは頼りにならないし。天火は一見、フワッとしてるけど、やるときはやる男。そういうしなやかさを持っている男はカッコいいし、どんな時代、環境でも生きていけるだろうと思います。
- お話をうかがっていて、つい先日まで座長を務めていた舞台『髑髏城の七人 Season月 〜上弦の月〜』で演じた主人公・捨之介の人物像とも似ているなと感じました。
- そうなんです! 天火と捨之介はすごくよく似ていると思います。
- どちらも大切な存在(※天火は両親、捨之介は主君・織田信長)を失った過去を持ち、それでもいまを笑顔で飄々と生きていて、大事な存在を守ろうとする…。『髑髏城』の前に天火を演じたことが、その後の捨之介役に影響を与えたりはしなかったですか?
- 影響といいますか、いま感じているのは、映画が先でよかったなということです。そうじゃなかったら、捨之介から影響を受けすぎて、天火の役作りがもっともっと難しいものになっていたんじゃないかと思います。
- 舞台のほうが時間をかけて作っていき、繰り返し何度も公演を行うぶん、役が自分の身体に染みついて離れなくなりやすい?
- そう思います。とくに舞台は動きも大きく派手に見せる部分が多いので、キャラクターが似ていると、無意識にそのままそれを映像に持ち込んで、浮いてしまっていたんじゃないかと…。実際、舞台の公演中に別の仕事でアフレコをしたとき、どうしても捨之介が出てきちゃったことがありましたから(苦笑)。
中山優馬と若山耀人が、兄として現場にいさせてくれた
- アクションも本作の大きな魅力であり、ひとりひとり得意な武器がありますが、天火は鉄扇ですね。鉄扇を武器に使う時点で、相当な“手練れ”であることがうかがえますが、実際に演じてみていかがでしたか?
- 鉄扇はレンジ(相手との距離)が短いんです。ただ、自分は普段からカリという武術を習っているんですが、その中には棒術やナイフ術も含まれていて、それが鉄扇と同じような距離感で。現場ではその技術を活かすことができました。ただ、鉄扇は開いたり閉じたりしないといけないので、そこは大変でしたが(笑)。
- アクション以外の部分で今回、天火の内面的な部分を作り上げていくうえで難しさを感じたり、苦労した部分はありましたか?
- 周囲からすごく慕われる男なんです。長男で曇家の当主であり、かつては犲の隊長を務めていた。そういう存在に自分はなれるのか? 自分自身、○○長という役職が務まるタイプじゃない(苦笑)。
- そうなんですか?
- そうなんです(笑)。じゃあ、自分に何ができるのか? そこで、現場でどんどん自分から話しかけに行くようにしました。これまでは話題がなかったり、話しかけづらいなと思う人に対しては、無理して自分から話しかけに行くことはなかったんですが…。今回は糸口がなくてもまず自分から話しかけようと。
- 主演だからではなく、天火のキャラクターとして備わっている部分であるからこそですね?
- はい。そして、ひとりひとりの共演者に対して、愛情を持って接しようと思いました。それを相手がどう受け取るのかはわからないけど、それがいま自分にできることかもしれないと。
- 先ほどの「そういうタイプじゃない」という発言にも関係してくるかと思いますが、実生活で、福士さんは“末っ子”ですよね? 今回、現場で中山さんと若山さんを前に“兄”としていようと意識されたりはしたんでしょうか?
- そこは、すごく難しいだろうと思ってたんですが、優馬と耀人が自然と弟でいてくれたことが大きかったです。現場に入った瞬間から、ふたりが自分を兄として現場にいさせてくれました。
- 年齢的には中山さんと福士さんは…。
- 同学年なんです。だから、最初は関係を作るのがすごく難しいかもしれないと思ってたんです。でも、優馬は「最初から兄貴だと思ってたよ」と言ってくれたり、そういう環境を作ってくれたんです。
- 実生活で末っ子、しかもお姉さまがふたりという状況ですと、これまで生きてきて「兄とは何ぞや?」と理解する機会は…。
- まったくありませんでした(笑)。しかも今回の兄は、親代わりの存在でもあり、兄がすべてを背負い、そうすればそうするほど、弟たちとの距離はどんどん開いていく。そのつらさを感じました。
- 天火がずっと黙っていた、両親の死の真相を空丸が知ってしまったときは、どちらの気持ちもわかって胸が痛くなりました。
- たしかに自分が兄だったら言わないだろうし、言うべきタイミングを計ると思うんです。でも、いつになったら言っていいのか?と考えるとなかなか言えないし、でも空丸にしてみたら「何で言ってくれないんだ?」という気持ちだろうし、それもすごくよくわかるんです…。
- そう考えると、兄という立場は…。
- 苦しいし、大変ですね。いままで考えたことすらなかったので。
- 普段、やはり弟でいることは楽ですか?
- 楽です(笑)。ちょっと「お腹が空いたな…」と言ったら、どちらかの姉が何か作ってくれたりしますし。それは末っ子といっても、兄ではなく姉がいる状況だからこそなんでしょうけど。
- 逆に福士さん自身は、お兄さんや妹、弟が欲しかったという気持ちは?
- 妹が欲しかったです。絶対に甘やかす気がします。いまの状況だと、姪っ子ができたら、大変だと思います!(笑)