「役者として、もっと成長したい」──さらなる高みを目指す、声優・梶 裕貴
この日、対面した梶 裕貴を一言で表すならば、“ミスター・ストイック”──その思考や行動、彼のすべてが「役者として成長する」ことに特化している印象だった。落ち着いた口調でゆっくりと語られる彼の言葉には迷いがほとんどなく、信念やプライドに裏付けされた説得力に満ちている。「ずっと“声優になりたい、活躍したい”と、人生の半分を過ごしてきた」と語る彼は、声優として活躍している今もなお、高みを目指して進んでいた。
撮影/祭貴義道 取材・文/とみたまい 制作/iD inc.演じるのを楽しみにしていた第23話『轟焦凍:オリジン』
- 4月から放送中のTVアニメ『僕のヒーローアカデミア』(通称“ヒロアカ”)2期。梶さんが演じる轟 焦凍が通う雄英高校(ヒーロー輩出の名門校)の体育祭が閉幕しましたが、振り返ってみていかがでしたか? とくに第23話『轟焦凍:オリジン』は、放送後にも反響を呼んだ印象的なエピソードでしたね。
- そうですね。第23話はタイトルにもあるように、まさに彼のエピソードですし、僕がやらせていただくと決まったときから、ずっと演じるのを楽しみにしていた部分だったので、個人的にはもちろん気合いが入っていましたね。
- 第23話で轟が戦った、主人公で同級生の緑谷出久(デク)を演じる山下大輝さんとのアフレコはどうでしたか? 事前に細かくすり合わせなどはされたのでしょうか?
- いや、とくになく、いつも通りでしたね。事前に何か話すというよりは、お芝居をしているなかで役を通じて本当に戦っているような…、お互いの気持ちがビリビリ伝わってくるようなアフレコだったのかなと思います。
- 戦いのなかで、轟はあまりしゃべっていないですよね。どちらかと言うと、デクがワーッとしゃべるシーンで…。
- そうなんですよ。先ほども言いましたが、演じるのが楽しみだったこともあって、自分のなかでどんどんお芝居のイメージが膨らんでいってたんですよね。でも、アフレコが終わってみたら……不完全燃焼、というか。
- 思っていた感じと違った?
- そうですね。轟って、たくさん叫んだり、わかりやすく感情を爆発させてるようなキャラクターではないので、実際にアフレコしてみたら「あれ? もう終わっちゃった」みたいな感じがありました。収録後にみんなで食事に行ったときにも、そういう話になって。ただ、オンエアを見てみたら、そう感じた理由がわかりました。
- というのは?
- 「やっぱりアニメってスゴいな」と思ったんです。当然、我々声優が担当する役割というのは、アニメ作品においてのほんの一部分にすぎないわけで。原作のストーリーやキャラクターの素晴らしさ、監督による演出、ボンズ(『僕のヒーローアカデミア』のアニメーション制作会社)さんの作画、音楽、すべてがミックスされて、はじめてアニメができあがるんだなと、改めて感じさせていただいた回になりましたね。
- 完全にアニメになったからこそ、そのシーンが成り立つことがわかった、と。
- 総合芸術という意味で、本当に涙が出るほど圧倒されました。だから、自分が感じた「あれ? もう終わっちゃった。もっともっとパッションを弾けさせたかったなあ」というのは、役者としてのエゴみたいなものだったわけで…。
- 必要とされていたのは、“轟 焦凍を演じること”だったんですね。
- そうなんです。監督をはじめスタッフさんがOKを出してくださっている以上、それが正解なんですよね。だから、完成したものを見て「あ、こういうことだったんだな」と感じることができたんだと思います。
- 試合中の轟の言葉は、少ないながらもひとつひとつに強い思いが込められていたように感じました。
- 試合中にデクに伝える言葉として、「ありがとう緑谷」と「緑谷、ありがとな」と、似たセリフが2回出てくるんですね。最初に彼が言った「ありがとう緑谷」は、緑谷に向かって言いながらも、その言葉とは裏腹に、心が向いている対象は、自分や母を傷つけた父親のエンデヴァー(爆炎を放つ“個性”を持つプロヒーロー)だったわけで。
- デクのおかげでエンデヴァーの「顔が曇った」ことに対する、「ありがとう」でした。
- そうなんですよね。それでデクに、「どこ見てるんだ」と言われて……。“ちゃんと僕を見て、全力でかかって来い”ってことですよね。そういった、デクの気持ちや言葉によって、自分の感情、本当の気持ちというのを初めて解放して、最後に「緑谷、ありがとな」という言葉が出てきた…。
- 同じ「ありがとう」でも、意味合いは違います。
- ですから、そういった轟の気持ちの変化を……音として聞いてもらったときに、見ている方に伝わればいいなと思ってお芝居しました。
- モノローグも多い回でしたが、回想シーンを演じる際に意識されたことはありますか?
- イチから過去を振り返るような回想シーンで…、轟は、このエピソードで初めて自分の過去と向き合おうと思ったんですよね。なので、モノローグのなかでの感情の流れ、緩急などを考えながらお芝居しました。とはいえ、今回、過去と向き合うきっかけとなる出来事が描かれはしましたが、まだまだ彼が乗り越えていくべき壁はたくさんあるので、そういったことも含めての流れは意識しましたね。
父・エンデヴァーに対する、轟の気持ちの変化
- その後、エンデヴァーとすれ違うシーンで、頑なに封印していた“父からの遺伝の力”を使った自分に戸惑いながら言う「少し…考える」というセリフがあります。
- ええ、次の第24話ですね。
- じつは、原作であのシーンを読んでいたときに、「轟は、どういうトーンでこのセリフを言っているんだろう?」と想像がつかなかったのですが、アニメで梶さんのお芝居を拝見して、「あ、こういう感じで言ったんだ」って腑に落ちた部分がありました。
- それは嬉しいですね。
- どのように解釈して、ああいったお芝居を導き出したのでしょう?
- 自分がどう解釈しているのか、改めて考えながらお芝居しているわけではないんですけど、今そう言っていただいて考えてみると、先ほど……緑谷に対して「ありがとう」と言いつつ、意識しているのはエンデヴァーだというお話をしましたが、やっぱりそれまでって、何をしていても対象が絶対、エンデヴァーになってしまっていたんだと思うんですね。
- たとえ意識しないようにしていたとしても。
- そうです。エンデヴァーと対面したとき、目を合わせずに気にしていない素振りを見せようとも、どうしても意識はエンデヴァーに向いていた。それが、『轟焦凍:オリジン』を経て、今度は直接目の前にいるにもかかわらず、心ここにあらずというか……エンデヴァーに気持ちが向かっていないんじゃないかな? って思いましたね。
- エンデヴァーではなく、何に向かっていたんでしょう?
- 自分でしょうね。自分自身と向き合っている。ずっと親子関係にしか縛られてこなかった、父親から継いだ力を否定してきた轟が、緑谷に「(エンデヴァーの力じゃなくて)君の力じゃないか!!」と言われて……。まだ友達という段階まではいってないですけど、対等に意見を交わせる存在が生まれたことによって、初めてその年齢の少年らしい思考ができたのかなって。そういうイメージで演じましたね。
- 今の流れをうかがって、さらに腑に落ちました。
- よかった(笑)。
- 父親譲りの炎の力を解放したときに、右の頬を流れたものは何だったか、というのも気になります。
- あれが涙なのか何なのかは明言されていないので、いろんな捉え方ができますよね。凍っていた彼の心が炎によって解けた、という表現なのかな? とか。どのように捉えてもいいような演出として、原作の堀越(耕平)先生は描かれていると思います。
- そういった、原作ではさまざまな捉え方ができるような部分が、アニメで見るとより鮮明になって、想像が膨らむなあと思いました。
- それこそがアニメになった意義であり、我々声優が心を動かしながらやっている“声のお芝居”が届いたのかなって思いますね。
- 本当にその通りだと思います。アニメを見てわかったことが多かったです。
- ありがとうございます。僕らも実際にやってみて初めて生まれたお芝居ですし、それを客観的に見て、「あ、こんなふうにやっていたんだ」って思うところも当然あったりするので……。とくに僕の場合は、「ああしよう、こうしよう」というプランが、そんなに決まってるわけではないんです。
- そうやって、お芝居されたあとに仕上がったものを見て、気づくことって多いのでしょうか?
- うーん、そうですね、半分くらいはあるんじゃないですか? 監督は音楽なども込みで演出を考えられていますが、僕らはキャラクターについて考えるのみなので。「完成したフィルムを見てみると、こういうふうになることを想定しての演出だったんだな」とわかったりすることもありますね。
「愛情を持って描かれている」と実感したシーン
- そんななか、轟の新たに見えた一面などはありましたか?
- やっと彼の本質を演じられたなって思いましたね。
- 本質というのは?
- 第1期の轟は、クールで強くてカッコよくて……みたいなイメージが先行していましたが、じつは彼は、真逆なものもいっぱい持っている人なんだよ、ということをやっと表現できる、やっとスタート地点に立てた、といった感じですかね。なので、これからの彼をより楽しみにしていていただきたいですし、みんなもっと彼を好きになってくれるんじゃないかなって思います。
- 2期後半のメインビジュアルにも、熱いまなざしの轟が描かれています。
- そうですね。緑谷をはじめとする、彼にとっての「クラスメイト」という存在が、今後どう変わっていくのかというところが、ひとつの注目ポイントかなって思いますね。
- 第23話以外に、雄英体育祭のなかで印象的だったところはありましたか?
- 騎馬戦のドラマは印象的でしたね。ヒロアカは登場キャラクターが多い作品ですが、それぞれの“個性”……アイデンティティという意味での個性と、能力としての個性…、長所や短所といったものが、とてもわかりやすく描かれていると思いました。「どのキャラクターも、愛情を持って描かれているんだな」と、改めて感じられるところだったので、騎馬戦のエピソードはすごく好きでしたね。
- そのほかには?
- 印象的なシーンというと、お茶子(麗日お茶子:声/佐倉綾音)と爆豪(爆豪勝己:声/岡本信彦)の戦いですね。お茶子は女子ですが、『僕のヒーローアカデミア』とタイトルにあるように、ヒロインではなく、ちゃんとヒーローだなって……その心意気が感じられて、本当にカッコいいなと思いました。
- 先ほどもちらっと出ましたが、7月8日からは2期の第2クール、後半が始まります。注目ポイントなどを教えてください。
- 緑谷をはじめとする、クラスメイトとの関係性の変化ですね。あと、先ほど「轟はようやくスタート地点に立った」とお話しましたが、彼がその炎の能力とどう向き合うか……それは父親とどう向き合うかにもつながります。体育祭で緑谷に教えられたことから、今度は彼が誰かを変える番なのかなと思うので、あらゆる意味で、彼の変化を楽しみにしていただければと思います。
- 轟のいろんな一面が見えたなかで、梶さんご自身が「共感できるな」と感じるところはありますか?
- 彼ほど重いものではないかもしれませんが……男性はみんなあるのかな? 僕も学生時代、父親は“超えたい壁、超えるべき対象”みたいな感覚がありましたね。だから、父親に対する彼の思いはすごくわかりますし、母への気持ちも共感できるので、心を重ねて演じられた部分かなと思います。