時代の変化を受け入れ、前へ。木梨憲武が貫く「どれだけ面白がれるか」という姿勢

16年ぶりの主演映画『いぬやしき』が4月20日に公開された木梨憲武。お笑いコンビ・とんねるずとして、揺るぎない地位を築いてきたのは誰もが知るところ。伝説的長寿番組『とんねるずのみなさんのおかげでした』(フジテレビ系)こそ終了したが、その活躍はテレビだけにとどまらない。俳優として歌手として、また画家として多彩な魅力を放ち続ける、カッコいい中年男の代表格。長きにわたり、挑戦し続けられるそのブレない精神力はどこから来るのか――。

撮影/布川航太 取材・文/野田佐和子 制作/サードアイ

佐藤 健くんの高いプロ意識を真似するようにしてました

超人的なパワーを得た初老の男・犬屋敷壱郎が、自分と同様のパワーで大量殺戮を始める高校生・獅子神 皓(佐藤 健)と死闘を繰り広げる『いぬやしき』ですが、家族から頼りにされていない犬屋敷の役がハマっていました。今回は16年ぶりの映画主演ということでしたが、プレッシャーはありませんでしたか?
ほとんどなかったですね。犬屋敷とはほぼ同年代なんで、ジジイじゃないとできない役どころですから、“ジジイ選抜”に選ばれたことを光栄に思って参加させていただきました。
敵役である佐藤さんの印象はいかがでしたか?
佐藤くんとは(『みなさんのおかげでした』の)「食わず嫌い王決定戦」で会ったことはあるんですが、1時間ぐらいでしたからね。今回はほぼ2ヶ月一緒に過ごしたんですけど、彼が撮影中に食べるものはプロテインとささみとサラダでね。自分で食べるものは全部自分で管理しているんです。
それと作品に対する向き合い方、監督との会話を横で見させてもらって「プロだな、エースだな」と思いました。きっとこの映画だけじゃなく、どの作品に対してもそうなんでしょう。演じることの“ロープー”ですね(笑)。だから僕も真似するようにしてました。
たとえば、どんなところを?
犬屋敷の役を「これでいいんですよね?」と監督に確認しにいくんですが、その“これ”というのがじつは見当たらなくて、ただ監督に近寄っていって、無言で何かを考えているムードを作って戻るとかね(笑)。それぐらいしか真似できなかったんですけど。
最近の若手俳優のスゴさみたいなものを感じましたか?
撮影中はほぼ、というかほとんど、本当の佐藤くんの姿を見られなかったんです。「嫌われてるのかなぁ」と思ったぐらいで。でも終わった瞬間に、一緒に焼きそばを食べて。ほら、佐藤くんは炭水化物をやめていたから、焼きそばをガーッと「うめぇー、おいしーい」ってかきこんでいてねぇ。
そのまま一緒に飲みに行ったんですけど、2ヶ月間お酒もやめていたから浴びるように飲んで、その姿に“29歳の佐藤 健”を見たなと思いました。撮影が終わって、やっと本来の佐藤くんにお会いした気がしましたね。
本来は芸人である木梨さんに、どういった経緯で出演オファーが来たのでしょうか?
原作者の奥 浩哉先生とプロデューサーたちが『世にも奇妙な物語』(フジテレビ系)の『思い出を売る男』(2015年)を観ていてくれて、みなさんがそれを気に入ってくださったようで。それで、僕を犬屋敷の役に抜擢してくれたんです。
そうだったんですね。『思い出を売る男』は、職を失い、妻や娘に愛想をつかされた男が、自らの思い出を売ることで報酬を得るという取引をする物語ですが、名作といわれています。
『思い出を売る男』も親父の役ですし、犬屋敷との共通点も多い。どちらの役も、僕とほぼ同年代でキャラも似ていましたから、役づくりは意外に必要なかったんです。『いぬやしき』は原作の漫画もありますし、佐藤信介監督の思いもわかっていましたので、役には数秒で入っていけました。

子どもと一緒になって、いまだにチャンネル争いしてます

犬屋敷も家族に冷たくされている役どころで、実際の木梨さんの家庭生活は全然違うと思いますが、どこか陰のある寂しい役がお上手なのはどうしてなのでしょうか?
家族もねぇ、まったくあのまんまでして。
そうなんですか(笑)。
(おどけた表情で)うそー。僕、家では子どもと一緒になって、いまだにチャンネル争いしてますから。ヘタすれば戦いますよ。最終的に僕のセリフは「誰が買ったと思ってんだ!」ですからね。「コノヤロウ(笑)」ってね。子どもと同じレベルのコミュニケーションで遊んでます!
(笑)。家庭とのギャップはあっても、寂しいお父さん役を難しいとは感じないのですね。
僕が何もしなくても、(キャストやスタッフの)みなさんが追い込んでくれますから。今回、出だしの家族4人のシーンは最初のほうに撮ったんです。
みんなが食事に出かけてしまって、ひとりでご飯を食べているシーンですよね。
はい。あれは撮影の頭のほうだったこともあって、みんな本当に怖かったんです。みなさん本業の役者さんたちなので、見事でした。(身をすくめるしぐさで)僕はひたすらこう小さくなってましたね。
俳優をやられていて、一番楽しいのはどんなことですか?
ドラマもそうなんですけど、今回は約2時間の映画で、全員がそこに向かっているのがいいですよね。今回はCGのすごいチームがいて、カット割りの方がアメリカから来たり、美術も照明も佐藤組の方たちが団結してひとつの作品に向き合っているんですね。それを仕切って、指示を出す監督を横で見ているのが楽しかったです。
芸人としてのお仕事のスタイルとは、まったく違うところですよね。
テレビの場合は、もちろん準備はありますが、ザーッと一気に撮って次の週に放送って感じで、サイクルが早いでしょう。でもドラマや映画はすごく丁寧。いや、丁寧っていうのもおかしいね。カットがひとつひとつあって、引いた画ばかりじゃなくてアップの画があったり、同じことを何回も繰り返したりして、それを編集でまとめていただくわけですよ。
演じていると、「いやいや、さっきのほうが気持ちが入っていたんだけどな」と自分の中で勝手に思っている場合もあってね。自分の寄りのシーンになると、変なプレッシャーがかかっちゃうから、「あ、俺さっきのがよかったな」って、引いた目で見ている自分がいるんです。でも、ほかの(役者の)みなさんは、いつも自分をベストの状態に持っていけるわけですから、そこにスゴさを感じますね。
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