企業への「エンゲージメント」を高めることが離職の防止にもつながる(写真:ワタコ/PIXTA)

人材に投資することで企業価値を高める人的資本経営が注目されており、エンゲージメントは人的資本経営において重要な指標の1つとされています。今や転職が当たり前の時代になっており、企業は従業員や求職者から選ばれるためにも、エンゲージメントを高めることは大切です。しかし、エンゲージメントは近年よく聞かれるようになった言葉であり、誤った認識を持っている方も少なくありません。

本稿では、エンゲージメントにまつわる誤解を解消し、その向上のポイントを紹介します。『企業実務』の記事を再構成し、組織人事コンサルタントである、リンクアンドモチベーションの田中允樹さんが解説します。

「エンゲージメント」と「従業員満足度」の違い

そもそも、エンゲージメント(Engagement)は「婚約」等を意味する言葉ですが、人事・経営の文脈では、従業員の企業に対する「愛着心」や「愛社精神」を意味します。リンクアンドモチベーションでは、エンゲージメントを「企業と従業員の相互理解・相思相愛度合い」と定義しています。

エンゲージメントは、従業員満足度とは異なる概念です。

従業員満足度とは、文字どおり「従業員の企業に対する満足度合い」です。例えば福利厚生や働きやすい環境づくりなど、企業が従業員に何かを提供し、それに対して従業員がどの程度満足しているのかを示す指標とも言えます。

これに対してエンゲージメントは、企業と従業員が共に成長しながら同じ目的に向かっていく「関係性」がベースになった概念です。

従業員満足度が高い場合、従業員は企業にメリットを感じている一方、必ずしも企業に対して貢献意欲があるとは限りません。今の会社より条件が良いなど、メリットが大きい会社があれば、転職する可能性もあります。

それに対して、エンゲージメントが高い場合、従業員は「この企業だからこそ働いている」「この企業をもっと良くしていきたい」というような企業に対する愛着や貢献意欲を持っています。

エンゲージメントの向上を阻む3つの誤解

自社のエンゲージメントを把握するためには、「エンゲージメントサーベイ」などと呼ばれるアンケート調査を行なうことが一般的です。

しかし、ただ調査して終わりでは意味がありません。調査後に、「See(現状分析)」→「Plan(施策立案)」→「Do(施策実行)」という3ステップでエンゲージメントの向上を図っていくことが重要です。この各ステップで生まれる誤解について解説します。

Seeにおける誤解…「従業員の不満を解消すればエンゲージメントは上がる」 

サーベイの結果をもとに「See(現状分析)」をして、従業員の不満や組織の課題を抽出していきます。しかし、従業員の不満を解消するだけで、エンゲージメントが向上するとは限りません。このことは、「ハーズバーグの二要因理論」からも明らかです。

ハーズバーグの二要因理論とは、職場における満足・不満足を引き起こす要因に関する理論で、米国の臨床心理学者、フレデリック・ハーズバーグが提唱したものです。ハーズバーグは、職場において不満足を招く要因を「衛生要因」、満足につながる要因を「動機づけ要因」と定義しました。

【衛生要因】企業の方針と管理方式、監督、賃金、対人関係、作業条件など
【動機づけ要因】達成感、承認、仕事そのもの、責任、成長など

衛生要因の不足は従業員の不満足を招き、動機づけ要因の充足は従業員の満足につながります。

この理論のポイントは、衛生要因を充足しても満足にはつながらず、動機づけ要因が欠けていたとしても、不満足を引き起こすわけではないということです。

多くの企業では、給与や働き方を見直すなど、従業員が抱えている明確な不満を解消しようと努めますが、衛生要因を解消するだけでは、いつまで経ってもエンゲージメントは向上しません。

もちろん、衛生要因への対応も必要ですが、エンゲージメントを向上させるためには「いかに動機づけ要因を生み出せるか」が重要です。

従業員は「何をどのくらい求めているのか」

Seeのポイント…満足度だけでなく期待度も測る

動機づけ要因を生み出すためのポイントは、エンゲージメントサーベイで従業員の「期待度」を測ることです。満足度だけを測るサーベイでは、満足度の低い項目からしらみつぶしに対策していく、という方針になりがちです。

しかし、従業員の不満は絶えず出てくるため、人事部門や企業全体のリソースが不足し、疲弊してしまう企業も少なくありません。

サーベイで従業員の期待度を把握できれば、不満を解消するのではなく、期待をすり合わせる方向性で施策を講じることができます。

従業員が「何をどのくらい求めているのか」が分かれば、動機づけ要因も抽出しやすくなり、より効果的にエンゲージメント向上を図ることができるでしょう(図表1)。


(図表1:本書より引用・改変)

※外部配信先では図表などの画像を全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください

リンクアンドモチベーションでは、エンゲージメントを左右する要因を「4P」という形で以下の4つに分類しています。

▼Philosophy(目標の魅力)…企業の理念や経営計画、成長性など
▼Profession(活動の魅力)…仕事内容ややりがい、商品・サービスなど
▼People(組織の魅力)…経営陣や仲間、組織風土など
▼Privilege(待遇の魅力)…給与や福利厚生、労働環境など

どの「P」でエンゲージメントを高めるのか

このうち、Privilege(待遇の魅力)はハーズバーグの二要因理論で言うところの「衛生要因」に当たります。


『企業実務5月号』(日本実業出版社)。書影をクリックすると企業実務公式サイトにジャンプします

これが整備されていないと従業員の不満足を生んでしまうため、Privilegeを無視することはできません。

他の3つのPは「動機づけ要因」であり、これらを高めることがエンゲージメント向上につながります。ただ、企業のリソースは有限なので、3つのPをすべて高めるのは現実的ではありません。

サーベイの結果を踏まえながら、「どのPでエンゲージメントを高めるのか」を決めて、そこに注力するのがポイントです。

※後編は5月14日(火)に配信予定です

著者プロフィール
田中 允樹(たなか まさき)
株式会社リンクアンドモチベーション 中堅・成長ベンチャー企業向けコンサルティング部門責任者。慶應義塾大学卒業後、モチベーションをテーマにしたコンサルティング会社、リンクアンドモチベーションに入社。大手企業から中堅・ベンチャー企業まで幅広い顧客の組織変革を成功に導く。従業員エンゲージメント向上サービス「モチベーションクラウド」の立ち上げ、拡大を牽引する。
https://www.motivation-cloud.com/

(企業実務)