今アメリカで話題沸騰中の言葉「ネポベイビー」を知ってますか?日本で増殖する世襲議員「政界ネポベイビー」の問題に迫ります(写真:まちゃー / PIXTA)

一部上場企業の社長や企業幹部、政治家など、「トップエリートを対象としたプレゼン・スピーチなどのプライベートコーチング」に携わり、これまでに1000人の話し方を変えてきた岡本純子氏。

たった2時間のコーチングで、「棒読み・棒立ち」のエグゼクティブを、会場を「総立ち」にさせるほどの堂々とした話し手に変える「劇的な話し方の改善ぶり」と実績から「伝説の家庭教師」と呼ばれている。

その岡本氏が、全メソッドを初公開し、15万部を超えるベストセラーとなった『世界最高の話し方』に続き、このたび『世界最高の雑談力―― 「人生最強の武器」を手に入れる! 「伝説の家庭教師」がこっそり教える 一生、会話に困らない超簡単50のルール』を上梓し、3万部を突破するロングセラーになっている。

コミュニケーション戦略研究家でもある岡本氏が「日本で増殖する世襲議員『政界ネポベイビー』の大問題」について解説する。

世界で極めてまれ「政界ネポベイビー」が氾濫する日本

今、アメリカで話題沸騰中の言葉があります。それが「ネポベイビー」


「ネポティズム(縁故主義)ベビー」を略した造語で、ハリウッドなど芸能界が、有名俳優・タレントなどの子どもに席巻されていることを揶揄しています。

12月19日、アメリカの有力誌『ニューヨーク・マガジン』は、有名人の2世・3世たちが、いかに芸能界を侵食しているかを詳細に分析する記事を掲載、2022年を「ネポベイビーの年」と宣言しました。

その表紙は、ジョニー・デップとヴァネッサ・パラディの娘リリー=ローズ・デップや、イーサン・ホークとユマ・サーマンの娘マヤ・ホークなど8人の「ネポベイビー」たちがベビーベッドの上に横たわる衝撃的なコラージュ写真で、ネット上は瞬く間に、この話題で持ちきりになりました。

日本にも同様の傾向があり、みなさんも、最近、有名人の子どものデビューや2世タレントがやけに増えているような実感はないでしょうか。

芸能界はともかく、日本に特徴的なのは世界でも極めてまれな「政界ネポベイビー」の氾濫です。その実態理由功罪について掘り下げていきましょう。

「ネポベイビー」とは、セレブ、あるいは権力や知名度を持つ親の影響力を利用して、有名になる子どもたちを指す言葉です。

同誌は「『有名人の子ども』という扱いにくい表現が、『ネポベイビー』というキャッチーな流行語になった」「『ネポベイビー』は能力主義が嘘であるということの物理的な証拠だ。私たちは彼らを愛し、憎み、見下し、そして執着している」と解説しました。

親が芸能人だったり、エンタメ業界の大御所だったり、大金持ちだったり、何らかの影響力を持つ人が成功しやすい。これは、どの世界でも共通する現象かもしれません。

2019年の南デンマーク大学の研究では、「家庭の総収入」と「クリエイティブな職業に就く可能性」はダイレクトにリンクしており、「1万ドル増えるごとに、その可能性が約2%高くなる」ということがわかりました。

「家庭の収入が100万ドルであれば、その人は家庭の収入が10万ドルの人に比べて、10倍近くも創造的な職業を選ぶ可能性が高くなる」という結果でした。

"質"より"露出の総量"「アテンション・エコノミー」現象

この「ネポベイビー」は、昔から存在していました。しかし、その傾向がさらに顕著になっていると同誌は指摘しています。

こうした「縁故主義」の高まりの背景には、情報過多の現代社会において、「情報の良し悪し」よりも、「人々の関心や注目をより多く集めること」が価値を持つという「アテンション・エコノミー」と言われる現象が挙げられます。

その「質」よりも、とにかく「露出の総量」が影響力を決めてしまう。そんな時代に、生まれたときから、ソーシャルメディアなどに登場し、露出を稼ぐセレブ2世は、圧倒的に有利ということになります。

「あの芸能事務所のタレントであれば、一定の視聴率が見込める」と起用が集中するように、「あのタレントの2世」であれば、イベントなどでの露出の可能性も一気に高まります

親の威光「ヘイロー(後光)効果」として、子どもたちを輝かせ、下駄をはかせてしまうわけです。

とはいえ、こうした芸能界の「ネポベイビー」たちにまったく実力も個性もなければ、いずれ、活躍の場を失う可能性があります。

一方で、何の実力も実績もないのに、「2世」というだけで、民主主義の根幹となる枢要なポジションを得ている特権階級の人たちもいます。それが日本の「政界ネポベイビー」たちです。

1960年では、世襲議員の割合は「全体の約3%」だった

安倍晋三元首相の弟の、岸信夫前防衛相は先日、次期衆院選に立候補しない意向を固めましたが、「後継には長男を充てる」と伝えられています。

「選挙も経ずに『後継』とは何ぞや」という気持ちになりますが、岸田文雄首相も、政治経験のまったくない、長男を総理秘書官に起用したことが話題になりました。

同志社大学の飯田健教授らの論文によれば、「世襲議員は国会議員全体の約3分の1を占める」とのことで、「オーストラリア、韓国、イギリス、アメリカなどの民主主義国家では(世襲比率は)5〜8%」(ジャパンタイムズ)と比べても圧倒的な高さ

「平成以降の総理大臣の7割が世襲政治家」と、世界的に見ても、日本の政界は異形のファミリービジネスそのものといえるでしょう。

しかし、同論文によれば、世襲議員の割合は「1960年には全体の約3%と、非常に小さいもの」でした。

この「政界ネポベイビー」の増殖は、いわゆる「地盤・看板・かばん(カネ)」などの参入障壁の高さや、知名度がモノを言う「小選挙区制」の導入などの影響もあるようです。

世襲議員は地方に多く、「非世襲議員に比べて、当選回数が多く、出世しやすい」という特徴があります。飯田教授の論文などによれば、政界の行きすぎた縁故主義の「弊害」としては、次のようなことが挙げられます。

●政治家としての資質に欠けた者が議員や大臣など国の要職につく
●2世以外の政界への参入が難しくなる
●有権者の政治への参加意識を低下させる
●政治家の多様性がなくなる
●有権者の選択肢を減らす
●世襲議員と対抗するために、対立候補はより地元利益誘導型の選挙を行うようになる


しかし、世襲議員の中にも「優秀な人材」がいるのも事実です。世襲議員には、次のようなメリットもあります。

●相対的に選挙活動にそこまで時間を割く必要がないため、立法活動に時間を割ける
●非世襲議員と比べて、若くして政治家になりやすい
●政治家になる前に、多様な経験ができる
●若いうちから、政治家としての英才教育が受けられる


つまり、「世襲」というシステムがなければ、当選まではるかに時間がかかり、政治家の平均年齢を押し上げる可能性があるということになります。

「『世襲』をとるか『老害』をとるか」といった「絶望的な選択肢」しか残されていないという悲しい現実があるのです。

日本は昔の「身分制度」から今も脱却できていない

そもそも、日本は上場企業の5割以上が同族経営という「ファミリービジネス大国」富の再分配や新規参入も起こりにくいという土壌があります。

日本在住のフリージャーナリストのデビット・マッケレーニーさんは「ネポティズムは日本の政治システムに組み込まれている」という記事の中で、「銀の箸を口にくわえて生まれ、青い血が流れている(上流階級である)ことが公職に就くための最善の方法であるとすれば、統治の柱を支える民主主義の価値観はどこか歪んでしまっている」と洞察しています。

「企業経営も政治も『特権階級』が独占するのは仕方ない」という日本人のあきらめは、まるで日本が、戦国・江戸時代と変わらず、「殿様」「庄屋」「地主」「〇〇家」などの権威に盲目的に従う「身分制度」から、いまも脱却できていないという証しなのかもしれません。

(岡本 純子 : コミュニケーション戦略研究家・コミュ力伝道師)