閉じたばかりの傘からキラキラ光る雨粒が滴る。
秋驟雨に洗われ濡れた路面が反射する太陽の光は、豊島将之の白いワイシャツを一層引き立てる。

同じ雨に打たれたのだろう、広瀬章人のまとうスーツの肩先は湿り気を帯びている。
水滴を優しく払いスタジオに入ると、いつも通り静かで優しい、柔らかい笑顔をみせる。

昨期、竜王戦七番勝負の大舞台で明暗を分けた二人だけに、対談の提案は迷いを生んだ。
奪うもの、奪われるもの。勝負の世界の常とはいえ、棋士も私たちと同じ人間だ。
しかしその迷いは二人の「好奇心」が払しょくしてくれた。対局時には決して見せることのない表情にぜひ注目してほしい。

"王将リーグ"に照準を合わせた"定点観測"を始めて3年。
変わらないものは、射貫くような強いまなざし。
変わったものは、背負うたくさんの戦果だ。
棋士との対峙は、不思議と自らの歩みを見つめる作業ともなる。

今期のテーマは「ニューノーマル」。
ソフト研究を導入し、棋界のトップを走る豊島と広瀬に生まれた変化とは―?
激変する世界の中でも変わらない棋士の矜持とは―?

撮影/MEGUMI 取材・文/伊藤靖子(スポニチ)

「王将リーグ『棋士とニューノーマル』」特集一覧

お二人はそれぞれ西と東と所属が分かれているため、接点がないような気がしていますが、顔を合わせて話す機会というのは過去にありましたでしょうか?
豊島 対局以外だとほとんどないです。奨励会4級くらいの時に合宿みたいなのがあって1回指してもらったことはありました。広瀬さんが初段か二段くらいだったと思います。
広瀬 全く覚えてないですね(笑)。こんな強い人とやったら覚えているはずなんですけど…。合宿だったので夜ふかしして眠かったのかな。
プロになってからはほとんど接点がないですか?
広瀬 東西で離れていますしね。豊島さんは真面目ですけど、私は真面目じゃなかったので(笑)。
そこが意外です(笑)。広瀬先生はとても真面目なイメージがあるのですが…。
広瀬 真面目じゃないことは、私の昔を知っている人が証言してくれると思います。
お二人のそれぞれの印象からお聞かせください。豊島先生から見て広瀬先生はどんな先生でしょうか。
豊島 「鷹揚」とかおおらかな方、という印象です。
広瀬 あんまり気を使わないでしゃべっていいですよ(笑)
豊島 ふふふ!
将棋の面で広瀬先生のストロングポイントはどの辺りでしょうか。
豊島 終盤の切れ味が鋭い印象ですね。スパッと切る前に溜めるところが特徴的なのかなと思います。スパッといくためには、1回ダウンして力を溜めないといけないんですよね。
広瀬先生から見た豊島先生の印象はいかがでしょうか?
広瀬 とにかく謎に包まれているという印象です。昔は棋士室にもよく顔を出されていたようですけど、ある時期を境に来なくなって研究に没頭されるようになったので、たぶん人との接点が減ったんじゃないかなと思うんですよね。なので、本当に対局の時以外はわからないので聞きたいことはたくさんあります(笑)。
将棋の部分ではいかがでしょうか?
広瀬 棋士になった時からとにかく研究・勉強熱心、という印象が変わらないですね。その時どきによって研究するテーマや勉強方法とかは違うと思うので、それに上手く対応しているなという風に思っています。
今回この対談をお願いする際、去年の竜王戦で対戦されていたのもあり断られるかもしれないと考えていました。交渉を進める中で広瀬先生は豊島先生と話すことを前向きに楽しみにされている雰囲気を感じたのですが、その認識で合っていますでしょうか?
広瀬 そういうのを気にするほどでもないというか、いちいち断ったりしていたら何もできなくなってしまいますからね。
豊島 ふふふ。
広瀬 盤上の結果は別ということですね。それよりも豊島さんの謎に包まれたベールを剥がしたいという思いのほうが強かったです(笑)。
豊島 今回は対談ということで誰がいいかなと考えてみたりしたんですけど、誰を選んでも味が悪い…(笑)。タイトル戦で最近指した人ばかりで、羽生(善治)先生も竜王戦で当たる可能性がありますし、そう考えると誰もいないんです(笑)。
広瀬 番勝負で当たった人以外となると藤井(聡太)さんしかいないのか。
豊島 はい。藤井さんもJT杯がありますし(※取材はJT杯より前に行われた)。
今期の王将リーグの印象を聞かせてください。今年は永瀬(拓矢)二冠、木村(一基)九段が初参加。(佐藤)天彦九段も加わり、まさに最強リーグとなりました。
広瀬 リーグの印象はもうめちゃくちゃ強い方ばかりという印象ですね。
強敵との連戦が続きますが、どんな気持ちが強いですか? 楽しみ、ワクワク、それとも大変だなあという気持ちですか?
豊島 まだそんなに考えてない(笑)。でもこのメンバーを相手に4勝とか5勝できたら自信にはなると思います。後は、新しく入られた方が「粘り」というか簡単には勝たせてくれない方が集まったな、という印象ですね。
広瀬 私は3期連続になるんですけど、どんどんメンバーが若返っていて、気がつくとリーグ表の中で自分が真ん中より上になりました。そういうところで時代を感じることが多くなりました。
豊島先生は2009年の第59期王将戦で初のリーグ入り以来、11年で10期目のリーグ、うち2回(60期と67期)挑戦されました。広瀬先生は2018年に久々のリーグ入りで昨年は挑戦されるなど、このリーグの戦い方を熟知されていると思いますが、攻略の方法などがあれば教えてください。
豊島 たぶん5勝くらいしないと挑戦できないんですけど、始まった時はそういうイメージは持ってなくて「やっていたらたまたま挑戦できた」という感じです。
広瀬 去年は挑戦しましたけど、明らかに藤井さんに注目が集まっていたので挑戦することよりも藤井さんの記録を阻止できたらいいなという感じで、自分のことは二の次でした(笑)。
豊島 ははは!
広瀬 結果的に豊島さんと自分が藤井さんに勝ったので「その時の竜王と名人が止めた」みたいな感じになったので、タイトルホルダーの意地を見せたという感じでしたね。それから1年たったらこんな感じですけど(笑)。
今回も竜王戦と並行したハードスケジュールになります。順位戦なども続いていますが、準備はいかがでしょうか?
豊島 まあなんとかなるかなと思います。一時期すごく調子が悪かった時期からは上向いている感じはします。本来であれば名人戦と叡王戦が終わってちょっと休憩してから王将戦と竜王戦をやる予定だったんですけど、叡王戦がすごいイレギュラーな感じになってしまったので…(笑)。
広瀬先生は復活のきっかけを探しているかと思われます。
広瀬 去年は竜王の防衛戦のほうがメインになっていたんですけど、他の棋戦もたくさんあったので、タイトル戦一つだけだったけどキツかったですね。それを思えば今期は王将リーグを中心に、コンディション的にはかなり集中して臨めるのではないのかなと思いますね。だからといって勝てるわけではないですけどね(笑)。
リーグ表を見て、先後の関係などを気にされたりはしますか?
豊島 そんなに関係ないかな?(笑)順位戦だと(先後が)5局と4局になるので大きいと思うんですけど、王将リーグだと3局ずつなので。まあ全員すごく強い人なのであまり気にしてないですね。
広瀬 先後が同じ数なので不公平感はないです。先手番、後手番でしっかり対策を用意するというほうが重要かなと思います。
王将リーグへの意気込みをお願いします。
豊島 対局が多くなって大変だとは思うんですけど、一局一局を丁寧に指していきたいです。始めから挑戦とか5勝とかを狙うとあまりイメージがわかないので、一局一局指していって、まずは残留、3勝、4勝を目指していくイメージでいったほうがいいかなと思います。
広瀬 対局が全然なかったので、王将リーグがあって良かったなと思います。とにかく実戦を増やして、いい時の自分に戻せるようにしたいなと思っていたので、この王将リーグがそのきっかけになればいいなと思っています。

新しい日常へ それぞれの「1年チャート」

※1年チャートは各棋士に事前に記入いただきました。表現はそのまま使用しています。
それではチャートのお話を伺っていきたいと思います。広瀬先生はまず「竜王戦3連敗し絶望」と…。いきなり豊島先生へのけん制が入りました(笑)。上手くいかなかった要因を改めて振り返ると、どんなところが挙げられますか?
広瀬 3局目の負け方が良くなかったですね。後でソフトで調べたら1000点くらいから(勝機を)逃しているので、やってはいけないミスでした。でもその後は単純なもので、王将リーグで藤井さんに勝ったら気分が上がるんですよね(笑)。
豊島 フフフ。
※1年チャートは各棋士に事前に記入いただきました。表現はそのまま使用しています。
広瀬 豊島さんの「鼻の手術」って何ですか?
豊島 耳が痛くなって飛行機に乗れなかったんですよ。鼻の中の骨が曲がっているのが理由だったみたいで、削ってもらう手術をしました。
広瀬 飛行機に乗れるようになるために?
豊島 飛行機に乗れるようにして海外旅行とかも行ってみたいとか、タイトル戦の時に長距離だったら飛行機で移動できたほうがいいので。でもコロナの影響であんまり関係なかったかも(笑)。手術したけどあんまり旅行とかも行けないので、まあ将来のためにやったという感じですかね。
広瀬 大変な手術だったんですか?
豊島 麻酔して手術して3、4日入院しました。入院とかほとんどしたことがなかったので、結構、精神的に疲れました。あいにく個室も取れなくて大部屋で、けっこうキツイなと。
広瀬 「お金の力」でなんとかならなかったのかな(笑)。
豊島 個室が全部埋まっていたみたいで(笑)。
広瀬 叡王戦(本来の開幕)の直前ですし、のんびりしている時期じゃないですよね。オフシーズンというわけではなさそう。でもそれを逃すと名人戦が始まっちゃうのか。
豊島 1月くらいに手術するかどうかお医者さんと話をしていて、叡王戦も勝ち上がるかわからなかったので予約を入れて。結局、叡王戦の挑戦者決定戦をやっている間に、正確には1月の終わりくらいに手術をしました。
耳の具合は良くなられましたか?
豊島 結局、その後飛行機に1回も乗っていないのでどうなってるかわからないです(笑)。でももともと鼻炎とかがひどかったんですけど、だいぶ良くなりました。
先ほど広瀬先生からもありましたが、お二人は昨年、王将リーグで藤井先生に黒星を付けたという共通点があります。広瀬先生は藤井先生に勝たれてメンタルがプラスに傾いていますね。藤井先生に勝つのは他の対局以上に嬉しいものなのでしょうか?
豊島 どうなんでしょう? でも結果的にその後調子が上がっているような気はしますね。
広瀬 私の場合はそうじゃない(笑)。藤井さんに勝って気分は上がっても、その後の結果が…。
豊島 ハハハ!
あれから1年、藤井先生はどんな部分が成長していると感じますか?
豊島 去年の王将リーグの時も相当強かったと思うんですけど、その後の6月くらいからの将棋では、どんどん中盤に時間をつぎ込んでいって終盤で残り10分を切ったあたりから時間があまり減らなくて指し続けても大きなミスもなく最後まで指せるという。自分だけが時間を使う展開になったとしても相当高い勝率で指せるというところですかね。
普通は時間が余っているほうが心理的に余裕を持って指せると思うんですけど、どうしてそこまで時間をつぎ込めるかが不思議です。
広瀬 藤井さんの場合はそれが当てはまらないんですよね。私も基本的には豊島さんと同じような感覚なんですけど、何が変わったというのは本人ですらわからないんじゃないんですかね。自粛期間中に自分の将棋を見つめ直したという話をしていましたけど、弱点とは言えない弱点もだんだん埋まってきているような感じはしますね。
豊島 普通は見つめ直してもすぐそんなに勝てるようにならないですけどね。自分も、自分の将棋をしょっちゅう見つめ直してるけどそんなに勝てるようにならないし(笑)。
広瀬 若さですよ、若さ(笑)。
藤井先生はその後、2つのタイトルを獲得しました。やはり活躍が妥当と言える将棋の内容と感じられましたか?
豊島 内容的にも押している将棋だったと思います。
広瀬 奪取しても不思議ではなかったと思います。内容まで圧倒するというのは、棋士から見てもすごいなと思いますね。渡辺(明)さんは矢倉が上手い棋士なんですけど、矢倉で指して3局(藤井さんが)勝ってますからね。
広瀬先生は王将リーグを突破後、棋王戦にも挑戦するかという勢いでしたが、その後かつてない不調に陥ってしまったように思います。この1年では全棋士で最もレーティングを下げました。あの圧倒的なパフォーマンスからの不調は、ファンからすると全く想像できなかったのですが、何があったのでしょうか。
広瀬 竜王の防衛戦で燃え尽きてしまって。王将リーグはまだ竜王戦の途中だったので、それで挑戦を決められたんですけど、防衛戦が終わって燃え尽きて沈んでいって、そのまま王将戦に入ってしまったという感じでした。

私自身そんなに自分のことを強いと思っていなかったので元の位置に戻ったということでしょう。もともと浮き沈みが激しいタイプですし安定感はあまりないんです。昔は特にそうで、今でこそそういうのをあまり見せないように頑張っているんですけど、若手棋士の時は「一発屋」みたいなところがあったんですよね。
AbemaTVトーナメントについてもお聞かせください。これは豊島先生と広瀬先生は明暗を分けましたね。
豊島 広瀬さんめちゃくちゃ強かったですよね。
広瀬 (チーム永瀬には)あまり勝てる気がしなくて、予選で藤井さんと当たった時は1勝2敗くらいを目指していたんです。それだとマイナス1ポイントだからそれで御の字かなーと(笑)。
豊島 フフフ。
広瀬 久しぶりにオンエアが楽しみでしたね、僕が勝つところなので(笑)。もう将棋の内容も忘れかけていましたけどね。
チーム「GOOD BOYS」は期待が大きかったと思いますが、まさかの予選敗退。もっとやりたかったという気持ちがありましたでしょうか?
豊島 はい、そうですね。収録は終わったのが深夜2時くらいで、1日で全部撮ったので終わったことはグッタリでした。もちろん将棋に負けたこともありましたけど。
指宿旅行を楽しまれている様子がとても印象的でした。それがきっかけでのチーム編成になったとのことでしたが、元気が有り余る2人に対して落ち着いている豊島先生という面白い構図なのですが、チームには馴染めましたか?
豊島 はい。フフフ。盛り上がるかなーと思って指名したところもありました。
(佐々木)勇気先生がやはりグイグイ引っ張っていく感じなのでしょうか?
豊島 作戦とかも考えてくれて。研究とかを教えてくれて、この人はこうやってくるだろう、とか(笑)
その研究は的中されていたのでしょうか?
豊島 うーん、まあ、はい(笑)。なかなか3人が誰と当たるかわからない状況なので、想定するのは難しいですよね。
(対談特集の)渡辺先生や佐藤天彦先生にも伺いましたが、リーダー格の先生方と若手棋士では温度感が異なっていたように見えました。その差も含めて非常に楽しませていただいたのですが、お二人はどういう気持ちで臨まれていたのでしょうか。
豊島 僕もその時は叡王戦の挑戦者決定戦の期間中だったので、そんなに準備とかをしっかりやるというところまではできていませんでした。もちろん現場に行けばしっかり指そうとなるんですけど、前日に3人で集まった時に2人からやる気を感じたので、そのおかげで真剣に指すことができました。
フィッシャールール(※AbemaTVトーナメントは持ち時間5分で指すごとに5秒追加される)の経験もあまりないですよね?
豊島 そうですね。その前日の練習で指した感じですね。一夜漬けのチームが多かったと思います。
広瀬 うちは違いますけどね。
チーム「大三元」は練習を重ねていたんですか?
広瀬 いえ、ぶっつけ本番です! 黒沢(怜生)くんが「このルールはあんまりやりすぎると将棋が弱くなります」と豪語していたので(笑)。
豊島 ハハハ!
広瀬 難しいですよね、やっぱりタイトル戦の6時間とか8時間の将棋にどれくらい影響があるかというのは正直わからないです。もちろん将棋ではあるんですけど、個人的には持ち時間という点では別のゲームに近いのかなと思います。
リーダーから当日までの課題などは出されましたか?
広瀬 何もないです(笑)。
豊島 フフフ。
広瀬 黒沢くんとかはちゃんと弱点とかを考えてきていて、若手のほうがしっかり考えてきているなと思いました。
それぞれ、今後3人での活動の予定はありますか?
豊島 いや〜、どうでしょう。そんなにしゃべる機会もなさそう(笑)。
広瀬 難しいですよね。仮に来年も同じような形式の大会があったとして、同じメンバーを選ぶと盛り上がるのか盛り上がらないのかわからない。かといって1人だけ選んでも、もう1人は!?みたいに恨まれそう(笑)。
豊島 フフフ。
広瀬 そういうところに棋士が棋士を選ぶ難しさというのがあるんですよ。
そして新型コロナウイルス感染拡大で緊急事態宣言が発令され、名人戦と叡王戦が延期となりました。さらに長距離移動のある対局もなくなりました。渡辺先生や天彦先生は次の対局相手のことを考えなくていい時間はかなり気が楽だったと話していましたが、お二人はいかがでしょうか?
豊島 名人戦が開幕しないとなったのもギリギリだったので、それまではすごく不安がありました。東京へ行った後、天童(山形)まで行ってその後また東京で対局して帰るというスケジュールだったので、行ったり来たりして(感染を広げるようなことにならないか)大丈夫かなとか、いろいろ考えていました。

でも対局がなくなって、自分の実力を伸ばす時間にはできましたし、名人戦と叡王戦が決まっていたので、わりとモチベーションも高くやれていたかなと思います。結局2ヶ月間時間はあったんですけど、1ヶ月まず中断してその後また1ヶ月という感じだったんです。2ヶ月あるという前提で計画を立ててスタートできなかったのでそこはちょっと難しかったです。もうちょっと社会のことを見通せていたらまた違ったりしていたかもしれませんけど、そこまでは全然わからなかったですね。
広瀬 私はもともとほとんど対局の予定がなかったので、自粛期間になってもならなくてもあんまり変わらなかったですね(笑)。ただ単に2ヶ月外出ができなくなったという。でもそれは大きな違いでしたね。近所のカフェで1人でご飯を食べるのが好きだったんですけど、それすらできなくなってしまって1週間くらいで結構キツくなりました。私の大好きな麻雀もできなくなりましたし、Mリーグ(競技麻雀のプロリーグ戦)も中断しちゃいましたし…(笑)。
豊島 ハハハ!
広瀬 そういうのが重なってストレスというか、気持ちが滅入ったというのはありましたね。
他の先生方はネットで将棋を指していたようなのですが、豊島先生は自粛期間中も人とは一切指していなかったのでしょうか? これまでとは異なり週1程度の対局もなくなったことで、さすがに対人戦を2ヶ月も空けるのは不安はありませんでしたか?
豊島 ネットでは少し指してもらいました。どれくらい効果があるのかはわかりませんでしたけど、勘が鈍らないように棋士にお願いしました。普段は全くやってなかったんですけど何もしなかった時の不安が大きすぎて、1週間に1回くらいやっていました。自分は大阪同士での対局も一切なかったですし、全く対局がなくなってしまったので対局の代わりに。
豊島先生からいきなり対局のお願いの連絡が来たらびっくりしそうですね。
豊島 メールでお願いしました。
広瀬 昔、羽生先生が長岡(裕也)さんにお願いをしたことがあった時も突然電話がかかってきて、「本当に羽生さん!?」と疑ったという話を聞きました(笑)。
豊島 ハハハ!
広瀬 その時「もし羽生さんから電話がかかってきたらどうするか」というのが仲間内で話題になったんですよ。豊島さんからメールが来ても「スパムメールか!?」と一瞬疑うかも(笑)。
広瀬先生は人との練習対局はされていたのでしょうか?
広瀬 最近は主に三段の弟子とばかりでしたね。棋士同士でやってもいいんですけど、なんとなく弟子とのほうがやりやすいかなと思って週1くらいでやっています。でも師匠も弟子も最近成績がパッとしない(笑)。プロ同士の練習もそろそろ復活させたいと思っているんですけど、タイミングとかがいろいろ難しいですよね。
お互いにソフト勉強の限界を感じているという情報を拝見しました。豊島先生はソフト研究での序盤や中盤の感覚が煮詰まっている、さらに深く理解するために研究会を再開するのは有効かも、と。こちらも詳しく教えてください。
豊島 私が電王戦に出た頃とかはソフトがすごい勢いで強くなっていって、序盤の作戦とかもすごい変化が早かったのでそれについていくので精一杯だったんです。でも今はある程度作戦みたいなものが出揃ってきていて、一通りの局面は考えたことがあるというような感じになってきたので、それをさらにどうやって深めていくかという時期になったと思います。
人と対局したほうが考えが深まると感じられたのでしょうか。
豊島 1回指してみたら見えてくるところとかもあると思うんですよね。それをやってみてからもう一度研究したらちょっと見え方が変わってくるというか。
研究会を再開される可能性もあるということでしょうか?
豊島 でも今は状況的にどうなんでしょうね(笑)。
永瀬先生と藤井先生はネット対局を行われているようですが、ネット上で指すのと実際に盤を挟むのでは感覚に違いなどがあるのでしょうか?
広瀬 ネットで弟子とやると完全にダラけながらやってますねー。格上の先輩とかだったら違うんですかね。今はあまり緊張感なくやってるかも。本当は良くないですよね。
豊島 フフフ。できたらネットじゃなくて盤を挟んでやりたいですよね
広瀬 やっぱりなんとなく駒を持ってやったほうがいいという感覚から抜けきれないですね。
豊島 ネットで指していても盤に並べながらやっていますからね。
広瀬 そんな手があったのか…。
豊島 秒読みになるまでは盤に並べながらやってますね。
広瀬 なるほど、やってみようかな(笑)。
広瀬先生はソフトを使いすぎて考えることをしなくなってしまったと。読みの力が衰えてしまったということでしょうか? 対局をやっていて、読めないなと思うことが多くなったと感じられたのでしょうか?
広瀬 もともと年齢的に衰えがき始めた頃だったんですけどね。30歳を過ぎたら成績が落ちる時期とか、誰にでもあると思うんですよね。渡辺さんだって順位戦で降級した時がありましたし。A級にはいるけど天彦さんとか稲葉(陽)さん、糸谷(哲郎)さんとかも大活躍しているという感じではないですよね。すごく不思議だなと思っていました。

自分の場合はソフトの研究のしすぎという原因がはっきりしました。序中盤はちょっとましになってきたんですけど、タイトル戦でもけっこう逆転負けもありましたし結果に出てしまいましたよね。
豊島先生はソフトの使い方で気をつけている部分などはありますか?
豊島 自分の状態を見つつ変えていくという感じでしょうか。対局がたくさんあれば対局でたくさん考えるので、家にいる時はソフトで研究していてもそんなに考える力は落ちないかなと思います。
広瀬 「対局が一番の勉強の場」ということですね。
豊島 そうですね。
広瀬 昔からある名言ですよね。谷川(浩司)先生もおっしゃっていましたよね。
将棋以外でのプライベートの面ではいかがでしょうか? お二人とも、ニンテンドースイッチの「リングフィットアドベンチャー」をされていたそうですね。
豊島 お互いやっているというのは知ってました。
広瀬 え、何やってるんですか? アドベンチャーをやってる?
豊島 そうです。普通にレベルを上げていって、という(笑)。
広瀬 レベルは?
豊島 全然(笑)。名人戦が始まってから全然やってない。
広瀬 豊島さんは朝昼晩20分ずつやっているというのは聞いたんですよね。
豊島 それ一番やってた時に取材を受けたから(笑)。今はそんなにやってなくて、名人戦始まってからは全然やらなくなっちゃいました。その前に後もうちょっとでクリアできるのかなというところまでいったんですけど、その後で技を指定されるところがあるんですよ。それで「これはキツすぎるな」ってなっていたのと名人戦が始まった時期が重なったのでそこからやる気がなくなってやめてました(笑)。でもまた最近始めて全部クリアしました!
広瀬 2周目入った?
豊島 クリアしてまたやめてます。
広瀬 クリアするとまた2周目が始まるんですよ。でもある程度のレベルになっちゃうとフィットスキルに新しいのがなくなっちゃって、ゲームとしての面白さがなくなっちゃうんですよ。ただのトレーニングを日常的にこなす、みたいな(笑)
豊島 フフフ。
広瀬 自分はもうすぐ2周目を終わりそう。
豊島 おお〜さすがです。自粛期間中も体重もそんなに変わらなくて、むしろ最近痩せた?と言われることがけっこうありました。
トップ棋士、それも豊島先生や広瀬先生がNintendo Switchを持っていることにまず驚きました。どうして「リングフィットアドベンチャー」をやろうと思ったのでしょうか?
広瀬 もともと妻が持っていたんですよ。だいたい我が家の場合はまず妻が先にやって自分が後から始めるパターンが多いですね。リングフィットもそうだったと思います。向こうはレベル20くらいで止まってると思う(笑)。
豊島 うちも母がSwitchもリングフィットも持っていてやってたんです。私は全然やってなかったんですけど、自粛期間になってしまってジムにも行けなくなったのでその代わりですかね。
広瀬 日課としては悪くないですよね。でも楽しようとしちゃうんですよ。クリアするための効率を考えて攻撃力が高くて楽なやつとか常にやっちゃいます(笑)
豊島 ハハハ! 確かに楽なほうに流れてしまう。スクワットとかあまりやる気しないですよね。
広瀬 スムージー(※体力を回復させるアイテム)とか使っちゃうと簡単にクリアできちゃうから、スムージーはできるだけ使わないように、それだけは気をつけてます。
豊島 フフフ。
ところで、豊島先生はNBAにいつ頃興味を持たれたのでしょうか? きっかけは? ゴールデンステイト・ウォリアーズが好きで、とくにステファン・カリー選手が好きだと聞きました。ハマったきっかけは何だったのでしょうか?
豊島 BSでやっていた頃も結構見ていたんですけど、定期的に見るようになったのは最近ですね。何年か前にウォリアーズと(クリーブランド)キャバリアーズがファイナルでやっていて、ケビン・デュラント(選手)とかが入る前に1回見た記憶がありますね。弟がバスケ部だったので、NBAを見ていてその影響もあります。
バスケットボール自体がお好きなんでしょうか? 日本のBリーグや日本代表戦とかはいかがですか?
豊島 日本代表とかは全然わからないんです。八村(塁)選手とかはわかりますけどね。

自粛中も将棋をしっかりやって、ちゃんとした将棋を

豊島先生は復帰後の対局は敗れてしまいましたが、6月は全体を通して好調でした。4月から2ヶ月間隔は空きましたが、感覚などに問題などはなかったのでしょうか?
豊島 決断は悪くなっている感じはしましたね。これでいいのかなともう一度考え直すみたいなことは多かったような…。でも疲れとかは前よりは感じにくくなっているというか、その後ほぼ中1日でずっと指していたんですけど、そんなに前のイメージよりかは疲れていない感じでした。リングフィット効果なんですかね(笑)。
広瀬 最近時の流れは早いので、2ヶ月くらいあっという間に過ぎた感じですね。
広瀬先生は久しぶりの対局でテンションが上がったと書いてくださいました。
広瀬 上がるというよりは上げなきゃいけない感じですよね。
豊島先生は7月にまさかの連敗を喫しました。
豊島 私は結構連敗多いので、5連敗、6連敗も何回かやっているんです。ここ2、3年はそんなに連敗なくなっていたんですけど、(今回の連敗の)原因がよくわからなくて直せそうなことは一通り試していたんですけど、なかなか抜け出せなかったというところです。
対戦相手も、渡辺先生か永瀬先生のどちらかというのがずっと続きましたね。
豊島 相手ももちろん強いんですけど、明らかに指し手も冴えていないなという感じでした。
連敗スタートというのは7月5日の叡王戦第2局の持将棋以降になります。永瀬先生の”終わらない将棋”というスタイルにリズムを崩されたのではという声もありましたが、ご自身としてはいかがでしょうか?
豊島 持将棋で自分のスタイルが崩れるということはないです。持将棋の後にもう一局指すことになったら体力的にキツかったと思いますけど、そこで終わりましたし夜もそんなに遅くなかったので。手数は長いですけど、最後のほうは駒取ったり取られたりしているだけなのでそこまで頭使わないですから、そんなに疲労というのもなかったですね。
広瀬 豊島さんは対局が続くことに関してあんまり疲れとか感じなさそうですね。渡辺さんはキツイと言っていました。でも棋王と王将のダブル防衛戦の時は1勝1敗が最低ラインと言ってたと思うんですけど、結果“2連勝”でしたね(笑)。
去年のインタビューでは研究ストックの話をされていました。対局が増えてくると研究のストックがなくなると。そこはまだ課題としてありますか?
豊島 渡辺さんも永瀬さんも研究量がすごいですし、幅がかなり広いので難しいなとは感じました。
広瀬 私もストックするように研究はしてるんですけど、その通りにはならないことのほうが多いですし、それが明るみに出ないことも多いですからね。その前に違う人が指してしまうこともよくあるんですよ。1回指すと対策を取られてしまいますからね。だから結構周りの人の将棋も見なきゃいけないというはありますね。
ただ、名人失冠後も豊島先生は引きずらないところがすごいなと思いました。そこはもう割り切って次を見据えているのでしょうか。
豊島 わりと切り替えはできていますね。理由はよくわからないけど(笑)。時間が10日間くらいあったので名人戦をやってその後ちょっと用事があったんですけど、それが終わってA級順位戦の対局まで家でゆっくりしていたので、そこで回復した感じです(笑)。
広瀬先生も切り替えが早いタイプのように感じます。
広瀬 失冠した直後に佐々木大地さんと棋王戦で指したんですけど、ちょっとあの時だけは身が入っていないなと感じながら指していて、実際ボロ負けでした(笑)。さすがにこういう経験は始めてでした。前に失冠した時は次の対局まで間隔が空いていたんですけど、今回のように次の対局まで時間がないとキツイなと初めて気がつきました。失冠した後にすぐ公式戦で勝てる人ってすごいなと。佐藤康光さんが失冠した後すぐにA級順位戦で連勝したことがあったと思うんですけど、並々ならぬ精神力だなと思います。
豊島 自分の場合は10日間くらい空いていたので…。
広瀬 10日間くらいあればまた違うかもしれないですね。
広瀬先生はJT杯でまさかの頓死(最善手で指していれば自玉が詰まない状態で、応手を間違え詰んでしまうこと)。終盤に強い広瀬先生としては珍しいのではないでしょうか。近年では見たことがありませんでした。
広瀬 何回かありますよ? 豊島さんに竜を素抜かれたり(ある駒を動かすことで、その先にある相手の駒をタダで取ること)とか、NHK杯で7手詰とかを逃したりとか(笑)。終盤が強いと言ってくださる方も多いですけど、意外にそうでもないということを書いておいてください。そういうイメージを脱却しないと(笑)。
豊島 フフフ。
広瀬 あの頓死は「私も落ちるところまで落ちたな」とさすがに反省しました(笑)。王将リーグは復活するきっかけになればいいなと思っています。
スポーツ界やエンタメ界でも、その業界のトップでも自分の存在意義を見失ってしまう方もいました。やはりいろいろと考えさせられたのでしょうか? それとも自分のやるべきことに集中されていましたか?
豊島 自粛期間中にTwitterとかを始められる方も多かったですね。自分も考えてはみたんですけど、結局はやらなかったですね。何かやろうかなと思ったんですけど、それよりは将棋をしっかりやって名人戦とか叡王戦でちゃんとした将棋を指せるようにしたほうがいいかなという結論になりました。

棋士はそんなに経費とかも発生しないですし、損害を受けるということがあまりなかったんですけど、対局を受け入れてくださる旅館やホテルとかはランニングコストがかかるので大変なんだろうと思っていました。
広瀬 私もSNSとかは考えたんですけど、タイトル戦がある人はタイトル戦を優先したほうがいいですよね。スポーツ選手とかは試合自体が行われなかったわけで、余計にそう思いますよね。将棋界は対局が続いていただけまだ運がいいほうだなととらえるようにしていました。幸い対局中継はしっかり行われていたのでそういうところは関係者の方に感謝ですね。

「大三元」のチームTwitter開設もメンバーに相談してみたんですけど、「リーダーに任せます」と(笑)。2人ともたくさんツイートするタイプではなさそうなので始めても続かなそうですし、引っ込み思案なのでそれなら始めなくていいかな〜と。
マスク着用での対局など、新しい対局様式には慣れましたか?
豊島 やっぱり少し考えづらくなって外すこともありますね。マスクもいろいろ試したんですけど、不織布のものよりは布製のもののほうが息しやすいですね。
広瀬 慣れてはきましたけど、終盤になると外したくなりますよね。
最後の質問です。豊島先生は常々、全盛期の藤井二冠と渡り合えるように頑張りたいと言っていました。将棋界は藤井さんが二冠になり、レーティングに匹敵する実績を収めています。今後は上位棋士との対局ばかりになり、お二人との対局が増え、これまで以上に影響を与えるようになるかと思います。マラソンでいうとハイペースで走っているさなか、後ろから来た選手にペースを上げさせられることになります。そのときお二人は彼についていくために同じようにペースを上げるのか、まずは自分のペースを大切にしていくのか、どちらになりますでしょうか?
豊島 番勝負で勝とうと思ったら普通の勝率のイメージが3割くらい最低でもないと難しいと思うので、運とかその時の調子とか、作戦がうまく当たるとか得意戦法が流行と重なるとかいろんな要素があると思います。それで多少は勝率を上げることはできても、それでも最低でも3割くらいないとキツイと思うので、それが一つの目安になりますかね。3割とか4割あれば、その時の状況によっては番勝負で勝てることもあるかなと思います。ただどれくらい差が開いていってしまうのかなとは思います。

自分の成長スピードを上げていかないと食らいついていけないというのはあると思います。でも、それとは別に30歳くらいで、自分よりちょっと年上で優秀だった人たちが急に調子が悪くなることがあるので、そういうこともケアしつつ成長スピードを上げていかないといけないから、すごく難しいなと思います。
広瀬 こないだ豊島さんが30歳になったということを聞いて驚きました(笑)。私の場合は藤井さんどうこうというより、まずは自分のことです。藤井さんとの対戦が決まったらどう指すかということは考えますけど、成長のペースという部分では相当勝ち目がないので、藤井さんに追いつこうというよりはその時に一発入れてやろうという感じですかね。自分自身のことのほうが重要、という年齢に差し掛かってきましたから。

「王将リーグ『棋士とニューノーマル』」特集一覧

サイン入りポラプレゼント

今回インタビューをさせていただいた、豊島将之竜王×広瀬章人八段のサイン入りポラを抽選で3名様にプレゼント。ご希望の方は、下記の項目をご確認いただいたうえ、奮ってご応募ください。

応募方法
ライブドアニュースのTwitterアカウント(@livedoornews)をフォロー&以下のツイートをRT
受付期間
2020年9月20日(日)12:00〜9月26日(土)12:00
当選者確定フロー
  • 当選者発表日/9月28日(月)
  • 当選者発表方法/応募受付終了後、厳正なる抽選を行い、個人情報の安全な受け渡しのため、運営スタッフから個別にご連絡をさせていただく形で発表とさせていただきます。
  • 当選者発表後の流れ/当選者様にはライブドアニュース運営スタッフから9月28日(月)中に、ダイレクトメッセージでご連絡させていただき10月1日(木)までに当選者様からのお返事が確認できない場合は、当選の権利を無効とさせていただきます。
キャンペーン規約
  • 複数回応募されても当選確率は上がりません。
  • 賞品発送先は日本国内のみです。
  • 応募にかかる通信料・通話料などはお客様のご負担となります。
  • 応募内容、方法に虚偽の記載がある場合や、当方が不正と判断した場合、応募資格を取り消します。
  • 当選結果に関してのお問い合わせにはお答えすることができません。
  • 賞品の指定はできません。
  • 賞品の不具合・破損に関する責任は一切負いかねます。
  • 本キャンペーン当選賞品を、インターネットオークションなどで第三者に転売・譲渡することは禁止しております。
  • 個人情報の利用に関しましてはこちらをご覧ください。
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