平日朝8時ごろの武蔵小杉駅付近。東急武蔵小杉駅方面からJR横須賀線の新南改札・NEC方面へ向かう人が多い(筆者撮影)

JR東日本と川崎市は2018年7月17日、横須賀線武蔵小杉駅とその周辺の混雑緩和を目的に改札口とホームを増やすことを発表した。


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朝ラッシュに横須賀線ホームが大混雑していることが主な要因で、東側に新しく下りホームを増設し、新たな改札口の設置で流動を分散化することで、乗客の安全を確保する。下りホームの完成は2023年の予定だ。

ここまでの混雑になってしまったのは何が原因なのだろうか。そして解決策はほかにないのだろうか。まちの様子や人の流れを見て考えてみた。

人の波に圧倒される朝

朝8時ごろ。武蔵小杉駅の混雑はピークを迎える。横須賀線ホームに向かうと、1面の島式ホームに人がぎっしりと立ち、列車を待っている。少しでも空いている場所へ移動しようと思えば、ホームの端を歩かなくてはいけないほど危険な状況だ。


平日朝の横須賀線新南改札前(筆者撮影)

2010年の横須賀線新駅開業に伴って設けられた新南改札を出る。ここでは時折渋滞のように人の動きがノロノロになっているのが見られた。1年ほど前に通勤で武蔵小杉駅を利用していた男性は「以前は横須賀線ホームへ向かう人の列が改札の外まで伸びており、その列も完全に止まることがあるくらいの混雑だった」という。

ここから東急電鉄の武蔵小杉駅へ向かおうとすると、新南改札方面へ向かってくる人の流れと近くにそびえ立つタワーマンション群に圧倒されそうになる。東急の武蔵小杉駅に到着すると、今度はJR南武線と東急の駅間を行き来する人も多い。


朝8時ごろ、グランツリー武蔵小杉前を横断して横須賀線新南改札・NEC方面へ向かう通勤者(筆者撮影)

いま武蔵小杉周辺で最も注目されているのは、東急の高架と東海道新幹線の高架の間に広がるエリアだ。タワーマンションが何棟も建つ景色は、近年の武蔵小杉の人気を象徴する。また、東急電鉄の武蔵小杉駅周辺には2013〜2014年にかけて「ららテラス武蔵小杉」・「武蔵小杉東急スクエア」・「グランツリー武蔵小杉」と大型商業施設が相次いで開業し、ショッピングゾーンも形成された。

中でも、セブン&アイ・ホールディングスのショッピングモールである「グランツリー武蔵小杉」は多摩川の向こうの目黒区や世田谷区まで射程に入れた大型のモールだ。確かに、ほかの同グループのショッピングモール「アリオ」と比較すると高級感が漂う。一方で、東急武蔵小杉駅の西側やJR南武線の北側には昔の雰囲気も残る。

人口急増の背景は開発史にあり

武蔵小杉駅の混雑の原因としては、タワーマンションの建設による人口増がよく指摘される。国土交通省が5年ごとに行う公共交通の利用実態調査「大都市交通センサス」のデータを見ると、ラッシュアワーの1時間で約3万6000人の定期客が武蔵小杉駅を発着点としている。こちらは年間約10%の伸びで10年前の倍、人数にして約1万8000人の増加だ。

住民の増加について国勢調査を元に見てみると、武蔵小杉駅周辺で年平均3%以上の人口の伸びを示しており、特にタワーマンションが建ち並ぶ新丸子東3丁目は年平均約7%の伸び(2010年から2015年)を示した。2015年の時点では約6000人が居住している。


武蔵小杉駅周辺の施設の位置と小地域ごとの人口増加率。薄い緑が年平均3%までの人口増加地区、濃い緑が年平均3%以上の人口増加地区(2010年・2015年の国勢調査を基に筆者作成)

このように武蔵小杉駅周辺の人口が増えたのには、どのようないきさつがあったのだろうか。その答えはこのエリアの開発史にある。

この地に鉄道がやってきたのは1926年。東京横浜電鉄(現在の東急東横線)がまず開業し、翌1927年には南武鉄道(現・JR南武線)も開業した。当初この2線の交差部には本設置の駅はなく、南武鉄道が仮設した「グラウンド前」駅があるだけで、「武蔵小杉」を名乗る駅は今の中原区役所の裏手にあった。

その後、南武線沿線に工場地帯が出現し、地域が軍需景気に沸くと東横電鉄と南武鉄道の乗り換えの便を図るべきだという声が強まり、それを受けて1945年に東横電鉄の仮設駅として「武蔵小杉」が誕生する。この前年には南武鉄道は国有化され、グラウンド前駅が「武蔵小杉」となっている。ちなみに東横電鉄の武蔵小杉駅は、戦時中はラッシュアワーのみ営業する臨時駅だったが、戦後に周辺の駅を統廃合する形で本設駅となった。

戦後は経済発展に伴い市街地が形成されていくが、商業エリアは東急電鉄の武蔵小杉駅の西と南武線の北にわずかに形成されるにとどまり、東急電鉄武蔵小杉駅の東側はガラス工場や印刷工場が立地する「工場のまち」だった。これが2000年代から始まる再開発に大きく寄与する。

再開発自体は1990年代から構想されていたが、加速したのは2003年に川崎市とJRの間で横須賀線の武蔵小杉新駅を改札する協定書を締結してからだ。武蔵小杉に横須賀線の新駅が開業することは、渋谷・新宿・大手町・品川など都心の主なエリアと横浜・鎌倉・湘南などの両方に1本で行ける立地になり、その範囲が広がることを意味していた。


東急電鉄武蔵小杉駅と横須賀線に挟まれたエリアは複数棟のタワーマンションが建つ(筆者撮影)

そこに大きな再開発エリアが現れたのだから、人気の場所にならないはずがなかった。工場や企業のグラウンドなどを、タワーマンションや複合施設に再開発する民間のプロジェクトが次々と立ち上がったのだ。タワーマンションは2007年ごろから次々と建てられ、現在建っているだけでも10棟以上。さらに新しい商業施設を内包した複合施設の開業で、一気にまちのイメージは変わっていった。

街の変化で横須賀線が大混雑

こうして武蔵小杉のまちは子育て世代を中心に絶大な人気を集めることとなる。再開発エリアの人口はタワーマンションの建設で1万人ほど増えたとも言われる。

この人口増加のあおりをうけたのが横須賀線と湘南新宿ラインだ。2010年には横須賀線の混雑率は181%から193%へ12ポイントも上がり、その後、首都圏トップクラスの混雑が落ち着く気配を見せていない。数字には上がらないが、湘南新宿ラインも同じように激しく混雑する。朝ラッシュのホームも危険な状態だ。


それだけではない。武蔵小杉駅へ入るための改札口の混雑も年々激しくなり、特に新南改札では列に並んでからホームに上がるまで5分程度かかることも珍しくなかったという。そのため、JR東日本は2018年4月に新南改札に向かい合うようにして朝7時〜9時限定の臨時改札も設けた。この改札整備で少しは混雑緩和しているようだが、さらに混雑を分散化させるために、この度新たな改札口整備を決めたわけだ。

2015年度に実施された「大都市交通センサス」の調査結果を見ると、武蔵小杉駅を起点として乗車する人のうち、横須賀線・湘南新宿ライン上り方面に行く定期客は、ラッシュアワーで約7000人にものぼる。ちなみに2010年度から2015年度にかけて、武蔵小杉を起点とし、東急の上り方面へ向かう定期客も約6000人増えている。

こうして見るとまるで武蔵小杉の人口増だけが横須賀線ホームの混雑要因に見えるが、実はそれだけではない。同じく2015年度実施の「大都市交通センサス」の調査結果を見ると、武蔵小杉で毎朝乗り換える定期客は、駅全体で、ラッシュアワーの1時間だけでも約5万人にものぼり、年間約6%〜8%も増えている。

これは10年前の1.8倍、人数にして約2万2000人の増加だ。さらに南武線上りから横須賀線・湘南新宿ライン上りへ向かう乗り換え客(定期利用)がラッシュアワーで約1万人にも達している。これは武蔵小杉を起点として横須賀線・湘南新宿ライン上り方面へ向かう客よりも多い。また、2010年度の調査と比較してもラッシュアワーで定期客が約8000人も増えている。

武蔵新城の利用者が急増

では、南武線上りの輸送量について見てみよう。実はここも混雑率が高く、180%台後半と高い水準を維持している。また、武蔵中原から武蔵小杉への上り方面のラッシュアワーにおける1日あたりの輸送量は2005年度から2015年度の10年間で約3500人増えている。武蔵小杉だけでなく、南武線の北側から上り方向への旅客流動も横須賀線・湘南新宿ラインの混雑を激しくしていると考えるのが順当だろう。


実際、近隣各駅の乗車人員のデータを見ても、武蔵中原はここ5年間で年平均0.75%、武蔵新城では年平均2.18%と大幅な乗車人員の増加が見られる。武蔵新城駅周辺の人口増加率を小地域毎に見ると、全体的に増加基調にあるだけでなく、年平均8%も増えている場所がある。低利用地や工場がマンションに変わっていった武蔵新城は乗車人員で武蔵中原を逆転した。しかも武蔵新城に関しては利用客が今後さらに増えていきそうなのだ。


中原区・高津区の小地域毎における人口増加率。薄い緑が年平均3%までの人口増加地区、濃い緑が年平均3%以上の人口増加地区(2010年・2015年の国勢調査を基に筆者作成)

さて、ここまでJR東日本がホーム増設に踏み切る武蔵小杉駅の横須賀線・湘南新宿ラインについての旅客流動を見てきた。

首都圏トップクラスの混雑は、旅客の安全・円滑な移動のためにも解消したいというのがJR東日本としても本音と思われる。それは臨時改札口の設置や今回のホーム増設から見ても明らかだ。JR東日本の川野邊副社長も「あの状態でよしとは思っていない。将来に向けて検討していく。ホームの混雑緩和に取り組む」とコメントしており、上層部も問題は認識している。

混雑緩和に最も有効なのは本数増だが、現在武蔵小杉駅の横須賀線ホームにやってくるピーク時(7時30分〜8時30分)の本数は横須賀線9本、成田エクスプレス1本、湘南新宿ライン6本、湘南ライナー2本、おはようライナー新宿1本の19本。平均して3分9秒に1本だ。

混雑緩和への道は険しい

JR南武線や東急東横線を見れば一見増発余地はありそうに思うが、「編成は15両で限界、増発余地はない」(川野邊副社長)という。確かに信号の設置間隔からいってもかなり詰めているように見える。また西大井―品川間には平面交差の蛇窪信号所があり、さまざまな行先の列車が行き交うことを考えれば、現状の設備で増発余地を作るのは難しいと言えるだろう。

つまり、横須賀線の下りホームの増設、新改札口の設置というのは現状すぐに打てる最善の手ということなのだ。もちろん、旅客の安全確保には間違いなくつながるだろう。それでも今後さらなる旅客増が見込まれることを考えると、やはりホームや列車の混雑をなるべく解消するために横須賀線・湘南新宿ラインを利用しない別ルートの利用を促すことや、横須賀線の設備改良工事で増発余地を確保することも検討していく必要があるように思える。

武蔵小杉駅周辺の民間の手による再開発と川崎市内の面的な人口増加で年々厳しくなる横須賀線・湘南新宿ラインの混雑。その緩和への道は険しく、遠いと言えそうだ。