洗剤、パーマ液、レジン、ジェルネイル…意外と身近な“化学物質”のハナシ 安全に使うためには?――厚生労働省×皮膚科医デルぽんさん対談

私たちの身の回りは、化学物質で溢れています。

例えば洗剤や消毒液、漂白剤、接着剤など…。ネイリストや美容師、建築職人といった専門職に限らず、清掃業者、飲食店やホテルで働く人など、多くの人達が職場で化学物質が入った製品を使っています。成分の違いこそあれ、家庭でも同様に多くの化学物質を使った製品があるでしょう。

化学物質が原因の労働災害も年間450件ほど発生しているそうですが、「洗剤を使って手荒れしてしまった…」「塩素を吸い込んで気分が悪くなってしまった」など、少し思い返すと身近でも化学物質に関するヒヤリハットの事例はあるかもしれません。

今回、厚生労働省・労働基準局安全衛生部・化学物質対策課長の土井智史さんと、皮膚科医でブログ『デルマな日常』を運営するデルぽんさんの対談が実現。実は化学物質が原因の災害は、未然に防げるケースがかなり多いと言います。

手袋をつけていたのに化学熱傷や接触皮膚炎に…
家でレジンアートやジェルネイルする人も要注意

−−職場で化学物質が原因で起きた皮膚への受傷例は、どのようなものが多いでしょうか。また家庭でもそうした例はありますか。
デルぽんさん:職場での受傷例としてまず思い浮かぶのは、洗剤類による受傷です。清掃業や飲食店に携わる方が、洗剤や消毒液による化学熱傷(化学物質が皮膚に付着し、やけどのようになる)で受診されることが多いですね。工事現場で働く方の受傷も多く、こうした刺激性の皮膚炎をおこすものは、見た目も「ザ・熱傷」といった具合に派手になりがちなため、印象に残ることが多いです。過去にセメントに接触して受傷した方もいて、深達性が深く治るまでに時間がかかったのでよく覚えています。

その他、美容師さんやネイリストさんに多いのが、アレルギー性の接触皮膚炎です。美容師さんの手荒れはなかなか治らないことが多いのですが、素手で頻繁にシャンプーなどするという機械的な原因以外にも、髪の毛の染料剤やパーマ液にかぶれている例も一定数いるのではと思います。手袋をつけて作業をしていても実は長さが足りていなかったり、ゆるい手袋から液が中に入ったりということがあるように思います。ジェルネイルやレジンを扱うネイリストさんでも、手袋していたのにかぶれたという方がいました。

また最近は個人でもレジンアートやジェルネイルをされる方が多く、手指のかぶれの症状で来られる方がいます。レジンは感作をおこしやすいので、一般の方でも手袋の着用など扱いには注意が必要だなと思っています。その他、電池の液漏れで受傷したという方も診ました。その方はラジカセを膝に乗せて小1時間、聴いていたそうで液に接触した太ももが、熱傷になっていました。あとはズボンに灯油がついて、そのまま履いていたら熱傷になったという一般の方もいましたね。
−−職場、家庭問わず身近な災害を防ぐために、どのような点に注意したら良いですか。
厚生労働省・土井さん:厚生労働省では労働安全衛生法に基づき、主に企業に対する指導や啓発活動を行っています。企業に化学物質管理の徹底を促すことはもちろんですが、実際に化学物質に触れる方々の多くは現場で働く方々なので、こうした方々に化学物質の危険性を理解していただき、意識を高めていくことが労働災害を減らすために大切だと考えています。

化学物質による労働災害としては、洗浄剤、殺菌剤、消毒剤によるものがとても多くなっています。飲食店で厨房の換気扇を洗うときに、洗剤に直接触れないように手袋をしていたのに、手袋の隙間から洗剤が入って化学火傷になったといった災害もあります。「これくらい大丈夫だろう、先に片づけてしまおう」とそのまま作業を続けたため手に洗剤が接触し続けたことが原因です。

付着した洗剤をすぐに洗い流して手袋を替えるなど、皮膚についたときに適切な対処をすれば労働災害に至らなかったと思います。そういう意味では働く方々も、化学物質の危険性をよくご理解いただいて扱っていただくことが必要だと感じます。
デルぽんさん:働く方々に意識づけしていくことは大事なのかなと思います。受診した方の中にも、手袋の隙間から化学物質が侵入したり、手袋から化学物質が浸透して、防御になってなかったり…というパターンもありましたね。
厚生労働省・土井さん:手袋にもいろいろな種類、厚みがあり、扱う化学物質に合うものを使うことが重要です。適切な手袋を使用しないと、化学物質が手袋に浸透し、皮膚に達して火傷状態になることもあります。また手袋が破れていないか事前に確認することも大切です。手袋を開いて空気を入れ、袖口部分を折り返して空気を中にためると、穴が開いているかどうかわかりますので、日常的に手袋を使う方は特に習慣付けて行っていただくようにすると災害防止につながります。

また、手袋の隙間から化学物質の侵入を防ぐために、手首から肘まで保護するアームカバーをつける方法もありますが、作業性が落ちるだとか、面倒だといった声も聞いていますので、まずは隙間のないように手に合ったサイズの手袋を使うことが第一です。

洗剤などが皮膚に接触する災害は件数こそ多いものの、化学物質の有害性を理解し、手袋や保護メガネといった保護具をきちんと着用していたら防げたというケースが実はほとんどなので、もう少し気をつけていただくことが重要だと思っています。化学物質はいろいろな産業で使われているので、広く沢山の方々の意識を高めていくことが必要で、化学物質管理強調月間などでの啓発や、さまざまな媒体を通じた広報を進めています。

化学物質管理強調月間イベント
「他の人にも勧めたい」と好評

−−化学物質の労働災害を減らすために、厚生労働省様ではどのような活動を行っていますか。
厚生労働省・土井さん:企業の担当者や働く方々に化学物質の管理を知っていただくために、化学物質管理を解説したリーフレットを作ったり、ポスターを全国の駅など人目につく所に掲示したり、X(旧Twitter)を通じて情報発信をしたりなど、とにかく沢山の方々の目に留まるように取り組んでいます。厚生労働省のホームページでは、化学物質管理に関するeラーニング教材など公開しているほか、「 Chemi ちゃん」というキャラクターがナビゲーションするポータルサイトを設置しています。このほか、全国の労働局や労働基準監督署では化学物質管理の説明会を開催しています。また、「化学物質管理強調月間」を創設し、本年2月に初めて実施しています。

これまで実施してきた化学物質管理のイベントでは参加者と対話しつつ行うリスクコミュニケーションを実施してきましたが、今回行った化学物質管理強調月間のイベントではワークショップとして参加者とともに考える形式で行いました。イベントは東京と大阪で行ったのですが、ビルメンテナンス、清掃業、外食産業といった業種の方々に集まっていただきました。

会場では、参加者を4〜5人のグループに分け、グループ内でディスカッションしながら模擬的なリスクアセスメント(危険性や有害性の特定、リスクの見積り、優先度の設定、リスク低減措置の決定の一連の手順)を行っていただきました。労働衛生コンサルタント(厚生労働大臣が認めた労働安全・労働衛生のスペシャリスト)が各グループについてアドバイスしながら進めたことも良かったと思います。参加者からは「いろんな会社の話も聞けて参考になった」、「ぜひこういう取り組みを他の人にも勧めたい」といったご意見をたくさんいただき、意義のあるイベントになったと思っています。
−−「化学物質管理強調月間」を設定した背景には、化学物質に関する法令「労働安全衛生法」の一部が2023年と2024年に相次ぎ改正されたことがあるそうですが、どのように変わったのか、簡単に教えて下さい。
厚生労働省・土井さん:令和6年4月に新たな化学物質規制が全面的に施行されています。新たな化学物質規制は、それまでの規制と大きく異なり、企業における自律的な化学物質管理を基軸とする規制です。

それまでの化学物質規制は、特に有害性が高い化学物質を国が指定し、化学物質の発散源の密閉化や換気装置の設置などの具体的な措置を規定して企業に求めるものとなっており、企業が規制に従って一律に対策を講じるものでした。たくさんの化学物質がある中で有害性が高いものだけを規制していたため、必ずしも十分に災害を防ぐことができないといった課題がありました。

一方、国際的には化学物質のリスクに応じて必要な措置を行うといった対応がベースとなっており、日本でもこうした対応を取り入れようということで、危険性・有害性を有する全ての化学物質について、リスクに応じて企業が対策を考えていく仕組みを導入したものです。危険性・有害性を有する全ての化学物質が対象となったので、対応が必要な化学物質の数が飛躍的に増加し、2025年3月時点では約1400物質が対象となっていますが、2026年4月には2900物質まで拡大することになっています。

化学物質は様々な業種で使われており、対応が必要な化学物質の数が大幅に増加することで、これまで化学物質管理に取り組んでこなかった企業でも対応が求められることとなります。このため、新たに「化学物質管理強調月間」を実施することとして意識啓発に取り組むこととしたものです。

レジンを素手で触っていて…社会全体として意識を高めていくことが大事

−−デルぽん様はこれまでの診療のご経験から、化学物質の管理意識の向上の必要性を感じることはありましたか。
デルぽんさん:皮膚科医としては患者さん個々の症例に対して治療を行うという意識が強く、その物質を管理するという産業医的な視点で診ることが今まであまりなかったのですが、個人的な体験から感じたことがありまして……。以前、手芸店主催のレジンアートのワークショップに参加した際、先生がレジンを素手で扱っていて、あれっ!? と思いました。レジンの扱いを教える立場の方でも、正しい取り扱い方を知らないこともあるのだな……と。

職場でも規制対象になる化学物質が増えている中、同じようなことが起こり得ると思います。啓蒙していくことで少しずつ、たとえばレジンは、洗剤はこういうふうに扱わなきゃいけない、みたいな意識を一人ひとりが向上させることがまずは大事なのかもしれませんね。
厚生労働省・土井さん:まずは職場の管理者から化学物質の危険性や正しい扱い方をしっかり伝えていただくことが第一になりますが、その上で働く方々にも「化学物質を使う」という意識を持っていただくことが大切だと思います。

化学物質の危険性は、建設機械など重機の危険性と異なり、眼で見て分からないといった課題があります。建設機械が動いていれば直感的に危険は理解できますが、化学物質はそうはいきません。そういう意味では危険だとの意識が高まり難い面があり、お話ししてきたとおり、様々なチャネルを通じて化学物質管理について情報発信していますが、必ずしも十分にキャッチされていない面もあることが課題です。

テレビなどで報道されている日常的なニュースの中には、化学物質に関するものも結構な頻度で報じられていて、最近の報道ではPFAS(ピーファス、有機フッ素化合物の一種)が水道水に含まれている場合があり人体に有害かもしれないと話題になっています。こういった話題を見聞きした時に、自分の職場で使われている化学物質はどんなものだろうか、危険性はないのだろうかという発想を持っていただくことでも職場での対策に繋がっていくと思います。ぜひそういう意識を持っていただけたらとも思います。
−−自分ごととして捉えることが大事ですね。一方で清掃業や飲食業などの中には零細企業も多く、会社や管理者のほうがコスト面から化学物質の取り扱いが追い付いていないということもあるようです。
厚生労働省・土井さん:これはなかなか解決が難しい課題ですが、化学物質の取り扱いを誤ると人の健康に重大な影響を及ぼす場合もあることをしっかり認識していただくことが大切です。厚生労働省の出先機関である労働局や労働基準監督署、働く方から相談を受けて企業に直接指導するなどの対応も行っています。

また、社会全体として化学物質の管理にしっかり対応する必要があるという雰囲気を高めていくことが重要だと考えています。人権やコンプライアンス、ジェンダー等の様々な課題が社会全体に浸透して取組が進んできているように、人々の意識が変化することにより、企業の取組も進んでいくものと思いますので、しっかり情報発信していきたいと考えています。

天井に吹きかけた化学物質が垂れてきた……「職場のあんぜんサイト」事例が生活にも役立ちそう

−−厚生労働省様の「職場のあんぜんサイト」では、労働災害の事例や最新の化学物質の有害性などの情報が掲載されています。デルぽん様は職場や日常生活でどのように生かしていくと良いと思いますか。
デルぽんさん:実は私は今回初めて見たのですが、「職場のあんぜんサイト」ではいろんな労働災害の事例がイラスト付きでわかりやすく紹介されているので、すごくいいな!と思いました。私たちも医療現場でヒヤリハットや医療事故の実際の事例を見て学ぶところが大きいです。みなさんにも見ていただけたら、実際にこういうタイミングで受傷が起こるのか、と意識するきっかけになると思います。患者さんに対する指導のポイントにもできそうです。

天井にかけた化学物質が垂れてきて受傷したという事例を読み、天井を掃除中に吹きかけたスプレーが顔にかかったという一般の方を診たことを思い出しました。私自身もやりそうだな……と思ったものです。みなさんにも事例を見ていただくと日常生活での予防になってくんじゃないかなと感じました。
−−先ほど土井様が仰っていた化学物質の取り扱いに対する社会全体の意識の向上は、医療現場の立場から見て、どうしたら実現していくと思われますか。
デルぽんさん:患者さんを見ていると情報の影響力として、やっぱりテレビが一番すごくて、番組で皮膚ガンの特集をやると翌日、心配された方が大勢いらっしゃる。「テレビで観て…SNSやネットにはこういうふうに書いてあったんですけど……」みたいな感じで受診する方も多いです。あと、アナログ作戦も意外と侮れないです。診察室の待合室の壁に貼ってあるポスターを見たからと治療や診察につながることが割とあります。

リスクと利便性のバランスを取ることが大事

−−化学物質に関する労働災害は年間450件ほど発生しているとのことですが、この他にガンなど遅発性疾病もあるそうですね。結局のところ、化学物質の労働災害はどうしたら減っていくと考えられるでしょうか。
デルぽんさん:先ほど仰っていたワークショップがやっぱりいいんじゃないかなと。あとは自分が関係する、しないにかかわらず、労働災害の事例が生活にも役に立つことがあると思うので、厚生労働省様には「職場のあんぜんサイト」も周知していただきたいです。若い方向けにXでの活動もさらに頑張っていただけるといいのかなと思います。

それから前述のとおり、待合室のポスターがよく見られているので化学物質の取り扱い方を啓蒙するポスターが皮膚科や総合病院にもあるといいですね。特にレジンのように100円ショップでも手に入り、急速に広がっているものは知識の差が出やすく、手袋をするなど扱い方の周知が必要だと実感しています。手袋を正しくつけているか、触れるものが汚染されてないか、親御さんがチェックした方がいいと思います。
厚生労働省・土井さん:危険性が高いものと低いものでは対策のありようは違っているため、それぞれの化学物質の危険性に合った対策をすることが必要です。

あとから有害性が明らかになる化学物質もあります。過去、石綿は耐熱性と耐久性がある非常に有用な化学物質として扱われていて、その有害性がよくわかっていませんでした。また、印刷工場で使われていた洗浄剤が原因で胆管がんになった事案や、染料を扱う工場では発がん性のある物質を含む液体で手袋を繰り返し洗浄して使用していたため、汚染された手袋を通じて皮膚から浸透して膀胱がんになった事例もありました。

危険性・有害性がない化学物質ってとても少ないのです。また、現在の科学的知見では有害性がないと言えても、将来どうなっているかは誰にもわからないので、化学物質の使用にはリスクがあることを十分意識して必要な対策を講じ、リスクと利便性のバランスをうまく取っていくことが必要だと思います。
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