【豊島将之×糸谷哲郎】将棋研究2.0 第71期王将リーグ特集

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秋空にカラカラと笑い声がこだまする。
対局時のピンと冷たく張り詰めた表情と、少年のようなあどけない笑顔のギャップに思わず吹き出しそうになる。
幼少時代から同じときを過ごし、同じ頂を目指す戦友にだけ見せる柔らかな表情は、マスク越しにも想像に容易い。

行雲流水、変化を恐れぬ孤高の戦人・豊島将之。
棋士同士の研究の場を退き、ソフト研究に注力し続けた後に感じた違和感。さらには時は流れ、AI研究の世界にはまた新たな風が吹いている。豊島はそれをどう読み解くのだろう。

ぐらぐら煮えたぎる情熱を抱く戦士・糸谷哲郎。
将棋の世界を深く愛し、将棋の神に愛されるフィロソファーは、その新しい波をどのように操るのだろう。

昨年に続き、8人の棋士のライフラインチャートも必見。
我々が知る由もない苦悩や喜び、想像をはるかに上回るレベルで安定した精神力の強さに感嘆するだろう。

まもなく開幕する第71期ALSOK杯王将戦挑戦者決定リーグには、今期も将棋界のトップランナー7人が集結した。その挑戦を待ち受けるのは、棋界最高峰タイトルの名人保持者で王将の渡辺明だ。今年も8棋士の素顔に迫り、読者とともに"天才たちの現在地"に寄り添いたい。

撮影/MEGUMI
取材・文/伊藤靖子(スポニチ)、ライブドアニュース編集部

「王将リーグ『将棋研究2.0』」特集一覧

まずはお二人の出会いからお話を聞かせてください。昨年末に放送された「ニコニコ生放送『大晦日将棋・ライバルズ』」での対談では、糸谷先生が小学2年生、豊島先生が幼稚園の年長で初めて対戦したとお話されていました。
糸谷 小学生名人のときですよね。
豊島 そうですね。はい。
糸谷 豊島さんはまだあんまりこちらを意識してなかったと思いますけど。
豊島 いやー、でも糸谷さんのことを結構見ていましたよ。勝ち上がっていたし、気迫に溢れていたので印象に残っています(笑)。
糸谷 「あんなに小さい子が…」って会場中が注目していましたよね。だって、「小学生(将棋)名人戦(以下、小学生名人戦)」に幼稚園から出る人は過去にもいないでしょう?
豊島 あー、確かにあんまりいないかもしれないですね。糸谷さんが全国大会に出場できそうなところまで行っていたような記憶が…?
糸谷 結構勝っていた気もするんですけど…。何だったかな、確か最後は船江(恒平六段)さんあたりに止められているんだけど。ただ船江さんとか、その後の奨励会でしのぎを削る人たちがたくさんいたなっていうのは覚えてるんですよね。その年か、その1年後には、(佐藤)天彦(九段)さんとか牧野(光則六段)くんとか。稲葉(陽八段)はいたかなぁ?
豊島 途中から大阪は大阪府のみでやるシステムに変わったんですよね。それまでは確かに、いろんな地区から来ていた。
糸谷 うん。昔はワチャワチャいろんな地区から来ていたんですけど、1県1人になると、船江さんが出ると稲葉が出られなかったり、西川(和宏六段)くんも「稲葉に勝てなかった」って言ってたし。「小学生名人戦」で今の棋士仲間を知った感じですね。その中でも特に豊島さんが一番小さかった。
豊島 そうですね。でも都道府県ごとになってからはやっぱり大阪大会が抜けられなくて全国大会に行けなかったですね、結局。
お二人が実際に初めてお話されたのは奨励会入会後になるのでしょうか?
糸谷 奨励会に入ってから?
豊島 奨励会に入ってからじゃないですか、たぶん。
糸谷 私が小4で入ってその翌年に豊島さんが小3で入ってるので、やっぱり豊島さんは天才という評判も高かったし、私はみんなからたぶんうるさいヤツだと思われたと思うんですけど…。
豊島 フフフ。どうでしょう。糸谷さんは意外と奨励会入会直後はかなり苦労されていたので、周囲の評価が高かったわけではなかったのかもしれないですね。「広島(糸谷八段の出身県)にすごい人がいる」っていうのは聞いていたんですけど。
糸谷 私は天彦さんと同期なんですけど、天彦さんはめちゃくちゃ勝っていたんですよね。
豊島 そうですね。確かに相当昇級するペースが速かった。私は別に速くも遅くもない普通のペースで上がっていった感じですかね(笑)。
糸谷 私は豊島さんが入って1年後くらいからチャージがかかった感じですね。
豊島 なんか急にすごい勢いで昇級するようになったという印象はあります。
糸谷 稲葉、都成(竜馬七段)が入ってきて、そこからみんなで頑張ろうという感じですね。天彦さんが一歩先でしたね。
豊島 天彦さんは「自分は別格」っていうようなオーラを放っていた印象があります(笑)。
みなさんが天彦先生を追いかけていくような感じだったんですか?
糸谷 そうですね。天彦さんが上のほうに行って、みんな1、2級遅れて集団で上がっていたイメージがあります。天彦さんは三段になると関東に行っちゃったんですけど、やっぱりその後はみんな三段に上がりましたね。
豊島 そうでしたね。天彦さんは例会の前日もホテルに泊まっていましたよね。
糸谷 確かに(笑)。
豊島 でも、あれって結構大事なんですね。連盟に泊まっている人はどうしても遊んでしまって全然成績が振るわなくて(笑)。
糸谷 都成さんとかね(笑)。
豊島 楽しいんでしょうけどね。天彦さんはホテルに泊まっていたのが良かったのかもしれないですね。
糸谷 ホテルに泊まるのは「好手」ですよ。
豊島 フフフ。ホテルに泊まられて「自分は別格」オーラを出されていました。
糸谷 みんな無料だから連盟に泊まるんですよね。でもそうなるとやっぱり喋っちゃうし遊んじゃう子もいたから。
豊島 糸谷さんみたいに遠くても当日の朝に来るか、ホテルに泊まっていた人がよく勝っていたような気がします。
糸谷 やっぱり近くにいて当日の朝に来る人は有利な気がしましたけどね。
豊島 そうですね。遠くても当日の朝に来る人のほうが上がっていた気がします。
幼稚園、小学生時代から一緒に過ごしてきたお二人も、気づけばお互いに30歳を超えましたね。小さい頃と変わったところ、変わらないところはありますか。
糸谷 豊島さんは物静かなところは変わらないですね。将棋を指しているときの雰囲気とか。奨励会のあたりから淡々としたところは変わらないですね。
豊島 確かにそうかもしれません。糸谷さんはどうでしょう。大学に入ってからだいぶ変わったような印象があります。
糸谷 社交的になりましたね。
豊島 フフフ。それまでは真面目すぎる印象だったんですけど…
糸谷 チャラけた人間になりましたよ。
豊島 ハハハ!
30歳を超えてご自身の中での変化を感じることはありますか?
糸谷 (体力面などで)あまりショックなことはなかったかなぁ?
豊島 別にそんなに変わらないですよ(笑)。
糸谷 稲葉さんの結婚とか?
豊島 フフフ。
糸谷 大晦日の番組で一緒に出演していたのに何も言ってくれないのってどうなんですかね?
豊島 いやいやいや(笑)。
2年前の「才能と努力」というインタビューで、糸谷先生は「努力型」の候補に豊島先生を、豊島先生は糸谷先生を「才能型」に分類されていました。さらに両先生の共通点として山崎隆之(八段)先生を「才能型」に挙げていました。意見が分かれたところでいうと、糸谷先生は「山崎さんは将棋を一番楽しんでいる」という指摘に対し、豊島先生は「楽しそうに指しているようには見えない」という指摘がありました。
豊島 山崎さんって結構自虐的にぼやいている印象があるので、そんなに楽しく見えなかったんですかね(笑)。
糸谷 山崎さんは将棋の研究をしているときが一番ニヤついているんですよ。「こんな手あったんだよな〜」みたいな。でも将棋指しているときは楽しそうに見えないんです。後から考えれば将棋が楽しいんだろうな、とわかりますけどね。将棋の研究以外のことをやっているときは楽しそうに見えないんです。
豊島 そうなんですか。私はその辺のことあまり知らないから(笑)。でも糸谷さんがそう言うならそうなんでしょうね。
糸谷 山崎さんを「才能派」に分類しない棋士はいないと思いますよ。
豊島 うん、それはそうでしょうね。
ちなみに豊島先生は「糸谷さんは準備しているのではなく、即興で指している」と。それはいかがでしょうか?
豊島 ハハハ!
糸谷 まあ対局によりますけど…(笑)。ちゃんと準備期間が取れるかどうかにもよりますね。はい。
豊島 フフフ。
糸谷 感覚で「こっちが良さそう」と思ったら飛びついちゃうところがあります。
やっぱり「才能型」ですね。
糸谷 どうでしょう、兄弟子(山崎八段)の悪影響かもしれないですね(笑)。
ライフチャートをご覧になってお互いの感想を教えていただけますでしょうか?
糸谷 豊島さんはゼロ以下のマイナスにいかないんですね。私は「棋王戦」挑戦に失敗して、バンジー(ジャンプ)飛ばされたあたりが最低なんですけど…。(※ABEMAトーナメントの収録でチーム糸谷はバンジージャンプに挑戦)
豊島 そんなにバンジー嫌だったんですか! ハハハ!
糸谷 バンジー自体は「無(の境地)」だったんですけど、挑戦失敗して底なのでバンジー飛んでも(チャートが)下がらないんですよ。
豊島 「順位戦」で上がってきた感じなんですか?
糸谷 初戦(「A級順位戦」・菅井竜也八段戦)に勝って上がってきた感じですね。ここまで西田(拓也五段)くんに負けたり渡辺(明名人)先生に凹まされたり、5連敗くらいしていて6月の順位戦でやっと初日が出た(初勝利)のでそこで「回復」。そこからだんだん勝ち始めた感じですね。
豊島 やっぱりメンタル面は将棋の影響が大きいんですか?
糸谷 将棋でしょ、ほとんど。
豊島 いや、いろいろ普及(活動)などもやっているからそういうのも関係しているのかと。
糸谷 仕事ではあまりテンションは変わらないですね。一番テンションの浮き沈みが出るのは将棋。バンジー飛ぶときも“無”でしたからね。
豊島 ハハハ、「無」でしたか(笑)。仕事では「100か0か」みたいなことはないですからね。
糸谷 そうですね、とりあえず60、70はある感じ。もちろん最善を尽くせなかったら残念だけど、やっぱり棋士は将棋に一番テンションの浮き沈みが激しく出る気がしますね。豊島さんも将棋のことだけでしょ?
豊島 そうですね。でも私は糸谷さんほど将棋以外のことはやっていないので。
豊島先生がずっとプラスの方向で保たれているのは、対局が多すぎて「ランナーズハイ」的な感覚になっているのではないのかなと内心ハラハラしてしまいました。
豊島 そんなにハイテンションになっているわけではないですよ(笑)。基本的に元気で将棋をできていたらプラスかな、という感じです。
各チーム楽しそうにされていた「ABEMAトーナメント」はいかがでしたか?
糸谷 「ABEMAトーナメント」について話すとバンジー飛んだのと虫を食べたことばっかりになるんですけど…。
豊島 ハハハ! 虫、どうだったんですか?
糸谷 虫はね、まあ、あんまり好んで食べたいものではないですね。
なぜそれを選んだんですか(笑)?
糸谷 「次は何やりますか?」という話になって、「珍味あたりにしますか」ってなって調和が取れたかと思ったら虫だったという…。あの後、みんなで濃い醤油ラーメン食べました(笑)。
豊島 ハハハ!
糸谷 服部(慎一郎四段)くんは本気で嫌がっていてかわいそうだったなぁ。山崎さんは全然嫌がらないんですよね。
豊島 そうなんですか!?
糸谷 虫を見た瞬間、ヒョイパクーみたいな感じで口に放りこんでいて「う〜ん、こんな感じか」って。服部くんが隣で嫌がっているのに山崎さんは2匹目とかパクパク食べちゃってましたね。
豊島 ハハハ! 服部くんはそんなに超人的な感じではないですもんね。
糸谷 山崎さんはぶっ飛んでるから(笑)。蜂も芋虫も“ノータイム”で食べてましたね。
一方の豊島先生は残念ながら2年連続で予選敗退となってしまいましたが、昨年と今年のチームの雰囲気の差などはありましたか?
豊島 今年のほうが落ち着いてはいましたね。去年は天真爛漫な方がいたので(笑)。(※昨年のチームメートは佐々木勇気七段と斎藤明日斗四段)
糸谷 今年はみなさん性格も落ち着いている方ばかりでしたね。(佐々木)大地(五段)くんも大橋(貴洸六段)くんも。
豊島 すごくやりやすかったです。いや、前回やりにくかったわけではないですけど(笑)。前回もすごく楽しかったし、今回は落ち着いた感じで。でも最後プレーオフになって負けちゃったので残念でした。
糸谷 終わったの、深夜3時とかでしょ?
豊島 2時か3時くらいですかね? でも私は2試合目が終わってから少し休んで1、2時間くらいは仮眠をとっていたんですけど、雲行きが怪しくなって全チーム5勝2敗になりそう、となったんですよね。
糸谷 でも逆にずっと対局していたほうが疲れを無視できる感じもありますよね?
豊島 うーん、ずっとやっているのも大変そうだったけど…。
糸谷 熱が冷めちゃう感じがするんですよね。
豊島 一応1時間、2時間ぐらい休んで、また1、2時間対局を見てやればいい感じでいけるかなと思って調整はしていたんですけどね。
今年は全チームがTwitterを開設されたというトピックもありましたね。糸谷先生の将棋用語解説も話題となりました。Twitterを更新していくにあたって意識していたことなどはありましたか?
糸谷 ちょうど負けていたあたりで始めたのでテンション低いまま書けないなと思いつつ、でもテンション高いことも微妙だなと思って、将棋用語講座なら誰にも怒られず(投稿数を)増やすことができるなと思ったんですよ。Twitterといえば山崎さんの文章がだいぶ…
豊島 フフフ。
糸谷 解読が必要でしたよね。読みきれば深い意味が分かるんですが。
豊島 私のチームは予選落ちたのが決まってすぐ始まった感じだったんですよね。バレないように頑張っていたつもりだったんですけど、わかっていた方も結構いたかもしれないですね(笑)。
お二人のこの1年のタイトル戦についても振り返っていただけますか?
糸谷 私は久しぶりだったんですけど、豊島さんはずっとタイトル戦を戦っているような感じでしたね。
豊島 そうですね。
糸谷 去年の一番長い「叡王戦」から、その後「JT(杯)」があって竜王戦。
豊島 その後はタイトル戦がない期間があって、王位への挑戦が決まって「王位戦」と「叡王戦(防衛戦)」という感じですかね。
糸谷 私は連敗だけは止められたんですけど、そこから元気がなく。兄弟子(山崎八段)にタイトル戦の前に「連敗を止める」と口走っちゃったのがマズかったかなと思うんですよね。

兄弟子(山崎八段)の「高みを目指さないと低みにも行けないんだ」という言葉が身に沁みましたね。奨励会員にもよくかけている言葉なんですけど、「上を目指さなければ、そこにたどり着けるようにもならない。プロを目指しているだけでは、その手前で止まってしまう。タイトルやプロの上を目指さなければ、プロになることだって出来ないんだ」とよく話しているんですけど、その言葉が身に沁みました。連敗を止めたいとかそんなことを言っているようではタイトルは獲れないんだなと。
豊島 私は勝ったり負けたりで良いこともあれば悪いこともあるという感じですね。自分なりにベストは尽くしてやっていけたかなと思います。
糸谷 「竜王戦(vs羽生善治九段)」とかはかなり騒がれたりしたと思うんですけど、どうでしたか?
豊島 やっぱり注目していただきましたね。このチャートの始まりあたりから調子が良くなってきていて、「王将リーグ」プレーオフ敗退もありましたけど、「竜王」防衛するあたりまでずっと良い調子でいけていたかなと思っています。
豊島先生は対局が多い中でプラスの方向でチャートの数値を保たれていますが、糸谷先生は「対局が少なくて回復」という記述がありました。
糸谷 どん底に落ちると、対局がないほうがいいんですよ。勝っているときも負けているときも、対局がないと基本的にゼロに戻っていくんです。なので、調子が良いときは対局がないと止まるんですけど、連敗しているときは対局がないほうが戻ってくるんです。そこでどうにかしてうまく一つ勝てばクルッと(形勢が)変えられるんですよね。
コロナ禍2年目とあり、なかなか外での活動は難しいですが、気分転換やリフレッシュなど、新しく始められたことはありましたか?
糸谷 私はずっと将棋指していたんですよね。外に出られない暇な人は結構いたので、夜中とかに「将棋指そうよ」と電話かかってきたり。夜の10時くらいに指し始めて1時頃にやめたりとか。そんな感じで無理やり将棋に触れさせていただいているので、調子回復には役に立ったと思います。
豊島先生は7月最初の「順位戦」以降、8月まで藤井聡太先生との連戦が続きました。自分の調子が図りにくくなるような気がするですが、いかがでしたか?
豊島 そうですね、確かに自分の調子がよくわからなくはなりますね。自分がそこそこ上手く指せていても、相手にそれを上回られると負けになるので、そういう意味では「王将リーグ」で強い人とたくさん指せるのは楽しみです。
おととしは木村(一基九段)イヤー、昨年は永瀬(拓矢王座)イヤー、今年は藤井イヤーを過ごされています。やはり同じ相手との連戦というのは戦いづらくなるんでしょうか?
豊島 なんとなく相手のことがわかってくるというのはありますけど、作戦が難しくなってくるのはありますね。「王位戦」が始まるまでに少し時間があったのでいろいろ考えてはいたんですけど、でもやっぱり始まってみると作戦が難しいなというのもあります。同じような作戦を2回くらい指してみたんですけど、やっぱり2回目のほうが相手に対応されているなというのは感じましたね。
「王将リーグ」について伺いたいと思います。今年も最強メンバーがそろいました。年齢の分布図でいうと、10代1人、20代2人、30代3人に、飛んで50代が1人。今年の印象を聞かせてください。初登場の方はいらっしゃいませんが、5期ぶり2回目の登場となる近藤誠也七段についてはいかがでしょうか?
糸谷 はい。どうですか?
豊島 いつもの常連メンバーが多いですよね。近藤さんが2回目? でも彼も実力者なので。強い人しかいない…っていつも言っているような気がします(笑)。
糸谷 「王将リーグ」の表を見るたびに「A級」よりも厳しいかなと思いますね。「A級」より降級枠が多くて、参加人数が少ないという。もう少し易しくなりませんかね? 無理ですね、すみません(笑)。今年も渡辺先生を含めてタイトルホルダー勢ぞろいで、あとはA級、B1の成長株と厳しい相手ばかりなんですけど、上を見て。でも年齢的にも私が上から3番目で、豊島さんが真ん中ですか。そんなふうになりましたね。
豊島 フフフ。
今年の「挑戦者決定リーグ」の展望について、渡辺王将は「昨年に続いてタイトル保持者が有力」とお話されていました。リーグを戦うプレーヤーとしてはどんな展望を持ちますか?
糸谷 どうですか?
豊島 フフフ。
糸谷 タイトルホルダーは「その通りですね」って流しておけばいいか(笑)。
豊島 ハハハ!
糸谷 上を見ないと下にも行けないという言葉に従いまして、上を見て戦いたいと思います。
豊島先生は12回目のリーグ出場となります。糸谷先生は2期ぶり6回目の出場となります。
豊島 え、そんなに? 12回ってそこまでいってると思わなかった…。
糸谷 すごい、私半分ですよ。
豊島先生は2度王将挑戦を経験されていますが、改めて王将位への印象を教えてください。
豊島 「王将戦」はリーグもたくさんは入れていますし、一番初めに挑戦したタイトルなので相性は良いのかなと思っています。1回目のときは全然タイトルという実力ではなかったので、2回目に挑戦して失敗してしまったのは残念でした。
その残念な思いがその後の原動力になったのでしょうか?
豊島 あの後にすぐタイトルが獲れたので、実力ではそれなりのレベルに達していたと思うんです。でもあのときに「王将戦」と「順位戦」のプレーオフを厳しい日程で指したことでもう一段階実力が上がったと思うので、結果的には良かったのかなとも思っています。
今回お話を伺った中で何度か「調子」という言葉がありました。渡辺先生は「将棋に調子はない。実力が出るだけだ」とバッサリおっしゃっていました。「調子」というものについて、お二人はどのように認識されていますか?
糸谷 全部コンディションをコントロールできるわけじゃないですからね。体調とかもあるし外部要因もあるし、それを全部ひっくるめて「調子」になるんじゃないですかね。実際に調子の良し悪しが全くない人を見たことがないので。渡辺先生も一時期負けが込んで悪いときもありましたよね。渡辺先生はそれを全部含めて「実力」とおっしゃられたと思うんですけど、私は「調子」だと思います。
豊島 基本的には「実力」なんですけど、明らかに調子が良いとき、悪いときというのはあるので。一局一局で変わってくる部分はありますけどね。調子が悪かったけどその一局だけ勝ったりとか。
今期の「王将リーグ」の戦略と意気込みをお願いします。
豊島 戦略…はそんなにないんですけど毎年…(笑)。短い期間にやるので調子が良ければ結構勝てたりしますし。でもやっぱり出だしは大事ですよね。そんな気がします。
糸谷 忙しいのに変わりはないのでどうですかね(笑)。豊島さんは「竜王戦」も被ってきますね。
豊島 そうですね。
糸谷 B1の近藤さんも「順位戦」2つ被るときがあるので、みなさん忙しいので何も言えないです。私は忙しくない部類に入るので。
豊島 いやいや。
糸谷 毎年毎年厳しい相手ばっかりなんですけど、楽しんでやっていければいいなと思います。短い期間なので、まずは調子を上げていって快調と言われるように頑張りたいと思います。
今回のメインのテーマとして「研究」について伺いたいと思います。2015年くらいから将棋ソフトがどんどん進化して、棋士の先生方も研究道具として使用されるようになりました。そして藤井先生が高性能パソコンを購入されたことで、渡辺先生など各棋士も追随しています。昨年の秋にはディープラーニング(以下DL)系のソフトが出てきて、今までと違う風を感じました。先生方にとっても研究のさらなるアップデートが必要な時期を迎えられたのかと感じています。豊島先生は昨年のインタビューで「序・中盤の感覚が(マイナスの意味で)煮詰まってきている」ということをおっしゃっていましたが、この1年でその感覚に変化はありましたでしょうか?
豊島 そうですね。同じような感覚はありますけど、確かにDL系のソフトが出てきて、感覚が新しくなっている部分もあるとは思います。でも本当に微妙な違いです。DL系のソフトが正しい場合もありますし、これまでソフトのほうが正しく判断できている局面もあるんですよね。でも仮にDL系のソフトのほうが正しい判断ができていたとしても、それを人間が指しこなすのはさらに難しい、というのがありますよね。その微妙な違いが何かを理解して、そこで差を出していくっていうのは相当に難しいのかなと思っています。
豊島先生の研究環境もすでにDL系ソフトを整えられているのでしょうか?
豊島 一応使えるようにはしています。でもまだ「こうやればいい」みたいなのはわかってないんですけど。
糸谷 導入がめちゃくちゃ面倒くさいんですよ。cuDNNからダウンロードしてくるのがずっと英語なんですよ。あとはGPUが強くないとあまり意味をなさないというのが痛くて。今までの将棋ソフトだとCPUで動くほうばかり使ってきているので、そんなにGPUを強化してなかったですよね。
豊島 うーん。GPUは確かに。良いパソコンを買えばそこそこのものは付いているという感じですけどね。あれもどんどん新しいほど性能が良くなっていくもので…。
糸谷 今「GeForce(RTX)」の3090か3080TIのどっちかを使っている人が多いんじゃないですかね、GPUは。結構割高だし、品薄らしいので。
豊島 フフフ。仮想通貨を“掘っている”人が多いんですよね。
糸谷 “マイニング”の影響が大きいんですかね。棋士よりはそちらの影響の方が大きいと思いますよ。さすがに棋士が買うくらいでは品薄にはならない(笑)。そもそもGPUは何人が買ってるんだろう?
豊島 仮想通貨の値段が上がったのが品薄の原因なんでしょうね。
糸谷 今年、仮想通貨はイーロン・マスク氏(※電気自動車テスラの社長)の発言などで乱高下していたので、少しすれば落ち着くと思いますね。次世代がまた来年出るらしいのでそのあたりで買い替える人が多くなるんですかね。
糸谷先生はいろいろな先生のパソコン購入に付き合ってあげているということを伺いました。
糸谷 というか、関西はソフトを使っていない人間が多かったんですよ。ソフトを使っていてもちゃんと導入できていなかったりするので、一応そのあたりは説明しないといけないかなと思っています。
豊島 やってあげるってすごい(笑)。
糸谷 まあサポートセンターですね。
豊島 ハハハ!
糸谷 結構金額がかかる買い物なのでそこも大きいですよね。さすがに我々ぐらいになるとしょうがないから入れるんですけど、四段になったばっかりの子とかが最新鋭のものを買うってなかなかちょっと難しいところがあるので、どうやって値切るかみたいな(笑)。どうやって安めでまあまあの品質のものを買うかみたいな。

DL系はあまり終盤が強くないというのもあって、できればCPUとGPUを両立したいんですけど、両方買うとさらに高くなるので難しいですよね。渡辺先生は130万ぐらいするマシンだったそうですね。たぶん、両方(CPUとGPU)最高峰にしてると思うんですけど、さすがになかなかね。それだけのスペックのものを買ってもずっと動かしたら2、3年でダメになるんで。これからの奨励会員はどうするのかなというのが不安なんですよね。デスクトップにちゃんとしたものを入れ込むのかな…。
豊島 でも工夫次第でなんとでもなりそうかなと思います。一番良いもので研究しないと絶対にダメというのはないと思いますけどね。
糸谷 確かに工夫次第というのはありますよね。AWS(※Amazonのクラウドサービス。囲碁では採用している棋士が多い)使っている人とか。
豊島 そういうのもありますし、しょぼいパソコンでも、どこかでみんなが研究しているところから少し外してみるとか、いくらでもやりようがあると思うので。
糸谷 私もどちらかというと「スキマ産業」をしているほうなんですけどね。要は相手の研究を読むというようなことになってきているところはあると思いますね。本当に最新型で戦える人っていうのは、その最新型に対する十分な研究と検証がないと戦えない時代にはなってきていると思います。
豊島 でも奨励会員は、そんなに良いパソコンで(研究を)やるというより毎日継続して確実に棋力を上げていくほうが圧倒的に大事だと思います。
糸谷 最近角換わり(※将棋の戦型で最も研究が進んでおり序盤の展開が早い)とか怖いですよ…。奨励会員とかのほうが調べ尽くしている人もいるので。
若い方のほうがソフトの“候補手“に違和感を持たないので、自分の”候補手“として受け入れやすく感じたりするのでしょうか?
糸谷 ただ逆に少し怖いところもあって、彼らは(手筋から)外れると相当感覚が悪くなっちゃうんですよね。堂々と受けて立てばプロとでも良い勝負をできるような子たちが多いんですけど、ちょっと外すと感覚がズタボロになっちゃって“悪手“を連発しちゃう子が多いんです。そのあたりを経験から学んでもらうとか、伝えられればなと思うんです。でもなかなか伝えにくいんですよね。
ある程度の地力がないとソフトの手筋の意味を理解したり使いこなすことができないということでしょうか?
糸谷 そうですね。結局研究は「下駄」なんですよね。研究があるに越したことはないんですけど、いつ外れるかわからないものなので。相手が想定と違う手をやってきたら、例えば、私がいきなり振り飛車をやったりしたらすぐ外れるわけですよね。そのとき(相手に想定と違うことをされたとしても)にも当然勝たないといけないので。
豊島 なるべく研究合戦ではなくて、自分の実力をつけるほうにリソースを割いていったほうがいい気がします。自分が属するグループというか、級位者なら級位者の中である程度の成績を収められるようにという感じでやっていくのが一番良さそうですけどね。まだ自分が弱いのであれば…。研究、研究になると将棋自体が強くなるのが遅くなりそうなので、自分が若かったらできるだけそういうのを目指します。でもやっぱり研究されて負けたらヒドイからやらざるを得ないというのはありますよね。
糸谷 真面目な子ほど研究にはまるんですよね。研究というのはすごく…
豊島 即効性がありますよね。
糸谷 そうそう、即効性があって成果が出たように見えるんですけど、手順を知っているだけで地力がついているわけではないというのが結構あって。ここら辺の(豊島竜王を指しながら)上のほうにいる人というのは地力があって、地力はそんなに変動しないから研究がすごい価値を持つんですけど、地力が付く前に研究しちゃうとそれはそれでどうなのって話で。でも研究しないと勝てなかったりするんですよね(笑)。それがちょっと嫌なところなんですよね。
豊島 フフフ。
糸谷 角換わりで研究だけでスパッと倒されると、しっかり研究しなきゃという気分になっちゃうんですよね。
豊島 あー。手順を暗記することをある程度無視できたら、今は将棋ソフトの感覚がすごく良いので全体的な局面判断とかを学んでいけば相当強くなれると思うんです。
糸谷 千田(翔太七段)さんはソフトの感覚を自分の感覚に取り込むようなことをやろうとしてると思うんですけど、結構難しいと思うんですよね。本来ソフトって感覚がなくて、その場その場で最善の手を出してるだけなんで。それを人間がどうにかして疑似感覚として取り込もうとしている…。本当にそれがいいのかどうかもわからないですし、楽しい試みだとは思いますけどね。上手くいってるんですかね?
豊島 うーん。自分はそれをやろうとして、もともとある感覚がそれを邪魔するような形になって結構苦労して今まできているんです。ゼロか基本的なところだけを持っている状態でそれ(ソフトの感覚を取り込むこと)を始めたら伸びていけそうな気がしますけどね。自分の場合はソフトが出てくるまでに我流で強くなってしまったというか。「タイトル挑戦」ぐらいのレベルまでいって、その中で自分なりに戦うためにいろいろ感覚を身に付けていったんですけど、それがそんなに全部正しいわけではなかったし、そういうところが邪魔をしてしまった部分もあったと思うんですよね。なので奨励会初段とか三段とか、それくらいの頃から始めていたほうがスムーズにいけたような気がしますね。
糸谷 結構難しくて、人間が指す場合、ソフトの感覚だと危険察知が甘いみたいになりかねないので…。
豊島 あー、それはありますね。
糸谷 ソフトは最強の手を指してくるんですけど、人間だと「ん?これは危険だな」っていう感覚で引き下がるところを、あまり引き下がらないんですよね。なので人間が迂闊に真似てしまうとスパッと切られる将棋が多くなっちゃったり…。
豊島 指しながら調整していく必要はありますよね。
糸谷 そうなんですよね。
豊島 指して感覚を調整して、というのを繰り返していくしかない。
糸谷 結局最終的には自分の感覚になってしまう。どれだけ自分の感覚に取り込めたかというところが大きいんですよね、とくに自分が知らない序盤というのは。
研究会ではこのような情報交換は行われるんでしょうか?
糸谷 ……。聞かれたら教えますけど(笑)。別に奨励会員で「強くなりたい」と言われたら教えますね。でも本人には本人の考えがあるし、たぶん僕の考えもどれだけ正しいかわからないので、まずは本人の自由にしてもらって「ちょっとうまくいってないんで先生の考えを聞きたいです」と言われたら伝えますね。

でも、僕の言うことを聞いていたら僕ぐらいにしかなれないという言葉もありますので…。やっぱり最後は「自分」なんですよ、どうしても。最後の調整は自分でやらなきゃいけないし、たぶん僕が言っていることも絶対に時代遅れになるときが来るので「最後は本人が考えるしかないんだよ」というのは言いますね。
豊島 確かに、聞かれていないのにいろいろアドバイスしても良くなっているパターンは見たことがない。聞かれたら答える、くらいですね。
糸谷 結局アドバイスなんて本人が聞く気が起きていなかったら何の意味もないですから。
棋士同士の研究における情報交換という点ではいかがでしょうか?
糸谷 聞かれたら…パソコンのことに関しては答える…(笑)。パソコンを知らない人が多いので「どういうのを買えばいいんですか」とか聞かれたら答えますけど、研究とかそういうことに関してはさすがに人のことに口を出すことはないよね。
豊島 聞きづらいから聞けないですよね(笑)。
糸谷 ソフトを導入するのはどうすればいいんですかとか、どんなパソコン買えばいいんですかとか、そういうのは答えますけどね(笑)。
仮に私が糸谷先生の立場だったら、それすらも「そんなこと自分でやってよ」と言ってしまいそうです(笑)。
豊島 確かにちゃんとレクチャーしてることがすごい。優しすぎるというか(笑)。
CPU系のソフトのインストールだったらそこまでですけど、GPUのDL系ソフトになると導入が余計に大変になりますよね?
糸谷 そうですね。まずGPUが優秀なパソコンを買うのが結構面倒くさいんですよね。ゲーミングの最上級を買えばいいのかな。
豊島 もともとGPUが付いてるのも売ってるんじゃないですか? そのものを買って接続するか、今までのものと差し替えるというのもありますけど。
糸谷 新しく組むのでどうやって値切るか、のような話もするんですけど…。
豊島 フフフ。
糸谷 人間には予算というものがありますしね。
豊島 ハハハ!
糸谷 2、3年で買い替えなきゃいけないのも大変ですよね。2、3年に1回、それこそ渡辺先生のものだったら130万円ほどかかるわけですよ。渡辺先生だったらいいですけど、新四段とかだったら相当大変だと思うんですよね。
多くの棋士が研究にソフトを利用するようになったように、結果的に今後は「dlshogi」を導入していく流れになると思いますが、上手く扱えるかはわからないというところなのでしょうか。お話を伺っているとまだ「黒船」登場というわけではないのかも?という感想なのですが、その認識で合っていますか。
糸谷 「dlshogi」の特性として、序盤が強いというのがあるので。あとは弱いところをちゃんと把握しておいたほうがいいですね。何年かのうちに中終盤も普通のソフトよりも強くなるのかもしれないですけど、今のところはその罠だけは把握しておいたほうがいい気がします。角換わりとかでは従来のソフトのほうが正しいということがありますよね。
豊島 確かに詰む詰まないまでいくような変化だったら、全然間違っていて話にならないとかもあると思います。
糸谷 全部「dlshogi」が正しいというわけではないんです、全然。ただ序盤においては優秀な場面が多いというだけで。
豊島 CPUのソフトと微妙に違っていても、それで勝ちまで持っていける棋士っていないと思うんです。
糸谷 そうですね。
トップクラスの方はその微妙な違いを押し切るというのはないのでしょうか?
豊島 どうなんですかね(笑)。
糸谷 最終的にはそうなんですけど、実際はそうじゃないところで決着がついている対局がめちゃくちゃ多いんですよね。
豊島 だいたい中終盤で決まっているような気がする。
中終盤はソフトでの研究というのは意味があるのでしょうか? それとも天性の感覚のほうが影響するのでしょうか?
糸谷 でもある程度のテクニックとかはソフトでも上がっているところはあると思いますよ。相穴熊は特に上がっている感覚があります。
豊島 そうなんですか、相穴熊…。
糸谷 相穴熊の微妙な離し方とか、対穴熊の美濃の戦い方みたいなのは…。
豊島 あー、対穴熊の美濃で端を絡める感じはだいぶ感覚が更新されたというのはわかります。
糸谷 相居飛車はそこまで更新されてない気もして。終盤は。やっぱり「平たい読みが大切」みたいな。振り飛車党はむしろ恩恵を受けたところがあるんじゃないかな?
豊島 確かに穴熊でも意外と勝てる場合があるみたいなのがありますね。
糸谷 対穴熊に対して昔はソフトがゼロとか出すけど、穴熊のほうが勝ちやすいから補正を入れようとしたこともあったじゃないですか。あれはやっぱり人間が穴熊の崩し方を知らなかったというか、穴熊への勝ち方を知らなかったんだなと思える事例は増えましたね。穴熊への勝ち方をちゃんと知っていれば恐れることはない、と言いつつ嫌なんですよ…穴熊…堅いから…。
豊島 フフフ。
糸谷 だけど振り飛車党の一部の人は穴熊を恐れない戦いを展開したりしてますね。
豊島 あとは中終盤で自分がどこを間違えたかがわかるというのは大きいです。それでちょっとずつ自分の間違えた場面を修正していって棋力が上がっていく、みたいな。
糸谷 確かにそれはありますね。どこが間違ったかって結構見落としたりしているんですよね。あと形勢判断。終盤のごちゃごちゃした局面の形勢判断を一瞬でやってくれるのはすごい便利ですね。やっぱりごちゃごちゃした局面は(形勢判断が)わかってないのでどうしても手番のほうが良く見えたりしやすいのを修正できますね。
棋士の方々が自分の感覚をソフトに近づけていく感じで使われているのかなと思っていたのですが、山崎先生のようにソフトとは異なる自由奔放な指し回しの方でもコンピューターを使って研究される理由がわかった気がします。
糸谷 山崎さんはどちらかというと、どうしようもない変化をすることがなくなったという感じですね。山崎さんの感覚だとOKだけど、ソフトだとマイナス数百とかいう評価の手を指さなくなったみたいな。
豊島 ハハハ!
糸谷 序盤で「こんな将棋があるんじゃないの」と思いついたものをソフトにかけて「あ、マイナス800だわ」みたいな(笑)。だったらそれは放棄できるじゃないですか。思いつきって、良い思いつきも悪い思いつきも両方あるんですけど、悪い思いつきだけ減らせれば非常に良い感じになりますよね。
豊島 でも自分のやってる手がマイナス200くらいだったら指してもいいと思うんですけど、評価値を見ちゃったらだいぶ指しづらくなりませんか?
糸谷 いや、マイナス200くらい普通だなと思ってしまっているんですよ。一手損(※一手損角換わり。糸谷八段の得意な戦型)した瞬間にマイナス200とかなら「まあそれくらいのものかな」と。
豊島 その割り切りが結構難しいというか…。
糸谷 振り飛車党の人は「またマイナス300出ましたか」みたいな感じの顔してるので、その辺はすごいなと思いますね。最近、振り飛車党の人でゼロになったら勝ちみたいな顔をする方もいるので、「そこが始まりだろ!」って思ったりするんですけど…(笑)
豊島 ハハハ!
糸谷 でもそう思えていることは強いのかもしれないですね。
豊島 確かに強いですね(笑)。
DL系ソフトが浸透していくと、もっとその差が明らかになっていくのかなと思いますが、プロの世界で振り飛車党の人口が減っていくことはありそうですか?
糸谷 どうなんですかね。評価値としては悪いなとわかっていても「実践的には互角」とか言い張ることができるので、人間は心が強いなと思いました。
豊島 ハハハ!
糸谷 あとは小さい子たちや奨励会員とかは対振り飛車を苦手にする人が多くなってきているんですね。
豊島 そうなんですか。
糸谷 対振り飛車の感覚をつかんでないんですよね。振り飛車党が貴重になればなるほど、振り飛車党が有利になっていくので。自分だけがやっている戦型で戦えるわけですから「相手の経験値が足りないよ」みたいな感じになっていくわけですよね。
豊島 通常型とどれだけ世界観を変えられるかみたいなのは結構大事。
糸谷 対振り飛車は違うんですよね。最初からアドバンテージがあるんですけど、アドバンテージを失った瞬間にすごく勝ちにくくなるんです。相居飛車を研究していればしているほど、たまに来る振り飛車が嫌になってくるみたいな。早い直球を打とうとすればするほどスローカーブみたいなのが打てなくなるみたいな感じですね。
物事を常にロジカルに考えられる糸谷先生が「マイナス200」を受け入れられていることが意外に感じます。渡辺先生や天彦先生が「最近の将棋研究はテスト勉強みたいになっている」とおっしゃいますが、いろいろなパターンをソフトで調べ尽くすという部分では、勉学が得意な糸谷先生はそういうことが一番得意なのではないかなと意外に思っています。
糸谷 後手番でまずマイナスを背負いますからね。
そこから数字が離れないようにしよう、ではなく「まあいっか」と受け入れるのが豪快だなと感じてしまいます。
糸谷 後手番ではお互いベストを尽くしちゃうとダメなんです。自分がマイナスを背負ってもいいから相手に間違えさせないと結局はダメなわけで。
豊島 糸谷さんはずっとフリースタイルでやっている感じですよね。だから自分からすると大学進学など勉学を真面目に突き詰めていっていることのほうが意外…というふうに映りますけど(笑)。
糸谷 「私も間違うからお前も間違えろ」みたいなスタイルです(笑)。私は将棋においては完全に「対人」派なんですよね。相手が人間であることを前提として、相手が間違うことを前提としてやるタイプなのでそんなに最善を追い求めないです。昔、三段リーグか奨励会のときに天彦さんが負けた後に「相手が完璧に指したので仕方がないね」って言ってて、そんな言い方があるのかってちょっと愕然としました。
豊島 ハハハ!
糸谷 「私も完璧だった」って言いたかったのかな(笑)。あれは面白かったと記憶しています。人間は完璧じゃないので。
情報収集という意味で、Floodgateでコンピュータ同士の棋譜などもご覧になられますか?
糸谷 観てます?
豊島 観るときもあるけど、そんなに張り付いて観ているという感じではないですね。
糸谷 何かヒントがあればいいんですけどね。ソフトそのものとは感覚がやっぱり違うので。
豊島 昔のほうが観ている人が多かったですよね。
糸谷 確かに昔のほうが多かったですね。その頃のほうが人間とそんなに感覚が離れてなかったんじゃないかな。
豊島 いや、でも昔のほうが感覚は離れていたような気がする。
糸谷 最近のほうが近くなりました?
豊島 人間のほうが寄っていったのもあるし、ソフトも近づいてきたのもあるし。
藤井先生も「dlshogi」を導入されたことを公言されており、対局していてこれまでの序盤の感覚と異なるようなことは感じましたか?
豊島 どうなんだろう、そこまでは感じなかったですけど。多少は違う感覚はあるんですけど、それは当然なのかなと思っています。
その「多少」というのは豊島先生にとっては許容範囲内なのでしょうか。
豊島 許容範囲…許容するもしないもないんですけど(笑)。「そういうものなのかな」という感じで、そんなに違和感はなかったかなと思います。やっぱり自分の感覚がベースにあるので。
糸谷 渡辺先生からしたら15年くらいの年齢差があるわけで、そのくらいの年の差があれば序盤の感覚って絶対にずれてきますよね。
豊島 そうかもしれないですね。
糸谷 渡辺先生も相当感覚を変えられて「堅さ派」から「バランス派」になられたと思うんですけど、“バランスネイティブ”みたいな人たちとは、やっぱり感覚が違うんじゃないですかね。
豊島 確かに堅いのが好きなんだろうなというシーンはありますよね。
糸谷 そういう意味では人間的な勝ちやすさを追求されている世代というか、どうしても穴熊が好きという人と最近の人は感覚が違いますよね。「バランス中心、穴熊何するものぞ」みたいな。
豊島 フフフ。
糸谷 昔から振り飛車の人はノーミスだったら俺は穴熊にも勝つとか言ってたけど、でも「どうせノーミスできないでしょ」ってみんなが思ってた(笑)。100局に1局くらいノーミスで勝ってるときがあるんですけどね。それが「絶対できない」と思われていたのが、ソフトによっては「できるかも」になってるんですよね。実例があると違うというか。
豊島 でもやっぱりできないことは多いですよね。
糸谷 そうですね(笑)。できるかも、と思うんだけどやってみたらやっぱりできない。振り飛車党が穴熊に全勝できるんだったら、振り飛車党が絶対増えてますよね。飛車振ってマイナス200の局面でも、相手がこういう戦型をやってくれるなら振り飛車やってもいいなという局面も結構多いですからね。阪田流とか穴熊されないからまだ許容範囲内だな、という。(了)

「王将リーグ『将棋研究2.0』」特集一覧

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