つらいことに耐えながら、毎日を一生懸命に生きる君へ。伊東歌詞太郎が贈るメッセージ

「いじめとか、つらい体験をしている人には『一生懸命に毎日を生きている君は本当に偉いし、自分だけは絶対に自分の味方でいてあげてくれよ』って伝えたいですね」

ミュージシャン、伊東歌詞太郎。彼は小学校生活の丸6年間、「いじめと聞いて想像できるありとあらゆる行為」を受けていた。それを耐え抜いたのは、「いつか絶対に終わりは来る」という信念と、音楽への熱い想いがあったからだという。

物心ついた頃から「絶対に歌を歌って生きていく」という根拠のない確信を持ち続けていた伊東は、インターネットの動画投稿をきっかけにその名が知られるようになり、2014年にメジャーデビューする。その後の彼は“歌い手”からシンガーソングライターとして開花し、オリコンランキングTOP10入りを継続中だ。

そんな彼が今回、過去から現在までを語ったエッセイ『僕たちに似合う世界』(KADOKAWA)を出版した。そこには、痛ましく壮絶な体験から、愛する歌に向けたキラキラした熱、胸にすとんと落ちる真実の言葉があふれている。

その歌声は、彼の想いは、いったいどこまで届いていくのだろうか。

撮影/すずき大すけ 取材・文/たまお
ヘアメイク/SUGO

いじめで骨折させられた腕には、いまでも後遺症がある

伊東さんは東京・足立区生まれの江東区育ちとのことですが、小さい頃はどんなお子さんでしたか?
振り返ってひと言で言うのは難しいんですけど、工作するのも外で遊ぶのも好きだったし、本当にごく普通の子どもでしたね。インドアもアウトドアもどっちも楽しんでいたし、バランスが取れた子どもだったかもしれない(笑)。
かなり幼い頃から、「歌を歌って生きていく」と決心していたそうですね。
そうなんですよ。物心ついたときからなぜか、「自分は絶対に歌を歌って生きていく人間なんだ」って確信していたんですよね。だから他のものになりたいと思ったこともほとんどないし……。

もし当時の僕が「なんでおまえは歌を歌って生きていくって思ったの? できるかどうかなんてわからないじゃん」って言われたら、「いやー、なんででしょうね? わかんないっすね!」って答えると思うんです。何がきっかけでというのもなく、はじめからそう思ってました。なんの根拠もなかったんですけどね。
それは何歳くらいの頃だったんですか?
自分のいちばん古い記憶が5歳の頃なので、5歳ですね。もっと前から思ってはいたかもしれないけど。
なるほど。その頃によく聴いていた音楽などは覚えてますか?
むちゃくちゃ何回も聴いていた曲はありました。『星に願いを』です。誰が歌っていたバージョンかはいまでもわからないんですけど、ソウルフルな女性の歌声だったのは覚えています。
名曲ですよね。では、当時はどういう感じの歌手になりたいっていうビジョンはあったんでしょうか。歌を歌うといっても、アイドルやロックシンガーなどいろいろなタイプがありますが……。
それがまったくないんですよ。おかしいヤツでしょ?(笑)呆れるしバカだけど、歌を歌って生きていくことだけ決めてて、そういうことまで頭が回ってなかったんですよね。
不思議な話ですね……。その後小学校に上がって、壮絶ないじめの体験をされたということですが。
いじめは6歳から12歳まで、小学校の6年間続いたんですよ。何をされたかって、典型的な……暴力を受けることも無視されることも、いじめと聞いて考えうることは全部やられていたと思います。

僕のほかにもいじめられている子がひとりいたんですけど、危害を加えられるとか水をかけられるとかじゃなくて、ひたすら無視されていました。無視もいじめですよね。物理的なことや無視を含めてオールマイティーにやられていたのが僕のほうでした。
ケガをされることもあったんですよね?
ありまくりでしたね。(肘のあたりをさしながら)右腕のここは6回骨折してるんです。プロレス技をかけられて、毎回折られていたんですよ。

いまでも少し後遺症があって、年に数回は脱臼というか、抜けるんですよね。1時間くらい戻らないこともあれば、10秒くらいで戻ることもあるっていう。だから、あまり右手で重いものを持たないようにはしています。
いまでも……。その壮絶ないじめには、どうやって耐えていたのでしょうか。
とにかく卒業する日を待ってました。小学生にとっての6年間って途方もなく長いんですけど、時間は確実に進んでいくし、絶対に終わりは来るって信じてたんです。いじめてるヤツらと同じ中学には行きたくなかったから受験することに決めて、4年生から塾にも通って猛烈に勉強しました。卒業すれば終わる、死んでも受かってやる!と思いながら。

いじめから一歩踏み出すのは、かけがえのない個性になる

そして中学受験に合格。6年間を耐え抜かれたわけですが、エッセイには「中学校に上がったら、いじめられなくなって戸惑った」と書かれていたのを見て、逆にちょっとショックを受けました。
めちゃくちゃ戸惑ったんですよね。普通に人から話しかけられるし、キャッチボールでいえばこっちにボールを投げてくれているから返さなきゃいけないんだけど、「えっ、どうしよう」みたいな。でも、すぐに「これが普通のコミュニケーションなんだろうな」って思って、いろいろと自分の中で意識を修正していったんです。
もしリアルタイムでつらい経験をされている方に声をかけるとしたら、どう言ってあげたいですか?
そうですね……。まずは自分で自分を認めてあげるってことをしてほしいです。味方ってなかなかいないし、自分もそうでしたけど先生や親に相談はしたくないし、大人が入ることによってややこしくなることもあるから、誰にも言えない状況は非常に理解できます。

じゃあどこに味方がいるのかって思ったら、それは自分なんだよと。つらいことに耐えて一生懸命に毎日生きてるのはすごく偉いし、しなくてもいい苦労を背負ってるんだぜ、君は、と。それは本当に偉いことなんだよってことをまずは伝えてあげたいですね。

1回でもいじめられたことがあると、人格ってゆがむんですよ。僕もそうだけど、ゆがんだものをまっすぐにしようと思っても完全なまっすぐにはならないから、どこか脆くなったりいびつな形が残るんです。でも、それを悔しいと思わないでほしい。なぜなら、がんばってもう一度まっすぐに直したり、曲がったまま進んでいったりするのは、スゴい個性になるから。

いじめっていうのは相当な痛みをたくさん与えられることだから、いじめられた人は他人が知らないような痛み、それがどのくらい痛くてどのくらい悲しいことなのかを知ることができてるんです。僕はこんな痛いことは人にはやれないって思ったし、そのぶん優しくなれたのを自分の長所と捉えてて。

加害者は人殺しと同じくらい罪深いって思ってるけど、いじめられた人がそこから一歩踏み出して生きていくことは、かけがえのないあなたの個性で長所になるんだよってことを伝えてあげたいです。
伊東さんがそうやって前向きな言葉を口にできるようになったのには、何かきっかけはあるんでしょうか?
そうだなあ……僕はあんまりないかも。ははは!(笑)でも、音楽に支えられたっていうのはあるかもしれません。当時はどんなにきつかったりしても、歌を歌えればオールオッケーみたいな感じになれていたところはありますね。

エッセイ本を作って気づいたんですけど、僕は“バカ”なんだなっていう(笑)。100のつらい情報を与えられても、30くらいしか感じないで70くらいはほかに興味を向けちゃってたんですよ。
“鈍感力”ですかね?
そう言うと鈍感力がある人に失礼だと思います(笑)。最近は、「僕は頭が悪いんじゃないかな!?」って思ってるんですけど、悩む人って頭がいいってことでもあるので、悩んでいる人には「頭いいな!」とも言ってあげたいです(笑)。
エッセイでも、「アホになろう」って書かれていますね。
アホになると、野球にたとえればフルスイングしかできなくなるってことなんですよ。どんな球が来てもフルスイングするから、たまに空振りしてその勢いで脇腹を内転筋損傷して「いってえ!」みたいなことになる(笑)。でも、ケガをすることもあればホームランを打てることもあるんです。まあ、十数回のうちホームランは1回だけで残りはケガするんですけど(笑)。

頭のいい人って、先にどんなリスクがあるとかどれだけ時間がかかるとか考えちゃう場合も多いと思うんですけど、僕みたいなバカは「やらないとわかんない」と思ってるんですよ。何も考えないで行動して、大失敗して、周りに効率悪いなって言われることもあります。でも、もっといい生き方はあるかもだけど、まずやってみて失敗する生き方も悪くはないんだぜって言いたいです。
▲「最近、よく弦を切っちゃうんですよね」と、朗らかに雑談しながら、撮影用に持参したギターの弦を張替え中。

文化祭で緊張しないように、ライブハウスに出ようと思った

バンドは中学校2年のときに組まれたんですよね。
はい。文化祭に出るって名目でバンドを組んだんですけど、「文化祭で緊張するの嫌だな」って思って、「ライブハウスで場数を踏もう!」って思っちゃったんですよ。おかしいですよね!?(笑)

もし14歳の男の子から「今度、文化祭でバンドやるんですよ! でも緊張するの嫌なんでライブハウスに出たいんですよ」って言われたら、「おまえそれ逆だよ!」ってなりますよね(笑)。でも当時の僕はそれが正しいと思っていて。度胸があるとかじゃなくて、何も考えてなかったんですよね……。そして、本当にライブハウスに出たんです。
スゴいですね!(笑)どんな曲を歌ったかは覚えてますか?
あの当時はカバー曲をやってましたね。まだオリジナルは作っていなかったので。
初めて曲を作ったのはいつ頃で、どんな曲でしたか?
高校3年生だったかな……。もう歌詞はほとんど覚えてないけど、孤独であることを肯定するような内容だったと思います。僕、小学校の頃からずっと思ってたんですよ。世間の価値観って何だろう?って。

テレビドラマとかでは素敵な恋愛が描かれていて、それって恋愛することが肯定されてるわけで、「なんで?」って思ったんです。就職して結婚して子どもを産んでっていうのが当たり前。ひとりで生きていくのは変わってるっていう価値観があふれてることに違和感があったんですよ。それって孤独な人を否定してない?って。
いろいろな体験をされてきたからこそ、そういうことに気づけたのかもしれませんね。
そうですね。だからいまでもそうなんですけど、いろいろ経験していきたいなと思ってます。

あらゆるバイトをしながら音楽に浸かっていった学生時代

そして、大学時代にはアルバイトで家庭教師をされていたんですよね。その経験が、小説『家庭教室』(2018年/KADOKAWA)に反映されているとお聞きしました。
そうですね。主人公と同じく、家庭教師と塾講師をやってました。
<小説『家庭教室』>
家庭教師をしている大学生・灰原 巧が、家庭教師として訪れた家族・子どもが抱える問題に真摯に向かい合い、解決していく姿をオムニバス構成で描いた作品。伊東氏の楽曲同様、子どもたちが抱える問題や、その心の機微を瑞々しく表現し、10代を中心に多くの読者から共感を集める内容となっている。
小説には、ご自身の体験はどのくらい反映されているんですか?
僕も小説の主人公と同じくいろいろな家庭で教えていたので、けっこう反映してますね。じつは最初、もともと国語の教師として採用されていたんですよ。大学受験まで教えられたんですけど、だんだん自分もレベルアップして、最終的には数学以外なら高校レベルまで教えられるようになりました。
多くの生徒さんに、たくさんのことを教えられていたんですね。
そうですね。なので、書きたいことはまだまだいっぱいあるんですよ! もし続編を書くとしたら主人公は変えずに、大学を卒業したあとの彼を描くと思います。
アルバイトはほかにもされていたんですか?
そうだなあ、コンビニもやったし牛丼屋とかの飲食店もやったし、警備員もやりました。こんな体型の僕に警備員ができるのか!?って感じだと思うんですけど、あの制服を着たらすごく体格がよく見えるようになるんですよ。やたらガタイがよくて小顔な人みたいになってました(笑)。

あとは工場のライン作業もやったし、ショップ店員もやったし郵便局もやったな。あとはそうだ、カラオケのバックに流れる映像の俳優なんかもやりました(笑)。まだまだあったと思いますよ。

食えない時期が長かったのでアルバイトは本当にたくさんやりましたけど、そんな中でもいちばん楽しかったのは、やっぱり家庭教師の仕事でしたね。結果最も長くやりましたし、人生においての“教え”もありました。

「このトンネルには出口がないかもしれない」と怖くなった

そしてインターネットと出会い、動画を投稿するようになり、伊東歌詞太郎としての活動が本格的に動いていくわけですね。
そうですね。歌をみなさんに聴いてもらえるようになったきっかけは、間違いなくインターネットです。
動画を投稿して、急に何万回もの再生があったのには本当に驚かれたのではないでしょうか。
びっくりっていうか、はじめは本当に信じられなかったですね。バンドをやっていた頃は再生が1日3回とか、多くても10回とかだったんですよ。1日の終わりにチェックするんですけど、それでも「3人も聴いてくれた!」ってめちゃくちゃ嬉しかったんです。それが、ひとりで歌った動画を投稿したら一晩で1万再生とかになって。「んん? なんだこれは……?」と。

でも聴いてくれたこと自体は嬉しいから、1人ひとりに「ありがとう」を言いたかったんです。だけどさすがに難しいのと、本当に生きている人間が聴いてくれてたのかなって確かめたい気持ちもあって、全国を回る路上ライブツアーをやりました。そうしたら各地に待ってくれている人がいて、驚きながらも徐々に実感がわいてきた感じでしたね。
もしインターネットと出会っていなかったら、どうなっていたと思いますか?
もちろん、何かほかのきっかけで世に出ていた可能性もあったかもしれないですよね。でも、それがなかったとしてもアルバイトをしながら、それこそ地を這い、土を舐めてでも音楽は続けていたと思います。そうじゃなかったら死んでたと思う。
運命的なものを感じますね。ですが、そうして活動が活発になっていたさなかの2017年、声帯結節の手術をされたと。
はい。おかしくなったのが2016年後半で、手術が2017年です。僕の人生の中でも相当でかいことで、いろいろ考えさせられたできごとのひとつだったと思います。悔しいし、世界を呪うくらいの負の感情もあったんですけど……これが絶妙なタイミングで、手術後の声を出せなかった1ヶ月間で『家庭教室』を書くことになったんですよ。
ではあの小説は、不安や複雑な想いの中で書かれていたのでしょうか。
いや、それがまた僕がバカでよかったところで(笑)。

ひとつのことをやるとね、ほかのことに頭が回らなくなるんですよ。編集部から「どのくらいの期間で(小説を)書けますか?」って聞かれて、わからないから適当に「1ヶ月くらいですかね?」って伝えたんです。ところが、その1ヶ月っていうのがちょうど2月だったんですよ。もういま思い出しても冷や汗が出てくるんですけど、「あと1週間か、ギリギリだな」と思っていたら、「違う! あと4日しかない!」ってなって。ほかの月より日数が少ないんです。あははは!

自分の言ったことだから約束は守らなきゃいけないし、その最後の4日間は3時間睡眠とかで書いてましたね。徹夜嫌いなのに……。だけどそのおかげで、喉のことで悩む時間がほとんどなかったんですよ。
では、その後は?
いちばんつらかったのは『家庭教室』を書き上げて、発声許可が出てからですね。発声許可が出てから歌唱許可が出るまでにまた1ヶ月ぐらいかかったんですけど、思うように声も出ないし、歌も全然歌えなくなってて、手術の前や直後より全然つらかったです。本当につらかったですね。自分の人生を懸けているものが失われるんじゃないか、このまま元に戻らないんじゃないかってすごく怖くて……。

挫けて何もしないと絶対に元にも戻らないとは思ったけど、このトンネルに出口はないかもしれないとも感じて。それがつらい。すっげえつらい!と思いましたね。
そんなとき、ご自分を支えたものは……。
それはねえ、やっぱりバカだなと思いますけど、音楽なんですよね。

思うように歌えなくて悔しいんですけど、歌っていて“楽しい”って感情が消せないんです。リハビリで歌っているとき、“悔しい”も“悲しい”もあったけど、“楽しい”も消えなかったんですよ。当時は、呪いのようだなとも思ったんだけど。

誰も僕の歌を聴いてくれなくても、それでも僕は歌い続ける

極端な“たられば”話ですが、もし伊東さんが誰とも連絡手段がないような無人島にいたとしたら、歌は歌いますか?
絶対にひとりでも歌ってます、間違いないですね。バンド時代とかに、お客さんが0人だったり多くても両手くらいだったりっていうのは何度も経験してますけど、メンバーがヘコんでても僕は全力で歌ってました(笑)。

路上ライブでも4時間とか5時間とか歌ってたんですけど、もっと歌い続けることもできた。やっぱり楽しいって気持ちは変わらないから、「今後は誰もおまえの歌は聴かないよ」ってなったとしても、ずっと歌ってると思います。
舞台の大きさや聴いてくれる人数はまったく関係ないってことですね。
まったく関係ないです。音楽を目的とするか手段とするかってすごく大事だと思ってて、僕は音楽をやりたくてやってるから「目的」なんですよ。一方、お金を稼ぎたいからとかモテたいからやるのは「手段」なんです。そういう人を否定はしないけど、僕がそうなることはないと思います。
「お客さんがひとりもいなくてもいい」ということは、歌によって「何かを伝えたい」と考えているわけではないということなんでしょうか。
それがねえ、ちょっと大きな話になるんですけど……僕は音楽って、アートだと思うんですよ。アートっていうのは、自分が表現したいものを音や身体、筆なんかで表すものだと思うんですね。音なら歌や音楽だし、身体なら演技、筆なら文学や絵画という具合に。それって誰かに見てもらうっていうこと以前の話で、芸術の本質にはまったく関係ないんじゃないかなと。
それでも、自分が表現したものをたくさんの人が聴いてくれて、感動してくれるのは喜びになると。
そうなんです。自分が音楽に救われたのは事実だけど、「自分の作る音楽で人を救いたい」と言ったことはなくて、最近やっと言語化できてきたことがあります。

どんなに一生懸命作ったって、音楽そのものに価値はないんですよ。芸術は芸術でしかなくて、それそのものには価値なんてない。

でも、自分がそれを作った瞬間にまず「いい曲ができた! すごく好きだ」って、自分で価値をつけてるんです。価値のないものに自分が価値をつけて、それを人が見たり聴いたりして、「失恋したときに元気をもらえました」とか「通勤や通学中に聴いて元気が出た」とか、「よくわからないけど、なんかいいね!」ってさらに新たな価値をつけてもらってるんです。

人が価値をつけてくれたから、僕はいま音楽だけに集中する生活を送れてる。たったひとりでも歌は歌い続けるけど、だからこそ「いいね」って言ってくれる人がいたら、「まじすか!? ありがとう!」って思います。
▲ギターを持った瞬間から元気な声で歌い出し、スタッフに「もう少し音量を控えめに……」と言われて思わず照れ笑いする一幕も。

プラスの感情が生まれるようなことだけを発信していきたい

伊東さんの音楽に対する姿勢、すごく理解できました。もうひとつお聞きしたいのですが、昨今ではSNSのあり方がよく話題になっています。伊東さんご自身もこれだけファンが多いと、逆にネガティブなことを言われたりするのではないかと思いますが……。
僕はエゴサはしないけど、見かけてしまうことはありますね。エッセイにも書いたんですけど、母親がネットの掲示板とかをチェックしていて報告してくるんですよ(笑)。「見てもいいけど伝えないでよ!」って言ってます。

僕自身はまだ、結論が出ていない問題ではありますね。でも発信する内容によって、自分が意図しない形でアートが伝わるのは嫌だなと思います。Twitterは何をつぶやいてもいい場所って意見もあるとは思うけど、僕のように表に出ている人間は影響力を考える必要があるんです。

プラスになることを発信すれば、見てくれる人は多いからより大きなプラスになるかもしれないけど、逆も然りで、マイナスなことを言ったらマイナスが増えてしまう可能性があります。どんな発言にもプラスとマイナス面の両方があるけど、「これを言うことで少なくとも世の中にはプラスの感情が生まれるな」ということだけを発信していきたいなと思っています。
もしいま、SNSでの問題で傷ついている人がいたら何と声をかけますか?
難しいですよね……いまは「わかるよ」としか言葉が出てこないです。けど、誹謗中傷を見ていつも思うのは「芸能人や有名人も、あなたと同じように生きている人間なんだよ」ってことです。殴られたら痛いし、切りつけられたら血は出るっていうことを、みんなに想像してもらうしかないんじゃないかなと思います。それを忘れないでほしいですね。
ありがとうございます。最後にお聞きしたいのですが、エッセイのタイトルにちなんで、伊東さんにとっての「似合う世界」とはどこだと思いますか? また、読者にとっての「自分に似合う世界」はどうやって見つければいいと思いますか?
「似合う世界」って、その人が生きていて居心地がいい場所じゃないかなと思います。でもそれは、「自分って何なんだろう」「自分は何者なのか」ってことがわからないと探せないんですよね。そして、それを探す手がかりは「愛」だと思ってます。

何かをずっと続けていると上手くいかなくて悩むこともあるけど、それでも続けられることなら、それは「愛」だと思います。「自分はこれを愛して生きているんだな」っていうことを手がかりにして、それから「自分」というものを知って、そんな自分が似合う世界を探し、作っていくということなんじゃないでしょうか。

ステイホーム中は掃除に挑戦!? 一問一答コーナー

それでは、一問一答コーナーにまいりたいと思います。あまり時間を置かずにパッと思いつく答えを教えてください。
まかせてください! 右脳しか使わずに答えます(笑)。よーし!
呼吸(笑)。
いや、さすがにその後にすることで!
その次!?(笑)あ、“猫を撫でる”ですね。猫が2匹いるので、「おはよう」って感じで。これは絶対にやってます。
うーん、音楽かなあ!?(笑)
やっぱり音楽じゃないですかね、ははは!
部屋の掃除です! ……あ、引いてます?(笑)音楽はしっかりやってますけどその他は全然だめなんですよね。

じつは、新しいPCを購入したことをきっかけにしっかり掃除をしたら、部屋が綺麗になったんですよ(笑)。「掃除すると快適になるんだ!」ってちょっとびっくりしちゃって、いろんなものを捨ててよりよいものを探して買って、家の中をもう一度再構築するっていうのにチャレンジしましたね(笑)。
まず「自分のことは好きかい?」って問いたいです。恋愛は、自分を好きじゃないのに相手を好きになるとつらくなるものだし、振られたときも、自分をちゃんと好きじゃないと「世界が終わった」ぐらいに落ち込むと思うんですよね。

「コップ理論」ってあると思うんですけど、自分のコップをフルに満たしていないと、周りに水を与えることはできないんです。自分を愛せていないから見返りを求める恋愛になってしまったり、自分本位な恋愛になったりして悩むのかも。自分のことを好きな人ってすごく魅力的だし、それが結果として恋愛の成就につながる。恋愛じゃなくてまず自分の人生が“主”で、“従”に恋愛があるってことを伝えたいですね。
ピアノの才能と、ギターの才能と、あとは“猫と会話ができる”がいいです!
ギターの才能はもうお持ちでは……?
いや僕ね、歌はものすごく好きなんですけど、それに比べちゃうと楽器は全然なんです。ピアノやギターも歌と同じくらい愛してやまない存在になれたらもっといいのになっていうのが正直なところです。
猫と会話できたら何を話しますか?
「普段どんなこと考えてるの?」って聞きたいです。うちの猫、すごく性格がいい子たちなんですよ。音楽制作をしているとずっと待っててくれるんですよね。で、5分休憩とかになると周りをうろうろして、「いまだったら撫でてもらっても……?」みたいな感じで様子を伺ってくるんです(笑)。ちゃんとこっちのペースを見てくれてるので、「本当は寂しくない? どうなんだい?」 って聞きたい。あとは普通に日常的な会話もしてみたいですね!
伊東歌詞太郎(いとう・かしたろう)
7月25日生まれ。東京都出身。A型。
2012年にネット音楽のカバーによる活動を開始し、同年に初CDをリリース。2014年にメジャーデビューし、以降はオリジナル楽曲に注力。現在までにアルバム『一意専心』『二律背反』『二天一流』を発表、3作連続でオリコンランキングTOP10入りを記録中。2020年7月22日に初のエッセイ『僕たちに似合う世界』(KADOKAWA)、7月29日にはTVアニメ『デカダンス』のEDテーマ『記憶の箱舟』やエッセイのイメージソングを含むCDをリリースする。メディアには顔出ししておらず、狐のお面がトレードマーク。

書籍情報

『僕たちに似合う世界』
2020年7月22日(水)発売!
著者:伊東歌詞太郎
定価:1,320円(税込)

サイン入りポラプレゼント

今回インタビューをさせていただいた、伊東歌詞太郎さんのサイン入りポラを抽選で3名様にプレゼント。ご希望の方は、下記の項目をご確認いただいたうえ、奮ってご応募ください。

応募方法
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受付期間
2020年7月22日(水)18:00〜7月28日(火)18:00
当選者確定フロー
  • 当選者発表日/7月29日(水)
  • 当選者発表方法/応募受付終了後、厳正なる抽選を行い、個人情報の安全な受け渡しのため、運営スタッフから個別にご連絡をさせていただく形で発表とさせていただきます。
  • 当選者発表後の流れ/当選者様にはライブドアニュース運営スタッフから7月29日(水)中に、ダイレクトメッセージでご連絡させていただき8月1日(土)までに当選者様からのお返事が確認できない場合は、当選の権利を無効とさせていただきます。
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