「攻める」新OPはなぜ生まれた? 『ドラえもん』チームの「絶対に飽きさせない」執念
国民的アニメ『ドラえもん』に、10月、大きな変化が訪れた。放送日がこれまでの金曜日から土曜日に“お引越し”すると同時に、主題歌が一新されたのだ。
新たな主題歌は、星野源の『ドラえもん』。2018年公開の映画『ドラえもん のび太の宝島』用に書き下ろされた同曲だが、映画主題歌がテレビアニメ版のオープニングに使われるのは、40年の歴史で初めてのこと。
それだけでも驚くべきチャレンジだが、そのオープニングに「オシャレ」「斬新」「カッコいい」と視聴者から絶賛の声が寄せられ、大きな話題となっている。
この映像を作ったのは、映像制作会社10GAUGE(テンゲージ)。『君の名は。』『天気の子』『おそ松さん』『僕のヒーローアカデミア』『文豪ストレイドッグス』など、名だたる人気アニメのPVや予告編も同社の手によるものだ。
多くの視聴者を魅了した新オープニングは、いかにして生まれたのか? 10GAUGEを率いるクリエイター・依田伸隆を中心に、『ドラえもん』のチーフプロデューサーである川北桃子、『ドラえもん』を制作しているシンエイ動画の天野賢の3人を交え、制作の舞台裏に迫る。
©藤子プロ・小学館・テレビ朝日・シンエイ・ADK
想定外の反響。『ドラえもん』は別格すぎる
- 『ドラえもん』の新オープニングが、放送直後から大いに反響を呼んでいます。手ごたえはいかがですか?
- 依田 長年『ドラえもん』に携わっている作画監督の浅野直之さんや、劇場版の脚本を手がけた川村元気さんから連絡をいただきました。深夜アニメの仕事をしている方々からも連絡があって「『ドラえもん』はみんな観てるんだ!」って驚かされましたね。
でも、今回の反響でいちばん驚いたのは、普段と違って業界人以外からも連絡が来たことです。
これまでもわりと人気のアニメの仕事をしてきましたが、基本的に業界人からしかリアクションがないんです。でも『ドラえもん』は違いましたね。昔のバンド仲間からも電話があって、「別格すぎるな」と思いました。 - 川北 視聴者の方からも、オープニングの反響が大きくて。本当に嬉しかったです。
依田さんのお話にある通り、一般の方はもちろん、幅広くアニメに精通した業界の人も、観てる。そこが『ドラえもん』のコンテンツパワーだと思います。 - そもそも、依田さんが『ドラえもん』の仕事に携わったきっかけは何だったのでしょうか。
- 依田 映画『ドラえもん のび太の宝島』の予告の第3弾ですね。星野源さんの楽曲を使うことになったタイミングで依頼をいただきました。
- 川北 きっかけは脚本を担当した川村さんで、彼が「依田さんという天才がいる」と紹介してくれました。『ドラえもん のび太の宝島』では、星野源さんに主題歌と挿入歌の2曲作っていただいたのですが、その曲を映像とともにどう見せていくか考えていた時に、依田さんにお願いしようということになりました。
普段のアプローチと変えたいときや、ブレイクスルーしたいときに依田さんにお願いすることが多いです。 - 川村さんとは『君の名は。』(※川村がプロデューサーを務め、依田が予告を担当)つながりだったんでしょうか?
- 依田 『君の名は。』もそうですが、大きいのは『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』じゃないかと思います。
この予告編を、(主題歌の)DAOKO × 米津玄師『打上花火』のMVをやったときに「違うことをやるヤツだ」と思ってくれたんじゃないかな。
「のびのびやってください」という自由度の高い依頼
- 最初に映画版のお話が来たとき、あの『ドラえもん』に関わるというプレッシャーはありませんでしたか?
- 依田 なかったですね(即答)。というのも、お話をもらったとき「のびのびやってください」といった感じで、ビッグタイトルにも関わらず「あれを守れ。これも守れ」みたいな制約がなかったんです。そういう“許してくれる”空気だったので、緊張せずにできました。
「やべぇ……『ドラえもん』だ」と思ったのは後からです(笑)。 - 「のびのびやってください」というのはスゴいですね。制作サイドの内部で、反対の声はなかったのでしょうか。
- 川北 なかったですね。『ドラえもん』に関わっているスタッフは「さらに進化したい」「チャレンジしたい」という気持ちを強く持っていると思います。
今までの歴史も大事にしながら、依田さんや川村さんのような『ドラえもん』を観て育った次世代のクリエイターの作家性も重視し、彼らのドラえもん愛をとても歓迎しています。
星野源の“本気”に乗った新オープニング
- そして今回のテレビ版『ドラえもん』新オープニングに至るわけですが、この依頼はどのような流れで来たのでしょう?
- 依田 新主題歌として星野源さんの『ドラえもん』を使用するとなったときに、僕に話が来ました。
- 川北 やはりこれまでに一緒に仕事をしてきて、信頼を置いているのが大きいですし、依田さんが『ドラえもん のび太の宝島』の仕事を通して、星野源さんの『ドラえもん』をいちばん聴き込んでいるひとりだと思いました。
チーム内も同意見で、反対する人はいませんでした。 - 全幅の信頼ですね。そもそも新オープニングに、星野源さんの楽曲を使用した理由とは?
- 川北 まさに、曲名が『ドラえもん』ですし(笑)。制作サイドとしても「お引越し後の新オープニングはこの楽曲だ」と満場一致でした。歌詞にも、それぞれのキャラクターや「ドラえもん」の世界観を表現してくださっていますし。
- 依田 僕も『ドラえもん』っていう曲名を聞いたとき、ビビりましたからね。たぶんみんな、戦慄が走ったんじゃないかと思います。星野さんの度胸というか、いたずら心というか、“本気”を感じましたよね。
- ちなみに川北さんは、『ドラえもん』制作サイドとして依田さんにどんなオーダーをされたのでしょうか?
- 川北 「とにかく攻めてほしい」と依頼しました。
- おおっ(笑)。テレビアニメでも、「攻めの姿勢」を貫かれたんですね。
- 川北 そうですね。「お引越し」ということもありましたし。
- 依田 本当にありがたかったです。僕に発注が来る時点で「普通のことはやってくれるなよ」くらいは感じていたんですが、それでも他の案件でこういうことはないですからね。
- しかもビッグタイトルで。
- 依田 本当に。でも、これはビッグタイトルだからこその余裕なんですかね?
- 川北 そこには依田さんへの信頼があったからこそだと思います。
星野源の楽曲に触発され、カラフルなイメージに
- ここからは、どのように『ドラえもん』新オープニングを作ったのかを教えてください。どういった部分から着手したのでしょう?
- 依田 僕は映像のコンセプトを考える前に、まずは楽曲に合わせたカット割りを考えるんです。今回も星野源さんの楽曲のテンポに合わせて、色だけが切り替わるラフ映像を最初に作りました。
- そこで最低限の「映像的な気持ちよさ」を作ってから、「Aメロは日常、Bメロはちょっとドラマティックな感じ、サビは派手にしよう」という感じをざっくりと決め、どんな手法でそれを見せるかを詰めていきます。
たとえばAメロだと、普通の描写で日常を見せてしまうと、本編と似た感じになってしまうので「シルエットにしよう」と。
- 色使いが印象的ですが、配色にコンセプトなどはあったのでしょうか?
- 依田 ラフ映像ではかぶらない色を適当に並べただけなんですが、その後もその色に引っ張られていくので、完成版にもかなり名残は残っていますね。
- 無意識に楽曲からインスピレーションを受けて、それが配色に影響したのかもしれないですね。
- 依田 それはあると思います。もともとこの楽曲には、とにかくカラフルなイメージがありましたから。
『ドラえもん』って劇場版には劇場版の色があるし、テレビ版にはテレビ版の色があるんですが、今回は「どっちでもない新しいものを作ろう」と、イメージカラーに振った部分もあります。
過去1年分の『ドラえもん』のアニメデータを分解して再構築
- 楽曲に合わせたカット割りと演出手法を決めたわけですが、その次は?
- 依田 素材の整理を行いました。スケジュール面もあり、すべてを新規カットで構成できないため、過去の素材を活用してコラージュのように作ることが決まっていたんです。
これまでも映画の予告編や、他タイトルのオープニングなどでも同様の作り方をしていたので、それの最大級が来たという感じでしたね。 - なるほど。そういった作業が必要になるんですね。
- 天野 今回、依田さんには過去に放送されたアニメデータを全部お渡ししました。キャラクターなどのフォルムはシンエイ動画のアニメーターが描いて実際にオンエアされたものですが、それを自由に加工してもらっています。
- 依田 「510話のカット3ののび太くんと、600話のカット30の背景と、400話の小物を合わせて別のカットにできない?」みたいな、もはやパズルのような作業でしたね。
- 天野 思いつくままに「○○風にしてみたらどうだろう?」って実験したりしましたね(笑)。
- 依田 会社にいるみんなで手分けして、のび太くんだけのフォルダを作ったりひみつ道具だけのフォルダを作ったりと、徹底的に素材を整理したんですが、『ドラえもん』ということに助けられましたね。
みんな知ってるから「スネ夫ってどんなキャラですか?」みたいな質問や説明が一切必要ありませんでした(笑)。
- たしかに(笑)。しかし、膨大な量の中、無作為に素材を選んだわけではないと思うのですが、何かしら文脈や条件はあったのでしょうか?
- 依田 絵柄の統一感も含めて、直近1年のものに絞りました。それと使いやすい素材選びのコツとして、レイアウト的にキャラクターの頭が切れていない部分に絞りました。
- 依田さん個人として、とくに入れたいと思ったカットはありますか?
- 依田 ひみつ道具だけは、もらった素材の中から全部抜いて集めました。また各キャラの中でも、笑い、アクション、泣きなど、芝居に分類して分けていき、喜怒哀楽を大事にしました。
出木杉くんやドラミちゃん、のび太のママやパパといったキャラクターも「出番としては多くないけど、無視しないでくれ」とは言いましたね。
それと作っていてすごい迷ったのが、スネ夫やジャイアンのパパとママです。意外と出てくるし、インパクトもあるんですが、迷った末に今回は退いてもらいました(笑)。
どうしても必要だった、描き下ろしの新カット
- スタッフクレジットのフォントも印象的ですが、これは『映画ドラえもん のび太の宝島』でも使われていたものですか?
- 依田 そうです。
実際はそのまんまじゃなくて微妙にいじっていたりするんですが、どうしてもあのイメージがあったんだと思います。最初は普通の太いゴシックを使ってたんですが、どうしてもちょっとひと癖入れたくなって、このフォントを選びました。 - ネット上でも、「『藤子・F・不二雄』の『F』だけフォントが違う」といった分析が出ていました。
- 依田 そうなんですよ! スゴいな、そこまで気づいてもらえてうれしいです。
- 3DCGによるドラえもんも登場しますよね。
- 依田 はい。ドラえもんの3D素材があるとのことだったので、それをいただいていろんなタッチで試しました。結果、サビのところで回転するシーンに使わせてもらっています。
- ただ、今回はすべてが素材の再構成というわけではなく、新規カットもありますよね…?
- 依田 はい。
- 天野 やっぱり「描いてくれ」って言われるんですよ(笑)。
- 依田 いや、あれを書いてくれてめちゃ助かったんですよ(笑)。あれがなかったらヤバかったと思いますよ。
- 新規カットは、統一感を出すために必要だったのでしょうか?
- 依田 そうです。コラージュだけだと、どうしても「切って貼った感」が出てしまうんですよ。そこに統一された絵柄の新規カットがあると、糊(のり)になって各パートをつなげてくれるんです。
超急ピッチで新規カットを描いてもらったんですが、これがあったおかげで本当に助かりました。 - (笑)。後半の各キャラクターで「ド」が形作られる部分も、過去の名シーンなども盛り込まれていて話題となりました。
- 依田 最初はいろんなフォントで「ド」を作ろうと思ったんですけど、文字だけだと地味になっちゃったので、結局それぞれのキャラクターで「ド」を作りました。
- また、冒頭に出てくるように、月や太陽が重要なモチーフになっているように感じました。その理由は?
- 依田 基本的にドラえもんのキャラクターって丸で構成されているので、そこのフォルムと掛け合わせたかったというのが大きいですね。
基本的には地球でもよかったんですが、再撮処理をするときに日中よりも暗めに落としたほうが、本編と違う雰囲気になりやすいと思い、月や太陽を使うことにしました。
不安を一蹴した、星野源の「ドラえもん論」
- こうして完成した新オープニングですが、川北さんご自身はチーフプロデューサーとして「攻める」ことへの不安はありませんでしたか?
- 川北 これまでも一緒にお仕事をしていますし、信頼しているので、そこは大丈夫でした。
今回のリニューアルにおいて不安があるとしたら、依田さんの攻めたオープニングに対して、本編は“いつもの『ドラえもん』”なので、少しチグハグな印象になってしまうんじゃないかというものでした。 - なるほど。
- 川北 でもこの前、依田さんのオープニングの件も含めて星野源さんにその事を伝えると、「新しい切り口も、いつもの切り口もできるのが『ドラえもん』だと思うし、とても良かったと思う」と言ってもらえて、すごく嬉しかったです。
- 素敵なエピソードですね。
- 依田 テレビ本編だけを見ても、いろんなテイストの回がありますからね。“鬱回”みたいなのもあったり(笑)。
- 川北 感動もあるし(笑)。
- 原作でも相当攻めた回とかありますしね。
- 川北 原作の懐がとても深いんですよね。
- これまでいろんなクリエイターが『ドラえもん』とコラボしてきましたが、依田さんとしてはそうした先例で意識したものはありましたか?
- 依田 とくにないですね。でも、打ち合わせのときに天野さんがTHEドラえもん展で出展された『ドラえもん』の映像を見せてくれて、「“ドラえもん愛”をもとに発想するアイデアは大丈夫」と言ってくれたのは印象に残っています。
- 天野 どれだけ攻めても、愛があれば『ドラえもん』は崩れないんですよね。
- 依田 『THE ドラえもん展』を見ても、クリエイターがどれだけめちゃくちゃに遊ぼうと、ドラえもんはドラえもんのままですからね。みんなが『ドラえもん』へのリスペクトがあるのも大きいと思います。
- 今回のオープニングがファンからも好評だったように、“遊び”を受け入れる姿勢が出来上がっているのかもしれませんね。
- 依田 たしかに。『ドラえもん』って、コラボレーションも含めて、品がよいんですよね。
- クリエイターとして、『ドラえもん』とはどんな作品だと思いますか?
- 依田 ジーパンでいったら「リーバイス」みたいな感じだと思います。
他にもジーンズはいろいろあるけど「とりあえずこれでしょ」と最初に選んで、大人になってもはき続けられるようなものというか。間違いなく自分の軸にありますね。 - 天野 原作は執筆50周年を迎える作品ですが、40年経っても50年経っても、現役で子どもたちに愛されています。藤子先生がどれだけ子ども心を持って作っていたのかと驚かされます。
- もともとの作品自体にエネルギーがあり、さらに「変わっていこう」という力もあるんですね。
- 天野 チーム『ドラえもん』は、攻めることも意識しないといけないと思っています。
どんなに偉大な作品でも、何もしないでいると、消えはしないけど扱われなくなってしまうんですよね。『ドラえもん』関係者はそうならないように、ずっとチャレンジし続けています。 - 依田 偉大な作品だけど、偉大なままにしないですもんね。
- 川北 そう。スタッフは前向きな危機感を持っています。「みんなを飽きさせないように」「もっと楽しんでもらいたい」と。チーム「ドラえもん」の共通認識だと思います。
偉大な作品を偉大なままにせず、攻め続ける
- 依田伸隆(よだ・のぶたか)
- 1977年9月19日生まれ。東京都出身。A型。ディレクター、映像プロダクション10GAUGE代表。新海誠監督『君の名は。』の予告編や、DAOKO × 米津玄師『打上花火』のミュージックビデオが大きな話題を呼び、数々のアニメ作品の予告編やOP映像などを手がける。
- 川北桃子(かわきた・ももこ)
- 1974年8月29日生まれ。静岡県出身。A型。テレビ朝日のアナウンサーとして活躍後、2004年に広報局宣伝部に異動。以降は、チーフプロデューサーとして『ドラえもん』『クレヨンしんちゃん』などの人気タイトルを手がける。
- 天野賢(あまの・けん)
- 1964年11月4日生まれ。東京都出身。O型。『ドラえもん』や『クレヨンしんちゃん』を手がけるアニメ制作会社、シンエイ動画のプロデューサー。企画営業本部の副本部長を務める。
作品情報
- 『ドラえもん』
- 毎週土曜午後5時から放送中(テレビ朝日系)
12月21日放送の『ドラえもん』は、クリスマススペシャル!
「タイムワープでプレゼントを」「クリスマスに雪を」の2本立て!
ライブドアニュースのインタビュー特集では、役者・アーティスト・声優・YouTuberなど、さまざまなジャンルで活躍されている方々を取り上げています。
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