“ガラパゴス”こそ邦楽の強み。音楽プロデューサー・T-SKが平成の楽曲に思うこと
安室奈美恵の『Love Story』や、三浦大知の『IT'S THE RIGHT TIME』、三代目 J SOUL BROTHERS from EXILE TRIBEの『Eeny, meeny, miny, moe!』など、日本のミュージックシーンをにぎわすヒットソングを数多く生み出してきたT-SK。
R&Bを基軸としながら時代のトレンドをいち早く取り入れ、ポップ・ミュージックへと落とし込む手腕は見事という他ない。
今や海外では主流となっている「コーライティング(Co-Writing=チームによる楽曲制作)」も積極的に行うなど、常に新しいことに挑戦し続けている。
彼のそのモチベーションは、一体どこから来ているのだろう。また、彼の目に映るアーティストたちの存在とは?そして、もうすぐ幕を閉じる「平成」をどのように見ているのだろうか?
中学時代のピアノ講師は、渋谷慶一郎だった
- T-SKさんが、作曲家の道を志すようになったきっかけは?
- 幼少期からピアノを習っていたのですが、途中で辞めちゃったんです。クラシックを譜面通りに弾くのがあまり楽しくなくて。
でも、中学生のときに『ASAYAN』(テレビ東京系、1995年〜2002年まで放送)というオーディション番組を見て「作曲っていいな」と思ったことから「もう一度ピアノをやってみようかな」となったのが最初のきっかけでした。 - 最初は独学で楽曲作りをしていたのですか?
- はい。ピアノもしばらく弾いていなかったので、リハビリがてら思いつく楽曲を録音していました。ただ、これだと上達するにも限界があるじゃないですか。かといってまたクラシックピアノを習っても、同じことの繰り返しになってしまう。
そんなふうに思いあぐねていたとき、たまたま友人のマンションに芸大(東京藝術大学)生が住んでいたので、その人に相談してもらったところ、「それは僕が教えるしかない」と指導を快諾してくれたんですよ。それが、のちに現代音楽家として名を成される渋谷慶一郎さんだったっていう(笑)。 - それはスゴいです。渋谷さんの指導法ってどんな感じだったんですか?
- 「教える」というよりは、「一緒に楽曲を作ろう」という感じでしたね。当時僕は(電子楽器メーカー)KORGのTRINITYというシンセサイザーを持っていたので、それを使いながら一緒に作ったり、DTM(デスクトップミュージック=パソコンを使った音楽制作)のやり方を習ったり。
中学生の頃だったので、夏休みの自由研究も手伝ってもらいました。10曲入りの音楽アルバムみたいなものを作って提出したのを覚えています。そんな経験を経て、自分のやりたい音楽が明確になっていきました。
- 学生時代は、バンド活動も行なっていましたよね?
- 自分の作った楽曲をバンドで演奏してみんなに聴かせたいという思いが芽生えたんですけど、中学生の頃ってカバーのほうが楽しいし、オリジナルなんてやりたくないじゃないですか(笑)。なので、本格的なオリジナル・バンドを結成したのは高校に入ってからです。
中学時代から同級生だった(R&Bシンガーの)CIMBAを誘い、最初は5人くらいでやっていたんですが、気付いたら彼とふたりだけになっていて(笑)。みんな部活や勉強で忙しかったりして、温度差もあったんですよね。 - その後はCIMBAさんとふたりで活動を?
- そうです。当時流行っていたR&Bだったら「ふたりでもできるかも」と思って「VERY PHAT SOUL」という名義でユニット活動を始めました。それが2004年。その後、CIMBAのアメリカ留学があったり、僕も作家活動が忙しくなってきたりしたので、グループとしての活動は休止になるんですけど。
その後も彼のソロシンガーとしての活動をプロデュースしていましたが、今は一度離れて互いにやりたい音楽を追求している時期ですね。でもいつかまたふたりで何かやりたいとは思っています。
『Love Story』で、「30歳までにヒットソングを書く」目標を達成
- 安室奈美恵さんの『Love Story』(2011年)は、T-SKさんの出世作とも言えますよね。
- あの曲のビートは、数年前からアイデアとしては存在していたもののひとつでした。当時(レコード会社の)avexにいたHiDEさん(河田秀樹/現:United Future Creators代表)と出会い、一緒にやることになったときに「海外の作家とコラボするのはどうか?」という話になったんです。
それまではひとり、もしくは自分とアーティストだけで作っていたものが、他の作家さんとのコーライティングによってどんなふうにブラッシュアップされていくのかにも興味があって。 - 実際やってみていかがでしたか?
- 衝撃的でしたね。たとえばこの『Love Story』も、数人でやり取りしていくうちに、どんどん進化していくんですよ。メロディーが完成するまで3、4時間くらいだったかな。その過程でもうすでに「この曲ヤベエ!」という雰囲気になって感動していました(笑)。
- それはスゴいです!
- コード進行も海外のアーティストたちからすると新鮮だったみたいですね。 参加していたNERVO(オーストラリアのシンガーソングライター兼DJ&アーティスト)も、最初は戸惑っていたんですけど、慣れてくると、どんどん化学反応が起きていました。
- この曲は、月9ドラマ『私が恋愛できない理由』(フジテレビ系、2011年10月〜12月放送)の主題歌にもなりました。
- 思わず2度聞きしちゃいました。「へ〜、ドラマの主題歌に決まったんだ。『月9』ね。…『月9』!?」みたいな(笑)。しかも、その楽曲をドラマ制作側の方々がすごく大事に扱ってくれていて。ドラマの第1話で流れたときの反応もすごかったし、ランキングもずっと1位でしばらくは自分でもわけがわからなかったですね(笑)。
とにかく、僕には「30歳までにヒットソングを書く」という目標があったので、『Love Story』が大ヒットして安室さんの代表曲のひとつになったことは、大きな自信につながりました。僕の目標をひとつ達成させてくれた安室さんや彼女のチームには、本当に感謝してます。 - ジャスティン・ビーバーやアリアナ・グランデなど、海外のアーティストのあいだではすでに主流になっているコーライティングもいち早く取り入れました。
- じつは、この安室さんの楽曲の前からHiDEさんと一緒にアメリカのロサンゼルスへ行って、頻繁にコーライティングはやっていました。作曲というと、当時は「家にこもってコツコツ作る」というスタイルが主流だったと思うんですよね。なので、その場のインスピレーションでバーッと作っていく海外のコーライティングはとにかく衝撃的でした。
三浦大知は、人と違う感覚で物事を見る
- 三浦大知さんとは、たくさんの楽曲を作っていますよね。
- 大知くんとは、顔合わせを兼ねて一緒に食事へ行ったときのことが印象に残っています。「どんな曲が作りたい?」と聞いたら、「僕、ピアノだけで踊りたいんですよ」って。予想外の返答でした(笑)。普段、あんなに激しくダンスを踊っている人が、リズムは要らないっていうんですからね。それでますます興味が湧いて、一緒に仕事をするのがとても楽しみになりました。
- とくに思い入れの深い楽曲は?
- テレビアニメ『寄生獣』のエンディングテーマに起用された『IT'S THE RIGHT TIME』(2014年)ですね。僕はあの漫画が大好きで、高校生の頃、夢中になって読んでいたんです。まさか自分の楽曲が使われるなんて…と感慨深かったですし、とても大事なシーンにフル尺で使ってくださったときは、思わず泣きました(笑)。
- 三浦さんの印象は?
- 本当に才能にあふれた方ですよね。大知くんが書いた歌詞などを見ると、考え方がすごくアーティスティックというか、人と違う感覚で物事を見ているんだなって思います。『Listen To My Heartbeat』(2013年)が日本語の歌詞になった大知くんの歌を聴いたNERVOが「スゴいね…言葉の壁を超えてる!」とびっくりしていました。
もちろん、歌もスゴい。たとえばフェイク(主旋律のメロディーをアレンジすること)だと、僕らが場所を考えたり教えたりする必要はなく、すべてお任せ。それで出てくるものがカッコいいから、一緒にやっていて常にワクワクするんですよ。
『Eeny, meeny, miny, moe!』で、自分の新たなスタイルを確立
- LDH所属アーティストの作品も数多く手掛けていますよね。たとえば2015年には、三代目 J SOUL BROTHERS from EXILE TRIBEの『Eeny, meeny, miny, moe!』が大ヒットしました。
- 当時EDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)が世界中で流行っていて、日本でも三代目さんが『R.Y.U.S.E.I.』(2014年)や『O.R.I.O.N.』(2014年)をヒットさせていました。
僕自身はEDMを踏まえたうえで、新たな基軸を打ち立てようと模索していた時期だったんです。たとえばR&Bを融合させたらどうなるだろう? とか。そういう方向性が、先方の考えていたことと合致したんですよね。 - この楽曲は、スウェーデンのソングライターであるMoonChildとの共作ですね。
- 楽曲自体もスウェーデンで作りました。ライティングキャンプといって、スタジオが数個設置してあって、毎日違う作家とチームを組んで楽曲を書いていく。食堂もあって、昼はみんなでランチを食べて…みたいな。ちょっとした合宿ですよね。そこで僕があらかじめ作ってあった『Eeny, meeny, miny, moe!』のビートで、MoonChildと制作していきました。
ネットでは何度かやり取りして楽曲を作ったことはあったんですが、彼はまたちょっと特別でしたね。歌がうまい作家さんはやっぱりスゴい。独特のグルーヴ感を持っているし、こっちが持ってきたビートに対してドンピシャのメロディーを付けてくるんです。聴いた瞬間「これはキタ!」って思いました。 - この楽曲が収録されたアルバム『PLANET SEVEN』(2015年)は、ミリオンセラーになりました。
- 「踊ってみた」動画が流行るなど、歌だけでなくダンサーにも注目が集まりました。他のアーティストさんからも「ああいう曲が欲しい」という声をたくさんいただいたんですよ。
こういう反応はリリースが半年早くても、あるいは半年遅くてもなかったと思うので、タイミングもすごく良かったのだなと改めて思います。この楽曲でまた、自分のスタイルをひとつ確立できました。
- LDH所属のアーティストで他に印象に残っているのは?
- SHOKICHIくん(EXILE SHOKICHI)はアーティストでありながら、楽曲作りなどでも全体を見る力があってプロデューサーとしての才能もすごく感じます。彼ともよくコーライティング・セッションをしているのですが、そうして生まれた楽曲が5月にリリースされる彼のアルバム(『1114』)にも収録されています。
じつは3年前に作った楽曲をブラッシュアップしたもので、「この楽曲を出すなら今のタイミングじゃないですか?」と提案してくれたのはSHOKICHIくんなんですよ。そういうセンスを持っている人です。
ほかにも今市(隆二)くん(三代目 J SOUL BROTHERS from EXILE TRIBE)のソロも手掛けているのですが、彼は気さくだけど真面目な面もあって、それが歌にも表れていると思うんですよね。「一生懸命さ」がにじみ出ているのが、人を惹きつける魅力になっているのかなと。
- SHOKICHIくんも今市くんも、ブラックミュージック(ジャズ・ブルース・ソウルなどアメリカの黒人音楽の総称)が大好きで、僕とツボも一緒なので、そういう意味でも仕事をしていて楽しいですね。ミックスダウンのときとか、ふたりともすごく深いところまで聴いているなと思うし、その成長ぶりには驚かされますね。
日本の音楽は、じつはオリジナリティーが強い
- ところで、平成を振り返って、T-SKさんが思う「平成の楽曲の特徴」とはどんなものですか?
- 平成に入ってから、テクノロジーの進化が著しかったじゃないですか。ひとことでは言い表せないほどドラスティックな変化があって、音楽もそこに影響されてないわけがないですよね。2、3年の期間で流行りの音楽のありようが変わってしまうというか。
BPM(テンポ)も100が主流だったのが突然130になったり、生音が主流だったのが突然デジタル一辺倒になったり。その陰には間違いなくテクノロジーの進化という支えがあったと思います。
音楽の聴き方も変わりましたよね。レコードやカセットで聴いていた音楽が、CDになったりして。今じゃストリーミングが当たり前とか。プラットホームも選ばなくなったし、聴くスピーカーによっても音像がまったく変わる。それが平成の特徴ともいえるかもしれないですね。 - インターネットの普及も欠かせませんよね。
- そうですね。邦楽ってどうしても「ガラパゴス」などと揶揄(やゆ)されがちですが、徐々にそれが強みになってきている気がします。世界のどこにいても、どんな音楽でも聴くことができます。日本の音楽を聴くことも、たとえばスウェーデンの音楽でもなんでも聴くことができる。
- “ガラパゴス”のものが、“ガラパゴス”だからこそ海外でそのまま評価されるという現象も起きていますよね。
- そう思います。日本人は、洋楽を取り入れるにしても単にモノマネするんじゃなくて、ヒップホップとかも海外とはまったく違う発展の仕方をするし、言葉の遊び方もうまく工夫しているんですよね。じつは、日本というのはすごくオリジナリティーの強い文化なんじゃないかなと。それがネットを通じてダイレクトにユーザーへと届き、どんどん広まっているように思います。
しかも音楽だけの現象じゃないような気がするんですよ。ファッションにしても、映像にしても、日本の文化がワールドワイドに拡散していったのが、平成の最後の10年間だったのではないでしょうか。 - そんな中で、T-SKさんが「スゴい」と思う楽曲は?
- まず洋楽では、 チャーリー・プースの『Attention』(2017年)ですかね。あの楽曲を聴いたとき、その質感というかボーカルやベースの輪郭に驚きました。「これ、一体どうやってるんだろう?」って。何かひとつでも欠けていたら、この空気感は成り立たないと思うんですよ。デジタルが主流の世の中で、あの楽曲のようなアナログっぽい質感が新鮮に感じるのは面白かった。
- 日本人だと、やっぱり星野源さんかな。『アイデア』(2018年)という曲も、セクションごとにアレンジがガラッと変わったりして、遊び心があっていいなと思いましたね。
- 今後、手掛けてみたいアーティストはいますか?
- 国内外問わず、才能あるアーティストの音楽を手掛けていきたいですね。また、新人のアーティストと、イチから頑張ってヒット曲を作りたいですね。
たとえば、何度か一緒にやらせていただいている『COLOR CREATION』というボーイズ・ボーカルグループは、モチベーションがすごく高くて、歌はもちろん、才能をすごく感じる。彼らが目指すゴールを自分も一緒になって目指していきたい、と思えるグループなんです。
- 新人のアーティストに関わらず、僕が音楽で関わることで、そのアーティストたちの人生に影響を与えられたらそれは本望ですよ。振り返ったときに「ああ、あれがターニングポイントだったなあ」と思ってもらえるような曲を一緒に作りたいですね。
あとは、自身の作品をアーティストとして世に出していくプロジェクトもやってみたいですね。僕は歌ったり踊ったりするわけではないので、作曲家・プロデューサーという立ち位置での楽曲作りということになりますが。才能豊かなアーティストと一緒に制作して、僕の名義でリリースしていけたらいいなと思います。
- T-SK(ティーエスケー)
- 1983年4月2日生まれ。東京都出身。B型。
音楽プロデューサー・作曲家。2011年、安室奈美恵『Love Story』を手掛け、同曲が収録されたアルバム『Finally』は2ミリオンを記録、第32回日本ゴールドディスク大賞のアルバム・オブ・ザ・イヤー・ベスト5アルバム(邦楽)の2部門を受賞した。2014年には、三浦大知 『IT’S THE RIGHT TIME』がテレビアニメ『寄生獣 セイの確率』のエンディングテーマ曲に起用された。2015年、三代目 J SOUL BROTHERS from EXILE TRIBE 『Eeny, meeny, miny, moe!』が収録された『PLANET SEVEN』はミリオンセールスを記録し、YouTube再生回数は3,400万(2019年4月現在)に達した。また、2017年にE-girlsの『北風と太陽』を制作。東方神起やBlock B, K Willなど、韓国アーティストにも楽曲提供を行っている。
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