新宿二丁目の名物ママが明かす、NHK職員のニクい取材交渉術

写真拡大 (全29枚)

チンピラ芸人ペンギンズが大都会・新宿の夜の住人たちをインタビューしていく街レポ企画第4弾。

新宿二丁目をもっとディープに知りたい。そう思った2人が今回訪れたのは、深夜0時に開店するリアル深夜食堂「クイン」と、世界的大スター、フレディ・マーキュリーも来店したというディスコ「ニューサザエ」の2軒だ。

それぞれ1970年と1966年に創業、いずれも二丁目では最も古い部類の老舗である。来月からはもう新元号だが、平成が終わってしまう前に、昭和の空気を訪ねてみるのもいいだろう。
出演/ペンギンズ
撮影/水上俊介
文・構成/飯田直人(livedoorニュース)
デザイン/桜庭侑紀
「新宿 夜の生きもの図鑑」一覧
古びたビルの狭い階段を上り、小さなドアを開けると「クイン」の名物ママ“りっちゃん”こと、加地律子さんがふたりを待ち構えていた。
いらっしゃい。どこでも好きなとこ座りな。あんたたちは芸人さん? 所属事務所はどこなの?
泣く子も黙る、“サンミュージック”組じゃ!!!!
夜中に大きい声出すんじゃないよ!
あ、すみません…。
ノブオを一瞬で手なずけた…このババア、ただ者じゃねぇ。
サンミュージックっていうと、四谷のほうのあれだな…。そういえば、吉本(興行)にお笑い芸人で「ひょっこりはん」ってのがいるだろ? この前そいつが来たんだけど、えらい男前だったねえ。
アニキのほうが男前だろ!
俺は男前では売ってねぇんだよ。ひょっこりはんもそうだけどな…。なんかの間違いじゃねえか?
え? ああそうだね、言い間違えた。ひょっこりはんの“マネージャー”が来たんだ。そいつがいい男だったんだよ。
さすがにヤらせろとは言わなかったよ? あたしだって。急にそんなこと言ったら逃げられちゃうからな。カワイイ若手は、陰から静かに見守っていくのがいいんだよ…。

ところで、あんたたち飲みもんはビールでいいだろ?
勝手に決めんの!?
年長者からの誘いは断るもんじゃねぇぞ。
だよなあ? ほれ、注いでやるよ。
いやー、どうもどうも。
釈然としねえ…。けどまあ、とりあえずビールいただきます!
まあ待ちな。あたしにも注ぎなよ。
はっ!?
「はっ!?」て、あんたおかしいだろう。あんたたちと一緒におしゃべりすんのに、あたしだけ飲んでないなんて不自然だよ。働いてる側は飲んじゃダメなんてルールあんのかい?
いや、ないっすね…。
だろ? もちろんこのビール代はあんたたちの伝票に付けるけど、それだっていいだろ? 客として来てるってことは、お金を払いに来てるんだもんなあ?
いやその通りっすね…! すみませんでしたお母さん! さ、どうぞどうぞ!
おう、そう来なくっちゃな。
ノブオ、完全に気圧されてやがる…。
乾杯を済ませると、律子ママはようやく食事の注文を聞いてくれた。ペンギンズが頼んだのは、マグロのカマ焼き(時価)、ピラフ(550円)、そしてエビフライ定食(700円)。「マグロの時価っていくらですか?」というノブオの質問を律子ママは「そんなの気にするな」と軽くあしらい、注文を厨房へと伝えた。厨房(ちゅうぼう)の中には、ひとりで黙々と料理をするお父さんがいた。
いい匂いがしてきたぞ…。ペンギンズがそう思い始めて間もなく、料理が続々と出てきた。大ベテランは仕事が早い。
はい! マグロだよー!
でけぇ!! 時価って書いてあったけど、値段いくらなの、これ?
細かいことはいいんだよ! おいしく食べな!
そうですよね! いただきまーす!!
あんたたちがこんなにウマいもの食うのはね、きっと生まれて初めてだと思うよ。骨は取ってあげよう。
決め付けがスゲえな。
ウマそー!!!めちゃくちゃキレイに骨取ってくれてる…。
そうしないとお魚がかわいそうだろ? お醤油もかけるよー。
魚にも愛情たっぷりのアニキー!!
お! お母さん、たしかにめちゃくちゃ脂乗ってるなこれ! ウマい!
ちょうど食べ頃なマグロだよ。あたしと完全に一緒よねえ…。ちょっとノブオ、ビールお代わり!
はい、ただいまー!
もうどっちが店員かわかんねぇな。
少しこの店のことを教えてくれよ。
この店はねえ、開店してもうすぐ50年になるわ。NHKも民放も、テレビ局の取材はもう何十回も受けてる。だけど、制作のヤツらもネタが切れちゃうからさ、何年かしたら絶対に戻って来るんだよな。二丁目特集やるとか言って。ぐるぐる同じとこ回って、回遊魚と同じだな、あいつらは。面倒くさいから取材拒否もけっこうしてるんだけどなあ。
テレビの制作の人ってタフだから、取材拒否しても簡単には引かなかったりするんじゃないですか?
そうそう。断っても「まあひとまずお酒でも飲みましょうよ」って言ってきてな、そう言われたらこっちも「じゃあ飲むか」って答えちゃうから、結局取材されちゃう(笑)。あいつらもなかなか頭いいんだよな。
お母さんがチョロすぎるんじゃねえか?(笑)
どうだかねえ。
あ、そうそう。そういえばNHKにスゴいのがいるよ。苗字が「S」から始まるヤツで、これがまたイケメンなんだけどさ…!
お母さん、マジで男好きっすね…。
Sはあたしが取材を全部断ってた時期に取材依頼しに来たんだ。
「テレビには出ないよ」ってあたしが言うとさ、Sはその後、何も言わずに週に何回も店に来るようになった。毎回飯を食って、普通にしゃべって帰るだけ。仕事の話は一切しない。
だけどまあ会社の経費なんだろうと思って領収書渡してやると、「僕が来たくて来てるだけだから、要らないよ」って言うんだな。「僕は仕事抜きで、お母さんとお話ししたいんだ」って。
こんなふうに言われたら、やっぱりあたしだってうれしいよな!
なんかホストみたいだぞ! もう悪い予感がする!
でな、取材はしなくていいのかって、だんだんこっちが心配になってきちゃうだろ? それで聞いてみたら、「そりゃできたらうれしいけど…。じゃあ、今度お母さんが領収書くれた時は、取材OKの合図っていう約束にしておきましょうか。僕はどうせ毎週食べに来るし、取材は別にいつだっていいし」とか、粋なこと言うわけだよ。
そんなふうにして何回も来るから、あたしもSがカワイく思えてきちゃってな…。もう何度かSが来た後、5万円分くらいで領収書を切って渡してやったわけさ。
そしたら?
そのあとすぐに取材班が来たよ。でもSはその日の取材には来なかった。「彼はどうしたの?」って他のスタッフに聞いてみて、そこでようやく事情がハッキリした。

「Sは別の現場に行ってます。お母さんからOKもらうまでが、この現場での彼の仕事だったので」

くー! プロだぜ、ありゃ!
やっぱり、まんまとハマってしまったわけですね!
ああ…。それからぱったりSは食べに来なくなった。想像通りかい?
まあでも、Sは憎めないヤツなんだよな。っていうのも、その後Sは名古屋に転勤することになったらしいんだけど、送別会の日、ウチにわざわざあいさつに来たんだよ。
送別会で貰った花束を抱えてたんだけど、「飲み歩くのに邪魔だし、花はお母さんにあげる」とか、また粋なこと言って花を置いていきやがって…。
カワイイじゃねえか。困ったもんだよ!

▲ピラフにはベーコンと卵が入っていた。ピラフというよりチャーハンじゃないかとも思われたが、おいしかった。

ところであんたたち、子どもはいるのかい?
うちはまだだ。妊活中だよ。
アニキは風俗通いしながらの妊活だぞ! 絶倫アニキナメんなよ!
あんまり大きい声で言うなよ。
ちなみにウチは4歳の娘がいます!
お、ウチの孫は3歳だから同じくらいだな。写真ある?
見ます? そっくりなんですよ僕と! スマホに入れてるからちょっと待ってねー…。
ノブオの親バカスイッチが入ったな。
律子ママは男好きでちょっぴり下世話な酔っぱらいだが、心優しい「おばあちゃん」でもある。ノブオの娘さんの写真を見るなり「カワイイ!」と、笑顔が止まらなくなった。
あんた幸せもんじゃない、こんなカワイイ娘がいて! この子のためだったら、どんな仕事も頑張れるよなあ!
本当にね、何だってできますよ!
人なんか何人でも殺せるよなあ!
あるあるですよね!
なしなしだろうが。
楽しい時間は矢のように過ぎる。いつの間にか、瓶ビールが9本も空いていた。

お会計を頼むと、律子ママは2万円だと言った。はいはい2万円ね…。ん? ピラフは550円。ビールは600円。この価格設定からすると、何か計算がおかしいのでは? と思えたが、もしかするとマグロの「時価」が高かったのかもしれない。ペンギンズはにこやかに支払いを済ませ、店を後にした。

▲後日、普通に食事をしに行ったらお会計はひとり2000円以下で済んでしまった。2万円は取材費込みの値段だったようなので、ご安心を(とはいえ「時価」には注意した方がいいかもしれない)。

新宿二丁目は狭い。続いて、ペンギンズは「クイン」から歩いて1分の距離にある老舗ディスコ「ニューサザエ」を訪れた。
ディスコって、まだ日本に存在してたのか。そう思われる方も多いだろうが、それはたしかに存在する。「ニューサザエ」は、昔から変わらずここにある。

基本的な造りはクラブと大差ない。DJがいて、音楽が大音量で鳴り、踊れるフロアがある。違いといえば、入場料不要(ドリンク1杯目1000円、2杯目以降700円)で、出入りが自由なことくらいか。

あと強いて言えば、客層が多様で、少し風変わりかもしれない。

この日も、若者たちに混じって“はぐれメタル”が、仲間になりたそうにこちらを見つめていた。
「仲間にしてあげますか?」

ノブオは心の声に即答した。

「はい!」
こうして、ペンギンズのパーティーに仲間が増えた。
踊れば人類みな家族。

「ニューサザエ」には幸福で浮世離れした、桃源郷みたいな空気が流れている。ディスコミュージックの名曲に合わせて身体を揺らせば、性別も年齢も国籍も関係がない。あらゆる違いを超えて人々がすぐに仲良くなれる、稀有な場所だ。

平成も終わりに近づき、SNSでは毎日誰かが炎上している、そんな時代の東京にこんなピースフルな店があったとは…。ペンギンズは、バーカウンターをひとりで切り盛りするヒロシさんに、この店について話を聞いてみることにした。
ノブオがはしゃいですみません。楽しませてもらいました。
まず気になったんですけど、コップがめちゃくちゃカワイイっすね!!
ああ、100均のコップだよ(笑)。海外からのお客さんたちも珍しがって、よく写真撮って帰るね。
ここも外国人観光客は増えてるのか?
そうだね。二丁目は全体的にそうなってるよね。あとは最近女装のお客さんが増えたかな。女装用の衣装をレンタルをしてる店があって、普段は女装しない人がそこで着替えて来てるみたい。
ヒロシさんはいつからここで働いてるんですか?
もう25年前からだね。元々楽器をやってて、仕事も音楽関係なんだけど、だんだんここを手伝うようになってね。
へえー。ここなら音楽にも触れていられるから、ヒロシさんにとってちょうどいい職場なんだな。
いや、音楽は別にどうでもいいんだけど(笑)。
どうでもいいんかい! そういえば、ここは二丁目だけど、ヒロシさんはあれですか? えーっと、なんていうか…。
そんなに言葉を濁すくらいならストレートに聞いてもらったほうがいいな(笑)。俺がゲイかって?
あ、すみません…どうなんですか?
ノンケだよ。
そうなんですね! この店って、お客さんも別にゲイが多いとかってことはないんですか?
んー、幅広いよ。ゲイもレズもノンケもトランスもいる。この店は50年以上前からどんなセクシュアリティーのお客でも受け入れているからね。まあそういう昔の話は俺じゃなくてオーナーに聞いてみるといいよ。オープンしたての頃から知ってるから。
後日、オーナーの「ミキオさん」に、新宿二丁目の最初期から続くこの店について話を伺った。

「ニューサザエ」という変わった店名は、初代ママの芸名が「サザエ」だったことに由来するそうだ(髪型が“サザエさん”に似ていることからあだ名でそう呼ばれていたという)。

1966年。ニューサザエがオープンしたのは、二丁目がまだゲイタウンとしての黎明(れいめい)期にあった頃だ。

元々、現在の二丁目付近には「新宿遊郭」があった。そこが戦後は売買春を公的に黙認する「赤線地帯」となった。つまり、ここは昔からずっと「性」の匂いが漂う土地だったわけだ。しかし、特にゲイが集まる街というわけではなかった。ゲイタウン化へのきっかけになったのは1958年の売春防止法施行による赤線の廃止。赤線廃止によって空いたテナント群を安く借りて、細々とゲイバーの営業が始まったそうだ。

しかし本格的なゲイタウンになっていくのは1960年代の半ば以降になる。1960年に「新宿副都心計画」が発表され、道路拡張工事に伴い、この付近は一度さら地にされたためだ。工事の終了後には、雨後の筍のごとく新しい建物が立ち並んでいく。時は高度経済成長期。1964年の東京オリンピックを経て、新たな時代へと向かう大きな流れの先端で、二丁目はゲイバーが集まるエリアへと急成長していったのである。

話を「ニューサザエ」に戻そう。新宿に店を構える前、サザエさんは銀座のゲイバーで働いていた。「青江」という店だった。さらに時間を遡ると、青江のママは銀座に来る前、新橋のゲイバーで働いていた。こちらは「やなぎ」という店だった。そしてこの「やなぎ」という店は、東京で戦後最初にできたゲイバーだったといわれている。つまり、ニューサザエは東京のゲイバー史において、元祖の直系に位置する店であるらしい。

▲フレディ・マーキュリーも訪れた「ニューサザエ」では、その昔、フレディにそっくりな店員さんも働いていたというからややこしい。

二丁目は観光地化が進み、前回ペンギンズが訪れた「Campy! bar」のように、今ではセクシュアリティーに関わらずどんな客でも受け入れる店が増えている。しかし、ゲイに対する社会の差別感情も強かった昭和という時代、ゲイバーの多くはノンケ客の入店を拒否していたという。

というよりそもそも、二丁目にはほとんどゲイの人しか遊びに来なかったそうだ。そんな中、「ニューサザエ」はオープン当初から「どんな客でもウエルカム」だった。当時としては珍しい独自路線。サザエさんは一貫して「みんなで楽しめれば良いんじゃない?」というスタンスだったという。

読者の中には、「ニューサザエってシオンママの店だと思ってた」という方もいるかも知れない。それほどに強い印象を残し、多くの人に愛されていたのがサザエさんに次ぐ二代目のママ、紫苑(シオン)さん。

2018年に他界された紫苑さんについては、編集者の都築響一さんがロングインタビューを公開しているので、そちらをご一読いただけるとよいだろう。伝説的な逸話が多く、とにかく人望の厚い人だったらしい。

▲若かりし日の紫苑さん

「有名人だった紫苑さんが亡くなって、お客さんが減ったりしてないですか?」

そう聞くと、ミキオさんは笑ってこう答えた。

「お客さんはむしろ少し増えましたね。紫苑が亡くなったというニュースで『ニューサザエ』の存在を知った人も結構いるみたい。休まず働く男だったけど、最後の最後まで店に貢献してるね(笑)」

紫苑さんの後を継ぎ、今「ニューサザエ」のカウンターに立つヒロシさんは故人のことをどう思っているのか。ペンギンズが聞いてみた。
紫苑さんってどんな人だったの?
年中無休でここに立ってたね。人柄は…なんていうか、「よくわかんない人」でしたよ。晩年は随分イライラしてたし、言っていることも全部本当なんだかウソなんだかわからない。死期に近づけば近づくほど、現実と虚構の境目が消えてく感じだった。
ファッションデザイナーのヴィヴィアン・ウェストウッドのパーティーに呼ばれていたりとか、そういう華やかなつながりもあったけどね。で、その様子を見た若い子が「すごかったです!」とかいって店に来たりしてね。「一周回ってカッコいい人」だったんじゃないかな。
そっか…。ヒロシさんはそんな紫苑ママに憧れてるみたいなところもあるだよな、きっと?
いや、まったくないですね。
即答だな! レジェンドレジェンド!
うーん、面白いけど、なかなかめんどくさい人でしたよ。
なんかこう、サバサバしてんだなぁ…。
まあ、身近にいた人ほど、案外引きずらなかったりするもんだよな。
【次回予告】次回の舞台は高層ビルの林立する西新宿。深夜残業や路上生活…ビル群の隙間に見え隠れする大都会の不条理に、正義感に燃えるアニキが警鐘をならす!(4/4 22:00公開予定)
「新宿 夜の生きもの図鑑」一覧