町田 樹というミステリー ――現役引退後の変化と幸せ、フィギュアスケートへの醒めない愛と夢

雨続きの東京に、ぽっかりと空いた奇跡のような晴れの日。降り注ぐ陽光は、凛と立つしなやかな姿を際立たせ、道路の上に伸びやかな影を写し出した。

「屋外で動きながらの撮影、初めてなので新鮮です」。柔和な笑みを浮かべながら、街を軽やかに歩き回る。その姿は、雑多な渋谷の空気をも変えていった。

フィギュアスケーターとしての町田 樹は、芸術性の高い演技と振り付けで、見る者の心を鷲掴みにし、その評価を欲しいままにしてきた。そして折々に繰り出される知性豊かな言葉から、“氷上の哲学者”の異名をとった。

昨年10月に、25年の長きにわたる現役生活に別れを告げた。それからおよそ半年が経ち、研究者として新たな人生を歩き出している。フィギュアの解説や、映画『氷上の王、ジョン・カリー』の字幕監修と学術協力を務めるなど、新たなジャンルの仕事にも注目が集まっている。

町田 樹は、いま何を考え、どこを見据え、どのようなフィールドで踊り続けているのだろうか。

撮影/吉松伸太郎 取材・文/的場容子

「音楽を身体で表現できれば、充足される人間なのです」

町田さんは2018年10月に、プロスケーターとしての活動にピリオドを打ち、学業に専念することを発表しました。アスリートから研究者への転身ということで、日常生活はがらっと変わったのではないでしょうか?
実に変わりましたね。まず、引退した10月6日以降、一回も氷の上に乗っていません。
えっ、一度も?
はい。滑る時間が単純にないというのがひとつと、今は滑る必要がない、というのが理由です。毎日、研究活動を通じてスケートのことは考えていますが、スケートを実践することはなくなりました。

別に実践したくないというわけではありませんが、今はそれよりも優先させるべき活動があるので、そちらに邁進しているためです。だから、運動量はかなり減りました。とはいっても、かつての運動量は多すぎたとも言えるのですが(笑)。
そうすると、カロリーの消費量がかなり落ちそうですが、体型はまったく変わっていませんね。
もちろん運動不足にならないようにはしています。大学でダンスを教えていますし、個人的にも踊る習慣はあるので、音楽を身体で表現することは今でも続けています。結局私は、フィギュアスケートでもダンスでも、音楽を身体で表現できたら、それで充足される人間なのだと思います。
意外なお言葉です。
確かに滑ることはなくなりましたが、今でも踊る機会は全く失ってないので、寂しさを感じることはないです。どんなに忙しくても、音楽を身体で表現することは、一生ライフワークとして継続していきたいと思っています。

それ以外は……様変わりしました。1日のうち、半分くらいは研究のためにデスクワークに取り組んでいます。
集中してこもっている場所は、研究室が多いのですか?
私が今取り組んでいるのは個人研究なので、自宅が多いです。
食生活についてはいかがでしょう? 選手時代は、たとえば「きょうは焼肉食べたい!」と思ってもそんなに自由がきかなかったのではと思いますが、今は好きなときに好きなものを食べられるようになりましたか?
これは選手時代からなのですが、私は食についてだけは、絶対にストレスをかけたくないのです。ですから、実はその頃から食を制限することはありませんでした。

もちろん周囲の方々の助言も頂きながら、ハードなトレーニングのあとにはタンパク質が重要だから鶏肉を食べたりなど、体作りのための栄養補給については意識的に行ってきました。だけど、端的に言うと「たとえジャンクフードでも食べたいときは食べようぜ!」という方針です(笑)。そこで我慢してストレスをためても、人生いいことない、と思っているので。
食事に関しては完全に割り切って楽しまれているんですね。
食べたものがそのまますぐに体に反映される体質ではないことも幸いしているのですが、食にはストレスをかけず「自分の欲望のままに」というのが、昔からの信条です。

引退後は「氷の上で大失敗!」の悪夢を一切見なくなった

そのほかに大きく変わったことはありますか?
プロスケーターや競技者だった頃は、ジャンプを失敗して、氷と体がバン!とぶつかると思う瞬間に目が覚めたり、ボロボロの演技をして、悲惨なスコアを見ていたところで起きて「ふう、夢でよかった」ということが多々ありました。

それが、引退してから一切なくなりましたね。そこは、スケーターだった頃と明らかに違う点で、「悪夢も見なくなるのだな」と意外でしたし、なくなって助かりました。
それほど現役時代はすさまじい重圧がかかっていたということですね。
一方で、引退しても変わらない習慣もあります。やはり音楽を聴くと、「この曲は、どのようなコンセプトで、どのように表現しようか」という具合に、常に振り付けを考えている自分がいますね。これは今でも変わっていないです。
音楽の好みにも変化はありませんか?
私は、音楽に関しては昔から雑食です。クラシック、ヒップホップ、ジャズ、EDM(エレクトロダンスミュージック)、ポップスなど――ジャンルを問わず、色々な音楽を聴いています。
今、若手の有望な選手がたくさん出てきていますが、「この人にこれを踊らせてみたら面白いんじゃないか?」などの想像をすることもありますか?
今は秘密ですね(笑)。

引退に迷いはなかった――フィギュアを愛するがゆえの決断

時をさかのぼって、町田さんのフィギュアスケーター引退に関してお聞きします。町田さんは2014年の全日本選手権を最後に競技者を引退し、以後、大学院生とプロスケーターの二足のわらじで活動されてきましたが、2018年10月、プロスケーターを引退し、キャリアを学業一本に絞ることを発表されました。
はい、もうスケーターを引退してから半年が経ちますね。
フィギュアの実践と学業との両立が困難になったときに、ファン心理としては、プロスケーターの道を選ぶという選択肢もあったのでは、とも思ってしまいますが、町田さんが研究者としての道を選んだことの背景には、どんな思いがあったのか教えてください。
まず、私は昨年までフィギュアスケートの実践者だったわけです。フィギュアスケートの世界で活動していると、さまざまな問題に直面し、フィギュアを取り巻く色々な問題が存在していることに気づくようになりました。

その中には、明確にあらわれてくる問題もあれば、違和感を感じるのだけれど具体的に何が問題なのかがわからない、という性質の問題もある。そう感じたとしても、当時の自分はいわば業界内の人間ですから、その内向きの目(業界内の視点)だけでは、フィギュアを取り巻く諸問題について本当の意味で気づくことができないだろうという思いに至りました。

そこで、一度この世界の外に出て、「第三者の目」をきちんと養ったうえで、再びかえりみる必要があると強く思ったのです。このような経緯から、私は研究者を目指したいと考えました。
そこに迷いはなかったですか?
なかったです。競技者時代から、引退後に自分は今後どのような進路を歩むのかということを長いあいだ考え、色々な方のご指導をいただきながら、セカンドキャリアを準備していましたから。
ずっと模索されていたのですね。
はい。実際に競技者を引退して大学院に進学した2014年から約5年間、自分は「第三者の目」を頑張って養い、磨いてきたつもりなのですが、今、この目であらためてフィギュアスケートをはじめスポーツ界に山積している様々な問題を見つめると、当時自分が何にもやもやしていたのか、より具体的に鮮明に見えてくるようになりました。

今、そういったフィギュアやスポーツ界全体が抱える課題については、競技者時代では想像できないほど多角的に見ることができて、なおかつそこに潜む問題点も理解できるようになってきました。
たとえば、どういった問題でしょうか?
現在、フィギュアスケート界はメディアでも頻繁に取り上げられることから、世間一般の目には華やかな業界に映っているかもしれません。しかし、その華やかな舞台の裏側では、スケートリンクが急激に減少している問題、競技者人口の若年化の問題(多くの選手が18歳になる前に競技を辞めてしまう)、多くの選手が抱える怪我や精神疾患の問題、アスリートのセカンドキャリアの問題など、解決すべき課題が山積しています。

残念ながら、それらについて詳しく答える時間はありませんが、このような諸問題を学術の力で解決していくのが、これからの私の活動だと思っています。
フィギュアを愛するからこその引退、キャリアチェンジということですね。
はい。今この記事を読んでくださっている方々にはぜひ、フィギュアがどういう問題を抱えていて、そのために何をしなければならないのか――それに対して町田はどんな活動をしているのか、少しでも気に留めておいていただければ嬉しいですね。

フィギュアをブームから文化にするために必要なこと

町田さんがプロ引退セレモニーの際に述べられていた「みなさんの力でフィギュアスケートをブームから文化に変えていってほしい」というひとことが印象的でした。たしかに現在は、羽生結弦選手や宇野昌磨選手などの国民的な人気もあり、メディアのフィギュアスケートへの熱の入れようには、これまでにないものを感じます。
ブームはブームで非常に大事で、フィギュアが活気づくうえで必要なことだと思います。ただ、ブームという言葉には、「つかの間の」というニュアンスがこもっているような気がするのです。
一過性の、という意味も含まれてしまいますね。
そうですよね。それではフィギュアのためにはなりません。いかにブームから文化にしていくかが大事です。難しいことではありますが、その方策は必ずあるはずです。私は学術の視点で、その方策を理論的に考え、そしてそれを様々な形で実践していきたいと考えています。

また、昨今の日本の競技成績を確認すると、非常に国際的な競争力が高い。2002年、つまり、本田武史さんや村主章枝さんが世界選手権でメダルを獲りはじめて以降、2005年の1年だけをのぞき、すべての年の世界選手権とオリンピックで日本人はメダルを獲得しています。
驚異的な成績ですね。
この20年弱、日本人がメダルを獲得できなかった年が1度しかない。それ以外のすべてのオリンピックと世界選手権大会で、誰かが表彰台に上っているほど日本の選手は、国際的競争力が高いのです。

ただ、マスメディアがこれほどまでにフィギュアスケートを取り上げてくれるのは、競技成績の高さがあってこそのことだと思います。要は、仮に国際的な競争力が低下したら、今のようにマスメディアが頻繁に取り上げてくれるのかというと、たぶん期待できないと私は考えています。
国際的な競技力とそのスポーツの人気、そして報道量は、密接に関連しているのですね。
そうです。この数年間、国内におけるフィギュアスケートの報道量は、すべてのスポーツと比較しても常にトップクラスに位置付けられます。

最新のデータを参照すると、2017年の年間報道量は、野球(6786件 / 約652時間)、相撲(4272件 / 約634時間)、サッカー(4183件 / 約289時間)に次いで、フィギュアスケート(2152件 / 約164時間)が第4位となっています(ニホンモニター株式会社メディアラボ『テレビスポーツデータ年鑑2018』ニホンモニター, 2018年, 100頁を参照)。

このようにフィギュアスケートは、マスメディアで日々扱われているだけに、ものすごい量の情報も流通しているスポーツなのですが、それは競技力の高さにのみ依拠している現象と言えるでしょう。もちろんスポーツは勝負の世界ですから、いかに選手を強化し、その世界的な立ち位置をキープするか――競争力を維持するというのは大事なことです。

しかし、たとえばプロ野球で特定の球団を応援している人がいたとして、そのチームが今季リーグ優勝しなかったとしたら、その人はそのチームのファンをやめますか?
「来年こそは勝ったる!」とますます応援に熱が入るかもしれません。
そうですよね。それはやはり文化になっているからだと思うのです。このように、人の生活に深く定着しているスポーツ文化こそが永続的なプロスポーツともなり得ますが、これをグローバルな規模で実現させているのがサッカーや野球だと思います。その域に近づくことができて、初めて文化になったと言うことができるのではないでしょうか。

フィギュアをめぐる報道の問題点と、アーカイブ化の意義

フィギュアが真に「国民的スポーツ」になるためには、まだもう一歩、というところなんですね。
はい。また、報道のされ方についても問題があると思っていて、いつも「何点で何位」ということしか取り上げられず、演技の芸術性についてはまったく報道されない。過去の演技が見返されることもありません。

これはスポーツの大きな特徴だと思うのですが、結果や勝敗が一番大事な要素として認識されます。勝負事である以上は当然のことかもしれませんが、勝ち負けが判明したら、もうその試合や演技は過去のものとして、忘れ去られてしまう。
たしかに、よっぽどのことがない限り、現在行われている大会の結果しかテレビなどでは追わないですよね。
けれども、やはりフィギュアスケートのような芸術的なスポーツでは――私はアーティスティック・スポーツと銘打っているのですけれども、多々ある演技のなかには、本当に素晴らしく、何度でも味わえるようなものもあります。

こうした名作や名演技を掘り起こし、再評価することによって、フィギュアが文化に近づくのではないか。つまり良質な演技(作品)が、正しくアーカイブされることで、フィギュアスケートの歴史が立ち上がってくる。脈々と続く伝統や歴史の上に、いまのフィギュア界が成立しているということが真に実感できて、初めて「文化的」と言えるのではないかと私は考えています。
フィギュアの成熟と歴史が可視化できるような環境や管理が必要ということですね。
そういう思いもあって、私は雑誌『KISS & CRY』(東京ニュース通信社)で「プログラムという宇宙」という演技の批評コラムを連載していました。そして、何よりもこれから公開される映画『氷上の王、ジョン・カリー』が、フィギュアスケートの歴史を照らし出すことに、大きく寄与する作品だと思います。

素晴らしい作品を生み出し、功績があった過去の偉人を再評価しようという動きは、いかなる業界でも大事なことだと思うのですが、それがフィギュアスケート界では今まで一度もなかっただけに、この映画は大変貴重だと思います。

フィギュアのレジェンドを描く『氷上の王、ジョン・カリー』

では、ここからは5月31日公開の映画『氷上の王、ジョン・カリー』についてお聞きします。町田さんはこの映画で初となる字幕監修と学術協力を務められましたが、どんな映画なのでしょうか。
まず、ジョン・カリーという人は、元来フィギュアスケートにおいて男性が優雅に踊ることが許されていなかった時代に、バレエ・メソッドに裏付けられた芸術性豊かなスケーティングを披露し、フィギュアを大きく変えたスケーターです。

それに加え、確かなジャンプとコンパルソリー(規定の図形を片足で3回ずつ計6回描き、トレースの正確さや美しさを競う競技。国際スケート連盟の大会では1990年まで行われていた)の技術によって、1976年に世界選手権、冬季オリンピック、欧州選手権のすべてを制し、三冠という偉業を成し遂げました。
カリーは、フィギュアスケートの歴史を考える際に、絶対に忘れてはならない人です。映画は、いくつもの困難を超えてイノベーションを成し遂げ、数々の伝説的な作品を世に残したカリーの人生を描いたドキュメンタリーです。
ジョン・カリー以前のフィギュアは、芸術ではなくスポーツ面にほとんどの比重が置かれていたのですね。カリーはその流れを大きく変え、フィギュアの芸術性を大きく花開かせた選手だということで、そこがまず大きな驚きでした。
そうです。それ以前は本当にアスレチックな競技だったというか、男性スケーターは助走をつけて高く跳んでなんぼという、ある意味純粋なスポーツとしてのフィギュアスケートでしたから、カリーの登場は当時、世間に大きな衝撃を与えたと思います。

なおかつこの映画は、再現映像は一切ない、完全なる記録映画、純粋なドキュメンタリー映画です。これは、フィギュア界では非常に珍しいことです。
すごく貴重ですね。ちなみに、町田さんがカリーを意識するようになったきっかけは?
実は私がジュニアグランプリで初めて優勝した大会が、図らずもジョン・カリー記念杯(2007年10月18-21日に英国シェフィールドで開催)でした。

また、私がかつてアイス・キャッスルというアメリカのロサンゼルスにあるスケートリンクを拠点に活動していたときに、フィリップ・ミルズ先生という振付家と出会い、彼と一緒に作品を制作するようになりました。

フィリップ先生は、元ABT(アメリカン・バレエ・シアター)のダンサーでもあった人で、バレエ畑の人です。実は彼がフィギュアに興味を持ったとき、初めて彼をフィギュアの世界に誘ったのが、カリーが師事したカルロ・ファッシというコーチだったのです。
なるほど、町田さんとカリーは、振付家であるフィリップ・ミルズさんでつながっているのですね。
そうです。カリーが冬季五輪や世界選手権で金メダルを獲得したときのコーチであるカルロ・ファッシのもとで、フィリップ先生はフィギュアの振り付けを学び、その後フィギュアの振付家に転身しました。

このような背景もあり、私がフィリップ先生のもとで振り付けを一緒に創作する過程で、カリーのことも聞いていました。今改めて考えてみると、私自身も、フィリップ・ミルズ先生を介して、カルロ・ファッシから続くカリーの系譜に乗っているのかもしれません。ですから、カリーとは運命というか、ご縁を感じますね。
映画を観ると、1976年の冬季五輪などでカリーが披露したフリープログラム『ドン・キホーテ』が、彼の出世作になったことがわかります。町田さんも2011−12シーズンにステファン・ランビエールさん振り付けの『ドン・キホーテ』を演じ、さらに2017年にも同プログラムを振り付けし、演じられていますね。
私が2017年に、自分に振り付けして演じたドン・キホーテは、過去に演じられたフィギュア、そしてバレエを含めた『ドン・キホーテ』の名演技へのオマージュでもあるのです。ですから、カリーの『ドン・キホーテ』も何回も見て、勉強しました。
カリーにとっても町田さんにとっても、『ドン・キホーテ』は忘れられないプログラムなんですね。
はい。とくにカリーを飛躍へと導いたプログラムですが、実は『ドン・キホーテ』はカリー自身が構想し、振り付けをしたプログラムでもあります。

驚くべきことに、このプログラムは興に乗ってわずか数時間のうちに制作してしまったようです。彼にとって特別な作品だったでしょうし、いい意味で彼の出世を後押しした作品だと思います。
カリーは、フィギュアスケーターとしてどんな点が突出していたのでしょうか。
ひとつは、バレエ・メソッドに裏打ちされた身体表現です。その強みを活かして、フィギュア界にバレエのエッセンスをもたらしました。『ドン・キホーテ』にはそのような彼の身体的魅力と技術の粋が最大限生かされています。

具体的には、第一にターンアウト(クラシック・バレエの基本姿勢で、股関節を横に開き、足を180度まっすぐに保つポーズ)がきいたフリーレッグ(自由に動かせる、着氷しないほうの足)は注目に値します。

第二に、これはカリーならではの身体的特性なのですが、左右均等に身体動作が繰り出せるという能力です。フィギュアは、基本的にジャンプやスピンの回転はすべて左回りです。このことから、大抵のスケーターには回りやすい方向や、ステップを踏みやすい足、つまり「利き手」、「利き足」、「利き回転方向」といったものが生じます。
「利き足」は、踏み切ったり、スピンの軸となるほうの足ですね。
そうです。カリーはその点、左右対称に身体を操作できる人で、これはフィギュアスケーターとして非常に稀有な能力です。

フィギュアの傍ら、ダンスも学んでいた人ですから、フィギュアスケーターとダンサーというデュアル・キャリアを歩んだ彼の経歴によって、その身体が形成されたのではないかと考えています。クラシックバレエのレッスンでは、必ず左右対称に身体を動かしていくので。

ぜひ映画を通して、これらカリーのふたつの身体表現技術を堪能していただきたいと思います。

「自分もがんばろう」と背中を押された信念と強さ

映画で町田さんがもっとも印象的だったことを教えてください。
まず、この映画を貫く観点として、性的マイノリティの問題が大きな柱になっています。ですが、私は実はそこにはあまり注目していないというか、あくまでサブストーリーだと思っています。
映画では、カリーが同性愛者であることを一部のメディアが彼の意に沿わず公表してしまい、大スキャンダルになった顛末が描かれていましたね。
たしかにそれは事実としてあるのですが、現在これだけLGBTの問題が社会現象になっていて、盛んに取り上げられるようになり、そういったジャンルの映画もたくさん世に出ていることから、この映画でその問題を取り扱うことに関しては、私はさほど新規性を感じません。

私が最大限に共感を覚えるのは、彼が競技者人生をスタートしてプロになり、最後の作品である『青き美しきドナウ』を残すまで、一貫して、自分の理想とするフィギュアスケートの美を追求して形にするために、信念を持って、どんなに傷ついても前に進み続けたアーティストとしての闘う姿です。
カリーの表現者としての強靭さ、イノベーターとしての凄みが町田さんの胸を打ったのですね。
はい。絶えずブレることなく芯を貫いているところがカッコいいなと思いますし、やはり、男性が優雅に踊ることが許されていない時代ということを念頭に置いて見たときに、自分の表現スタイルや信念を曲げずに、ひとつひとつの作品を生み出すまで、どれだけの葛藤や闘争があったのかを思うと……。

きっと想像を絶するほどのものだったでしょう。それをものともせず、信念のため、自分の領分を自らが拓き、そしてそれを守るために闘っていたカリーの姿は強く焼き付いています。
信念のために困難を打ち砕き、後世に残る作品を生み出すカリーの姿に、勇気づけられる。そんな映画なんですね。
はい、私はこの映画を通じてカリーに背中を押してもらった気がします。少し陳腐な表現かもしれませんが、「自分も自らが理想とする表現のためにがんばろう」と純粋に思わせてくれました。

自分の「クリエイティビティ」が誰かに届けば幸せ

町田さんが引退会見でお話しされたことや、引退に際して組まれたプログラム『人間の条件』はいずれも、人生の困難に直面した人に力を与える表現だったと思います。アスリートを引退して研究者の道を選ぶというキャリアチェンジに関しては、前人未到と言ってもいいと思います。イノベーターには困難がつきものですが、同時に、新しい喜びもあるのでしょうか?
当然、あります。というのも、私は人生そのものが表現であり、創作活動だと思っているからです。

そして、今、私は学術の世界にいて、研究の成果を論文やコラム、解説等々の仕事を通じて世に問うたりするわけですけれど、こうした活動とフィギュアの作品を作り、演技することとは、私にとってまったく同じです。

作品でも文章でも講義でも、形はさまざまだけれど、根底にあるのは自分が精魂込めて培ってきた「クリエイティビティ」を世に問うていくことです。アウトプットの仕方が違うだけで、根底に流れている思いは自らの創造力を発信していくという点で共通しています。そういう意味で、私は「人生は表現だ」と思っています。
フィギュアスケーターは引退されても、町田さんの人生をかけた「表現」はこれからも続いていくわけですね。
もちろん。ですから、今回カリーとのご縁を映画の字幕監修・学術協力という形でいただいたこともとても嬉しいことですし、カリーについて論じた自分の見解が世に出て、それを誰かが読んでくれている、と感じられるのも幸せなことです。

たしかに、私は元フィギュアスケートの実演家でしたので、制作陣とともに創作してきた作品を氷上で演じれば、その場で観客の生のリアクションを直接確認することができました。またそうした演技は、テレビを通じて何千何万という人に届いたと思います。

それとは規模は違うかもしれないけれども、文章もまた自己満足ではなく、誰かに伝えたいと読者を想定して書いているものですので、それがどこかの誰かに確かに伝わっていると実感できれば、これ以上嬉しいことはありません。

それは、作品が評価されたときと同じで、一貫して自分の幸せや活力になります。誰かに自分のクリエイティビティをアウトプットしたものが伝わったと実感できることが、一番の幸せだと私は思っています。

「町田の言うことは信頼できる」と思ってもらえる解説を

昨年の平昌オリンピックでは、町田さんの的を射た、かつ選手の実情にとことん寄り添う解説が話題になりました。解説を引き受けることの意味や、解説者としてのポリシーがあれば教えてください。
やはり自分の強みは、かつて競技者でありプロスケーターであったという、フィギュアスケートを実践していた者の視点と、学術的な視点の両方を持ち得ている点だと思います。なので、その強みを最大限に活かす解説を心がけています。

あるときには選手の立場に立ち、言うべきことを言い、あるときは第三者の目、学術の目をもって、演技や競技会を取り巻く事象・現象を客観的に評釈していくことが、私の解説者としての任務だと思っています。
町田さんのポリシーに基づいたたしかな解説には賛同の声が届いており、これまでのメディアによる視聴率的な忖度や、予定調和的な番組構成などにファンが満足していなかった証拠のようにも思えます。
賛同や共感の声があるということは、自分が活動していくうえで心強くは思っています。ただ、これに甘んじたら先がないとも思います。学術の目は鍛えれば鍛えるほど高度になっていきますから、これからもその目をしっかりと磨き続けていきたいです。

そのうえで、解説にとどまらず「町田が言うことは客観的で裏付けがあるし、ちゃんと根拠もあって繰り出されている見解だよね」と、信頼していただけるような言動や提言を続けていきたいと思います。

フィギュアと学問の両世界を知っている自分の強みを活かしながら、かつ自分を律し、常に自分を更新し、曇りのない目で、フィギュアスケートやアーティスティック・スポーツを見ていきたいと思います。

アスリートにもメディアリテラシーが必須の時代

ジョン・カリーは、メディアによってみずからの性的指向を公表されてしまった選手でもありました。メディアがアスリートたちに与える影響とその問題点について、町田さんはどのように考えていますか。
とても難しい問題ですね。まず、アスリートの言動が世間で大きく批判されることがよくありますが、誰もが当たり前のように心構えをしておくべき「自分の言動に責任を持つ」あるいは「他者を慮る」ということが、たまにできていない人がいて、炎上してしまうのではないかと思います。

もちろん、一方でメディアによって言動の一部分だけが切り取られて一人歩きしてしまうケースは多々あります。そもそもメディアというのは当事者(発言者)と読者のあいだに編集者がいて、そこで発言が編集されるという仕組みがあるわけです。

そうしたメディアの特性を考えたときに、「こういう切り取られ方をされる恐れがあるから、こういうことはしゃべれないな」と、選手側も自制やリスクマネジメントをすることが重要だと思います。
アスリート自身も学び、発言をコントロールしていかなければならない、ということですね。
そうです。私自身も、必ず自分が編集し、校正できるメディアでないと発言しないです。世に出す直前まで責任を持って自分が管理できるメディアでない限り、自分の本当の気持ちを吐露したり、大事な発言をしたりということは絶対にしません。
選手自身が自衛し、身を守っていくべきだと。
もちろん、メディア側にも非を指摘すべきケースは多々あると思います。でも、そこを後になって嘆いても仕方がありませんから、失敗する前に自らで最大限のリスクマネジメントをしておくことが先決ではないでしょうか。

アスリートの言動は常に世間から注目されていますから、いよいよアスリート自身にメディアリテラシーがないと生きていけない時代になってきています。さらには、SNSも普及し、今や多くのアスリートが発信者にもなれるわけですから、やはり私はメディア側に文句を言うよりも、アスリート当事者たちにこそメディアリテラシーの重要性をお伝えしたいです。
町田さん自身のメディアリテラシーはすごく高いように思います。
それは、大学でいろんな授業を通してメディアリテラシーを学んできたり、周囲の方々からのアドバイスがあったりして初めてそういう観点が身についたのであって、自分だけで養えるものではなりません。だからこそ、とりわけスポーツ界には今メディアリテラシーを学べる場が必要だと思います。
最後になりましたが、今年の世界選手権(3月18日〜3月24日)には足を運ばれますか?
現在、博士論文を書いている最中でして、一日一日が勝負、という状況下で過ごしていますから、直接観戦には行けません。もちろんテレビでは勝負の行方を見守りたいと思います。

でも、きっと満員の観客のなかで、各国の精鋭たちがスポーツとして死闘を――この言葉をあえて使いますが――繰り広げるのだと確信しています。私はそれをしっかりと見守りたいと思います。
町田 樹(まちだ・たつき)
1990年3月9日生まれ。神奈川県生まれ。O型。2006年全日本ジュニア選手権優勝。シニア転向後はグランプリシリーズで通算4勝。2014年2月ソチオリンピック出場、団体・個人ともに5位入賞。同年3月の世界選手権では銀メダル獲得。同年12月に選手引退の後は、プロフィギュアスケーターとして自作振り付けによる作品をアイスショーで発表し続けた。2018年10月、プロ引退。一方、2015年より早稲田大学大学院スポーツ科学研究科に進学、現在は博士後期課程に在学中。専門はスポーツマネジメント、スポーツ文化論、文化経済学、身体芸術論。2018年4月より慶應義塾大学・法政大学にて非常勤講師も務めている。

    映画情報

    『氷上の王、ジョン・カリー』
    2019年5月31日(金)公開
    https://www.uplink.co.jp/iceking/

    映画プレスシートプレゼント

    今回インタビューをさせていただいた、町田 樹さんが字幕監修・学術協力を務めた映画『氷上の王、ジョン・カリー』のプレスシート(非売品)を抽選で3名様にプレゼント。ご希望の方は、下記の項目をご確認いただいたうえ、奮ってご応募ください。

    応募方法
    ライブドアニュースのTwitterアカウント(@livedoornews)をフォロー&以下のツイートをRT
    受付期間
    2019年3月22日(金)18:00〜3月28日(木)18:00
    当選者確定フロー
    • 当選者発表日/3月29日(金)
    • 当選者発表方法/応募受付終了後、厳正なる抽選を行い、個人情報の安全な受け渡しのため、運営スタッフから個別にご連絡をさせていただく形で発表とさせていただきます。
    • 当選者発表後の流れ/当選者様にはライブドアニュース運営スタッフから3月29日(金)中に、ダイレクトメッセージでご連絡させていただき4月1日(月)までに当選者様からのお返事が確認できない場合は、当選の権利を無効とさせていただきます。
    キャンペーン規約
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