「一番強い敵を演じなければ話にならない」空自“最強”のパイロット集団が展開する空の世界

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青、黒、赤などのカラフルな迷彩や幾何学模様の機体が空を舞う−。航空自衛隊にド派手な塗装を施したF15戦闘機を持つ部隊があることをご存知だろうか?

その名は飛行教導群。現場で活躍する第一線の戦闘機パイロットのさらなる技術向上を目的に全国の飛行隊を回り、空における戦いについて教え導く特別な部隊だ。

飛行隊との訓練は教導訓練といい、戦闘機同士の格闘戦(ドッグファイト)や中距離戦などの模擬戦が中心で、常にいざという時を想定したものとなる。飛行教導群は、仮想の敵役を務めることから「AGGRESSOR(アグレッサー)」とも呼ばれ、他の部隊から一目置かれる存在となっている。

塗装が通常のF15と異なるのは、訓練に臨む飛行隊のパイロットが敵だと分かるようにするため。この特別な塗装は“識別塗装”と呼ばれ、飛行教導群が保有する機体において、ひとつとして同じ塗装はない。

そんな日常ではまず接する機会のない部隊の素顔とは? 飛行教導群の活動に迫るため、拠点を置く石川県の小松基地に赴いた。

航空自衛隊航空戦術教導団飛行教導群(こうくうせんじゅつきょうどうだんひこうきょうどうぐん)
1981年、福岡県築城基地に航空自衛隊飛行教導隊として発足。当初はT-2練習機などを使用していたが、宮崎県新田原基地に移動後の90年からF15戦闘機に機種更新している。2014年には航空戦術教導団創設と共に飛行教導群として新編され、2016年に現在の小松基地へと移動した。約100人が所属する。(写真:航空自衛隊)
雄大な白山連峰がくっきりと見えるほど快晴となった小松基地での取材。そこに現れた、現役バリバリのパイロットを相手にする飛行教導群の猛者たちは、優しく迎えてくれた。

しかし、そのフライトスーツの右胸にはドクロ、右肩にはコブラの部隊章を有し、おどろおどろしい威圧感も与えてくる。海賊旗にも使われたドクロには「然らずんば、汝の運命かくの如し(殺されて骨と化す)」という意味がある。“空中戦に白旗はない。我々に敗北すればこれだ!”という強い思いを相手のパイロットに印象付けるために、シンボルマークとして採用された。
もうひとつのシンボルはキングコブラ。その特徴は、1.必殺の毒を持ち、2.高い知能を有し、3.常に背後にも警戒を怠らないということ。「CHECK SIX“6時方向(死角)を常に意識せよ”」という戦闘機パイロットの精神との共通点から、デザインされたという。
任務を達成して帰ってくるパイロットの育成が目的
インタビューに答えてくれたのは、配属されて3年弱の高橋直裕1等空尉と4年強の外園光一郎3等空佐。まず高橋1尉が、飛行教導群として敵役を務める意義を語った。
高橋直裕1等空尉
外園光一郎3等空佐
「基本的には、部隊の能力を向上させるためにありますので、これを一番に考えています。いざというときに、しっかり任務を達成して帰ってくるパイロットを育成すること。きちんと生還させることですね。任務で命を落とすことなく、無事に基地に帰って来られるパイロットを育てることにあります」。

戦闘機部隊がある航空自衛隊の基地は全国に7カ所。教導訓練は1回あたり約2週間掛けて行われる。年間約100日は小松基地を離れて教導訓練を行っている計算だが、各飛行隊から見れば教導を受けられるのは年にわずか1、2回程度となる。

「教える機会が少ないので、各部隊の中にも教導隊と同じ考えを持った人を育てて、僕たちが毎回訓練に出向かなくてもいい、自立した飛行隊にしたいと考えています。実際、今はこの通常の教導訓練とは別に教導隊のパイロットだけを派遣したりしています。そういうのを含めると、機体ごと赴くことはあまりないですが、考え方の指導のみを行うことなどもやっています」(高橋1尉)。
飛行教導群は経験豊富な集団。各飛行隊で優れた能力を発揮しているパイロット達の中から、教導訓練等で感じた印象や、現役の教導隊員の意見なども参考にして選抜されることもあるという。パイロットの中でも精鋭中の精鋭なのだ。
操る機体はF15、最大速度はマッハ2.5
そんな腕利きのパイロットが操る機体は“世界最強”とも言われるF15。その形から“イーグル”の愛称で呼ばれ、最大速度はマッハ2.5を誇る。1時間に2655キロメートル進む計算で、理論上は東京都心部から北海道・千歳までを20分弱で到達してしまう。

そしてパイロットが耐えなければならないのが、旋回などの際に掛かるいわゆる「G(重力加速度)」。機体には最大で9G近くが掛かるともされ、もちろんパイロットの体にも様々な影響が出る。座席に押し付けられるような力が働いて体の自由が利かなくなり、首を動かすだけでも相当な力が必要となるというのだ。

もうひとつは体の内部に出る影響。Gが掛かると、体の内部で血液が下がろうとし始める。そのために脳内の血液が不足していき、次第に視界がモノクロとなる“グレイアウト”、そして真っ暗となる“ブラックアウト”となり、最悪の状況では失神に至る。

強制的に下半身に空気を送り込んで下腹部や足を圧迫し、血液が下がらないようにする耐Gスーツを着用しているものの、その効果は通常よりさらに2G前後を耐えられるようになる程度。このような状況下でも操縦できるのが、全国の基地に散らばるファイターパイロットなのである。
敵役の中でも一番強い敵を模擬できるのが教導隊
そんなパイロットたちの精鋭集団である教導隊員には、どんな資質が求められるのだろうか?

「皆が求めているのは“敵役”。そして敵役の中でも一番強い敵を模擬しなければ話になりません。そういった点を考えると、戦闘機を操縦するスキルが高い方がいいという部分はあると思います。その他、私たちには教導という側面もありますので、『こうした方が良い』などと分かりやすく、さらに論理的に説得力のある言い方や論法で教える能力も求められます」(外園3佐)。

ただ資質があっても、個人の戦闘スキルが高いだけでは務まらないのが教導隊だという。
高橋1尉は「難しいですね…。パイロットとしての技量などは当然教導隊内の訓練で鍛えられるのですが、そもそもこの訓練自体がとても厳しいです。難易度が高い訓練をずっと行っている感じはあります。しかし、プラスαで『(配属されて)一番思っていたのとは違うな』と感じたのは操縦技術ではなく“戦い方に対する考え方”ですね。空での戦闘を主に教育していますが、これに対する考え方や原則をすごくたたき込まれました」と、配属された当初の印象を明かす。

「例えば、日本を取り巻く周辺諸国の装備品の数や質、情勢の問題がありますよね? これらを踏まえた上で、『じゃあ日本はそれに対して、どうやって自分の国を守っていかないといけない?』『そのためには戦闘機はどういうふうな戦い方をしないといけない?』ということまでを考えないといけません。それがまずバックボーンにあって、実際にそれが活きる技術を我々が持っているということが重要なのです」というのだ。

続けて「どちらかというとパイロットは腕が全ての現場の人間で、その中でも教導隊はスペシャリスト集団なので、スキル面をすごく言われるのだろうなと思っていました。もちろん技術は必須なのですが、もっと広い視野で戦い方を考えるよう指導を最初に受けたのが意外でした。スキルと並行して考え方も鍛えるのです」。
外園3佐も「配属されると、最初の錬成訓練は敵役ではなくファイター側(飛行隊と同じ立場)としての訓練となります。教える側の人間がファイターとしての優れた能力を持っていないと、誰にも教えられないですよね。内容としては模擬戦闘を行います。我々は複座(ふたり)で搭乗しますので、後席に教官が乗り、『何を判断して実際にどういう操縦をしたか』という面について、マンツーマンで指導を受けることになります」と説明した。

教導隊内での訓練で洗礼を受けて鍛えられてから、隊員は実際に各部隊への教導訓練を行えるようになる。その内容は実際を想定した模擬戦闘で、ここでは常に相手より“少し強い敵”を演じ、相手パイロットのレベルを高めることを目指す。敵役を務める飛行教導群があまりに強過ぎても、効果的な成長にはつながらないとの考えからだ。
原理原則に反したパイロットを戒めるのも役割
では、その訓練は実際にどのようなものなのだろうか? 外園3佐はこう説明する。
「まず訓練するファイター(パイロット)の練度は確認しています。それに合わせてどういったレベルの模擬をやるかを決定するからです。事前に相手の飛行隊側とコンタクトを取ってスキルのレベルを確認したり、先にこちらからパイロットを派遣していますので、どういう状況かを聞いたりしています」。

「つまり、飛行隊側の要望に応じて訓練をするわけでありません。対抗形式ではあるのですが、その形式の中で仮想とする敵役をどれくらいのレベルにするのかなどはこちらで決定しています。いろいろな国々の戦い方や戦闘機の性能については、こちらでつかんでいる情報の中で模擬することはありますが、飛行隊の方から『この国を敵役としてやってほしい』という指定などはありません」。

「そして、訓練の中で一番重要なのは、例えば原理原則に反したことや明らかにミスをしているという点に関して確実に模擬戦の中で示さないといけないことです。ファイターも恐らく頭では理解はしていても納得できない状況になると思いますので、外した(ファイターが失敗した)ところについてはどういう事情があろうとも戒める(撃墜されるという結果を残すことでファイターに失敗を認識させる)ようにしています」。
“識別塗装”が施された飛行教導隊のF15戦闘機(写真:航空自衛隊)
高橋1尉は、飛行隊所属時に自身が教導を受けた経験を振り返りながら、教導群の卓越した観察力を紹介した。

「機体にはカメラを搭載しているのですが、降りてからVTRを見て指摘されるわけではありません。教導隊はその戦闘計画に応じて部隊側と上空で戦っているわけですから、そのときの様子を見て評価している状況ですね。そして部隊側からは『私達はこうしました』と、そのような対応を取った理由があったりするわけです。そこでお互いの認識を合わせたうえで、『ここが悪い』などと指摘しているのです」。

「逆にそれがなおさらすごくて、部隊側の戦闘機の後席に乗っているわけでもないのに、全部分かっているんですよね。『ここで失敗したよね』などと、地上に降りてきてから淡々と指摘されたことを覚えています」。

そんな教導におけるやりがいとはなんだろうか? 高橋1尉は「1年後、教導訓練の翌年にまた行きますよね? そのときにはスキルが上がっていたり、飛行隊としての考え方が昨年の訓練から反映されていたりすることが多いので、主任務としている教導の成果が少しなりとも役立っていることは、良かったなと実感しています」と、笑顔で明かした。
“最強”部隊のパイロットも抱く空への“恐れ”とは
パイロットが飛行中に陥る現象として、平衡感覚が分からなくなる「バーティゴ(空間識失調)」がある。雲中などの視程が悪いときはもちろん、晴天時でも気象条件や自身の体調などによっては、上下が分からなくなってしまうという。過去にはこれが原因による事故も起きている。

「最近も『あ、バーティゴに入っているな』という自覚がありました」と話したのは外園3佐。空を飛んでいれば、パイロットなら誰でも経験することだという。一歩間違えれば危険な事故につながる状況となることは想像に難くないが、適切な対処法を理解しているからこそ、不安などはないようだった。この場合の対応は、自身の感覚を信じず、計器に従って飛ぶことなどで回避するのだという。
では、この仕事における“怖さ”というものがあるのだろうか? 最後に聞いた。

高橋1尉は、「うーん」と少し考えてから言葉を選んでいく。「戦闘機に乗っている観点での怖さというと、過去に事故なども起きていますので、そういうリスクがあるというのは心のどこかに置いて飛ぶようにはしています。ただ、そのような事故防止の対策として、ずっと航空自衛隊は組織として安全に重きを置いて訓練していますので不安はありません。個人としては当然、『もし、いきなりエンジンや機体に異常が発生したら…』という怖さはありますけども、それよりも仕事へのやりがいを感じていますので、許容の範囲内かなと思っています」。

一方で外園3佐は「私と皆さんが思っている“怖さ”と一致しているかは分かりませんが、常に恐怖感を持っておかなければこの仕事はできないと思っています。戦闘機ですから、いざという際はトリガーを引く(武器を使用する)怖さを持たなければなりません」と、その胸の内を明かしてくれた。

続けて「また、空に行ってしまえば自分でしか対処することはできません。車や船ならば停車や停留などができるでしょうけども、空の場合はそう考えているだけで動いてしまっています。そして、その対処が誤っていた場合、自分のミスで守るべきものに被害を与えてしまうという怖さはありますね」。
飛行教導群のパイロットが発する言葉の端々から、その強さの源に触れられたような気がした。

インタビュー・文=重野真
デザイン=桜庭侑紀
取材協力=防衛省航空幕僚監部広報室