友だちと一緒に俳句を作る方法 pha×佐藤文香(後編)
ふたりで一句を作ってみよう
- 佐藤 ここまでが読んで楽しむ時間です。続いて、作って楽しむのをやります。ふたりで一句作りましょう。
- pha えっ、なにこれ(◯が17個並んだプリントを手渡されて)。
- 佐藤 交互に一文字ずつ入れていって、一句にします。
- pha えーー、そんなんできるの?
- 佐藤 始めます(「あ」を書き込む)。いちおうルールがあります。意味がわからなくならないように気をつけましょう。
- pha じゃあ…。「か」で。▲17個の空欄をふたりで1文字ずつ埋めていく
- 佐藤 (順調に埋めていき)最後は「ず」です。一句できました。
- 佐藤 なんだか悲しい句ですね。
- pha こんなものができるとは。赤鬼になんで味噌をあげたいのかわからないけど、なんか雰囲気があるような気がする。「秋は傷」もよくわかんないけどかっこいいね。
ひとりでは絶対に作れない句
- 佐藤 一文字ずつ入れていくのは昔からある遊びです。微積分俳句、って言ったりするかな。今度はこれをアレンジして、区切り方を変えてみます。◯◯/◯◯/◯/◯/◯◯/◯◯/◯/◯/◯◯/◯◯/◯で。少し操作が効くようになります。先にどうぞ。
- pha なにがいいかな。
- 佐藤 上手い人は、次の人が何通りか作れるように入れますね。さっきだったら、「あかお」って来たら、赤鬼ぐらいしかないから、「お」を入れるのはあんまり良い手じゃなかった。私が書いたんですけど。
- pha えーどうしよう(窓から外の景色を眺めて)。じゃあ、川沿いなので「かわ」。
- 佐藤 「から」
- pha 「は」
- 佐藤 「く」
- かわからはく/◯◯/◯◯/◯/◯/◯◯/◯◯/◯
- pha 「らげ」。くらげ。
- 佐藤 川にくらげっている?
- pha 普段はいないんだけど、満潮のときかな? 隅田川を浅草あたりまでのぼってきてるのを見たことあるよ。
- 佐藤 「のよ」
- pha 「う」
- 佐藤 「か」。「か」。ちなみに、「くらげ」は夏の季語です。
- かわからはくらげのようか◯◯/◯◯/◯
- pha 「ような」か「ように」になると予想してたんだけど。
- 佐藤 あえて「ような」は避けました。
- pha 「ようか」で切らないと変になっちゃう? たとえば「ようかい」みたいに言葉を続けると、五七五の形が崩れちゃうのかな。
- 佐藤 "句またがり"といって、そういう形も俳句にはあります。続けるのもありです。
- pha でも妖怪か羊羹ぐらいしか思いつかないな。
- 佐藤 いいんじゃないですか。
- pha じゃあ羊羹にしてみよう。「んと」。
- かわからはくらげのようかんと◯◯/◯
- pha ここから先、あと3文字しかないのに、2文字/1文字でふたりで分けるのがすごい。いちばん緊張するな。
- 佐藤 「かが」。
- かわからはくらげのようかんとかが◯
- pha あと1文字。鏡とか? うーん微妙か。
- 佐藤 終助詞で終わるのが楽な手ですね。「とかがね」みたいに。
- pha それスマートだね。じゃあ終助詞の「さ」にしよう。
- 佐藤 一句できました。
- pha おおー、なんかいいね。一人で作ったら絶対にこんなんできないというのができた。
怖くて幻想的な句
- 佐藤 今度は担当する文字数の区切れ目を変えて、◯◯◯/◯◯◯/◯◯/◯◯/◯◯◯/◯◯/◯◯で。私、先に行きます。「おなじ」。次の人は3文字ですが、俳句は五七五なので、「おなじ◯◯ ◯」と、2文字+1文字で考えてくださいね。
- pha じゃあ、「まちに」。あ、でも、「同じ街に」だと、五七五の型から外れて、またがっちゃう。やめたほうがいいかな。
- 佐藤 いや、だいじょうぶです。街で切れて、次の言葉が始まっているという解釈もできます。「たひ」。
- おなじまちにたひ◯◯/◯◯◯/◯◯/◯◯
- pha にたひ…。「とが」。
- 佐藤 「またさ」。ちなみに、まだ季語が入ってません。
- pha そっかー! 忘れてた。
- 佐藤 まあ、最後の人に託す手もありますし。
- pha よく考えたら、先攻の文香さんに、最後の2文字を決める役割も回ってくるんだね。先攻のほうが責任重いね。いちおう歳時記を見てみよう。うーん、「さ」から始まるのなら秋刀魚とかあるけど、季語を決めずに投げるほうが面白い気がしてきた。「けぶ」で「叫ぶ」にしよう。
- おなじまちにたひとがまたさけぶ◯◯
- 佐藤 「きり」を入れます。秋の季語です。できました。
- pha かっこいい。「叫ぶ」で切れて、最後に2文字の単語で終わるのか。この句、まとまってて好きかも。
- 佐藤 けっこう怖い句。デジャブなのかな。
- pha それで霧が出ているって、なんか現実じゃないような光景。幻想の世界みたい。
自分の中に面白いものがなくてもいい
- 佐藤 次で最後です。◯◯◯◯◯/◯◯◯◯◯◯◯/◯◯◯◯◯。1区分の文字数が長くなりました。
- pha うわー、ハードルの高いやつだ。
- 佐藤 五七五になりました。最初の五をお願いします。
- pha ほんとに俳句作らなきゃって感じになってきた。見えるものを書こうかな(窓の景色を再び眺める)。俳句の人って、吟行(どこかに出かけてみんなで俳句を作ること)とかしながらぱっと作ったりするよね。
- 佐藤 そうです。表現するっていったら、自分の中にある表現したいものを探しがちですけど、それがなくても俳句は作れる。そんなね、自分の中にわだかまるものなんて、普通ないですから。自分の内面が自分の外部より面白いと思ってるなんて、おこがましいとすら思っています。
- pha 自分の中に面白いものがなくてもいい、と言ってもらえると、すごくすっきりする。ぼくも文章を書くときいつも悩むんだけど…。
- 佐藤 俳句でも、もちろん、内面が面白い人、内側のことを書く人はたくさんいます。でも、そうするとやっぱり、出てくる句が渾身の一句みたいになっちゃって、ちょっと重くなることも。もっと雑に楽しんでも良いはずって思うんですよね。
- pha ちょっとテーブルゲームっぽさがあるよね。表現とか才能を競い合うというより、場を楽しんでいる。
- 佐藤 そうですね。今あるものとか、今日見たものとか、そういう偶然を取り入れたほうが、場が盛り上がったりする。
- pha 自分のセンスを見せつけようとしなくてもいいと。
- 佐藤 そうです。
- pha そのぐらいの軽さでやってみます。しかし、始めの5音が、とても大きくも見えるし、とても小さくも見えるな。たった5音なんだけど、広大で、なんでもできる気がする。そういう気持ちになるのが面白い。
- 佐藤 始めに5音の季語を入れちゃう手もあります。オリジナルじゃないもので即埋まる。秋の暮とかね。その場合、次の人はものすごくオリジナルなことを書かなきゃいけないプレッシャーにさらされる(笑)
- pha そうだよね、次の人が頑張らないと、ありがちな句になっちゃう。秋深しとか入れてみようかな。
- 佐藤 やばい、追い詰められた(笑)。
- pha でもそれで投げても、最後にまとめるのは結局自分だもんな。自分の首締めることになるよねー。
- 佐藤 あとは、天気のことを書くとか。今日けっこう雨降ってますから。俳句って挨拶性が重要視されるんですよ。その日への挨拶、その場への挨拶をする。
- pha 天気いいかも。雨かあー(窓を眺めながら)。あ、いま、船が通った。隅田川沿いの地域性も出るので、「やかたぶね」にしよう。
- やかたぶね◯◯◯◯◯◯◯/◯◯◯◯◯
- 佐藤 「屋形船」って季語っぽいね。
- pha 夏っぽい感じがするよね。
- 佐藤 調べてみよう。…あ、季語になってない。「船遊(ふなあそび)」は夏の季語だけど。
- pha 「これは季語です」って言い張るのはダメなの?
- 佐藤 いいと思いますよ。これ以降に季語が入ればそれでもいいし。入らなければ、「屋形船」が季語だと言い張りましょう。どうしようかな…ここは写生に徹するか(窓を眺める)。
- pha 文香さんの貸しボートの句とか、好きだな。
- 第二句集『君に目があり見開かれ』に入ってたやつ。シンプルだけど、情景がすごくよくわかる。
- 佐藤 ありがとうございます。
- pha 「左だけが明るい」というのは夜明けみたいなイメージで、誰もいない貸ボート屋のあたりを歩いているイメージだった。
- 佐藤 私は、日中に貸しボートに乗ってるイメージで作りました。ボートから空を見上げたら、左側は明るくて、右側は暗くて雨が降りそう。ボートに乗っている自分を境に、空が分かれているような感じがした。そういう句です。
- pha そうだったんだ。全然違ったな。読みが分かれるのは、よくないこと?
- 佐藤 どうでしょうね。「ボート」は夏の季語で、日中のイメージがあるので、あまり夜明けとは読まないかもしれません。
- pha そっかー。自分が散策してるときのイメージを重ねて妄想してしまった。
- 佐藤 「ゆうがたはまだ」。
- やかたぶね/ゆうがたはまだ/◯◯◯◯◯
- pha えー難しいね。ぜんぜん違うことを入れてもよさそうだし、続けてもよさそうだし。
- 佐藤 やかたぶねという名詞で切れがあるので、ここは繋いだほうがいいです。
- pha そっか。
- 佐藤 ちょっとあざといけど、「や」かたぶね/「ゆ」うがたはまだ、だから、音でリズムを作ってもいいし。さっきの赤鬼の句で、私は何度も「あ」を入れてます。音の面白さが出るかなあと。
- pha そうか、韻を踏む狙いがあったんだ。ぐいぐい「あ」入れてくるのは、攻撃なのかと思ってた。しりとりの「る」攻めみたいに「あ」攻め(笑)。…なんにしようかな。夕方はまだ来ないだったら普通だしな。
- 佐藤 ふつうでも別にいいですよ。
- pha なんかでも、もうちょっと引っかかりが欲しい。
- 佐藤 夕方はマダガスカルに、とか(笑)。
- pha 景色ががらっと変わるな。マダガスカルの屋形船だったんだ(笑)。
- 佐藤 まだまだ続く、もできる。
- pha あーそれもいいなあ。ありそうなパターンを先に言われちゃうと追い詰められてく感じがするのだけど…。(しばらく考えたあと)、まだら、でもいいですか? 夕方はまだら。
- 佐藤 いいですね。まだら模様とか。
- pha なるほど。じゃあ、「まだら模様」にします。それで最後は「で」にしよう。完成しました。
自分の中のふたりでゲームをすれば俳句はできる
- pha どうなるか全然わからないままやってたけど、できあがってみたら、けっこういいじゃん、って思った。
- 佐藤 このゲーム、ぜひご自宅でもやってみてください。
- pha いいですね。
- 佐藤 今、phaさんが五を作って、次の七が私で、また五をphaさんが作りました。けど、私のターンのときに私が「もう1回お願いします」って言ったら、phaさんは七も自分で作るじゃないですか。
- pha うん。佐藤 で、さらに「もう1回お願いします」って言ったら、ぜんぶ自分で作ることになる。自分の一句になります。自分の中にふたりの人間がいて、そのふたりが交互に出し合ってる。そう思ってやると、結構できちゃう。pha おお、すごい。いまやった感覚で作ればいいのか。佐藤 そう。ふたりで作るとして、七を作る担当は最初の5音を考えてないから、最初の人が予想してないものを出してくる。自分ではやりにくい発想のジャンプを、人に頼んでいます。そういうやり方なんです。pha なるほど。それを自分の中でできるようになると、俳句になる。
- 佐藤 どうですか、俳句は。
- pha できるような気がしてきた。全体のイメージがなくても、先に5音だけ作るとかやってもいいいんだよね。
- 佐藤 うんうん。
- pha 最初から全体を考えようとすると何も出てこないし、ほんとに屋形船でいいのか、そんなんで次作れんのか、いい句になんのか、もっといいのがあるじゃないかってぐるぐる考えちゃう。でも、とりあえず書いちゃう。で、それを丸投げされた形でまた考える。自分に丸投げしあっていけばいいんだ。そのやり方は俳句以外の創作をするときにも応用できそうですね。
- 佐藤 ぜひphaさんも、友達とゆるーく遊んだり作ったりしてみてください。
次回は俳句の上達を目指す人々が集う「結社」のメリットをレポートします。
10月25日(木)公開予定!
この記事の前編「読んで楽しむ俳句」はこちら- pha(ふぁ)
- ブロガー・作家。シェアハウス「ギークハウスプロジェクト」発起人。大和書房より「人生にゆとりを生み出す知の整理術」発売中。
- 佐藤文香(さとう・あやか)
- 俳人。第2回芝不器男俳句新人賞対馬康子奨励賞受賞。句集「海藻標本」(ふらんす堂)にて宗左近俳句大賞受賞。左右社より「天の川銀河発電所 Born after 1968 現代俳句ガイドブック」発売中。
出典
「ひとるたま」阿部青鞋 著,現代俳句協会,1983
「角川 合本俳句歳時記 第四版」,iOS版,ロゴヴィスタ株式会社
「新歳時記―秋」平井 照敏 編,河出文庫,1996
「君に目があり見開かれ」佐藤文香著,港の人,2014
撮影/尾藤能暢 取材・文/与儀明子 インタビュー・監修/佐藤文香 デザイン/桜庭侑紀
撮影協力/Riverside Cafe Cielo y Rio(東京都台東区蔵前2-15-5)