「面白いツイートを眺める」くらいのユルさで俳句を楽しむのもアリなんじゃないか? pha×佐藤文香(前編)

俳句特集の第3回は、元・スーパーニートで現在作家として活動されているpha(ふぁ)さんに、飲み仲間の佐藤文香さんが俳句の魅力をプレゼン!
「最近いい感じの句ができない」と行き詰まりを感じている人にも、「俳句って短歌より難しいのでは?」「俳句を始めてみたいけど季語がよく分からない」と身構えている人にも、役立つヒントがいっぱいのトークに、ちょっと聞き耳を立ててみましょう。

笑える俳句を見てみよう

“ayaka”
佐藤 今日は、phaさんに見せたいもの、一緒に遊びたいものをいろいろ用意してきました。まずですね、Tシャツ見せたくて着てきたんです。"「ここで一句!」って言うな Tシャツ。"
▲メッセージT
pha
pha すごい。これは、心の叫びなの?
“ayaka”
佐藤 いや、ネタです(笑)。「SUZURI」というサイトで購入しました。俳句やってると「ここで一句」ってよく言われます。先日の飲み会で初めて会った人にも言われました。もちろんすぐ作れますよ。でも、作ったところで微妙な反応しか返ってこないんです。「うーん…どういう意味?」とか言われる。
pha
pha あー、ありそう。
“ayaka”
佐藤 なんかよく分かんないこと言って高尚ぶってんでしょ、みたいなのが嫌ですね…。さて、気を取り直して、今日は、気軽に俳句を楽しむ方法を伝えたくて来ました。愛を伝える俳句や辞世の一句もありますが、だらだらっと作ったり読んだりできるのも俳句の良さなんです。
pha
pha ツイッターで面白いツイートを見た、ぐらいの感覚で楽しんでもいいんだろうね。
“ayaka”
佐藤 そうなんですよ。今日持ってきたのは阿部青鞋(あべ・せいあい)という人の句集「ひとるたま」です。

要するに爪がいちばんよくのびる

“ayaka”
佐藤 この人は季語があるのもないのも作るタイプの俳人です。これは無季の句。
pha
pha 「いちばん」って、何と比べてるのかわからないけど、なんか説得力があるね。爪がどんどん伸びて切るのが面倒臭そうな感じかな? そんなこと言われてもどうしたらいいのか、とも思うけど(笑)。

ねむれずに象のしわなど考へる

pha
pha あー、いいね。そんなに俳句っぽい言葉遣いじゃなくて普通に平易な文章ぽいよね。こんなツイートを夜中にしてる人いそう。

くさめして我はふたりに分れけり

“ayaka”
佐藤 「くさめ」はくしゃみのことで、冬の季語です。「はっくしょーん」って大きなくしゃみをしたら、ふたりになっちゃった。ちょっとギャグ漫画っぽい。
pha
pha なんかわかる感じがしますね。そんな非現実的なイメージも俳句で表せるのは意外だ。

なつかしくなるまでからだ縮めをり

pha
pha あ、いいですね。わかんないけどわかる感じがする。
aya
佐藤 体を縮めているうちに、なんだか自分が懐かしくなってきた、みたいな。
pha
pha 最初の5音を「○○○○や」にする、みたいに、途中に切れ?があるのが「俳句」って思ってた。こういう普通の文章ぽいのもあるんだね。
“ayaka”
佐藤 そうですね。一応これは「縮めをり」で、最後に終止形の切れが入っています。口語だと「る」で終わるから、あんまり切れる感じがしないんですけど、文語だと「り」で終わるから切れる感じがする。切れによって余韻が生まれています。次の句も最後に切れが入っていますね。

手の甲を見れば時間がかかるなり

pha
pha 時間がかかるって、どんだけ見てるんだろう。こういうことばっかりツイッターで書いてる人がいたらフォローしたい。そういう人今でも結構いるし。この人はいつの時代の人なの?
“ayaka”
佐藤 1914(大正3)年生まれです。1989(平成元)年に亡くなりました。
pha
pha へー、けっこう昔の生まれの人なんだ。でもそんなに古い感じはしないなあ。
▲青鞋の句集を広げる佐藤さん、覗き込むphaさん
元日の何時間かがすぎにけり
“ayaka”
佐藤 元日って、1年の1日目だから、いつもと時間感覚が違いますよね。
pha
pha 今年はもう8時間過ぎたんだなーって意識してみたり。わかる。しかし、こんな何の変哲もないことをぬけぬけと言っちゃうのがずるいなあ、と思う(笑)。何の事件も起こってないのにね。
のこぎりは樹を切りながら淋しくて
pha
pha そっか、のこぎりはさみしかったんだ。そういう発想はなかったな。でも確かにギーコギーコって木を切る音は物悲しい。
“ayaka”
佐藤 のこぎりと樹、元々は友達だったりして。自分によって樹が死んでいくのをさみしく思っているのかもしれない。
pha
pha なるほど切ない。

食パンを買ひきしのちの別の時間

pha
pha 別の時間って言われても(笑)。これも何か事件が起こったわけじゃないし、「食パンを買う」っていうのもすごく普通の言葉なんだけど、それと「別の時間」との組み合わせでいい感じになるっていうのはすごいね。どちらも平凡な言葉なのに。なんなんだろう。
“ayaka”
佐藤 何の役にも立たないし、すごく面白いこと言おうとしてるわけでもないのに、なんか笑える。
pha
pha うんうん。(本を手にとり眺めながら)ほー、いいおじいちゃんだ。いい顔してますね。
“ayaka”
佐藤 青鞋さんは、牧師さんだったんだそうです。私は以前、娘さんご夫婦にお会いする機会があったんですが、とても優しい人だったみたい。いろいろ深く考えるタイプの人だったんだと思うけど、知識がなくても楽しめる俳句でしょう?
pha
pha うん。こんな俳句があるなんてぜんぜん知らなかった。
“ayaka”
佐藤 カッコイイ句もありますよ。

滝凍ててむしろこの世のものとなる

“ayaka”
佐藤 「滝」は夏の季語ですが、凍滝(いてだき)は冬の季語になります。滝が凍って固体になると、流れているときよりもむしろこの世のものっぽくなる。
pha
pha おー、凍ったことで、激しさを把握できるようになったという感じかな。かっこいいねえ。「むしろ」がすごく効いてるね。
“ayaka”
佐藤 阿部青鞋、俳句マニアの人しか知らないのは惜しい。今私たちが読むからこそ面白い作品が、けっこうあるんじゃないかと思います。王道の俳句や前衛的な俳句だけでなく、こんな素っぽい俳句もあるというのを、今日紹介できてよかったです。

俳句の2通りのパターン

pha
pha 文香さんも、阿部青蛙さんっぽい感じの俳句を作ろうとか思ったりするの? それとも違う感じなの?
“ayaka”
佐藤 たまに作ります。でも、たくさんは作れない。私は、ふたつのものを組み合わせて作るのが得意なタイプなので。
pha
pha あー、そうそう。あまりよく知らないけど、俳句はふたつのイメージを組み合わせるものっていう印象が強いですね。
“ayaka”
佐藤 俳句は、大きくわけると2通りあるんです。季語自体のいままでなかった発見を詠むか、季語と今までなかったものを組み合わせるか。人によってどっちが得意かは違ってきます。
pha
pha ほー。
“ayaka”
佐藤 たとえば、チョコレートの新商品を作るときに、「今までにないぐらい美味しいチョコレート」にするか、「チョコレートと今までなかったものの組み合わせ」にするかの違いですね。
pha
pha なるほど。

主観が入りまくりの歳時記

“ayaka”
佐藤 読み物として面白い歳時記があって。「新歳時記 秋」(平井照敏 編)です。これもphaさんに紹介したい。
pha
pha ほー、そんなんあるんだ。歳時記って季語の辞典みたいな本だよね。なんかルールブックみたいにスタンダードなものがひとつあってそれしかないんだと思ってたけど、いろんな人が勝手に作ってもいいんだ。
“ayaka”
佐藤 そうです。たとえば角川書店の「俳句歳時記」のように、複数の編集委員で編纂する場合は、トーンを統一するためにも、書き方が画一的になります。でも、「新歳時記」は、平井照敏がひとりで解説しているので、主観がめっちゃ入ってる。
《柿》
(前略)渋を抜くときわめてうまい。(中略)日本の果物の中でもっとももうまいとも言われる。
《熟柿(じゅくし)》
晩秋、柿の実が十二分に熟れると、木の枝についたままで、色つやが不思議な美しさになり、(中略)熟れすぎれば味は悪くなっていくだけだが、適当に熟れた柿はすこぶるうまい。
“ayaka”
佐藤 この人は明らかに柿が好き。
pha
pha あはははは。
▲歳時記(季語の辞書)を読むふたり
pha
pha すごい柿推しだなー。
“ayaka”
佐藤 柿が最もうまい果物って説、初めて聞いた(笑)。林檎とテンションがえらい違いですよ。
《林檎》
美味の果物である。
“ayaka”
佐藤 なんだか冷静な書き方。
pha
pha じゃあ梨は?
《梨》
秋の果物の代表。(中略)菊水などが美味で評判がよい。
“ayaka”
佐藤 評判がよいって書き方だから、自分の主観ではない。
pha
pha そんなに思い入れはなさそう(笑)。
《桃》
味のよい果物である。(中略)白桃、水蜜桃がとくに美味である。
pha
pha 「味のよい果物」か。「うまい」って言葉は柿だけなんだ(笑)。
《鹿》
鹿の交尾期は十月から十一月にかけてで、この頃雄はヒヨヒヨヒューヒューという声で鳴いて、他の雄に挑戦する。(中略)ふつう、雄一頭が五、六頭の雌をつれていてハーレムをなしている。
“ayaka”
佐藤 ヒヨヒヨヒューヒューって擬音でわざわざ言ってくるのが、過剰なかんじがして面白いなと。
pha
pha 独自の表現だよね。この情報本当に要る? みたいなのがある。
“ayaka”
佐藤 角川の「俳句歳時記」と比べてみましょう。
《鹿》
晩秋の交尾期になると、雄鹿は盛んに鳴いて、他の雄に挑戦し、雄の気を引こうとする。その鳴き声は遠くで聞くと哀れを催す寂しい声である。
▲角川版『俳句歳時記』アプリと平井版『新歳時記』の同項目を見比べる
“ayaka”
佐藤 ぜんぜん違いますね。ヒヨヒヨヒューヒューとか、ハーレムとか出てこない。再び平井照敏の「新歳時記」に戻って、
《猪》
猪は偶蹄目いのしし科の獣。(中略)いねや穂を食いちぎるだけでなく、ころげ回って押し倒し、畳のようにしてしまう。
pha
pha 描写がすごく具体的で実感こもってるね。「畳のように」っていい表現だ。
“ayaka”
佐藤 こういう被害を実際に見たのではないかと思われます。歳時記は、俳句を作るための辞書や参考書みたいに使うことが多いですが、読み物としても楽しんでもらえると思います。「牛蒡(ごぼう)引く」とか「べつたら市」とか、面白い季語もいろいろあるし。

出典

「ひとるたま」阿部青鞋 著,現代俳句協会,1983
「角川 合本俳句歳時記 第四版」,iOS版,ロゴヴィスタ株式会社
「新歳時記―秋」平井 照敏 編,河出文庫,1996

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