「自分の足で立っていること。凛々しくあること」 鷲尾 天プロデューサーが『プリキュア』に込めた15年間の思い
シリーズ第1作『ふたりはプリキュア』の放送開始から15年。今でこそ女の子向けアニメの王道と思われているプリキュアシリーズだが、じつは「女の子だって暴れたい」という発想からスタートした野心作だった。初代シリーズディレクター・西尾大介とともにプリキュアの礎を築いた鷲尾 天プロデューサーは、こう振り返る。「うまくいくかどうかなんて、まったくわからなかったんです。今もプリキュアを作り続けているのは、観てくれる子どもたちがいるから」。この15年、どんな思いが鷲尾を支えていたのだろうか。
誰に向けてアニメを作るのか。子どもたちの手紙が教えてくれる
- 「お待たせしてごめんなさいね」そう声を掛けながら取材場所に現れた鷲尾 天。手には15年前の資料と、たくさんの古い手紙を抱えている。
- もしかして、『ふたりはプリキュア』へ届いたお子さんからのお手紙ですか…?
- 15年前の資料を撮影したいということでしたが、私の手元にあるのは制作資料とできあがったDVDだけで、それ以外はほとんど残っていないんです。唯一、子どもたちが書いてくれたお手紙だけは、今もぜんぶ大切にとってあるんです。
- …そうなんですね!
- それに、全員に返事を出していました。
- 全員に!?
- もちろん、私がプリキュアだと偽って返事をしていたわけじゃないですよ(笑)。プロデューサー鷲尾 天としてのお返事を。お子さんが読むわけですから、ぜんぶ平仮名で、「応援してくれてありがとう、プリキュアも喜んでいます」って。字が読めないお子さんは親御さんに読んでいただいたらいいし、お子さんが「この人だぁれ?」って聞いたら、親御さんが説明してくれたらと思いながら。
- 親御さんは驚かれたでしょうね。
- 私が返事を書くと、お母さんからもう一度お返事をいただくこともありました。「まさか返事が来ると思っていませんでした」って。就学前のお子さんだと、自分宛てに手紙が来るのが初めてだったりすることもあったようで、「返事が来たことを喜んで、毎朝『読んでくれ』ってせがむんです」とお母さんからの返事に書いてあることもありました。ものすごく嬉しかったですね。
『ふたりはプリキュア』がスタートした頃はもう電子メールの時代に差し掛かっていましたが、手元に残る手紙のやりとりは子どもたちにとって大事なことだし、とても一生懸命書いてくれるわけです。中には、持病を抱えて苦しい思いをしているお子さんもいらっしゃって「手紙の返事を読んで、すごく元気が出て頑張っている」という親御さんからのお返事をもらったこともあります。
ああ、こういうお子さんたちがプリキュアを応援してくれているんだ。ちゃんと考えて番組を作らなければと、いつも身が引き締まる思いでしたね。
男の子だから、女の子だから、という垣根をなくしたい
- 鷲尾は、最初からアニメ畑出身だったわけではない。商社や三省堂で勤めたあと、秋田朝日放送の報道記者やドキュメンタリー制作を経て、東映アニメーションに入社。プリキュアの前は『キン肉マンII世』『釣りバカ日誌』などを担当していた。
現在は女の子向けアニメの王道と思われているプリキュアだが、2004年の第1作『ふたりはプリキュア』を立ち上げる当初は、「不安」「心細い」と感じていたという。 - 当時はどんな心境でしたか?
- 私は女の子向けのアニメを担当したことがなかったので、うまくいくかどうかなんて、まったくわからなかったんです。自信もなかったし、じつは1年で終わるものだと思っていました。やってみなきゃわからない、いいからやってみようよ、という空気でしたね。
- 日曜朝7時から9時は、当時はどういう枠だったのでしょうか?
- テレビ朝日で男の子向けの実写が2本、女の子向けの原作付きアニメが1本という流れが続いていました。この枠の前任プロデューサー関 弘美さんが手掛けた作品で、『夢のクレヨン王国』というアニメがあったんです。福永令三さんの児童文学のアニメ化で、ストーリーは原作通りですが、キャラクターデザインやアニメーションのイメージはオリジナルで作られていました。
それが評価されて、次は東映アニメーションでフルオリジナル作品をという流れの中で生まれたのが、『おジャ魔女どれみ』でした。子どもたちに受け入れられて、4年続きました。 - 最新TVシリーズ『HUGっと!プリキュア』シリーズディレクターのひとり、佐藤順一さんも手掛けられていましたね。
- その後、プロデューサーが交代する時期に、これまでと違うテイストのアニメをできないかというので、私が出した企画がプリキュアでした。企画書に「女の子だって暴れたい」という一文を入れました。最初の発想は、自分が子どもの頃に好きだったキカイダーとハカイダーが協力して戦ったらカッコいいだろうな、その女の子版をやってみたいな、というあたりだったんです。
- バディもので、アクションをやりたかったのですね。
- あの頃は、女の子向けでアクションはほとんどなかった。でもやっぱり、カッコいいとか、憧れがあるだろうなって。女の子も仮面ライダーや戦隊ヒーローを観ているようだし、やってみてもいいんじゃないかと。
- 男の子だから、女の子だから、という垣根をなくしたいというのは、当時『ドラゴンボールZ』や『金田一少年の事件簿』などを担当していた西尾(大介)監督に声をかけたときに、最初にお互いに一致した部分でもあったんですよ。
「王子様はやめようね」自分の力で解決したほうがカッコいい
- 基礎的な質問で恐縮ですが、アニメのプロデューサーはどんなお仕事なのでしょうか?
- ひと言でいうと「旗振り役」ですね。社外に対しては、こういう企画をやるから放送してよ、お金を出してよと呼びかけて、社内では、シリーズディレクターをやってくれないか、キャラクターデザインをやってくれないかと頼みに行く。お金を集めて、放送の段取りをつけて、制作チームを作ります。
監督=シリーズディレクターは、映像の中身に責任をもってアニメーションを作る人ですね。企画を立ち上げる段階では、プロデューサーとシリーズディレクターが二人三脚でやっていきます。 - 第1作『ふたりはプリキュア』のときは、西尾大介シリーズディレクターと二人三脚で、そもそもプリキュアをどんな内容にしていくか、議論を重ねていったんですね。
- ジェンダーの概念も、私は西尾さんから聞いたくらいだったんです。西尾さんはずっとそういうことを考えていた方で、彼の説明を聞いて落とし込んでいった部分もたくさんありました。
- 西尾さんの説明とは?
- たとえば、「王子様はやめようね」と。「誰かが助けに来てくれる、それが男性である」というストーリーはやめようと話していたんです。男性のほうが上位概念だから、そこに助けを求めるものだというイメージはつけたくない。そうじゃなくて、自分たちの力できちんと解決したほうがカッコいいよ、って。
プリキュアが成立するために必要なことは、自分の足で立っていること。女の子が凛々しくあることが、最初の番組コンセプトでした。
- 15年たった今も響くメッセージですね。
- これだけジェンダーのことが話題になっている今、女の子にとって、平等な社会ですか? それは皆さんのほうがよくご存知だと思いますよ。私なんかからみるとまだ、影に隠れたままではありますけれども、男性のほうが社会通念上、有利な立場にあるんじゃないのかなと思います。だとしたら、そうじゃないよって主張し続けることが必要なのかなと思いますよね。
もし、20年か30年たって、戦隊ヒーローのような番組が「逆に男の子を差別してるんじゃないか」「男の子は戦わなきゃいけない、みたいな番組はどうかと思う」という空気になっていたら、そのときは改めてプリキュアの立ち方を考え直してもいいんじゃないでしょうか。 - ほかに、プリキュアを作るときのルール、大切なことは?
- 眉をしかめたくなるような映像はやめること。たとえば、顔を殴られる、お腹を蹴られる描写は避ける。でもアクションものだから、ダメージをどう表現するかというときに、相手の攻撃をガードして受け止めるんだけど、ふっ飛ばされた先の壁がすごい壊れ方をするので威力やダメージがわかる、といった表現を工夫していました。
それから、食べ物を粗末にしないこと。食べ残しをしたり、好き嫌いをしたり、年頃だからってダイエットの描写もやめようと。アニメを観たお子さんが、意味もわからずキャラクターの真似をしてしまう可能性がありますから。なので、皆よく食べるキャラになりましたね(笑)。
自分の本当の気持ちで向き合わないと勝てない
- 大人との関係についてはいかがですか?
- 大人を小バカにしないことですね。たとえば、『ふたりはプリキュア』には、狂言回しとして校長に媚びる教頭先生が出てくるんですが、なぎさやほのかが教頭先生をバカにした様子は描きたくないと。もちろん、イヤなことがあったら愚痴を言ったり、大人に反発する気持ちはあるんですよ。でも、そこにきちんと大人に対する敬意がある、という描き方を意識していました。
- プリキュアの主人公は、現実ではなかなか口にできないような綺麗事であっても、思いをストレートにぶつけてくれます。彼女たちの逃げない姿勢に励まされるわけですが、そういったキャラクター像はどのように生まれたのでしょうか?
- たぶん、私も西尾さんも、組織とか社会とか、通常の概念の中では生きづらいふたりだったんですよ(笑)。普通なら周りに気を使って口に出さないようなことも、ストレートに言ってしまうタイプだったから。その場でこてんぱんにやられてもいいから、しっかり発言することって、悪いことじゃないよねって。
- 主人公はちゃんと主張したほうがいいと?
- 相手と向き合うときに、自分の本当の気持ちで向き合わないと勝てないよね、っていう話はしていましたね。本心からのセリフじゃないと人なんか説得できないし、誰もついてきてくれない。ストレートにぶつけ合ったほうが、そのときは衝突するかもしれないけど、最終的には理解し合えるんじゃないのかなって。
受け止めてくれる人がいて、はじめて前に進める
- 鷲尾がプロデュースを手掛けたTVシリーズは、第1作『ふたりはプリキュア』から第5作『Yes!プリキュア5GoGo!』まで。「シリーズが継続できるかどうかの瀬戸際だった」という『5GoGo!』を成功させて、『フレッシュプリキュア!』からは次のプロデューサーのバトンを渡し、現在は「企画」とクレジットされている。
- 企画という立場では、どんな関わり方をされているのですか?
- 私は今、プリキュアだけでなく、東映アニメーションの第一映像企画部を統括する立場にいます。つまり、映像に対する最終的な責任者であるとか、統括者だよという意味で名前が出ています。実作業はほとんど現場に任せています。
- 最新シリーズ『HUGっと!プリキュア』をご覧になって、鷲尾さんはどう感じていますか?
- セリフがいいなぁと思いますね。第1話で主人公が初めてプリキュアに変身するときに、「こんなの、私がなりたい野乃はなじゃない」って言ったのが、すごくいいセリフだった。今回の主人公は「応援する」ことがテーマなんですが、あれこそが一番必要な、自分へのエール。主題と内容が一致している、いい初回でしたね。そのテーマを現在も貫いているので、筋が通ったいいシリーズになっていると思います。
- そして、自分がなりたい野乃はなではなくなってしまった第11話では、落ち込むはなを母すみれが抱きしめるシーンで胸が熱くなりました。
- あれがタイトルの「HUGっと!」に繋がっていますよね。つらいことって、日常にいっぱいあるじゃないですか。そういう困難に理屈で向き合うだけがすべてじゃないんだってことを、きちんと映像で表現したなと思いました。
- お母さんが抱きしめることで。
- 何をなぐさめてくれるでもないし、何を理解してくれるでもないんだけれども、受け止めて、抱き止めてくれるだけで、いかに救われるか。そこがきちんと描かれていてよかった。『HUGっと!プリキュア』という作品の根幹ですよね。受け止めてくれる人がいて、はじめて前に進める。はながはぐたんをハグするだけじゃないし、お母さんだったり、友達だったり。そうやって成長していくんですよね。
- 日曜日にはSNSトレンドに毎週『HUGっと!プリキュア』が入っていますが、ネットの反響を制作に反映することはあるのでしょうか?
- たくさんのご意見をいただいて大変ありがたいですし、嬉しいことです。ただ、発信している方は大人で、どういう傾向の方々かは把握しきれません。制作現場が、ネットの意見によって自分たちがやらんとしていることを疑ったり、曲げたりすることについては、慎重に考えたほうがいいだろうと思っています。「サイレントマジョリティ」という言葉があったと思いますが、賛同している約8割は発言しないけれど、反対している残りの1割か2割が発言しているケースもある。その声だけを尊重すると、全体像を見失う可能性もありますよね。
何より、この作品の対象は、発信できない子どもたちであることを見失ってはいけないと思います。 - 誰に向けてアニメーションを作っているのか、ということですね。
- そうです。最初にお子さんからの手紙をお見せしましたが、我々がプリキュアを作り続けているのは、観てくれる子どもたちがいるから。じつは、『ふたりはプリキュア』から続く子どもたちとの手紙のやりとりをテーマにして作ったTVシリーズが、『Yes!プリキュア5GoGo!』だったんですよ。「メルポ」という郵便ポストのキャラクターが登場して、手紙を届ける、返事が来る、という手紙のやりとりがある設定にしました。最終話で、メルポからたくさんの手紙が飛び出してプリキュアがそれを力にするシーンを描きました。あれは本当にプリキュアという番組そのものだったんですよ。
プロデューサーの仕事は、伝えることしかできない
- 鷲尾さんがあまり介入していない最新作『HUGっと!プリキュア』でも、制作チームの皆さんが、こういう作品を15周年に生み出していることがすごいですね。
- チーム皆で考えて、そこにたどり着いているんだなって。時代に合わせて設定やエピソードは変わっても、「これはプリキュアじゃない」ということにはならないだろうと思います。
- そうして鷲尾イズム、西尾イズムが継承されていく制作現場の風土や、鷲尾さんなりのコミュニケーションの取り方とは?
- こうして取材していただくとね……「よく喋るな、こいつは」って思うでしょ?(笑)
- (笑)。たくさんお話してくださってありがたいです。
- ホントに、それしか手はないんですよ。プロデューサーの仕事といっても、僕自身は何もできないんです。絵が描けるわけでも、脚本が書けるわけでもない。コンテを切れるわけでも、演出ができるわけでもない。自分がやりたいことを、伝えることしかできないんです。
とにかく話をして、コミュニケーションを取る。顔を見に行く。寄っただけ。ニコニコ笑っているだけ。こちらからアプローチできるのはそれだけだと思います。 - 非常に大切なことですよね。
- そのうちスタッフさんのほうから、「こう思うんですけど」「ここ、どう思いますか?」と返してくれるようになって、きちんと相互コミュニケーションになれば素晴らしいと思っています。そういったコミュニケーションの積み重ねで、作品のディテールが上がっていくんじゃないでしょうか。
- 「ここ、どう思いますか?」とスタッフさんが来たときは、どう対応なさるんですか?
- どんな立場のどんな人が来たときも、真剣に向き合います。『Yes!プリキュア5』のときに、昔話をモチーフにした話数があって、『ピノキオ』を取り上げたんです。最後に、クジラの潮吹きで出てくるシーンがあったんですが、若手のアニメーターさんが僕のところにわざわざ来て、「ストーリーでご相談があって…」って。
- どんな相談だったのですか?
- 『ピノキオ』の物語自体は古いので著作権フリーなんですが、クジラの潮と一緒に出てくるというディテールはディズニーのオリジナルである、という相談だったんです。それはよくないからシナリオから変えましょう、どうもありがとう、とその人とお話をしたんです。
プロデューサーに相談に行っても、「ああ、わかったわかった、こっちでやっとくから」みたいなスタンスでそっけなく対応される可能性もあるのに、その方は、わざわざ私のところへ来てくれたんですね。それに我々はきちんと耳を傾けるべきだし、真摯に向き合うべきだと思うんです。
……ということがあってから約8年後、そのときのアニメーターさんが、『魔法つかいプリキュア!』キャラクターデザインの宮本絵美子さんなんですよ。 - ずっと一生懸命にやってきた方だからこそ……。
- そうなんです。キャラクターデザインのオーディションで絵を拝見したとき、「この方なら任せられる」とほぼ確信しましたね。
アニメはファンタジーだからこそ、心情がリアルであるべき
- 先程のお子さんからのお手紙と『5GoGo!』のエピソードもそうですし、「体験」を大事にされているのですね。
- 最初からアニメーションの世界にいたわけじゃなく、報道の世界にいたものですから、リアルな社会でのリアクションとかリアルなイメージはやっぱり大事にしなきゃいけないんじゃないかと思っていました。西尾監督もその志向が強い方だったので、そこも意見が一致しましたね。感情を丁寧に拾って、キャラクターの心情がリアルであるように作ろうと。
アニメーションってファンタジーじゃないですか。変身することもファンタジーです。だからこそ、リアルに感じてもらえることを大事にしたい。 - 子どもだましではなく。
- そうです。自分たちが感じたことをきちんと作品に入れて、私たちはこう思っているんだよって提示しようと。もちろん、リアルタイムで観ているお子さんからすれば、「変身カッコいい」「プリキュアが好き」でいいと思うんです。
だけどもしかしたら、子どもの頃に観ていたもの、無意識に刷り込まれているものが、大人になったときに生かされるかもしれない。たとえば、きちんと主張をすることや、自分たちで解決すること。大人になっても皆の中に少しでも残ってくれたら、嬉しいですね。
アニメ情報
- 『HUGっと!プリキュア』
- 毎週日曜日朝8時30分よりABC・テレビ朝日系列にて好評放送中
- http://www.toei-anim.co.jp/tv/precure/
©ABC-A・東映アニメーション
映画情報
- 『映画HUGっと!プリキュア♡ふたりはプリキュア オールスターズメモリーズ』
- 10月27日(土)全国ロードショー
- http://www.precure-movie.com/
©2018 映画HUGっと!プリキュア製作委員会
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