日本にいながら味わえる!知られざるスリランカ料理の魅力

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旅行先としての人気沸騰から数年。今なお面白い国、スリランカ。いや、一周まわってますます面白さを増している!?

ということで、今回の特集では、スリランカ好きのライターが“次にスリランカに行ったらやりたい3つのこと”をテーマに、その魅力をお届けしてきた。
 
とはいっても「そう簡単には旅行できない」という現実も。そこで最終回は、「日本にいながらスリランカを満喫できる」、おいしいスリランカ料理の店をご紹介。スリランカの歴史や文化まで感じられる「濃ゆい」お店が揃い踏みだ。
案内人
松 宏彰(カレー細胞)
国内外のカレー店を3000軒以上渡り歩き、ネット、雑誌、TVなどで紹介する一方で、珍生物マニアでもある。Japanese Curry Awards選考委員。
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【日本で味わうスリランカ1】
スリランカ料理を通じて、スリランカと日本の深〜い関係を知る
 
私が初めてスリランカ料理と出会ったのは、もう20年以上前になるだろうか。
兵庫・三ノ宮の北野坂にあった「コートロッジ」というお店(現在は閉店)でスリランカカレーをいただいたときに『あれ?インド料理と何か違う。けれど旨いなぁ』と感じたのが最初。

多くの人が何となく“インド料理みたいなもの”と思っているスリランカ料理。実は日本人が親しみを感じ、絶対ハマってしまう独自の魅力があったのだ。
スリランカ料理はカレーという言葉では決してくくれない多彩さ。
スリランカの主食は米、そして島国ならではの海の幸。日本と同じ。
しかもスリランカ料理は、モルディブ・フィッシュという、日本の鰹節にそっくりな食材で出汁を取ったりもする。(厳密にはカツオではなく近縁種のハガツオ使用)
モルディブ・フィッシュを用いた「カッタサンボル」。辛いオカカふりかけのようでご飯が進む。
米、海鮮、出汁といった親しみに加え、多彩なスパイスの香りや刺激が加わるのだから、日本人にとってこんな魅力的な料理はない。
いろんなおかずをご飯と混ぜ合わせていただく。
日本とスリランカの密接な関係はそれだけではなかった。実は、日本という国が今あるのはスリランカ人のおかげ。そのことを私はスリランカ料理店のシェフから教わったのだ。第二次世界大戦後、日本がアメリカやソ連(当時)などに分割統治されそうになったのを救ってくれたのは、なんとサンフランシスコ講和会議におけるスリランカ代表の演説だったのだ。スリランカ人の多くは知っている友好の歴史にも関わらず、私は知らなかった。日本の学校では教わらなかったから。

スリランカを知ろうとして、日本を知る…。スリランカ料理を食べたとき感じるシンパシー、それは長い歴史で培われてきた、文化の絆なのかもしれない。
 
【日本で味わうスリランカ2】
スリランカ料理から、スリランカの歴史を学ぶ
 
私は毎日、カレーと呼べるものを食べて暮らしているのだが、時々「カレーとは何か?」と考えてしまう。

答えは色々あると思うのだが、そのひとつとして「カレーとは、香辛料を介した文化のごった煮である」と言えるのではないだろうか。

カレーに限らず、料理を食べれば、その国の歴史が見えてくる。

スリランカは西洋と東洋を海で結ぶ拠点、古くから西洋諸国の植民地支配にさらされてきた。ポルトガル、オランダ、イギリス…。多彩なスリランカ料理を食べるとそのことが実感できるのだ。
スリランカが歩んできた歴史が、料理の中に詰まっている。
まず、「ピットゥ」や「アーッパ」といった料理。これらはインドの南端ケララ州の料理とほとんど同じ。私は生き物マニアでもあるのだが、実はスリランカとケララの生態系には密接な関係があるのだ。ポーク海峡を挟んだ両地域がいかに繋がっていたか、料理からも伺える。
小麦粉やココナッツを筒で蒸しニュニュッと押し出す「ピットゥ」。ケララ州では「プットゥ」と呼ぶ。
また、良く知られるスリランカの紅茶文化はもちろんイギリス植民地時代の名残。19世紀から続く醸造所で造られる「ライオンスタウト」という美味しい黒ビールもある。

それだけではない。かつて私は、東京・高田馬場にあるスリランカ料理店「アプサラ」のシェフで、パティシェでもあるジャナカさんと共に、日本であまり知られていないスリランカスイーツを一度に愉しむ「ランカスイーツの会」というのを主催したことがある。あまりに多彩なスリランカ菓子の数々が、そこにはあった。

「なんだか、マレーシアのお菓子とそっくりなものが多いなぁ」
驚くほど多彩なスリランカスイーツ。そこにもスリランカの歴史が。
そう、実はマレーシアもスリランカも東西貿易の中継地点。オランダの植民地となった後、イギリスの植民地になった経緯も同じ。つまり双方の現地人が奴隷として船で連行され、文化交流があったのだ。

特にスリランカのお祭りで提供される「コキス」という揚げ菓子。これ、明らかにオランダ由来に見える。
スリランカの揚げ菓子コキスはオランダ由来との説が。マレーシアのクイ・ロスとほとんど同じもの。
それ以外にもスリランカとマレーシアのお菓子や料理には共通点がチラホラ。

まだまだある。豚肉とビネガーを用いた「ポークイスト」というカレー。豚肉とビネガーなんて、まるでインド・ゴアの「ビンダルー」みたいだなぁなんて思ってたら、そうだ!ゴアもスリランカもポルトガルの植民地だったという共通点が。

さらに、スリランカには「デビル料理」というジャンルがあるのだが、これどう見たって中華料理。そうそう、昔から貿易の拠点には中国人が多く移住している。
デビルチキン。見た目はほとんど酢豚!
この他にも、スリランカ料理に刻まれた歴史はたくさん。もっともっと、探求したい!キリがないけど面白いのだ。
 
【日本で味わうスリランカ3】
スリランカカレーをテーマに国内を旅する
 
ここまで読んでお気付きの方もいるかと思うのだが…。 実は2018年8月現在、私はまだスリランカ現地に行ったことがなかったりする。

なので、本当に一番やりたいことは「スリランカに行きたい!」なのだが(笑)、日本国内でも美味しいスリランカ料理のお店はたくさんあるから面白い。

スリランカ料理店の質・量ともに圧倒的なのは大阪。1990年の花博(国際花と緑の博覧会)で来日したスリランカシェフが日本に残り店を開いたことなどがきっかけで、早くからスリランカ料理が受け入れられてきた。「Sri Lankan Dining Amaya(アマヤ)」など20軒余りのハイレベルなスリランカ料理店がしのぎを削り、今でも毎年のように新店が増え続けている。
「アマヤ」阿波座店の豪勢なワンプレート。チキンカレーは圧倒的な美味さ!サービスも満点。
一方、九州のスリランカ料理事情は少し特殊。1988年に初めてのスリランカ料理店「ヌワラエリア」がオープンし、1994年にオープンした姉妹店「不思議香菜ツナパハ」は今や福岡のソウルフード。九州各地でスリランカ料理を謳う店の多くはこれら2店舗の出身者で、味や盛りつけを継承しているなどその存在が大きすぎて、逆に現地式の多様なスリランカ料理がなかなか普及しないというジレンマも。

目線を東日本に移してみよう。東京にも先述の「アプサラ」はじめいくつかの名店があるのだが、数は大阪の比ではない。東日本で質・量ともにナンバーワンの都道府県は、実は茨城県。土浦市・荒川沖「バナナリーフ」や常総市・石下「ランディワ」など、車じゃなきゃ行きづらい地にハイレベルな名店が点在しているのが特徴だ。

客の多くはスリランカ人。車社会である彼らのコミュニティでは都心より茨城のほうが集まりやすいのだろう。「季節感がある日本の自然が好きだから」という話もよく聞く。
2018年6月龍ケ崎にオープンしたばかりの新店「カイロスケフ」。土日は食べ放題ブッフェ。
お店があるのはこんな場所。
日本人シェフによる水戸「錫蘭食堂 コジコジ」も大阪に負けないハイレベルな味でおススメ。

その他、秋田・長野・徳島など、思わぬところにスリランカ料理店が。
秋田にある日本でも有数の老舗スリランカ料理店のカレー。
パスポートの要らない、スリランカカレー巡りの旅。
料理の話、文化の話、なぜここの店を出したのかなど聞いてみると意外な発見があるはず。
文/松 宏彰
編集/田中亜衣
イラスト/篠塚朋子