「明日やりたいことを考える」だけでもいい。塚原あゆ子が将来に悩む女性へ送るエール

『重版出来!』、『リバース』、『アンナチュラル』(すべてTBS系)など数々の話題ドラマで演出を手がけ、9月21日公開の『コーヒーが冷めないうちに』で満を持して映画監督デビューを飾る塚原あゆ子。大学卒業後にドラマ制作の世界に入り、多忙な毎日の中に仕事の楽しさを見出しながらキャリアを重ねてきた実力派だ。そんな彼女に、映画制作に挑んだ感触、そして「女性としての生き方」についてインタビュー。「今のままの生活でいいのだろうか。自分だけが取り残されている気がする」…20〜30代の悩みに答えてもらった。

撮影/ヨシダヤスシ 取材・文/古俣千尋 制作/iD inc.

2時間しかないからこそ仕掛けが必要。連ドラと映画の違い

昨年はドラマ『リバース』、今年は『アンナチュラル』とヒット作が続きお忙しかったと思うのですが、映画『コーヒーが冷めないうちに』の撮影は、いつからだったのですか?
映画の準備は、今年に入ったあたりからスタートしましたね。実際の撮影は春からで、約1ヶ月ぐらいで撮りました。
数々のドラマの演出を手がけてきた塚原さんの、映画監督デビューとなる作品です。挑戦してみて、いかがでしたか?
私が普段やっている連続ドラマの場合、全話でだいたい10時間ぐらいあるんです。それに対して映画は、2時間弱なんですよね。「みなさんに楽しんでもらうものを作る」という意味で大きくは変わらないのですが、作品を2時間弱にまとめるのは、なかなか難しい作業だと思いました。

連続ドラマだと、10時間…というよりも約3ヶ月かけて、キャラクターを成長させていけるんです。視聴者の方にとっても1週間ごとに考察の時間があるので、「あの子はこんなキャラだよね」って、一緒に育てていってくださるんですよ。
最初はイヤなヤツだなと思っていた登場人物の過去を知って、最終回を迎える頃には大好きになっていたり…。
そうなんです。結婚して子どもや孫ができて…みたいなことも描けますし、ドラマではそれだけ、入り口と出口の落差を大きくできるんですね。でも映画の場合は、お客さんは映画館に入って2時間経てば、出てしまいますよね。
似ているようでも、物語を描くための時間の感覚が違うんですね。
さらに映画は、車や電車に乗って、お金を払って見に来ていただくもの。だからこそ「見たい!」と初めから思っていただけるような仕掛けをいかに作れるか、自覚的にならなきゃいけないと思いました。
プロダクションノートを拝見したのですが、今回監督に挑戦した理由として、この作品が4つのストーリーを1本に合わせたような構成になっているので「ある意味、連ドラっぽいと思って」と語っていらっしゃいましたね。
はい。正直、初めはなかなかハードルが高いなあと感じていたんです。でも、この作品自体が連作形式で、だからこそ連ドラを撮っている自分に声がかかったのかなと。ご縁のあるプロデューサーさんがお声がけくださったこともあり、「不慣れではありますが…」とお受けさせていただきました。

アドリブが活きた。有村架純と恋人役・伊藤健太郎のシーン

川口俊和さんの小説を映画化した『コーヒーが冷めないうちに』は、「とある喫茶店の“ある席”に座ると、望んだ通りの過去の時間に戻れる」という噂を聞いた客たちが、それぞれの“人生の後悔”を抱えながら喫茶店を訪れる物語。そして、喫茶店で働く主人公の時田 数を演じるのが、有村架純さんです。ご一緒されてみて、いかがでしたか?
私の想像力の範囲にはない動きや味わいをたくさんお持ちの、とても尊敬できる女優さんです。「あ、こんなふうに台本をお読みになったんだな」と、ドライ(段取り)をやるときに驚かされることがたくさんあり、感動しました。
塚原さんは、演出をする際に細かな指示を出すタイプですか?
細かく指示するというよりは、“場”を用意したうえで、俳優さんに自由にやっていただくタイプかなと思っています。「自分では」ですけれどね(笑)。とくに今回は、有村さんと恋人役の伊藤健太郎くんとのシーンは、アドリブでお願いした部分が多かったですね。
おふたりの好きなように動いてもらう感じでしょうか?
私がふたりのあいだに入って「ここで照れて」と演出をつけるよりは、「まだ付き合う前だから、距離感はこのぐらいがいいんじゃない?」みたいな提案をするほうがいいと思って、そうさせてもらいました。ふたりとも、私の想像とはまた違うところで恋人らしさを出してくれて、本当にすばらしかったです。
有村さんとは、10月からの連続ドラマ『中学聖日記』(TBS系)でもタッグを組みますね。
そうなんです。次の有村さんの役柄はまったく違うタイプなのですが、この映画があったからこそ詰められているものや共有できているものが、連続ドラマの現場にも確実にあるので、それはとても幸せですね。

“そんなの嘘くさい”を超えられる、二次元を追いかけたい

本作には波瑠さん、薬師丸ひろ子さん、吉田 羊さん、石田ゆり子さんという、じつにさまざまなタイプの女性が登場します。どのキャラクターも自分の周りにいそうで、セリフに強く共感してしまいます。『アンナチュラル』での石原さとみさん演じる三澄ミコトの姿も印象的でした。さまざまな女性を演出するうえで、心がけていることはありますか?
男性俳優のプロデュースも多いので、「女性だから」とはとくに考えたことはあまりないのですが、キャラクターって、俳優さんご自身が持っている魅力や味とのセッションでできていくものだと思うんです。だからいつも、俳優さんがこれまでにおやりになった作品を見てから現場に入るようにしていますね。「この人のこういう部分に、新しくこんな部分をまぜたらいいんじゃないかな」と考えたりします。
俳優さんと監督の考えを、まぜるわけですね。
衣装合わせのときや、場合によってはその前の段階で、その俳優さんが台本をどんなふうにお読みになったのかを直接お聞きしながら、考えていきます。ご本人にとってもイキイキと演じられるような土俵を作れるように心がけています。
監督の「こんなキャラクターにしたい」という発想は、どこからくるのでしょうか?
いろんなキャラクターを分けて描くのに、あまり苦労したことはないんですよ。自分も女性なので、私の引き出しの中にたくさんの女性像がたまっていて、その中の“誰か”を吸い出すような感じかもしれません。友達の○○ちゃんとかマンガで読んだあのキャラに近いなとか、あのアニメに出てきた言い方がいいんじゃないかなとか。
では、街や電車の中でつい人の会話やしぐさに注目してしまうことは?
それよりも、私は二次元に種があることが多いかも。マンガやアニメって、ちょっとデフォルメしますよね。映画やドラマではやりすぎに見えちゃうようなキャラクターの手法が、アニメ界やマンガ界にはあふれていて…うらやましいなと思う反面、少しレベルを変えれば映画やドラマでもできるなって。
リアルな社会の第三者よりも、二次元なのですね。予想外のお答えでした!
誰しも、朝起きてから寝るまでのあいだにそれほどドラマチックなことなんて起きないですよね。映画やドラマの役割って、ルーティンな毎日の中でいかにエンタメ感をお届けできるかだと思うんです。だからこそ何かひとつ、“ヒールを履かせる”ようにしなきゃいけないなと。
“ヒールを履かせる”?
そう。どこか、自分の世界にない感じというか…日々の生活を描いていたとしても、あるキャラだけはものすごく突飛にするとかね。そうすると「あのキャラの言動、ちょっと嘘くさいよね」って誰かと話したくなったり、SNSでつぶやきたくなったりしますよね。ルーティンな毎日の中で、そういう気持ちを起こさせるのが、映画やドラマの大きな役割なので。
そうですね。映画やドラマを見るときって、「今この瞬間は、自分の平凡な日常を忘れたい」という思いが、少なからずありますから
たとえば海外の映画って、すぐ大統領が殺されたりするじゃないですか。でも、日本の総理大臣はあんまり殺されないでしょう。

日本のエンタメの場合、「そんなの嘘くさい」と思われてしまうことに対して、怖がりすぎているところがあるんですよね。でも、アニメだったらそのラインをことごとく超えられる。そういう意味で、二次元を追いかけたいですね。あまり怖がることなくやっていきたいなと思うんです。

「今日もやめなかった」が続いて、気づけばこの歳に

そもそも、塚原さんが演出家になろうと思ったきっかけは何だったのですか?
じつは、「どうしてもこの業界に入りたい、監督になりたい」という感じではなかったんです。大学が文学部だったので、就職活動のときに「進むならなんとなくマスコミ系かな」みたいな感じで、いくつか制作会社も受けていたんですね。それで最終的に入ったのが木下プロダクション(現:ドリマックステレビジョン)という、ドラマを専門に作る会社だったんです。
それで、いつのまにかドラマを作るようになっていた…?
そうなんです。ただ、この業界に入ったあとではありましたが、やっぱりお芝居や映画が好きだったなとか、惹かれる理由があったんだと改めて実感しましたね。今も仕事の大きなモチベーションのひとつは、たくさんの俳優さんのお芝居をじかに見られることなので。寝られない日が続いてもモチベーションを保つことができたのは、やっぱり好きだったからだ、って。
実際に働いてみてから、とてもいい出会いだったということがわかったんですね。
自分がもともと好きだった部分を、仕事の中に後付けで見いだせた感じでした。
現代を生きる女性を的確に、かつ素敵に描いていらっしゃる塚原さんに、「20〜30代女性の生き方」についてお聞きしたいです。仕事、結婚、出産……さまざまな悩みに直面する時期ですし、誰もが「この先どうなるんだろう」と不安を抱えている気がしていて。
それは本当によくわかります。「10年後の自分を想像しましょう」みたいな自己啓発本もたくさん並んでいるじゃないですか。そんなことを言われると、怖くなっちゃいますよね。私も仕事を始めたばかりのときは、この仕事を長く続けようとか、絶対にやめないで頑張ろうなんて、思えていなかったですし。
塚原さんでも、そうだったのですね。
ただ、「昨日はやめなかった」、「今日もやめなかった」ということが続いて、気づけばこの歳までやっていた。私には子どもはいませんが、結婚したときもたまたま「仕事をやめるかやめないか」という話にならなかっただけで、今まで来ているんです。だから、個人的には「今日やりたいこと」を積み重ねて「明日やりたいこと」を考えるだけでも、いいんじゃないかなって思うんですよ。
それを聞くと、何だかちょっとラクになります…。ただ、「結婚するなら20代のうちに」とか「出産は35歳までにしないと」みたいな、世間からのプレッシャーも、なかなか強いですよね。
そういうことは、考えないよりは考えておいたほうがいいと私も思います。でも、考えすぎてそれにつぶされるのは本末転倒になっちゃうからね。「将来のためにこうしたほうがいい」って、頭で考えすぎると苦しくなって、毎日を生きていくのが難しくなるんじゃないかって感じているんです。
すべてが考えたとおりになるわけではない、と。
そう。もしかしたら急に好きな人ができて、それが海外の人かもしれないしね。そうなったときに自由でいられるように、明日のことを考えるぐらいでもいいのかなって。「今やりたいことを、とにかくやってみる」でもいいと思います。逆に、そういう瞬発力や行動力をなくしたまま今を過ごすほうが、苦しくなっちゃうかもしれないですよね。

「20代、30代という幻想に、踊らされていたのかも」

塚原さんの20代、30代は、どんな時期でしたか?
20代のときは、これから人生の「転機」が、もっとたくさん起こると思っていたんですよ。たとえば、結婚したあとでお義母さんが病気になって、介護に追われるんじゃないかとか。何かうまくいかないことが起こって、抱えすぎてパンクするんじゃないかとか。下手に、覚悟していたんです(笑)。
それこそドラマで見るような、人生に関わる大事件が起こったらどうしようという、漠然とした不安だけがあって…。
うん。でも実際は人生の転機とかイベントなんて、そんなに起こらなかった(笑)。そのまま30代になったときに「イベントがなかった自分が特殊なんじゃないか?」って思いましたよ。周りの子は20代でたくさんのイベントを経験してきているのに、自分にはそれがなかったんだって、妙に不安になってしまったりして。
どうしても、周りと自分を比べてしまうんですよね。
そのまま30代も変わらずに過ぎていきました。毎日ドラマを撮る仕事をして、周りから「いいよね」って言われることもあるし、周りの子を「いいなあ」と思うこともあって。で、40代になって「あ、これが普通なのかも」って。何というのか…踊らされていたんですよね。ちまたにあふれている“20代、30代という幻想”に。

それと、20代あたりで「啓発本が気になってつい見ちゃう時期」が来るんですよね。そして、30代になったら「とにかくワードローブを変えてみよう時期」が来るんですよ。クローゼットの中身を一回全部捨てて、ゼロからやり直したくなって。断捨離とかに急にハマる時期が(笑)。
20代で啓発本を読み漁り、30代でクローゼットの中身を捨てる…共感している女性も多そうです。
あ、やっぱり?(笑)でも、それもまた踊らされているだけだって気づいて、40代が来ますからね。
塚原あゆ子(つかはら・あゆこ)
埼玉県出身。大学卒業後、木下プロダクション(現:ドリマックステレビジョン)に入社。テレビドラマの助監督をしながら演出を学び、2005年にドラマ『夢で逢いましょう』で演出デビュー。以後、企画プロデューサー・監督として数々の話題作を手がける。2014年の『Nのために』で、第83回ザテレビジョンドラマアカデミー賞監督賞、2016年には『重版出来!』、『砂の塔〜知りすぎた隣人』などを担当。2017年の『リバース』では、第93回ザテレビジョンドラマアカデミー賞最優秀作品賞、第8回コンフィデンスアワード・ドラマ賞作品賞、2018年の『アンナチュラル』(すべてTBS系)では、第11回コンフィデンスアワード・ドラマ賞作品賞、第55回ギャラクシー賞テレビ部門、第44回放送文化基金賞テレビドラマ番組最優秀賞などを受賞した。

    監督作品

    映画『コーヒーが冷めないうちに』
    9月21日(金)より全国東宝系にて公開
    http://coffee-movie.jp/index.html

    ©2018「コーヒーが冷めないうちに」製作委員会

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