挑戦を止めるな。米林宏昌監督の新作には誰も見たことがない映像世界が広がっていた。

『メアリと魔女の花』のスタジオポノックが、2018年8月24日からポノック短編劇場『ちいさな英雄−カニとタマゴと透明人間−』を公開する。本作は短編アニメーション3作品を集めたオムニバス形式の劇場作品。そのうち1本が『メアリと魔女の花』の米林宏昌監督が自身初のオリジナルストーリーで挑む、カニの兄弟の大冒険ファンタジー『カニーニとカニーノ』だ。わずか18分の作品ながら、そこには現代のアニメーションだからこそ、そして短編作品だからこそ挑戦できた新たな映像世界が広がっている。

撮影/すずき大すけ 取材・文/照沼健太
▲取材は8月上旬、スタジオポノックにて。米林監督は2014年末までスタジオジブリに所属し、『借りぐらしのアリエッティ』と『思い出のマーニー』の監督を務めた。ジブリでの愛称は麻呂(まろ)。

それでも世界は美しく、我々は生きていかねばならない

『カニーニとカニーノ』は米林宏昌監督にとって初のオリジナル脚本での作品となりました。3作連続して海外のファンタジー小説/児童小説を原作に選ばれてきましたが、今回、オリジナルストーリーに挑戦した理由から教えてください。
結果的にオリジナル作品となりましたが、それが目的ではありませんでした。当初、(プロデューサーの)西村(義明)さんからカエルが主人公の児童作品を参考として渡されていたのですが、なかなかピンと来る絵が描けなくて。でも水の中のお話という部分には、おもしろいものが描けそうな可能性を感じていて、キャラクターをカエルではなくカニにしたり、人の姿に変えたりと、いろんな絵を描いていくうちにオリジナルストーリーができあがったんです。
水の世界がおもしろいと思ったのは、なぜですか?
自分の気分に水の世界が合っていたんです。身の回りをどこか閉塞的な空気が覆っていて、窒息するような息苦しさを感じていました。それでも世界は美しく、我々は生きていかなくてはいけないわけです。それはテーマとしても表現としてもおもしろいんじゃないだろうかと。
『思い出のマーニー』でも散々、水を描いたので、それがどれだけ大変かということはわかっていたんですけどね(笑)。水の中はつねに水流があってゆらゆら動いているので、案の定、描きながら「しまった」と思いました。とにかく枚数が必要で、手間とお金がかかりますから、大変なことになってしまったと(笑)。
(笑)。試写を拝見しましたが、本当に水の中にいるような気分になりました。
音にしても、CGの撮影方法にしても、水の中にいる感じにはこだわって作りました。
そもそもどうしてカニを主人公にしたのでしょうか?
▲川底に暮らすサワガニの兄弟、兄のカニーニ(声/木村文乃)と弟のカニーノ(声/鈴木梨央)が主人公。
カエルの次は、トンボを考えていたんです。トンボって子どもの頃は水の中で暮らしているので。でも調べてみるとトンボは捕食する側の強い存在だったのです。『メアリと魔女の花』のメアリは転んでも立ち上がる強い女の子だったこともあり、次はか弱い主人公にしようと思っていたので、トンボは違うなと。
なるほど。
でも、トンボの羽はCGを使えば美しい絵を描けるだろうなと思っていたので、それはモチーフとして残しています。『借りぐらしのアリエッティ』のとき、部屋に飾ってあるトンボの羽を美術スタッフが美しく描いてくれて、これをもっと出す作品を作りたいなと思っていたんです。その願いが叶いました。
そこからカニを選んだポイントは?
日本の昔話など、カニのお話っていっぱいあるんですけど、その中でも自分の印象に残っているのは、小学校の教科書に載っていた宮沢賢治の『やまなし』という短編です。谷川の底で2匹の兄弟のカニが泡比べをしている美しい情景が描写されている。この世界観なら、美しい世界が描けるんじゃないかと考え、カニを主人公にしました。

今回、ロケハンで奥多摩に足を運び、水の中をカメラで撮影したのですが、「実際の映像よりももっといろんな色や光がある世界を描いてほしい」と美術の人にもお話をしました。美しい世界を描きたかったんです。
“美しい世界”にこだわったんですね。
『メアリ』を作ったばっかりで、僕自身疲れていたんです。そんなときにつらいお話は作りたくないなと。『カニーニとカニーノ』では、美術スタッフがリクエスト以上に美しい絵を描いてくれました。いろんな人が協力して美しいものを描いていくという、その工程自体がとてもよかったですね。
主人公を兄弟にした理由は何ですか?
企画を進めていた頃、下の子が生まれました。子どもがふたりになった影響は大きかったと思います。
少子高齢化などもそうだし、ニュースを見ればさまざまな暗い未来が語られています。そんな中、困難を乗り越えていくためにはひとりよりふたり、ふたりより複数人で手を取り合うことが一番大切になってくると思います。映画では、閉塞感や恐怖、不安を水や魚の形で描き、希望を美しい色や光で描いています。これらは同居しているんです。
世の中にはいろんな不安や恐怖が満ちているかもしれないけれど、それでも世界は美しいし、見るべきものはいっぱいあるはず。これから生きる子どもたちには、周囲に注意しながらも縮こまらずに堂々と生きてほしい。そんな願いと、応援の気持ちを込めて作りました。
▲スタジオの入口には、米林監督作品の関連グッズが飾られていた。
▲作業中の米林監督(提供=スタジオポノック)。
▲作業スペースには作品のコンテや、最新技術で描かれた魚(後述)の絵も。

挑戦するならば、難しい技術に足を踏み入れるべき

短編作品だからこそ挑戦できたことや、こだわったことはありますか?
水辺の話にしようと思ったのは、短編作品だからこそです。アニメーションにおける水の描き方には、先輩たちが何十年もかけて作ってきた技法があり、今まではその手法でやってきました。でも、今なら違う方法で描けるんじゃないだろうかと。
水中カメラで撮影した奥多摩の水の中の映像を見ると、実際にこれまで描いてきたものとは違う複雑な世界が広がっているんですよ。それで、CGを使って描くことにしました。キャラクターはこれまで同様に手描きですが、それ以外はすべて3DCGでやるというのが、短編だからこそできた挑戦ですね。
実際に挑戦してみていかがでしたか?
「短編でカット数も限られてくるから挑戦できる」という思いで始めたんですけど、やっぱり大変でしたね。しかも、今年の2月から8月公開に向けて作り始めるという、極めて短いスケジュールの中……そんな制作期間しかないのに新しいやり方で作品を作るということで、スタッフも大変な思いをしながら作りました。

制作期間が半年程度しかなかったのは衝撃です。CGを使ってみてどうでしたか?
3DCGのアニメーションというのは世の中にたくさんありますが、今回はそれを手描きとミックスしたいと思ったので、ふたつの世界が積極的にぶつかるように描きました。たとえば、3DCGの泡に、手描きのキャラクターがぶつかって押し流されたり。手描きの人物が、3DCGの羽を持って泳いだり。
ふたつの技術それぞれならともかく、それを合わせて描くのは大変なんですけど、今後のアニメーションの可能性を模索する意味も含めて、挑戦するならば難しい技術に足を踏み入れるべきだと考えて実行しました。
挑戦といえば、今回、米林監督作品では初めて男の子が主人公となっていますね。米林監督は女の子を描くのがすごく上手いと、ジブリの鈴木敏夫プロデューサーもおっしゃっていますが。
女の子を描くのが上手いとよく言われるんですけど、自分としてはあんまり男とか女とか考えて作っていないんです。それよりも揺れ動く年齢の人たちを描くことに関心があります。幼児から男の子になろうとしている瞬間だったり、子どもから大人に変わろうとしている時期だったり。他の人から見れば些細なことだけど、本人にとっては大きな一歩だったりするじゃないですか。自分の子どもを毎日見ていても、一瞬で成長するときがあって、そういう瞬間を描けたらなと。
今回、新たなスタッフの登用にも挑戦されているそうですね。
今までやったことない人たちと積極的にやっていきました。美術監督の劉雨軒(リュウ・ウケン)さんは『メアリ』でもやってくれてましたけど、今回初めて美術監督をするということで。苦労もあっただろうけど素晴らしい仕事をしてくれました。CGの岡田拓也さんもスゴかったですね。新しい人との出会いがあったから、新しい表現が生まれたのだと思います。
『マーニー』、『メアリ』から続く3度目のタッグとなる村松崇継さんの音楽も素晴らしかったです。
今回は音楽が要になるだろうと思っていたので、村松さんにお願いすることになりました。スチールパンや口笛などを活用し、水中のゆらゆらした感じを楽器でも表現してくれています。大変短いスケジュールの中、素晴らしい音楽を作ってくださいました。

スタジオジブリで学んだ「子どもたちに何を見せるべきか」

8月24日に公開される本作ですが、完成が約10日前となりました。最後の最後まで手を加えられたのは、どこのシーンだったのでしょうか?
作業として一番粘ったのは3DCGで描いた魚の表現ですね。3DCGの魚に美術が手描きで描いた素材を貼り付けているんですけど、その貼り付ける素材は1カットごとに別のものを美術が描いているんです。
えっ、普通はそんな作り方しないですよね?
普通はひとつの3DCGモデルをマッピングして作ったら、それを複数のカットで使い回すでしょう。でも、絵の場合は、近くにあるものはディテールを見えるように描き、遠くにあるものはディテールダウンさせていくのが普通です。人間の感覚としては後者のほうが自然に見えるんですよ。それを表現したくて1カット1カット、素材を美術の人に描いてもらいました。
それはとても贅沢ですね。
とても贅沢な描き方なんですけど、実際すごく違うんですよね。これは技術的にもあんまりやられてこなかったことだと思うし、実際にうまくいっているので、最初の試写には間に合いませんでしたが、すべての魚のシーンでやりたいと思ってギリギリまで粘りました。

この作品で何をしたかと堂々と言えるとしたら、そこだと思います。スタッフが粘り強く作業してくれたおかげで、すべてのカットを納得いくかたちで完成させることができました。
▲兄弟の前に立ちはだかる、恐ろしい魚……! 手描きと3DCGの融合によって生まれた、新しい映像技術をぜひ劇場でご覧ください。
短編とはいえ、スケジュール面も含めて本当に大変な作品だったんですね。
大変でしたね。作画は人がいなくて、自分でかなりの部分の絵を描いています。
監督自ら絵をたくさん描いていたんですか。
初のオリジナル脚本であり、初の3DCG作品であるという言われ方はしますが、じつは初の作画監督作品でもあるんですよ(笑)。
今回『カニーニとカニーノ』は、短編作品3本のうちの1本というかたちで上映されますが、ほかの2作品、『サムライエッグ』と『透明人間』にも赤ちゃんが出てくるのが印象的でした。
不思議ですよね。最初から『ちいさな英雄』というタイトルがついていたわけではないんですよ。西村プロデューサーからは「LIFE」をテーマに新しい挑戦をしてほしいという提案があり、それぞれの監督が作品を考えていきましたが、バラバラのモチーフを描きながらも似たような部分が出てくる。どの作品も恐怖と立ち向かいながら、それを乗り越えて一歩を踏み出す、懸命に生きる人たちを描いた作品になったと思います。
各監督作品ともそれぞれ作風が異なりますが、シンクロするものがあったのですね。
3人ともスタジオジブリで長い時間を過ごしてきたことも関係しているのかな……子どもに対して何を見せるべきか考えたとき、最後に希望を残してお客さんに持って帰ってもらいたいという思いは共通していると思います。

『透明人間』の山下明彦監督には『アリエッティ』のときからお世話になりっぱなしだったので、微力ではありますが原画で参加しています。『サムライエッグ』の百瀬義行監督にもいつもお世話になっているんですけど、今回は同時並行の制作でしたのでともにギリギリまで頑張りました。ともかく、3本とも短編でしかできない濃密な画面と、挑戦的なテーマになっているので、見ごたえは十分です。ぜひ多くの方に観てほしいと思います。
米林宏昌(よねばやし・ひろまさ)
1973年7月10日、石川県生まれ。1996年、スタジオジブリに入社。『借りぐらしのアリエッティ』(2010年)で歴代最年少監督に就任。『思い出のマーニー』(2014年)が第88回アカデミー賞長編アニメ映画賞にノミネートされる。退社後、2015年に設立されたスタジオポノックで『メアリと魔女の花』(2017年)の監督を務めた。

    監督作品

    ポノック短編劇場『ちいさな英雄―カニとタマゴと透明人間―』
    2018年8月24日(金)全国公開
    http://www.ponoc.jp/eiyu/

    配給:東宝 ©2018 STUDIO PONOC

    非売品プレスシートプレゼント

    今回インタビューをさせていただいた、ポノック短編劇場『ちいさな英雄―カニとタマゴと透明人間―』の非売品プレスシートを抽選で3名様にプレゼント。ご希望の方は、下記の項目をご確認いただいたうえ、奮ってご応募ください。

    応募方法
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    受付期間
    2018年8月24日(金)12:00〜8月30日(木)12:00
    当選者確定フロー
    • 当選者発表日/8月31日(金)
    • 当選者発表方法/応募受付終了後、厳正なる抽選を行い、個人情報の安全な受け渡しのため、運営スタッフから個別にご連絡をさせていただく形で発表とさせていただきます。
    • 当選者発表後の流れ/当選者様にはライブドアニュース運営スタッフから8月31日(金)中に、ダイレクトメッセージでご連絡させていただき9月3日(月)までに当選者様からのお返事が確認できない場合は、当選の権利を無効とさせていただきます。
    キャンペーン規約
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