長崎から世界へ。この世に一本だけの手作りカセットテープがつなぐ、音楽の輪。

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ここ10年でレコードの生産量がおよそ10倍に増えるなど、「アナログな音」への人気は高まっている。

そんな中、ハイクオリティなカセットテープを趣味で編集している一人の男が、ひそかに話題になっているのをご存知だろうか。そのカセットテープは、編集された音源であるとともに、「コミュニケーションツール」として人と人とをつないでいるという。実際にカセットテープの作り手に会って、話を聞いてきた。

 
 
個人の趣味で作ったカセットテープが、オフィシャルに認められた瞬間。
5月に初来日公演を果たした、ロンドンのバンド、「PREP」。日本にもファンは多く、公演前からInstagramを中心に、ネット上で盛り上がりを見せていた。

そんな中、最新EP「Cold Fire」のカセットテープの画像がアップされ、瞬く間に拡散されていった。
これがそのカセットテープだ。
カセットテープのジャケットはCDジャケットを元にリデザインされ、裏のラベルには70年代〜80年代のレコード帯を模したように、収録曲である「Don’t Bring Me Down」の日本語訳「僕をがっかりさせないで」と記されている。
バンドへの愛が込められた、オフィシャルのカセットテープのように見えるが、レーベル側から正規リリースされた記録はない。さらに、よーく見ると、ラベルには「来日記念 スーパー・ブートレグ・カセット・テープ」の文字が。
実は、「Cold Fire」のカセットテープを制作したのは、heavenless2100という名義で、日々Instagram上で、販売目的ではなく、完全に個人の趣味として自作のカセットテープを公開している納富健(のうとみ・けん)さんだ。

「Cold Fire」の日本盤を発売するレーベル関係者がカセットテープの存在を知り、その完成度に驚き、バンドが来日した際、テープを取り寄せメンバーへ手渡したという。

するとPREPのメンバーは、その出来栄えに大喜び。
納富さんの作ったカセットテープを手にする、来日中のPREP。カセットテープを見て、「こんなに最高なことはないよ」「僕らは今まで自分たちの音楽をカセットテープで作ったことがなかったから、ファンタジーが現実になったと思った」と絶賛。
「このカセットテープはデザインのディテールまですばらしい」と口を揃える4人。PREPのメンバーは、来日中にレコードショップを回り、アナログレコードもたくさん買ったという。日本語の帯がユニークで魅力的に見えるそうだ。カセットテープに印字されている“僕をがっかりさせないで”という日本語にも、「これはなんて書いてあるの?」と興味津々。
こうしてミュージシャン本人も公認する、ブートレグ・カセットテープが誕生したのだ。
 
 
カセットテープの生みの親に会いに、長崎へ。
なぜ、これほどまでに完成度の高いカセットテープを、趣味で作っているのか。

今回、実際に納富さんが日々カセットテープを制作する、長崎のアトリエへお邪魔することができた。
アトリエにて。
まずは、PREPのカセットテープの一件から話を聞いた。

「友人でもある武藤祥生さん(MadMANIA©)から、“今度、来日する良いバンドがいて、プロモーションの手伝いをするから聴いてみて”と、『Cold Fire』の音源をいただいたんです。聴いてみると、すごくいい曲だったので、ネットで調べてみるとライブ音源や、「PREPが好きすぎる素人」の演奏がアップされていたんです。一気にジャケットと音源の編集をして、カセットを完成させ、武藤さんがちょうど九州へいらしていたので見せに行きました」
武藤さんを経由して、PREPの日本のレーベル関係者にも、カセットテープの存在が伝わったという経緯だ。

「PREPが来日した際、メンバーの皆さんにも気に入っていただけたようで、サインをしたカセットを送り返してくれました。お目にかかれなかったのは残念でしたが、うれしかったですね。“僕をがっかりさせないで”という日本語のタイトルは、原題「Don’t Bring Me Down」に勝手な邦題をつけました。帯に書いてある歌詞も、PREPの過去の楽曲と同様、翻訳機にかけたみたいに、よく意味の通じないヘンテコな日本語を、辞書をひきながら勝手につけてます」
PREPのカセットテープの他にも、これまでに制作したたくさんの作品を見せてくれた。
納富さんのheavenless2100のInstagramアカウントは、日本国内はもちろん、海外にも熱心なファンがいて、その中にはPREPのメンバーをはじめ、著名な音楽家やアーティストもいる。音源自体はアップされない場合もあるが、みんなheavenless2100が、どんなカセットテープに仕上げるのか、楽しみにしているのだ。
そもそも、カセットテープを作り始めたきっかけはなんだったのだろうか。

「もともと、学生時代からDJもするレコードコレクターだったんですよ」
貴重なレコードの数々がストックされている。
コレクションはレコードだけに限らず。Sun La(サン・ラ)の「Love in Outer Space」に至っては、レコードをプレスするときの型となる、スタンパーまで所有している。
現在主流となる塩化ビニールでできたレコード盤はもちろん、戦前に流通したシェラックが原料となるSP盤も再生できるよう、2本のアームが兼ね備えられたターンテーブルを使用。
「2014年くらいから、既製品のレコードを買うだけでなく、どうしても7インチサイズで欲しい音源のダブプレートを、趣味でロンドンへ発注するようになりました」

ダブプレートとは、用途はさまざまだが、一枚からオーダーできる、プライベートプレスのレコードのこと。カセットテープを自作する前に、納富さんはオリジナルのレコードを作っていたのだ。

「例えば、映画『ラブ・アクチュアリー』のサウンドトラックに収録されている『Christmas Is All Around』。A面にはサントラ盤に入っているバージョン、B面は劇中でビル・ナイ演じるビリー・マックが、歌を間違えるバージョンを収録した仕様にして」
『Christmas Is All Around』のダブプレート。
「それから、HATCHET(ハチェット)の『Greatest Hits Super Dubb Wise』(73年)。手に入れたLPから作ったMix CDは、元のLPジャケットにたまたま良い感じのウォーターダメージがあったので、CDジャケットにもその汚れを移植して(笑)」
ウォーターダメージも忠実に移植!
「ダブプレートは送料込みで一枚4000円程度でオーダーできるんですが、家に届くまでに1カ月近く時間がかかるんですよ。もう、すぐにでも聴きたいし、DJで使いたい。でも待っていられない(笑)それで、カセットテープなら、すぐに作れて、聴けるんじゃないかと考えたんですよね」
 
 
編集してすぐに聴ける、カセットテープの魅力にハマる。
カセットテープへの興味が高まったのはいつ頃のことだろうか。

「90年代は普通にDJのMix Tapeを購入して聴いていましたが、アーティストが販売用に作っている正規盤のカセットテープを集め始めたのは、2013年頃から。2016年6月に初めてwaltz(カセットテープを中心に扱う東京・中目黒のショップ)へ行ったんです。その量の多さに圧倒されました。その時は 60分の生テープ(何も記録されていない状態のテープ)を2本買って、自分のDJミックスを録音してみたんです。それが最初の1本ですね。やってみたら面白くて、業者から生テープを100本まとめて買いました」
「調べてみるとカセットリリースのない作品は多いです。そこで、“今どこかのレコード屋にこのカセットテープが並んでいたら?”と空想しながら、ジャケやラベルを作成。世界に一本しかないようなものを作ろう、ということになっていきました」
これまでに自作したカセットテープのリスト。
取材中には、Massive Attack(マッシヴ・アタック)の1st~2nd中心にファンやDJがイリーガルに製作し、ネット上にアップされているRemix音源を集めてDJ Mixした音源や、ピッチダウンしていい塩梅になったRicardo Villalobos(リカルド・ヴィラロボス)『Fizheuer Zieheuer』(06年)など、聴き応えが十分な世界に一本しかないテープも聴かせてもらった。
Massive Attackの歴史的名盤『Blue Lines』と『Protection』の音源を中心にしたテープ。Mad ProfessorがTeardropをLive Dub Mixしている動画や、DJが今の時代にアップデートしたEditやアンビエントDub化したイリーガル音源をMixした1本。ジャケはファーストアルバム『Blue Lines』になぞり青色に。
カセットテープを制作する上で、基本的なコンセプトはあるのだろうか。

「一人で聴いてもズンとハマれるもの、それからユーモアのあるものを中心に作ろうと考えたんですよね。例えば、PRINCE(プリンス)の『Around The World In a Day』(85年)やSade(シャーデー)の『Lovers Rock』(2000年)に収録されている楽曲の、ネットにアップされている素人が歌う楽曲を集め、アルバム収録順に並べ直して編集したり。少しゲテモノ感があるんだけど、実際に聴いてみると、めっちゃ感動するような演奏もあって。本当にプリンスの曲が好きな気持ちが伝わってくるんですよね。そういう音源を並べ直すと新しい意味というか、価値が生まれるんです」

音源はもちろん、パッケージについてのアイデアも半端なものではない。理想を形にするために、ひたすらこだわり抜き、妥協を許さない。もちろん、一本一本全てハンドメイドだ。
「90年代までリアルタイムでカセット使ってた頃は、手書きでしたが、今は見た瞬間に『なん、これ!?』というインパクトが欲しくて、ネットや本から画像を引っ張ってきて、趣味の範囲でオリジナルのパッケージを作るようになりました。でも、すぐに欲しいんで、もともとパソコンに入っていたPagesというアプリケーションでサッと作りますね」
PREPのカセットテープも、パソコン2台使いでサクッとデザイン。納富さんのカセットテープの独特なセンスに目をつけ、本業デザイナーから直々にデザインの相談がきたこともあったという。
「僕は制作自体には全然時間はかけません。もちろん、未収録音源を探しにいったりはしますが、選曲は頭の中で大体できている。カセットには収録時間が10分、20分、30分、46分、60分の規格がある。CDと違って裏表があるから、A面はこんな感じ、B面はこういう流れとか。考えていると、結構楽しいんです」
 
 
遊び心があり、丁寧に作り込まれたジャケット。
ここで、納富さんがこだわり抜いた手作りカセットテープジャケットの、ほんの一部をご覧いただこう。

今年 5 月に東京・中野にある「Animanga Zingaro」で開催された、鴨川つばめ著のマンガ『マカロニほうれん荘』(秋田書店)の原画展。この作品に並々ならぬ愛情を持つ納富さんは、展覧会を記念し、自分なりのオリジナルのカセットテープを制作した。
「劇中で登場人物のトシが少しだけ口ずさんだ曲などをまとめ、編集しました」。ここでは触れられないほど危険なネタのマッシュアップも収録。ちなみに東京で大盛況だった『マカロニほうれん荘展』は、2018年8月4日〜8月26日に大阪市阿倍野区「あべのand」2階にて巡回展示予定だ。
「これはScientist(サイエンティスト)『Rids The World Of The Evil Curse Of The Vampires』(81年)のLPジャケットをトレースして7インチサイズ化し、そこにカセットと、80年代に売られていたユニヴァーサルモンスターのドラキュラのフィギュアをオークションで入手し、勝手にパーフェクトパックを作りました(笑)これは自信作です」
サイエンティスト本人もユーモアあふれる人物ゆえ、これを見たら「オレの分も作れ」とか言いそう。
「それから、Mr.T(映画『ロッキー3』でのクラバー・ラング役で有名)をキャラクターにしたシリアルが発売されていたみたいで、そのシリアルの箱をジャケに移植して、YouTubeで拾った音源を2曲収録。Mr.Tが子供達にお説教するような内容で抜群なんですね。トレースしたシリアルの箱の文面を見ると、どうやらMr.Tのシールがおまけで付いてたみたいで、どうせならとシールも作って、カセットに同封しています」
おまけのシールまで自作!
最近は、映画のサウンドトラックを再編集したカセットテープを作ることも多いという。

「流通しているサントラには、権利の関係で収録できなかった曲、サントラに収録されていない劇中でしか使われていない曲がかなりあります。そういう楽曲だけを集めたら、本当に世界に一本だけの、僕だけのサントラが作れると思って」
紙人形ももちろん手作り。ひとつひとつ切り抜きしている。
「長崎では、劇場数も少なく、単館上映作品など上映されないので、映画『スイス・アーミー・マン』(16年)や『希望のかなた』(17年)など、映画自体なかなか観ることができませんでした。なのでネット上で使用曲を探し、原作があればチェックして、ストーリーを空想しながら一度カセットを作ります。その後、サントラが発売されたり、映画がDVD化されたりしたら、答え合わせのように観て、使われている音楽をチェックする。6月に公開された『万引き家族』は、前情報やデータをチェックして、公開当日にはカセットができていました」

映画にはストーリーがある分、パッケージデザインや、仕掛けもより凝っている。

「例えば、『フェイス/オフ』(97年)は、ストーリーに合わせ、ニコラス・ケイジからジョン・トラボルタへ、顔が変わるようにシールを作りました」
「ニコラス・ケイジは大好きだけど、劇中で演じるキャスター・トロイは極悪」。思わずキラいになりそうな工夫がカセットテープにも凝らされている。
「それから『IT/イット“それ”が見えたら、終わり』(17年)は、ジャケットの用紙を折っていくとキラークラウンの顔が現れる仕掛けにしました(笑)あいつ(IT)は突然現れるので、こういう仕掛けにしたいと考えていて」
マジで怖い、キラークラウン!雨の日は排水溝をのぞかないようにしよう。
 
 
カセットテープは、コミュニケーションツールだ。
そこまでこだわり抜いて作る必要があるのか?という質問に、「カセットを見てくれた人や、実際に手に取ってくれた人に『こいつ、バカやねー!』と言ってほしくて」と納富さんは笑う。
カセットテープの写真とコメントをまとめた自作のZINE。販売はしていないが、こちらも完成度が高い。
「うれしいことに、世界中の人たちからリプライをいただきます。ベニ・ヴィスコフという画家が、映画『ランボー』シリーズを2週間の間に何百時間と再生し、その間に描いた水彩画をまとめて画集にしたんですよ。それを見て、えらく感動しました。自分は何ができるかと考えて、『ランボー』という名前が入っている曲をひたすら集めて。A面にはレゲエやダブ、B面はディスコやヒップホップ…という感じで。最後は、日本語吹き替え版ランボーのラストシーンのセリフを入れて編集しました。それをInstagramにアップしたところ、ヴィスコフさんご本人から“なんやこれ!?”と、喜びの連絡をいただきました(笑)」
画家本人にも認められた、最高なコラボレーション。カセットテープにはレゲエDJのYellowman(イエローマン)『RAMBO』などを収録。M-16が火を吹いている。
「この人形(下の画像)も、海外にインディゴ染めの洋服を作っている女性がいて、以前CDをプレゼントしたんですよね。彼女がデヴィッド・ボウイのぬいぐるみを作っているのを見て、ほしいから売ってくださいとメールしたんです。そうしたら、カセットテープとトレードしようと言ってくれて。うれしかったですね」
カセットテープと交換した人形。
「僕は普段は仕事をしていて、あまり外へ遊びに出ることはありません。それが、カセットテープを作り始めてから数年で、世界中の人たちとコミュニケーションが取れるとは。想像もしていませんでしたよ」

今でも、納富さんのカセットテープ制作はあくまで個人の趣味だ。

ただその一方で、「PREP」のケースのようにオフィシャルの目にとまって話題になったり、カセットテープをきっかけに納富さんがSILENT POETS(サイレント・ポエツ)のパーティーにDJとして招かれたりするなど、交流の場を増やしている。

「ネット上のストリーミングサービスだと、何曲でも好きな音楽を集めて、延々とプレイリストを作れるでしょ。でもそうじゃなくて、カセットテープは長さが決まっているのも良いところです。手のひらに収まる、気軽なサイズ感も気に入っています」

話は少し大げさだが、ローリング・ストーンズがチャック・ベリーを、セックス・ピストルズがエディ・コクランやストゥージーズを必死にカバーし、次第にオリジナリティを身につけ、世界中のキッズを魅了した。その最初の理由は、やはりその音楽が大好きだったからではないだろうか。

決められたカセットテープ長さの中に、音楽への深い愛情と、少しのユーモアを込める。そんなふうに制作した納富さんのカセットテープも、いまでは誰かの心を動かす作品になっている。
写真/阿部ケンヤ
文/渡辺克己
通訳(PREP)/石川快(BISHOP MUSIC)
デザイン/上條慶