「舞台には、羽ばたいて輝くような瞬間がある」20歳の次世代俳優、村上虹郎が“飛ぶ”。

村上虹郎は早口だ。はやる気持ちを抑えきれない子どものようでもあるし、周りとは進み方が異なる時間の中を生き、常人には見えない景色をその大きな瞳でとらえているかのようにも思える。2月2日から上演される舞台『密やかな結晶』で彼が演じるのは、なんと“おじいさん”。と言っても白髪にするでもなく、いかにも老人の口調で語るでもなく、現在の容姿のままで演じることになるというのだが…。そんな奇異な世界観、時間を飛び越えたような役柄に、この20歳の若者はどう挑むのか――?

撮影/祭貴義道 取材・文/黒豆直樹 制作/iD inc
スタイリング/松田稜平 ヘアメイク/TAKAI
衣装協力/ジャケット ¥128,000、パンツ ¥62,000、カーディガン 参考商品(7x7 LAILA TOKIO tel.03-6427-6325)、その他(スタイリスト私物)

“生きるリズム”のスピードは、石原さとみと同じく早い

本作は『博士の愛した数式』(新潮社)で知られる小川洋子さんの同名小説が原作です。さまざまなもの、そして記憶が次々と消滅していく島を舞台にした、何とも形容しがたい不思議な物語です。
現時点(※取材が行われたのは12月上旬)では台本を受け取っていないので、この原作がどう舞台になるのかまだ想像がつかないですね。
演出・脚本は、在日コリアンの一家の姿を描いた舞台『焼肉ドラゴン』などで知られる鄭 義信チョン・ウィシンさんですが、鄭さんの作品に出演されるのは初めてですね。
はい。鄭さんの作品は『パーマ屋スミレ』、『すべての四月のために』の2作を見せていただいています。今回の物語は過去に拝見した作品とはまた熱量の種類が異なるというか。熱の色、湿度が特殊だなと感じています。
たしかに鄭さんの作品は、どれもエネルギーがすさまじいですが、今回はものすごい熱量を抱えつつも、どこか静けさをも感じさせます。
そうなんです。そこにどれくらいユーモアを含めるのか? という部分も気になりますし、何より僕自身、どんなふうに鄭さんに料理していただけるのか? すごく楽しみです。
島で小説家として暮らす主人公・わたし(石原さとみ)、村上さん演じる、わたしを見守るおじいさん、そして記憶を保持することができるがゆえに、記憶狩りをする秘密警察から逃げる編集者のR氏(鈴木浩介)。大切な人を守るため、3人それぞれの闘いが描かれますが、現時点で村上さんが今回の舞台の見どころ、魅力と感じている部分は?
僕がおじいさんを演じることでしょうか(笑)。原作小説では、普通に白髪のおじいさんなんです。それをなぜか僕が、20歳の姿のままで演じる。おじいさんが迎える結末も、原作とは違う形になるのかどうかも楽しみです。
原作からの設定変更の理由、そしてその役をなぜ村上さんが演じるのか? といったことに関して、鄭さんとお話されましたか?
いいえ、していないです。そこは出会いだと思っているので、鄭さんがそうあるべきと思うなら、僕はそれで大丈夫です。
すでにお会いにはなっていますか?
鄭さんの作品を見させていただいたあとに、一度、ご挨拶にうかがいました。稽古場では熱量がものすごく高く、演出も粘り強く果てしないという話を聞いていたのですが(笑)、お会いすると、すごくやわらかい方という印象でした。
そういう方こそ、稽古場に一歩足を踏み入れると急変するのかもしれません(笑)。
はい、本当にどうなるのか怖いですね(笑)。
いまの段階でおじいさんという役に関して、どのようにアプローチしていこうかなど、イメージはありますか?
まず、おじいさんがここまでどんな人生を歩んできたのか? おじいさんは、“わたし”のいなくなった家族についても知っている存在なので、そういう部分から作っていくことになるのかな? と何となく考えていますね。
わたしを演じる主演の石原さとみさんとはお会いになりましたか?
ポスター撮影のときにお会いしました。僕、自分のことをすごく“早い”人間だと思っているんです。普段からすごく早口だし、生きているリズムが早いというか…。でも、石原さんもすごく“早い”人だと感じました。
似た匂いを感じた?
しかも、その早さを自分でコントロールすることができる方だと思うんです。ひとつひとつのことがすごく的確に見えました。あれだけたくさんのお仕事をされている方なのに。さすが国民的なカリスマを持った女優さんだと思います。常にキラキラしていてスゴいです。間近で1、2カ月もご一緒させていただけるのが、すごく楽しみです。
しかも、わたしとおじいさんという、普通のドラマや映画ではなかなかない関係性ですね。
恋人同士というわけでもなく(笑)。向き合ってみてどうなるのか、ワクワクしますね。

これまで出会ってきた役たちとの間柄は“対話相手”

この作品が持つメッセージ性に関しては、どのような印象をお持ちですか?
記憶ごと消滅していくって、極限の比喩だなと思います。でも見方を変えると、物質がなくなることを悲しいと感じるのは執着でもある。記憶を狩り、取り締まる人間がいて、それにあらがう人間もいる。決して答えそのものを提示するのではなく、観てくださるみなさんが考える作品になるのかなと。
忘れてしまえば、失う悲しみさえも消えてしまうということですからね。そもそも「忘れる」ということが、人間にとって必ずしもネガティブなこととは限らない?
いまはとくに情報社会だからこそ、新たな情報を取り入れ、新たなことと出会い、新しい知識に目覚めることが進歩に見えるかもしれませんが、じつはそれは衰退なのかもしれません。学ぶことをやめてはいけないけれど、新しい情報をインプットすることが学びだとは限らないですよね。
なるほど。
僕は、まだまだ吸収しないといけないことが多いですが、ある程度のところに達したら、人間は情報を整理、削除する必要があるんだと思います。断捨離ですね。面白いのは、人間の記憶自体、それぞれが勝手に覚えたり忘れたりしているということ。同窓生のあいだでも、それぞれ覚えてる学生時代の記憶が違ったりするじゃないですか? 自然と必要なことを記憶したり、削除したりしているんですよね。
わたしとR氏のあいだで「心の中のものを、何ひとつなくさないでいるって、どういう気分なんですか?」と尋ねるやり取りがありますね。俳優さんにとって、過去の作品で演じた役柄、その人物として生きた人生が積み重なっていくというのは、どういう感覚なんでしょうか?
演じているときは、その人物に対して愛情を持っています。愛してないとその人を理解できないし、役になることができないと思います。ただ、好き嫌いは絶対にあって、むしろ嫌いだからこそよく覚えている役もあります(笑)。
先ほどの記憶に関するお話と通じますね。
好きでも嫌いでもない存在もいます。どっちでもいいと言うのも変ですけど、「たまたまこの役と出会ったけど、彼の考えていることに僕は興味ありません」という場合もあります。結局のところ、僕にとって、役柄って対話相手なのかな?
対話相手?
みなさんも人や本、映画などたくさんの出会いがありますよね。僕はその出会いを通じて自分自身のことや価値観が見えてくるんです。その相手が僕の場合、たまたま役柄なんだと思います。その役がいるから、自分のことがわかったりする。普段、僕が映画を見る理由もそこにあります。映画の物語や人物を通して、思想と対話したいんです。ときどき、人と直接会うのが面倒くさくなったりして(笑)、そのときは映画館に逃げ込んでます。
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