松坂桃李が見据える30代。「刺激を楽しみ、今後の基盤を作っていきたい」

「なんか、そのほうが面白くなりそうだなって」――。映画『ユリゴコロ』において、松坂桃李はあえて原作小説を読まず、先に撮影が終わっていた【過去編】の映像も見ずに撮影に臨んだ。理由を尋ねた際に口から出たのが、冒頭の言葉だ。生真面目な彼のことだ。あくまでも“この映画にとって”という意味でそう言ったのだろうが、どこかで彼自身、その選択、過程を楽しんでいるようにも思える。この言葉にいま、松坂がこれだけ求められる理由が隠されているような気がするのだ。

撮影/祭貴義道 取材・文/黒豆直樹 制作/iD inc

現場で物語のカギとなるノートを読み、亮介の心情を表現

本作は、作家・沼田まほかるさんによる人気ミステリー小説の実写化です。松坂さんが演じた亮介が、実家で「ユリゴコロ」と題されたノートを見つけますが、そこには殺人者の独白が記されており、それは亮介自身の運命をも大きく動かすことになります。松坂さんにとっては、10月28日公開の映画『彼女がその名を知らない鳥たち』と2作連続で沼田作品への出演となりました。
脚本を読んで思ったのが、どうしようもない感じ…。ものすごい、ありえないような内容なのに、自分とかけ離れたものとして思えない。まほかるさんの作品は、そういうところが魅力なんだと思います。それはこの映画の前に、『彼女がその名を――』を撮っていても思いました。
具体的には、どういう部分に?
普通じゃない人ばかりが出てくるんですよね。何かが欠落しているというか…。でも、そんな人たちが合致したときに生まれる愛――その愛のいびつさ、そして濃さが魅力だなと。「こういうこと、あるかもしれない」と思ってしまう自分がいました。2作品に出演して、魅了されました。
最初の段階で原作もお読みになったんですか?
いえ、今回は読まないことにしました。
原作ものに対して、事前に読むか読まないかは、作品ごとに決めてらっしゃるんですよね。今回はなぜ、読まないことに?
そのほうが、面白くなりそうだなって。結末や設定が、小説と映画では異なるというのもありますが、ノートの存在がカギになっているので、現場でノートを手にし、読んでみて想像を膨らませてみようと。そのほうが亮介として、より心がグラグラするんじゃないかと思ったんです。
物語は亮介の暮らす【現代編】と、ノートの中の殺人者の告白を描く【過去編】にわかれています。亮介は、ノートの謎を追う“探偵”の役割を担いつつ、彼自身もそこに深く関わっていきます。それとは別に、婚約者が突如失踪するという事件も起きて、かなり忙しい役ですね。
物語を通じて、いろんな感情の波が押し寄せてきます。婚約者と幸せに過ごしていたはずが突然、彼女が失踪するし、ノートによって、彼自身の家族に関わる真実を知ることにもなり…。思いもよらない自分の中の新たな一面が浮き彫りになってくるし、その過程で大きな愛の存在にも気づかされます。
とはいえ、彼自身は幸せに生きたいと願う普通の青年です。そうした人間の揺れ動く内面をお芝居で表現するというのは、かなり難しかったのでは?
感情の波の部分は、自分の中でもっとも大切なところでした。憎しみから戸惑い、優しさ、そして愛といろんな感情があり、そのどれかひとつに寄りかかりすぎず、シーソーのように揺れ動くさまを表現しないといけない。これまでに演じてきた役の中でも、もっともその感情の起伏が激しい役であり、静かな波から大きな波までどう表すのかは挑戦でした。

いままで味わったことのない感情が生み出される瞬間

あくまでイメージですが、松坂さん自身は普段からそこまで感情の起伏は激しくなさそうな…。
そうなんです(笑)。あんまり起伏はないですね。ちょっとイライラしても、一日経てば忘れちゃうし、基本、何かあっても感情を爆発させるよりは、耐え忍んでしまうほうなので…。
普段、まったく自分の中にないような感情を役で表現しないといけない場合も多々あると思います。自分にも殺したいと思うほどの衝動があるのでは? と亮介が自問するシーンもありますが、松坂さんは演じるうえで、どうやってそうした感情を出すのですか? 自分の内側から掘り起こしたり、それとも新たに生み出したりする感覚なのでしょうか?
それはたぶん、ひとりで作り出せるものではないんですよね。その役の人間にとっても、理由やきっかけがあって、わき上がったり、流れの中でそういう感情が生まれるものだと思うので。やはり、そういう意味で、現場の力を借りることってすごく大事なんです。
その場の空気や衣装、共演者とのやりとりの中で出てくる?
とくに新しい部分、プライベートでも出さないような部分を出すのは、普段の私生活でかけているブレーキを外すような感覚なんです。そうすると、その現場で起きている現象、相手とのやりとりの中で、体や感情が反応するようになり、自分も知らない感情が顔を出してくるんです。
ただ、今回の亮介という役に関しては、きっかけとなるものがノートだったり、他人から伝え聞いた事実だったりして、目の前で何かが起こるわけではありません。その点は難しくなかったですか?
いや、そこで耳にする事実、ノートを通して知る現実の内容が衝撃的すぎて…(笑)。たしかに、亮介の行動に、見た目の激しさはなかったかもしれないけど、そこで知らされる内容や濃さは十分すぎるほどで、心がしっかりと動かされました。
【過去編】は【現代編】に先立って、昨年の段階で撮影は終わっていたそうですが、その映像は参考として見なかったんですか?
見てないですね。そのほうがなんか、面白くなりそうだなって気がして。あくまで亮介が見るのはノートだけなので、映像ではなく、ノートの文面だけを見て反応したほうがいいんじゃないかと。

松坂の“ユリゴコロ”…仕事へのワクワクする気持ち

タイトルにもなっている“ユリゴコロ”は、【過去編】の登場人物・美紗子(吉高由里子)の、自らの心の中の核、拠りどころとなっている衝動のようなもののことですね。松坂さんも、心の中で自身の行動や価値観の核となるような、ユリゴコロと言えるものをお持ちですか?
そうですね…、うまく言えないですが、何かの瞬間にスイッチが入って、ワクワクするような気持ちになって、アドレナリンがわき上がってくる感覚になるときはありますよ。そうなると、もう「いくらでもいけますよ!」って気持ちになるというか(笑)。
「いくらでもいけます」?(笑) それは、仕事においてですか?
仕事ですね。ある作品に出られるという喜びで、たとえどんなに眠れないスケジュールでも、どんなに過酷な現場でもふつふつとアドレナリンがわいてきて、大概のことは大丈夫になっちゃう(笑)。
アドレナリンというのは、出そうと思って出すというより、勝手に“出てくる”、ある意味でボーナスステージのようなものですよね? それを前提に仕事に臨むというのは、かなり過酷な状況なのではないかと…。
本当にその通りで、年々、体力は低下しているし、回復が遅いなって感じることも、最近は多いです(苦笑)。
もちろん、それを「楽しい」と思えるからアドレナリンが分泌されるのでしょうが…。具体的に、どういう瞬間にワクワクを感じてアドレナリンがわいてくるんですか?
いろいろありますよ。「この監督と脚本家の組み合わせでどんな作品になるんだろう?」とか、「この俳優さんとご一緒させていただけるのか!」とか。脚本の中の、たったひとつのセリフをつかまえて「あぁ、このセリフを言ってみたい!」って思ったりもします。ものすごい長セリフを「これ、どう言ったらいいんだろう?」と考えながらふつふつと(笑)。
今回の映画『ユリゴコロ』に関しては?
魅力的な登場人物ですかね。いろんな登場人物が出てきて、いろんな形の愛が見えてくる。それは、先ほども言ったように、まほかるさんならではの世界観の魅力だと思います。
なるほど。
決して嫌いになりきれないんですよね。こんなにまともじゃない人たちばかりなのに。つい引き込まれちゃうんです。「うわっ」と思いつつ「いや、こんな人、いるかもしれないな」って。『彼女がその名を――』もそうで、クズばっかり出てくるんだけど(笑)、憎めない。
人間の醜い部分に惹かれる?
そうですね。人間、誰しも綺麗な生き方ばかりしているわけじゃないし、汚い部分、見られたくない部分を持ってる。その人の柔らかい部分が形になって、物語に出てくるんです。その中に自分がいられることにワクワクしています。
そうした人間に対する尽きない好奇心は、俳優という仕事をしているからこそ、強く感じるのでしょうか?
俳優の仕事をするようになって、強くなったかもしれませんね。この仕事をするうえで、表面的な部分ももちろん大事だな、と。“武装”するじゃないけど、大事なことを守って、うわべだけを見せていたり。なんか、そういうところもひっくるめて、人間って魅力的だなって。「その奥に、柔らかい部分があるんだろうな…」と想像すると面白くて(笑)。
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