“歴史好き”東出昌大が心を焦がした、映画『関ヶ原』の舞台裏

俳優・東出昌大。NHKの“朝ドラ”や大河ドラマを経験し、映画やドラマでは主演を張り…青春映画から漫画原作もの、時代劇まで幅広いジャンルで活躍、さまざまな役を演じている。最近はトリッキーな役にも挑戦しているが、どんな役を演じても、本人の好青年というイメージは崩れることがない。それも彼の魅力だ。新作映画『関ヶ原』では、天下分け目の決戦のなかで揺れ動く若き武将・小早川秀秋を演じ、さらなる飛躍を見せた。

撮影/祭貴義道 取材・文/新谷里映 制作/iD inc.
スタイリング/檜垣健太郎(little friends) ヘアメイク/石川奈緒記

こだわり抜かれた衣装から作り上げた小早川像

司馬遼太郎氏の原作をベースに原田眞人監督の解釈が加わった、映画『関ヶ原』。東出さんはもともと歴史好きということですが、小早川秀秋をどういう武将、キャラクターと捉えて演じたのでしょうか?
僕が歴史小説を好きになったきっかけは「いまを生きる僕らと一緒だ」と感じたことでした。どういうことかと言うと──たとえ何百年前の人であっても、僕らと同じような悩みを抱いていたり、問題を話し合いで解決したり、意地を張り合って一歩も譲らなかったり…歴史のなかにあるそういうドラマに惹かれるようになりました。今回演じた小早川秀秋も、まさしく現代の若者と似ている青年だと思います。
徳川家康(役所広司)の甘言に惑わされ石田三成(岡田准一)を憎み、関ヶ原の戦いでは西軍として参加するものの三成の義に揺らぎ、葛藤する小早川の姿が新鮮で印象的でした。
19歳の若さということもあり、彼は自分の不遇を理由に“自分ばかりが…”となっていましたが、三成の義に触れ、人間の成長を見せるんです。なので、共感とは少し違うのかもしれないですが、特別な感情や難しい感情を描いているわけではない。歴史の映画というと難しいと思われがちですが、気楽に観てもらえたら嬉しいですね。
関ヶ原の戦いでは一番若い武将でした。
一番若い武将であり、演じる僕自身は俳優としてのキャリアが少ない。それが小早川のたどたどしさや自信のなさに活かせたのではないかと。ただ、僕自身は“若さ”を特別意識して演じたわけではなく、衣装さんやヘアメイクさんの力を借りて、みんなに作ってもらったキャラクターだと思っています。
細部までこだわりのある衣装でしたね。
素晴らしかったですね。原田監督がものすごくリサーチをしたうえで、衣装デザインができていったんです。
具体的に、どのようなリサーチをされたのかお聞きになりましたか?
原作の小早川は沢瀉(おもだか)の鎧で、平家の公達(きんだち)のようないでたち、見た目だけ武張っているような感じです。遊就館(※靖国神社にゆかりのある資料を集めた宝物館)に小早川が実際に身につけた甲冑があって、原田監督はそれを見に行って参考にしたり、小早川秀秋は「丸に違い鎌」が家紋ですが、その家紋の陣羽織についての資料を取り寄せたりされていました。
なるほど。
そうやって作っていただいた衣装に袖を通したとき…ああ、新しい小早川だなと思いました。

小早川を「どういう人物だったのか発掘したい」と思った

ご自身としては、事前にどんな準備をされたのでしょうか?
準備をする前に監督から台本についてのお話があり、そのときの話と台本をもとに自分でも資料を読んだりしました。僕は歴史好きなので今回は公私混同になってしまいますが、ここぞとばかりに小早川秀秋についての関連書籍を読みました。
どんな本を読まれたのでしょうか?
じつは、小早川を主人公にした本はとても少なくて。新たに4冊ほど見つけて読みました。『我が名は秀秋』(講談社)という書籍は、わりとドラマチックな描写で、小早川はちゃんとした武将だったことが書かれていました。『小早川金吾秀秋』(叢文社)にも細かく書かれていて、面白かったです。
そのなかで新たな発見はありましたか?
ただ、4冊あったら4通りの解釈があって。同じ解釈ではないことによって「ああ、僕は小早川秀秋を自由に演じていいんだ」とか「未知な部分があるからこそ、僕自身が、彼がどういう人物だったのか発掘したい」という思いに駆られました。
そういう意味でも、とてもやりがいのある役ですね。
はい。葛藤する役でしたから、演じているときは辛かったですけど(苦笑)。
そもそも、東出さんが歴史小説にハマるきっかけは、どの作品だったのでしょうか?
司馬遼太郎作品に触れたのは『峠』(新潮社)が最初でしたが、戦国時代の歴史小説を読む入り口となったのは、ゲームの『太閤立志伝』シリーズです。このインタビューを読んでいる読者のなかにも、数パーセントの人は「俺も!」って言ってくれる人がいると思います。
戦国時代をテーマにしたゲームソフト(発売:コーエーテクモゲームス)ですね。
そのゲームで武将をいっぱい覚えました。すごく面白いゲームで、たぶん2000時間ぐらいやっています(笑)。
『太閤立志伝』シリーズとの出会いは?
兄がやっているのを見て、つられて…ですね。
それにしても2000時間はスゴいですね。東出さんは、一度ハマるとのめり込むタイプですか?
はい(笑)。そのゲームにハマっていたのは10代後半で、その後、19〜20歳の頃に司馬遼太郎作品を読み始めたと思います。

怒号が飛び交う…原田組の撮影に参加して感じたこと

今回の『関ヶ原』にも、カッコいい武将がたくさん登場しますが、生き方に惹かれるキャラクターはいますか?
大谷刑部(大場泰正)ですね。刑部は、秀吉に“家臣のなかで一番の軍才”という評をもらっていますが、彼は三成の良き理解者であり盟友、三成の義に荷担して友として戦った。実際はどうだったのかはわからないですが、パブリックイメージとして知る限りの大谷刑部、大好きなキャラクターです。
原田監督の描く大谷刑部についての印象はどうですか?
カッコよかったですね。ハンセン病を患っていたので、身体が不自由だったり、目も見えなくなっていったり……いろいろな本に出てくる大谷刑部が集約されていました。
三成と刑部の友情の深さを描いた、割り粥の会話のシーンもいいですよね。
あのシーン、いいですよね。あの粥のエピソードには諸説ありますが、(茶会の席で)ハンセン病による膿がうっかり入ってしまった茶碗で三成が茶を飲み干し、それによって刑部は三成に惚れた、という話は有名で。それもおそらく、のちの講談で作られたものだとは思いますが、数々のエピソードのなかであの割り粥の話をもってきたのかと。原田監督、スゴいなぁと思いました。
原田組は今回が初参加でしたが、緊張はありましたか?
僕も含めてですが、誰もが緊張していたと思います。日々、緊張感があり、怒号が飛んでいましたけど(笑)、本当に素晴らしい現場でした。時間のないなかで『関ヶ原』のようなスケールの大きい映画を撮るとなると、緊張感がないとできないと思うんです。あれだけのスケールの現場を動かすことは神業。本当にスゴい監督です。
そのなかでも東出さんが一番緊張したのはどのシーンですか?
…そうですね、家康と接するシーン、「わたくしもこのような芸者(※武芸ひと筋に生きる者)を召し抱えとうございます」というセリフのあるシーンです。原田監督や現場への緊張というよりも、歴戦の勇者である徳川家康に声をかけられた小早川としての緊張がありました。
小早川の緊張感、伝わってきました。そのシーンを含め、完成した映画を観た感想も聞かせてください。
とにかく合戦のスケールが大きいですよね。日本映画でなかなか目にすることができない、血と硝煙の匂いが漂うような、目にも鮮やかな合戦シーンです。現代だからできること、原田監督だからできたシーンだと思います。
歴史好きの観点から観ていかがでしたか?
槍で突くのではなく叩き合っていたり、母衣衆(※ほろしゅう。合戦において伝達係を務めるものたち)が颯爽と走っていたり、そういうリアルな映像に歓喜しました。
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