ソニーミュージックで教えてもらった、アナログレコード生産復活の裏側と秘密。

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この10年足らずでレコードの生産量はおよそ10倍に増え、「アナログな音」の人気は高まっている。

そんな流れの中、ソニーミュージックグループがアナログレコードの生産を復活させたのをご存知だろうか。

2018年のアナログレコード生産現場には、どんな風景が広がっているのだろう?「RAPTURE MAGAZINE」編集長の垣畑真由さんと一緒に、その現場を見学した。

毎日のようにショップに通うDJや「レコード・ディガー」はもちろん、アナログレコードの大きなジャケットに興奮するアイドル・ファン、そして初めてプレイヤーを手にしたビギナーまで、なんだかみんながレコードに夢中の様子。

そんな最中、大手レコード会社であるソニーミュージックグループが29年ぶりにレコードの生産工場を復活させたという。

さて、どのようにレコードは作られているのか。昔と今で変化したことはあるのか?

自身もDJとして活動し、音・食・性を軸にした「RAPTURE MAGAZINE」の編集長でもある垣畑真由さんが、見学のために「Sony Music Studios Tokyo」を訪ねた。
垣畑真由(かきはた・まゆ)
1995 年生まれ。高校生の頃から約5年間「ディスクユニオン」で働き、そこで培った音楽愛から、2018 年 6 月に、“Living for music”をテーマに音、食、性をフューチャーし、 RAPTURE (歓喜)を表現したミュージックマガジン「RAPTURE MAGAZINE」を立ち上げた。最近はDJ・ミュージック・セレクターとしても活動中。
話を聞かせてくれたのは、ソニー・ミュージックスタジオの宮田信吾さんだ。
宮田信吾(みやた・しんご)
(株)ソニー・ミュージックコミュニケーションズ スタジオオフィス部長。スタジオ担当者としてアナログレコード生産の復活事業に関わる。かつて大滝詠一のレコードを聴いてエンジニアを志し、実際に大滝詠一のアルバム「EACH TIME」に自身のクレジットが載っている。
宮田信吾(以下、宮田) 垣畑さんはアナログレコードを使ってDJをされているんですね。20代の方にとってのレコードの魅力って、どんなところでしょうか?
垣畑真由(以下、垣畑) みんなそれぞれの解釈があると思います。でも私はモノとしての価値が大きいと思います。無料で音楽が聴けたり音源がすぐに手に入ってしまう便利な時代ですが、自分の手で探して手に取った音楽の質のほうが格段に高いと思うんですよね。
宮田 それは頼もしい!レコードの大きさを嫌う人もいますからね。

垣畑 普段は12インチサイズのアルバムやシングル、それから7インチのいわゆるドーナツ盤を聴いていますが、毎日聴いているレコードがどうやって作られるのか、興味があるんです。今日はその工程を教えてください。
宮田 このスタジオでは、「カッティングマシン」という機械を使って、レコードを量産するための大本の型になる「ラッカー盤」を作ります。

この中央にある機械がカッティングマシン。ミュージシャンがレコーディングしたマスター音源から、レコードの元になるラッカー盤を作る。
台に乗っている黒い盤が、カッティング途中のラッカー盤。
ラッカー盤を持つ宮田さん。
 
 
カッティングマシンを探す旅。組み立てる苦悩の3カ月。
垣畑 このカッティングマシンは、現在も製造されているものなんですか?
宮田 いえ、現行品ではありません。マイク製造で有名なドイツの「Neumann(ノイマン)」という会社が、VMSというカッティングマシンのシリーズを製造していました。このスタジオで稼働しているのは、1970年代に製造されていたVMS 70というマシンになります。

宮田 2年前、ソニーミュージックグループでアナログレコードの生産を復活させる計画が持ち上がった時、このマシンがアメリカで売りに出されているという情報を入手して、私が下見に行ったんです。いざ買い付けて、現地のエンジニアさんに解体してもらい、日本へ送ったまではいいんですが、エンジニアさんがスケジュールの都合で来日できなくなってしまって。わが社のテクニカル部門が一丸となって、自力で3カ月かけて組み立てました。
垣畑 3カ月もかかったんですか!

宮田 「この余ってる部品はなんだろう?」とか、試行錯誤しながら(笑)組み立て終わって、初めて溝を切ることができた時は、拍手喝采でしたね。でも他社のスタジオの話を聞くと、テクニカルエンジニアが来日して、組み立ては1日、1週間後にはラッカー盤を切っていたとか…。私たちは苦労したおかげで完全に機械の仕組みを把握することができましたけどね。
 
 
たくさん作るレコードも、元となる「型」は1枚。
垣畑 カッティングって、どういう仕組みなんですか?
宮田 カッティングマシンに、マスター音源を送る。そうすると電気信号で、針が震える。この針は熱を持っているので、その振動がラッカー盤に刻まれます。仕組みだけ見ると、単純ですね。
垣畑 なるほど。針はこの部分ですね。
針は、ちょっとした温度の変化にも敏感。スタジオは、常に冷房が効いて一定の室温に保たれている。
垣畑 そうしてできた1枚のラッカー盤から、レコードを量産するんですね。
宮田 はい。量産作業は、ここではなく静岡の工場(記事後半で紹介)で行います。完成したラッカー盤は1枚ですが、型が1枚だけだと量産する時に足りないので、ラッカー盤をメタルマスターにコピーして、そのメタルマスターをスタンパーにコピーして…というように、コピーして数を増やしていきます。

垣畑 ひとつの型からコピーを作っていくわけですね。
宮田 まぁ、そんなところかな。スタンパーに熱と圧をかけ、ケーキ(レコードの元となる素材)をギュッとつぶすとレコードになるんです。スタンパーは劣化しやすいので、量産するには数が必要なんですね。

垣畑 そもそもラッカー盤って、レコード盤の材質とは違うんですか?見た目は似ていますが。
宮田 ラッカー盤は、金属にラッカーをコーティングしてあるものです。だから、少し重いし、たたくと金属の「コンコン」という音がする。真っ平らにラッカーをコーティングするのが難しいんですが、長野に有名な工場があるのでそこで買い付けています。そこも工程は手作業だそうで、技術の高い工場とはいえ、実は1枚1枚の厚さがミクロン単位で違っている。僕らはラッカー盤を切る時、音源に関係のない箇所を試しに切ってみて、厚みをチェックするんです。
垣畑 微妙な調整をしてるんですね。
宮田 そうやって、盤の外側から内側に向けて、音の溝を切っていきます。その時に、ラッカーの削りかすのようなものが出るんです。見ますか?
垣畑 ぜひ。

垣畑 ものすごく細くて長い、糸状になっていますね。
宮田 触ってみてください。
垣畑 ホワホワして柔らかい!

宮田 ラッカーの原料は、手品の時に使う、一瞬だけ“ボッ”と燃える綿、あれに限りなく近いんですよ。試してみたんですが、本当によく燃えるのでスタジオ内は火気厳禁です(笑)
 
 
アナログレコードの品質は、地道な作業によって支えられている。
垣畑 気になっていたんですが、あのモニターのウネウネした線はなんですか?

宮田 あれは、レコードに刻まれている溝を拡大したものです。ラッカー盤は、何度も聴くと劣化してしまうので、工場に納品する最終マスターは試聴せずに、顕微鏡で盤面を映し出して、目視で溝を確認していくんです。
垣畑 えー!手作業なんですか?
宮田 この、幅1ミリメートル程度の溝に音の情報が入っています。溝の左右両端がステレオでいうところの LR(左右)になっていて。

垣畑 だから、右と左の波が違うんですね。
宮田 そうですね。波の大きさが、そのまま音の大きさを表します。波が大き過ぎると、隣の溝にぶつかってしまう。それが、音飛びの原因になる。

垣畑 音飛びがないかどうか、目視で確認するんですか?
宮田 そうですね。じっくり見ると、A・B両面で2時間近くかかりますよ。

垣畑 それは大変そう。
宮田 それでも、今はマスター音源がデジタルデータで、あらかじめバランスも調えられ、曲間のブランク(無音)部分も入っているので、楽になった方だと思いますよ。昔はマスター音源がアナログテープで持ち込まれていましたから、曲によって音の大きさが違ったりして。1曲ずつレベルを調整し、アルバムなら全体を統一しながら切ったりして、大変でした。
 
 
レコードは、内周と外周で音質が違う。
垣畑 ほかに昔と比べて変わったところはありますか?
宮田 レコード盤は、外周の方が音が良い。内周へいくほど音質が下がってしまいます。
垣畑 そうなんですか!
宮田 同じ時間を録音するのに、内周のほうが使える溝の長さが少ないからですね。それだけ音も荒くなります。

宮田 シングル盤で7インチより、12インチサイズが流行ったのも、盤が大きい方が音質の良い外周の部分を長く使えるからなんですよね。
垣畑 面白い!
宮田 そういう事情を踏まえて、昔はアナログレコードのアルバムを制作する際、A面の1曲目(盤の外周)にはシングル曲を大きい音で収録し、A面の終わり(盤の内周)には音数の少ない静かなバラードを持ってきたりして。CDの時代になってからは、曲順は関係なくなりましたね。今では、そういうことを知っている人が、業界内でもずいぶん少なくなってしまったんじゃないでしょうか…。
垣畑 CDとレコードで曲順が変わっていることがあるのは、そういう理由なんですね。レコードで終わりのほうに静かなバラードが入っていたら、「このミュージシャンとエンジニア、分かっているな!」と思っていいってことですかね。
宮田 そうですね(笑)

垣畑 アルバムよりシングルの方が音が大きい理由も、そこにあるんですか?
宮田 アルバムだと、曲数が多い分、溝の間隔をできるだけ詰めて、たくさん詰め込むので音も小さくなるんです。でも、アルバムもできるだけ迫力のある音で入れたいから、ラッカー盤を切るエンジニアは、音量の小さい箇所の溝を狭くしたりして、全体として調整していくんですよ。

垣畑 近年頻繁に「重量盤」と言われるものを見掛けますが、レコードが重いと音も良いってことなんですか。
宮田 うーん、今はあまり関係ないかもしれませんね。昔はレコ−ドプレーヤーの精度が、あまり良いとは言えなかった。そこで開発されたのが重量盤。レコードをプレーヤーに乗せた時、重量が重い方が、慣性の法則で回転が安定するから重宝されたんです。厚みがある分、盤が反らないということもあります。「重量盤」と聞くとありがたく感じますが、今ではレコードプレーヤーの安定感も高いし、作る側からするとプレス機を替えなければいけないから、実はちょっと面倒だったりしますね(笑)
垣畑 なるほど(笑)じゃあ「高音質盤」と書いてあるものは?
宮田 曲数を減らし、溝の幅を広げ、可能な限り大きな音量でカッティングしたってことですね。例えば、1枚組みだったLPを、2枚組に分ければ、原理的には音は良くなるはずです。ただ、さっき言ったように外側の音の方がいいという、曲順問題があるので、それを加味してリマスター(音質や音圧を再度調整)する必要があるかな。
 
 
「復刻版」はエンジニアにとって一番のプレッシャー。
垣畑 ここ(Sony Music Studios Tokyo)は、カッティングマシンがレコーディングスタジオに併設されているから、マスターを作ったミュージシャンが、すぐに持ち込めますね。

宮田 そこまですぐ持ち込まれる事例はまだ少ないですが、興味を持って見学に来るアーティストは増えてきました。CDと同時にレコードをリリースしたいというミュージシャンが増えてきたのも事実です。
垣畑 復刻のレコードも出していますよね。過去の作品を再びレコード化するのって大変なんですか?
宮田 実は一番のプレッシャーなんですよ(笑)今年の3月21日に、アナログレコード自社生産復活第1弾として、ビリー・ジョエル「ニューヨーク52番街」(78年発表)が、再発売されました。オリジナルのレコードは、一番レコード技術が発達した、頂点の時期に当たる傑作の復刻だったワケです。みんなで試行錯誤しながらラッカー盤を切りました。でも静岡のプレス工場で、最初のテスト盤を聴いたら一同「エ?」とかなっちゃって(笑)「そうか!ここがこう変わるんなら、もっとこうしなきゃ」って、プリマスタリングでも調整し、ラッカーを切る針の温度も変えたりしながら、何度も試して。最終的にはいい音に仕上がったと思っています。そのおかげで僕らもノウハウがつかめましたし。まだまだ始まったばかりですが、今後も新作から再発売まで、良い音楽、良い音質のレコードを届けていきたいと思っています。
垣畑 楽しみにしています。私も、レコード制作の裏側が見られて感激でした。今日はありがとうございました。
 
 
 
レコードづくりは続く。静岡にあるソニーミュージックグループのプレス工場もスタッフがのぞき見。
 
東京・赤坂の「Sony Music Studios Tokyo」でのラッカー盤制作と同時に復活したのが、静岡県にある「ソニーDADCジャパン 大井川工場」のレコードプレス事業だ。

赤坂で制作されたラッカー盤は、静岡へと持ち込まれ、レコードプレス機で量産、製品化されるという。

せっかくならレコードができるところを最後まで見届けたいと、静岡を訪ね、プレス業務を再開させたメンバーに話を聞かせてもらった。
左から、ソニーDADCジャパンの室田公さん(テクニカルエンジニア)、青木功雄さん(センター長)、望月大さん(品質管理グループ)
青木功雄(以下、青木) まず赤坂のスタジオから届いたA面とB面の合計2枚のラッカー盤を、それぞれニッケルメッキに転写して、メタルマスターを作ります。簡単にいえば、ラッカー盤にメッキを施して剥がしたものですね。そのメタルマスターをさらに転写し、メタルマザーを。さらに、そこからスタンパーを何枚か作ります。
ラッカー盤
メタルマスター
メタルマザー
スタンパー
―一見しただけではメタルマスターとメタルマザーの違いは分かりませんが、どこが違うのでしょうか?
青木 ラッカー盤の盤面には、レコードプレーヤーでも再生可能な「凹」の溝が入っています。そこにメッキを施して転写させますから、メタルマスターは「凸」、溝が山型になります。これはプレーヤーでは再生できません。メタルマスターから転写したメタルマザーは「凹」の溝。そこから取られた「凸」のスタンパーをプレス機につけ、レコードの原材料にギュッと転写させると「凹」のレコードになります。この工程は、CDやDVDのプレス過程でも同じです。
―頭がこんがらがってきそうです(笑)レコードの原材料はどんなものなんですか?
 
青木 これですね。塩化ビニール(写真左の粒状のもの)とカーボン、滑剤、添加剤等でできた原料を溶かし、ケーキ(上写真右)という塊にします。そのケーキを、A面とB面のスタンパーの間に挟んで、ギュッとつぶすとレコードが出来上がります。ボイラーからの蒸気を金型に通し、その金型に取り付けたスタンパーに熱を加えてプレスするんです。百数十度の熱を加えてプレスした後、金型に冷水を流し室温近くまで冷却します。これが量産するのに一番適していますね。
 
望月大さん(以下、望月) その後、盤面の外周に残余物が出るので、それを切り落としていきます。
余分な部分を切り落とす。
完成したレコード盤
青木 完成したレコード盤の中から決められた枚数をサンプリングしノイズが無いかなど、実際に聞き取りを行い、中心の穴径、偏芯、反りなども確認します。そのあと、ジャケットに入れたりして製品化されていくという流れですね。
出荷前にチェックされるレコード。
―約29年ぶりにアナログレコードの生産が復活したわけですが、プレス機は当時のものを使っているんですか?
室田公さん(以下、室田) まさか(笑)この工場の倉庫に、当時使っていたプレス機が保管されていたそうなんですが、確認してみたところ、もう使いものにはならなかったようです。改めて、アナログレコード生産復活のプロジェクトが立ち上がる前段階で、いろいろな機材を見学し、海外から見合ったものを購入しました。
プレス機の全貌。
―現在、工場で稼働しているプレス機ですが、想像以上にコンパクトで驚きました。
室田 確かに、高さは1メートル50センチ程度ですからね。この工場ではCDやDVD、Blu-rayのプレスをメインにしています。デジタルメディアの製造現場ではホコリを嫌うので、すべてクリーンルームでの作業になるのですが、そのメソッドはレコードプレスにも導入されています。
 
青木 昔はプレス機がむき出しのままでしたが、現在はプレス機自体を囲ってクリーンベンチを搭載することで、埃などの混入を防いでいます。海外では、プレス機自体が熱を持つので、窓を開けっ放しでプレスしているところもあったりします(笑)
望月 スタンパーを作る工程は、クリーンルームで行っています。各工程の管理を徹底することで、昔よくあったノイズは随分減りましたね。
―プレス機自体に進化はあるんですか?
室田 レコードのプレス自体は、29年前とほぼ変わらないんですよ。でも、感覚的なところが違うんですよね。我々は長い間、CDやDVDを製造してきましたが、精度に対するマネージメントのスケールが違うんです。
青木 CDやDVDの溝と違い、レコードの溝は顕微鏡で目視することができますから。
室田 もう終わったメディアだったし、最初にレコード生産の再開と聞いた時は「えっ?」って、正直思いましたよ(笑)当初はどうしていいか、分かりませんでした。
青木 僕が一番参考にしたのは、29年前にプレス工場を閉鎖した時、関係者のインタビューを集めて作った「5億枚の軌跡」というレコードです。それが残っていて聴き直したんですが、当時のエンジニアの方が、技術的なことを話されていて、すごく参考になりました。それくらいプレスの技術自体には進化はないですね。
―技術者としては、面白かったのでは?
室田 もう毎日発見ばかりですよ。この前、別のエンジニアとも話していたんですけど、レコードの溝はかなり“がさつ”に見えるんだけど、サブミクロン単位で、音質が変わるんじゃないかとか。目で見えない部分をどうしていけばいいか。これから議論をしていかなければならないと思っています。
―レコードは音色が温かいとか、非常に感覚的なふうに語られることが多いんですが、そういう部分の秘密も隠れているかもしれませんね。
室田 そうですね。良い音、悪い音というのは脳が判断することなので、技術者として立ち入れない。できることは、そこに定量的な何らかの数字を付けることなのですが、その数字すらまだちゃんと付けられていないのが現状です。だから、今後の課題はたくさんありますね。
―貴重なお話をありがとうございました。
 
取材の最後に、ビリー・ジョエル「ニューヨーク52番街」のラッカー盤を聞かせてもらった。まるで20メートルくらいすぐそばで演奏しているかのようなライブ感。

この音には、技術者たちの努力が詰まっているのだ。今後も試行錯誤は続く。
写真/阿部ケンヤ
文/渡辺克己
デザイン/上條慶