「声優だから」と仕事の幅を狭めたくない。斉藤壮馬、変わり続ける業界の中で抱く思い

取材が行われたのは、3月5日のTVアニメ『ピアノの森』記者発表会のすぐあと。慌ただしさが漂うなか、インタビューのために控え室に入ると、「あ、これじゃあレコーダーが置けないですよね」と、ささっと机の上を片付け、「斉藤壮馬です。よろしくお願いします」と澄んだ声で丁寧に挨拶をした。音符が刺繍された白いシャツがよく似合う、凛とした佇まい。言葉の端々から感じる知性。加えて、年相応の無邪気さも垣間見られる斉藤壮馬の魅力に迫った。

撮影/祭貴義道 取材・文/とみたまい 制作/iD inc.

2役受けたオーディション。最初は雨宮狙いだった

斉藤さんが演じる、森に捨てられたピアノをおもちゃ代わりにして育った主人公の一ノ瀬 海(カイ)が、かつての天才ピアニストの阿字野壮介(声/諏訪部順一)や、親友でライバルの雨宮修平(声/花江夏樹)らと出会うなかで才能を開花させていき、ショパン・コンクールで世界に挑む姿を描く『ピアノの森』。1998年より連載されていた一色まことさんによるマンガ原作ですが、ご出演が決まったときはどのように思いましたか?
子どもの頃に原作を拝読していましたが、本作のオーディションを受けるにあたりもう一度読み返したところ、あまりに面白すぎて、2日間徹夜して(笑)。一気に読みきってしまいました。それくらい大好きな作品に演者として携わらせていただけるということで、非常に高揚感をおぼえました。
オーディションはカイ役のみを受けられましたか?
カイと雨宮です。テープオーディションののち、スタジオでの二次オーディションがありましたが、その際もカイと雨宮で受けました。スタジオでは、ひとりで演じることが多いのですが、今回は掛け合いだったんですね。
オーディションに参加される方同士で、それぞれの役を演じるスタイルですね。
カイだけを受けられる方も、雨宮だけを受けられる方も、僕のように両方受けられる方もいたので、いろんなカイくん、雨宮くんに触れられたのはすごく楽しかったです。やっぱり、相手が変わると自分の芝居も必然的に変わってくるので、刺激にもなりますよね。
これまで斉藤さんが演じられてきたキャラクターやお芝居から考えると、カイというよりは雨宮のイメージが強かったので、少し驚きました。
僕も正直なところ、雨宮狙いでオーディションに臨みましたが、終わったときに(中谷学)監督と(長崎行男)音響監督が「(カイの演技が)すごく良かったです」と言ってくださって、ありがたかったし嬉しかったんですね。でもそのときに、雨宮のことは触れられなかったので「あれ? もしかしたら?」とは思っていて……。
カイ役に決まったんですね。
本当にありがたい思いでいっぱいです。純粋に好きな作品ですし、そのまんなかにいる一ノ瀬 海の人生の一端を担える……。僕自身、ど真ん中の立ち位置のキャラクターを演じさせていただく機会がそこまで多くはないので、プレッシャーというよりも「これからどんどん楽しいことが始まっていきそうだな」という気持ちのほうが大きかったですね。
先ほど「子どもの頃に原作を読んでいた」とおっしゃいましたが、なぜ『ピアノの森』を手に取ったのか、覚えていらっしゃいますか?
妹が買ってきたので、一緒に読んでいて。妹はそのとき、まだピアノを習っていたのかなあ? 僕も3、4年くらいピアノを習っていましたが、『ピアノの森』を読んでいた頃にはもう習っていなかったと思います。
当時、本作にはどんな印象を抱いていましたか?
カイが住んでいる「森の端」は、治安が悪い場所で、そこに暮らす人たちの生活模様もリアルに描かれています。当時は、そういった部分がまだよくわかっていなかったので、自分のなかでの記憶としては「まっすぐなストーリー」みたいな印象でしたね。
大人になって改めて読んでみた印象は?
「複合的な視座を持った作品だな」と思いました。僕の親も好きで読んでいた理由がわかった気がしました。子どもも大人も楽しめる作品だなあと感じましたね。

天才であれ凡人であれ、演じるアプローチは変わらない

斉藤さんが演じられるカイについては、どのように感じますか?
かなり複雑なパーソナリティを持っていると思いました。小さい頃は負けん気が強くて、ケンカをしたあとにひとりでひっそりと泣くといった、繊細さと気性の激しさのどちらもあるような子でしたが、ピアノや雨宮くん、阿字野先生と出会って成長していくなかで、青年期のカイくんは……「不思議な人だなあ」と。
「不思議な人」というと?
元気ハツラツな人間というわけでもなく、打算的な人間というわけでもない。直感や感性で動いているように見えるけれど、それだけではない。達観しているような部分も感じましたね。
具体的には?
カイってよく「わかったよ」って言うんですが、たぶんそれは本当にわかっているんだろうなあと思うんです。もちろん、その事柄を「受け入れる」という意味での「わかったよ」もありますが……。カイって、どこか現世の問題にあまり執着してないような部分もあるのかな?と。
そういう意味で、「複雑なパーソナリティ」と?
そうですね。おそらくですが、彼のなかには、「ピアノが好き」とか「阿字野が好き」といった、すごくピュアで単純な回路と、それとは別に普通の人とは違う視点から物事を捉える回路があると思うので……。演じる際は、「常識や論理で縛りすぎない」というところから始めましたね。
ピアノ奏者を演じるうえで、何か特別に準備したことなどはありますか?
もちろん、自分のなかの素材みたいなものを集めますし、いろんな方の演奏を見たりしますが、アニメーションにはデフォルメという作業があるので……リアルな芝居が正解かというと、そうでもない。でも、リアリティがあるように感じてもらうことはできる。現実と虚構があったら、そのふたつの円が重なる部分にリアリティというものがあると僕は思うんです。
完全にファンタジーの世界でない本作だからこそ、よりそういった部分が重要になってくる、と。
実際のものから引っ張ってくるというよりも、実際のものを素材として、アニメーションでの表現を構築していくやり方が今回のお芝居のイメージでしょうか。たとえば、先ほどの記者発表会で流れたPVでの、カイの演奏前の息づかいなんかも……アニメ本編でどう変わるかわかりませんが、「わりと大きい息になったんだなあ」と僕は感じたんですね。
実際に演奏する際は、そこまで大きな息は出ない?
おそらく。でもこの音のバランスが、見ている方により緊張感を伝えることになるんだったら、それがリアリティだと思うんです。リアルなピアニストの方がどのように演奏しているかは、自分のなかに落とし込んでおけばいいことであって、それがカイの表現にそのまま使えるというわけでは決してないと思うんです。その感情の動きに寄り添っていくことが大事なんじゃないかな、と思います。
カイの“天才性”については、演じる際に意識されますか?
そうですね。そもそも、天才は演じようと思っても不可能ですし、天才だろうが凡才だろうが、演じるアプローチは変わらないですから。彼が何を知っていて、どう生きてきて、何を感じた結果、どういう言葉が出てくるのかっていう、すごくシンプルなことだと思うので、「天才だからこう工夫しました」みたいなことはないです。

演奏シーンにも注目「生で見るのに近い体験ができそう」

本作はショパンをはじめ、いろんなクラシックの曲が作中に出てきます。
曲名は知らなくても、「あ、知ってる! これってショパンの曲だったんだ」と発見はあると思います。いろんな方にクラシックを聴いていただけるきっかけになると思うし、僕自身も「もっと積極的に演奏会へ行きたいなあ」と。
先ほどの記者発表会では、作中で阿字野壮介のピアノ演奏を担当するピアニスト、反田恭平さんの生演奏もありましたが。
反田さんの演奏を目の前で聴かせていただいて……CDで聴くのももちろん豊かな時間ですが、生で演奏を聴くという“その場かぎり”の体験は何ものにも代えがたいなあと、改めて実感しました。
漫画を読んでいると「このピアニストたちは、どんな音色を奏でているのだろう?」と考えてしまいます。そういう意味で、アニメでは作中に登場するピアニストたちにそれぞれ担当のピアニストがついて演奏するので、より楽しみになりました。
企画がスゴいですよね。僕は、この世のなかでもっとも強い力を持つのはイマジネーションだと思うんです。どんなものも想像力には勝てない。昔から“音楽モノ”の漫画はたくさんありますが、それってやっぱり「音がない」というコンテンツの制限を逆手に取って、読者の想像力のなかで素晴らしい音を奏でてもらうという作りになっているんじゃないかなと。
その想像力に、アニメーションは真っ向から挑まないといけない。
なので、すごい挑戦ですよね。おっしゃる通り、今回は作中の各ピアニストにそれぞれ、そのキャラクターと同じ出身国のピアニストをあてて弾いていただくという……。先ほどもPVで少し聴かせていただきましたが、「演奏にすごく国民性が出るんだな」と思いました。このアニメは映像、音楽の観点からも、「とても野心的な作品になっているなあ」と感じます。
そういう意味でも、各ピアニストの演奏シーンも見どころのひとつですね。
本当に。演奏シーンをアニメーションで表現するとき、引きのアングルで全身を映しながら、手元の細かい動きも映していくというのは、すごく難しいと思うんです。本作はそこにかなり力を入れているので、曲と演奏者の動きのマッチングがとにかくスゴいなあとアフレコの段階から感じました。それこそ、生で演奏を見るのに近いような体験ができるんじゃないかなあ? 楽しみですね。
次のページ