「まだ生き残っている親愛なるオーストラリア人のみなさん、世界の終わりが近づいています。(略)マヤ暦が真実だと判明したのです」

月刊ムーやMMRじゃない。本物のオーストラリアの首相、ジュリア・ギラードの言葉だ(動画)。マヤ暦は西暦250年〜900年頃に中南米で繁栄していたマヤ文明で作成されたカレンダーのことだ。マヤ文明では天文観測が発達していたため、古代文明のものとは思えないほど精度が高い。そのうち一番周期が長い「ロング・カウンター」が2012年12月21日で一巡する。高い精度を誇るマヤ文明の暦が終わるということは、つまり世界が終わるんだ!と主張する人もいる。こりゃ大変だ。あと二週間足らずで、世界は滅亡してしまうかもしれない!

な、なんだってー!!と言って受け流せるのは、MMRやネットでネタを見定める訓練を積んでいる人だろう。中には本気で心配してしまう人もいて、世界ではパニックが起きている国もある。たとえばロシアではモスクワ東部の街でパニックになった人たちがマッチやろうそくや灯油を買い占めたので、政府が公式に「12月に世界が終わる徴候は何もない」と発表した。中国では上海で警察に2日で25回ほど世界の終わりに関する通報が入り、南京ではこれまでの行いを懺悔するために家族に無断で家を担保にお金を借りて孤児院に寄付する人まで出た。フランスでは南部にあるビュガラッシュ山に昇ろうとする人々が殺到、冬は凍結していて危ないので入山が禁止された。世界の終わりの日にその山頂にいれば、宇宙人が何かが助けてくれるという噂が流れたのだ(地元の人たちは、やってきた人に水や民宿を高値で提供したり、「世界の終わりワイン」を売ったりして結構楽しくやってるらしい)。

そしてアメリカ。月とか地球とか宇宙スケールの権威という印象があるNASAにたくさんの質問が来ており、本気で心配しすぎて食欲が無くなったり不眠になったりしている人までいるそうで、何度も「そういう心配ごとに科学的根拠はありません」という声明を出している。そもそもどうやって世界が終わるというんだろう? NASAがつくった世界の終わりのFAQに、世界が終わると思っている人の心配ごとがまとまっている。ちょっと抜粋してみよう。

Q: 惑星が直列になって地球に影響があるそうですが?
Q: 隕石がぶつかるって聞いたんですが?
Q: 地球の自転が反対になるってほんとですか?

いやそれ本当だとしても心配して何とかなるものですか? といいたくなるようなスケールのでかいものが多いが、NASAの人は「影響はほとんどありません。惑星直列は1982年と2000年にも起きてますが大きな災害はありませんでした」「隕石がぶつかる可能性は常にありますが地球が滅びるほど大きいものはレアです。我々も見張っていますが今のところ心配ありません」「地球が反対に回ることはありません」など、辛抱強く答えていて、別の記事で「常識をもって考えれば、それが嘘かどうか判断できるはずです」とも書いている。

そもそもマヤ暦が2012年12月21日に終わるということ自体が嘘っぱちだ。その日に終わるのは、ある一つの周期に過ぎない。次の日からはまた新しい周期が始まる。マヤ文明の遺跡から世界の終わりを予言する文書が発見されたという事実も無い。たまたま一区切りがつく暦を見て「暦が終わる!世界が終わるって意味に違いない!」と誰かが騒ぎ出しただけ。しかも最初にその話が出たのは2003年5月。たったの9年前で歴史も浅い。

なぜそんなことをするのか? NASAの記事では、世界が終わることを心配していれば、温暖化や破壊されていく生態系など、目の前にある深刻な問題から目を反らすことができるからではないか、と分析している。サイエンスライターのイアン・オニールは「商売だ」と切り捨てる。古代文明に幻想を抱く人は多い。そんな人向けに、古代の人々がエイリアンと交信してマジカルパワーを手にしていたかも、という本を出すと売れる。さらにそんな超古代文明が世界の終わりや人類の再生を予言していたとしたら、確かにロマンはある。万が一信じ込んだ人がいたら、実は助かるための秘密があるといってみよう。命がかかっている。どんなに高額だって売れるはずだ。世界の終わりはカネになる。ほんとに滅んだらお金なんて使えないのに。

ところで、冒頭のオーストラリアの首相の演説はこう続く。

「科学者たちやオーストラリア連邦科学産業研究機構が確認できないとしても、私はラジオ局、トリプルJの予測が正しいと確認しています」

トリプルJは若い人向けの音楽を流しているラジオ局だ。NASAとかCIAのような研究や諜報の組織じゃない。

「滅亡の引き金を引くのが、人肉を食らうゾンビ、地獄の魔物、K-POPの席巻であったとしても、みなさんもご存知の通り、私は最後まであなたたちのために戦うつもりです」

”人肉を食らうゾンビ”はマイアミで起きた顔面食いちぎり事件、”地獄の魔物”は何か分からないけど、”K-POP”は欧米を中心に最近大流行している「江南スタイル」のことだろう。この演説はラジオ局のCMで、首相はかんたんにメディアに乗せられてしまう人たちのパロディを演じていたのだ。

2012年12月21日、マヤ文明の遺跡があるベリーズで、今もそのあたりに住むマヤの末裔の人たちが企画した、大きなパーティーが開催される。もちろん世界が終わるから最後にハメを外そうというわけじゃない。1000年以上前に作られて今も人々に語り継がれる偉大な暦が、ついに一つの周期を終えることをお祝いするためのパーティーだ。私はマヤ文明に詳しくない。でもマヤの末裔の人たちが目の前にいたとしたら「世界は終わるんですか!」とくってかかるよりは「こんなに長い間話題になる暦があったなんてすごいですね」と伝えたい。たとえ専門知識が足りなくたって、常識による判断はできると思う。(tk_zombie)