[画像] 軽井沢で「マナーなき新参者」が急増 森からムササビが消えた…高級別荘地で何が起きているのか

 日本有数の高級別荘地として知られる長野県・軽井沢町。コロナ禍が明けた現在は別荘族のみならず若者やインバウンド客からの人気も高まり、一気に観光需要が増加している。しかし、マンションやホテル、大型観光施設の建設など開発が進む一方、古くから軽井沢町で過ごす人々と新参者との間で軋轢が生まれているという。

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【写真】深夜でもまぶしい…Aさんが「光害」を訴える現場 ほか

 豊かな自然と美しい景観――。そんな“軽井沢らしさ”を守るため、町は50年以上も前から「自然保護対策要綱」という独自のルールを導入してきた。樹木を伐採してもいい面積や建坪率、建物の色、屋根の形態、塀などの遮蔽物の禁止等々、大規模商業地から個人宅までを対象とした建築物に関する細かな取り決めである。深緑の中に建てられた数々の別荘の、いかにも“軽井沢然”としたあの佇まいは、この自然保護対策要綱によって保たれてきたと言っても過言ではない。

軽井沢ブランドの危機――?(写真はイメージ)

 要綱違反が確認された場合は、従来、町が指導を行い、違反者もそれを聞き入れることが多かった。しかし、町の指導に従わないケースが増え、違反伐採や区画の面積を守らない開発などがまかり通り、町民や別荘民からの苦情が相次いでいるという。

ムササビが消えた

 10年ほど前から東京の自宅と軽井沢の別荘で二拠点生活を送るAさんも違反者に悩む一人だ。

 昨夏、隣地の500坪の森を切り倒して建設された別荘が敷地中に無数の照明器具を設置し、夜でも昼間のような光量に包まれる「光害」が発生したという。隣家に話し合いを申し入れても拒否され、困ったAさんは町に相談。自然保護対策要綱では夜間照明について「原則禁止」とあるので、これで解決すると思っていたが……。

「要綱には、飲食店等が看板を照らす場合などを考え、『やむをえない場合は21時まで』と記載されていた。隣家はこれを利用し、21時に消灯するとの口約束で指導を免れてしまいました。リビングから夕暮れや星空を眺める生活は突然奪われ、毎日のように家の周りを飛んでいたムササビも一匹もいなくなってしまいました」(Aさん)

 当初、軽井沢町は、隣家の照明を「やむをえない場合」とは認められないという姿勢だったという。だが、隣家はAさんだけでなく町に対しても「これ以上うるさく言うと訴える」と伝えてきた。

「そう言われたのでもう指導できませんと町から告げられてしまいました。軽井沢町には厳しい要綱があるから大丈夫と見守ってくれていた町の皆さんも、この結果に驚いていました」(Aさん)

 一連の騒動はNHKの長野放送局でも放送され、自然保護対策要綱の脆弱さが町で話題になったという。放送されたのがお盆休みだったこともあり、件の家には点灯を見ようと夜間に大勢の人が押し寄せる事態となった。そのためか夏は照明が控えめだったが、人けのない現在は21時消灯の口約束は破られ、タイマーやセンサーを駆使して不在時まで照明が点けられるようになったとAさんはこぼす。

単なる紳士協定だった

「原則」や「やむを得ない場合」といった表現が生んだ光害問題。この他にも要綱には「望ましい」「できる限り」といった曖昧な記述が数多く見受けられる。各々が好きに解釈することができ、それが「すり抜け」の大きな一因となっている。

 そもそも要綱は、議会を通して制定される条例とは異なり、違反しても罰則がなく、指導に従わせる強制力も持たない。また、必ず違反者を指導しなければならないという義務もないので、なぜ「指導しない」のかの説明義務も生じない。「決まり」としては何とも心許ない制度なのである。

 軽井沢の自然や文化を守る活動をしている「軽井沢文化協会」の会員はこう肩を落とす。

「最近、新しく町に参入する人や企業は、これまで綿々と町が守ってきた軽井沢の自然環境や文化に全く興味がなく、要綱を守らなくても法律違反にはならないと開き直るケースが多い。違反者が増えたせいで、要綱は取り締まる術を持たない単なる紳士協定だということが明るみに出てしまいました」

「ホテルを建てる」はずが…

 要綱の体たらくを象徴するケースとして耳目を集めているのが、旧軽井沢に建設中の「グランディスタイルホテル&リゾート旧軽井沢」である。軽井沢の中心地・旧軽井沢銀座通りに建築中の分譲ホテルコンドミニアムで、建設は東急不動産ほか。管理会社はうどん店「つるとんたん」を経営するカトープレジャーのグループ企業だ。2025年夏の売り出しを予定しているが……。

「当初、東急不動産は“ホテル”だと説明していました。ところが、沖縄や箱根で“ホテルコンドミニアム”という投資型マンションを売り出しており、この建物もそれにあたるのではないかと周辺住民から声が上がったのです。これはリゾートマンションを兼ねつつ、使わないときはホテルとして貸し出す性質のもの。結果、後から“ホテルコンドミニアム”であることが分かり、景観への影響も問題視されたこともあって、昨年、ネット署名も行われました」(周辺住民)

 自然保護対策要綱では、コンドミニアムやマンション等、分譲目的の集合住宅は1棟に19戸までしか建てられないと決まっている。しかし、ホテルなら商業地域の建坪率に該当するため1棟に65戸が可能。実際にこの施設では65室が販売予定になっている。

「要綱には『炊事設備の無い場合』はホテルとして建設が許可されるとあります。しかし、建築時にはキッチンを設けず、分譲後に各戸で付けてしまえばマンションと同じ。要綱をすり抜けられてしまうわけです」(同前)

あの別荘も?

 要綱の抜け穴を指摘する住民らの声を受け、町は自然保護対策要綱の見直しを進めているという。だが、いくら見直したところで「罰則なき要綱」のままでは同じことの繰り返し。「要綱の条例化」を求める声が増えているという。

 光害の被害者のAさんも賛同するひとりだ。

「例えば、光害を取り締まる条例を持つ自治体は多く、実は軽井沢町が位置する長野県にもあるのです。ただ、パチンコ店の大型サーチライト対策のために作られた条例なので、隣家のようなスポットライトには非対応。とはいえ、軽井沢町で要綱を条例化し、光害を取り締まれるようにならないかと町に訴えました。この問題を報じたNHKの長野放送局も問題の根源が要綱の“脆弱さ”にあると考え、光害に限らず、町が条例化を目指すのならその経緯を放送したいと取材を続けていました。しかし、土屋三千夫町長は『規約の条例化はせず、あくまで見直しでいく』と明言。結局、放送内容は誰も取り締まりができない現状を憂うる内容となってしまったのです」

 最近では“世界的IT長者”の別荘でも光害が取り沙汰されているという。建物には近づけない造りになっているため詳細はわかりにくいが、夜になると山の頂にある敷地内一帯が光に包まれると近隣住民は言う。本来、暗くあるべき場所に出現するこうした強い人工光は、渡り鳥などの野生生物に影響があるという説もある。光害のルール作りは道義的にも自治体の喫緊の課題といえよう。

 大企業から個人まで軽井沢に吹き荒れるアンモラルの嵐に、「要綱の条例化」を求める署名の動きも出ているという。

「自然環境と文化を大切にする軽井沢町と謳うからには、それを守るための条例があってしかるべき。それなのにこれまで一つも作られておらず、この事態になっても作る気なしというのは、町と新規開発側との間で何か水面下の取り決めでも?と穿った目で見る人もいます」(前出の文化協会の会員)

 Aさんも言う。

「光害の家を販売した建築会社は、同じような照明の家をホームページに多数掲載し、現在も販売を続けています。早く条例を制定して違反者を取り締まれるようにしないと、取り返しのつかないことになるのは明らかです」

“軽井沢ブランド”を守り抜くことはできるのか――。

デイリー新潮編集部