仕事にやりがいを感じていても、日々の業務に忙殺され、疲弊する教員が増えています(写真:マハロ / PIXTA)

たびたび話題になっている学校教員の「働きすぎ」問題。朝日新聞の連載をもとにした書籍『何が教師を壊すのか 追いつめられる先生たちのリアル』から一部を抜粋、再編集し、今、学校で何が起きているのかを見つめます。

3回にわたってお届けします。

2回目:「これって教員の仕事?」疲弊する先生のリアル

3回目:「何十年前?」職員室のDX化が進まない「なぜ」

増加する「心の病」による休職

若手の教員が追い詰められている。

関東地方の公立小学校に勤める30代前半の女性教諭は2022年度、ある学年でクラス担任を務めてほしいと管理職から頼まれた。

この学年は以前から、暴力をふるう子や授業中に座っていられない子が少なくない。このため担当する教員が対応に苦慮してきた。体調を崩して休む教員もいた。

不安を感じたが、管理職から頭を下げられ、引き受けた。まずは子どもとの信頼関係を築く。新年度が始まる際、そんな目標を立てた。プレッシャーを感じていた。


2021年度に心の病で休職または1カ月以上の休暇をとった教職員の、在職者に占める割合。年代別に見ると、20代が最多だった(出所:『何が教師を壊すのか 追いつめられる先生たちのリアル』)

担任としての日々が始まった。子どもたちから目を離せばすぐ、けんかやトラブルが起きた。自分がいない間に何かあったら、と思うと、休み時間も教室を離れられなかった。

昼休みも校庭などで見守った。子どもがいる間はトイレに行くことや水分補給も我慢した。

子どもたちが下校すると、行事の準備や事務作業に追われた。長い会議もよくあった。

午後7時ごろになってようやく、提出物のチェックや授業準備といった「自分の仕事」に取りかかれる。退勤は毎日、午後10時ごろになった。

連日、在校時間は15時間ほどに上った。注意して見守っていたからか、幸い大きなトラブルは起こらなかった。次は子ども同士の関係を深めてもらおうと考え始めた矢先、体に異変が起こり始めた。

胸が痛み、息が苦しい。帰宅途中、しゃがんで動けなくなることもあった。クラスをよくしたい、子どもを導きたい。そんな意欲も失われていた。

ある朝、いつものように支度を終え、出勤しようとしたが、体がまったく動かなかった。涙がとまらず、学校には行けなかった。病院で精神疾患との診断を受け、当面、休職することになった。

休み始めると、罪悪感に苦しんだ。子どもに申し訳ない。クラス担任の自分が不在になったことで、同僚にも負担がかかっているだろう……。保護者からの信頼がどうなるかも心配だった。

教員として、忙しいながらも成長する子どもの姿にやりがいを感じてきたし、仕事は楽しい面もあった。休まざるを得ないのは不本意で、つらかった。

なぜこうなってしまったのか。

振り返ると、クラスを1人で抱え込み、孤立していたのかもしれない。学校では病気などで休む教員が数人いて、欠員の補充もされなかった。校長や教頭といった管理職も授業を受け持たざるを得ない状況だった。

ほかの教員もほぼ全員が学級担任。それぞれが手いっぱいだった。クラスをどうするか、相談できる人はいなかった。管理職は、支援する人材をクラスに入れるなどの配慮はしてくれなかった。

「もっとサポートが欲しかった。仕事が必要かどうか考え、量をもっと絞って欲しかった」。振り返って、そう思う。

ベテラン教師が倒れるケースも

若手が孤立する学校がある一方で、ベテラン教員が疲れ果てて倒れるケースもある。

中部地方の公立小の50代男性教諭は、教務主任だった21年12月、学校に行けなくなった。

学級担任ではなかったが、特別な支援が必要な子をサポートしたり、コロナで休んだ教員の代わりに教壇に立ったりと、日中はほとんど職員室にいられない。合間には、ほかの教員から様々な報告や相談を受けた。

午後5時を過ぎてから、教務主任としてのデスクワークにとりかかる。教育委員会や文科省への提出書類の山をさばき、退勤は遅いと日付が変わる頃に。

出勤から退勤まで、ほぼ休憩はなかった。周到な準備が必要な研究発表を任されたため、自宅でもパソコンに向かった。

教員同士でゆっくり話す余裕がなくなった

職場には大学を出たばかりの新人教員もいた。教え方などを指導する立場でもあるが、自身の仕事に忙殺されてほとんど気にかけてあげられなかった。

経験が浅い間は、子どもに言い過ぎてしまったり、よかれと思ってしたことが裏目に出たり、どうしても失敗が多い。

かつては放課後、教員同士でゆっくり話すことがよくあった。若手は先輩に様々なことを質問し、助言をもらっていた。いまはそれぞれ抱える仕事が多すぎて、その時間をつくるのが難しくなった。

男性教諭の21年10月の時間外勤務は、仕事を持ち帰って自宅で仕事をした時間も含めて140時間に上った。

2019年に文科省が出したガイドラインで、教員の時間外労働は「月45時間、年間360時間」と上限が決まった。繁忙期でも、連続する月の平均が80時間を超えてはならないとされる。

21年12月中旬の土日の両方に長時間勤務したあと、学校に行けなくなった。うつ病との診断を受け、休職した。

男性教諭はいま、文科省の姿勢に疑問を感じている。

20年度からの小学校の学習指導要領では、英語の授業時数が増えたうえ、プログラミング教育や探究学習など、新しい要素も加わった。情報端末の導入やコロナの健康報告などやることはどんどん増える。

一方、この仕事をやめてよい、という指示はほぼない。やることを減らさないまま時間外勤務の削減は現場に押しつける。文科省の姿勢について、男性教諭にはそうみえる。「学習指導要領の改訂で授業時数を減らすなど、抜本的な対策が必要ではないか」と話す。

心の健康を失う教員が増えるのはなぜ

教員の働き方改革を支援するNPO法人「共育の杜」の藤川伸治理事長は、若手教員のなかで病休者の割合が高くなっていることについて「気安く相談に乗ってもらえる中堅が少ないうえ、若手教員の面倒を見たり相談に乗ったりする職場全体の空気が薄くなり、若手にしわ寄せがきている」とみる。


1971〜74年に生まれた第2次ベビーブーム世代が成長するのに合わせて大量採用された教員が近年、一斉に退職し、それを補う形で職場に若手が増えた。

現在の40代が新卒のころは特に採用が少なく、支え手が不足している状況だ。このため、若手に対して指導役になる中堅教員が少なくなっており、さらに多忙のためコミュニケーションの機会も減っているという指摘だ。

どうすればよいのか。

藤川さんは、教職員が信頼できる相談窓口を都道府県教委が設けたり、市町村教委が各学校に、教職員の健康について話し合う「衛生委員会」をつくるよう促したりといった取り組みが有効だという。

国には、病休者の割合が高い自治体と低い自治体との格差がなぜ生まれているのかや、なぜ若手教員に病休者が多いか、調査と分析が求められるだろう。

また、「各学校での、安全衛生に関する地道で優れた取り組みも掘り起こし、広めて欲しい」と話す。

長時間労働の問題に起因する「教職の敬遠」、つまり教員の「なり手の減少」は、教員不足という子どもの学びの危機につながり、特に若手で心の病に倒れる教員が増える背景にもなっている。

(朝日新聞取材班)