「ラストフロンティア」や「リープフロッグ」といった語句に象徴されるように、アフリカの未来に対する期待感が高まりつつある。アフリカ連合に加盟する55カ国の人口は約12億人で、2050年には倍増する見込みだ。この急速な人口増が牽引するアフリカ市場の成長は、スタートアップにとっての成長機会という意味でも注目されている。

「アフリカのテックスタートアップに開かれた未来と課題:AfricArenaアンカンファレンスから見えてきたこと」の写真・リンク付きの記事はこちら

こうしたなか2021年11月に南アフリカ・ケープタウン近郊で開かれたのが、アフリカのテック業界にかかわる投資家たちが集まる招待制のイベント「AfricArena VC Unconference(以下、アンカンファレンス)」だ。アフリカのテックスタートアップ投資にかかわる人々の間に共通の知識ベースを構築し、業界の発展に貢献することが狙いというこのイベント。現地で交わされた議論からは、さまざまな課題と可能性が浮かび上がってきた。

未成熟なエコシステム

アフリカでは人口増による市場の急拡大が期待される一方で、スタートアップのエコシステムは発展途上にある。調査会社Briter Bridgesのレポート「Africa Investment Report 2021」によると、2021年のアフリカのスタートアップに対する投資額は46.5億ドル(約5,800億円)だった。これは北米におけるスタートアップへの投資額の1.4%にすぎない。また、各国政府の支援も限られている。

このため業界の先駆者たちは「競合」することで市場を断片化させるのではなく、「協業」することでエコシステムの強化と繁栄を目指している。そのために起業家やエンジェル投資家、事業会社、ベンチャーキャピタル(VC)などのプレイヤー同士を効率的かつ効果的に結びつけ、スタートアップへの投資機会と市場アクセスの機会を増やしていくことが、アンカンファレンスの狙いでもある。

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こうした狙いを、今回のアンカンファレンスでは明確に見てとることができた。

例えば、細かく定められたアジェンダは用意されておらず、議論する時間のほかにチームビルディングのための多様なアクティビティが用意されている。これはアフリカンテックにかかわる人々の数が限られていることから、ひとつのエコシステムのプレーヤーとして連携を深めることに大きな意味があるからだ。実際にワークショップでは、特にアフリカ全体のエコシステムにおけるプレーヤーがどのように協業できるかという論点で、活発に議論が繰り広げられている。

これと並んで主要な論点となったのが、エコシステムにまつわる情報の​​オープンソース化と共有の仕組みづくりの重要性だった。アフリカではスタートアップのエコシステムが発展段階にあることから、スタートアップの評価額などについてのベンチマークが乏しい。このため、こうした案件などに関するデータベースの構築と情報共有は、起業家が資金調達に際して自身のスタートアップを的確に評価し、投資家にアプローチする上で役立つ。

それを継続していくことでエコシステム全体の質と知識レベルを引き上げ、投資家を増やし、より多くの資本を呼び込む──。こうした取り組みは、これまでのところ投資家やエコシステムに携わる人々の貢献と、共に「アフリカの未来」をつくっていこうという前向きな姿勢に支えられてもいる。

グローバルスタンダードとのギャップ

グローバル経済の一部としてのアフリカのテックスタートアップの苦悩も、今回のアンカンファレンスでは透けて見えてきた。アフリカのテックスタートアップのエコシステムにおいて、起業家はグローバルスタンダードとローカルの実情とのギャップとジレンマに直面する。

例えば、登記の問題がそうだ。海外の投資家からの資金調達や海外でのエグジット戦略を見込んでいる場合、アフリカ諸国での登記が足かせになる場合も少なくない。大学基金や年金基金などから調達した資金を運用する米国の投資家やインキュベーターなどは、米国に登記する企業にしか投資できないといったマンデートの制限がある。

アンカンファレンスでの議論では、参加した海外のVCの多くが「登記するなら米国のデラウェア州」という考えをもっている様子だった。実際は起業家が中長期的な成長戦略に応じて判断すべきことではあるが、アフリカの自国でのインフラ整備が十分ではない場合には、米国をはじめとする海外での登記が現実的な選択肢になってくる。

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現状、アフリカへのスタートアップ投資の大半は海外の投資家が手がけている。機関投資家の業界団体であるAfrican Private Equity and Venture Capital Association(AVCA)の21年の報告書によると、14年から20年にアフリカのVCによる取引に参加した投資家の地域別内訳は、39%が北米(うち37%が米国)、24%が欧州、22%がアフリカ諸国だった。

つまり、投資家全体における海外とアフリカの比率は約3対1である。アフリカ諸国を国別に見ると、9%が南アフリカ、5%がナイジェリア、モーリシャスとエジプトがそれぞれ3%、残り2%がケニアとなっている。これに対してアフリカの自国に登記する場合、資金調達の可能性の幅が限られてしまう可能性が高い。

アフリカの自国で登記して事業を運営する場合は、インフラ整備を政府に働きかけることも起業家や投資家にとって重要な使命だ。例えば、南アフリカで起業家支援とエコシステムの構築に関する活動を展開する「起業アクティビスト」として知られるマツィ・モディセは、数年以内に南アフリカでスタートアップ法を成立させるべく、18年から積極的なロビー活動を展開している。

モディセは21年10月、南アフリカのシリル・ラマポーザ大統領にも面会して法整備を働きかけた。今回のアンカンファレンスでもロビー活動の進捗を共有し、資金と人材の両面でのバックアップの重要性を訴えている。自国のインフラ整備にも注力するモディセのような人物は、長期的なアフリカのエコシステムの成熟に必要不可欠なものだろう。

事業をスケールさせる段階においても、グローバル対ローカルのジレンマが存在する。アフリカ連合は、アフリカの単一市場化を目指すアフリカ大陸自由貿易圏(AfCFTA)を今年から発動させたが、現時点では各国のルールの統合は限定的だ。

このため物流や財務、法律のみならず、文化的な側面も含むさまざまな部分において、アフリカ連合の国では隣国へとプロダクトやサービスを展開することは必ずしも簡単ではない。

同時に、アフリカ各国における就労ビザ取得の難しさも課題だ。「アフリカン・パスポートと域内での人の移動の自由」はアフリカ連合が掲げる長期ビジョン「アジェンダ2063」の主軸となっているが、この問題は起業家や労働者がアフリカ連合の域内を自由に移動して事業拡大や就労の機会を得る上で足かせにもなっている。

実際にアンカンファレンスでもこの議題が浮上したが、海外投資家にできることは限られている。投資先のスタートアップのアフリカ大陸における市場拡大を期待する投資家たちにとっては、歯がゆい状況だ。

ただし、旧フランス領西アフリカの国々においては、共通言語であるフランス語と共通の通貨であるCFAフラン(セーファーフラン)の存在が、スタートアップの周辺諸国への事業展開を容易にしている。例えば、セネガルの物流企業のYobanté Expressは、特に西アフリカ地域において国境を越えた事業展開に成功している企業のひとつだ。

逆にシリコンバレーなどの起業家と同じように、最初からグローバルスタンダードを目指す事例もある。例えば、AI技術を活用したデータ管理ソリューションを展開する南アフリカ発のVantage Health Technologiesは、ワシントンD.C.、スイスのチューリヒ、南アフリカのケープタウンの3都市に本社を構え、米国、アフリカ各国、オーストラリアにクライアントをもつ。また、南アフリカでモバイルマーケティングサービスを展開するMobizは、米国への展開に向けて昨年400万ドル(約5億円)を調達した。

「シリコンバレー化」は正しいのか

ただし、そのスピード感は必ずしもシリコンバレーの感覚と同じではない。課題に対するソリューションになるプロダクトやサービスの展開と拡大には、アフリカの多くの国では先進国市場と比べて時間を要するからだ。

このため、短期間でスタートアップを急成長させるシリコンバレーの感覚と、アフリカの実情は必ずしも一致するとは限らない。アフリカでは多くの場合、いまも中長期的な投資(ペイシェント・キャピタル)が求められているのだ。

それを考えると、「次のイーロン・マスク」やユニコーン企業を目指す、発掘するといった“シリコンバレー的”な野望は、アフリカの実情に即して再定義される必要があるのかもしれない。

一方で、アフリカ発のユニコーン企業が今後増えていくことは、エコシステム全体をさらに活性化させる要素にもなりうる。アンカンファレンスでも、ユニコーンの増加といった「アフリカの成功事例」を発信していくことの重要性が議論されていた。

いずれにしても、アフリカのテック系スタートアップのエコシステムへの投資は、今後さらに加速・拡大するはずだ。アフリカは必ずしも最新のテクノロジーが生まれる場所ではないかもしれないが、既存のテクノロジーが新しい使われ方をされたり、事業や取引がテクノロジーによって拡張されたりすることが多い。それを考えると、アフリカの外のテック系スタートアップのエコシステムに所属する人々が、アフリカでエコシステムの形成に貢献できる余地は大きい。

確かに現時点では、アフリカンテックへの投資においてアフリカ人投資家の存在感は薄い。だが、ナイジェリア人の連続起業家であるイノルワ・アボイェジが活躍するなど、成功した起業家が投資家として別のスタートアップに投資するような流れも徐々に起きつつある。

エコシステムが繁栄するには海外の投資家の存在も重要だが、アフリカ人がつくるアフリカの未来としての“アフロ・フューチャリズム”を実現していくには、今後より多くのアフリカ人がスタートアップへの投資に参画していくことが求められる。それにはアフリカのテック系スタートアップのエコシステムが発展するのみならず、アンカンファレンスのような場において誰がテーブルに着くのか(そして誰が不在なのか)という点にも注目すべきだろう。

世界が再びアフリカという市場に商機を見出すなか、過去の植民地化と分割支配の時代を現代によみがえらせる“新たなアフリカ分割”という未来は、決して望ましいものではない。

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