E1選手権の取材で韓国の釜山を訪れている。滞在しているのは国内でもよく利用する、世界で広くチェーン展開しているビジネスホテルだ。しかし、日本で同じ系列のホテルを利用した時と決定的に違うのは、テレビのチャンネル数になる。こちらの方が圧倒的に多い。

 今回、初めて気付かされたことではない。韓国を訪れるとチャンネル数の豊富さにいつでも感心させられる。これは韓国に限った話でもない。東南アジアに行っても、中東に行っても、欧州に行っても同じだ。繰り返すが5つ星の高級ホテルに泊まっているわけではない。星の数で言うなら3つか4つ。標準的な家庭でも、これに近い数が視聴可能だと推測できる。外国を訪れると、日本のチャンネル数の乏しさを改めて痛感させられる。これでいいのか日本はーー
 
 それはともかく、釜山のホテルではNHKも普通に視聴できる。日本を離れていると日本のことが気になるというわけで、ホテルに戻れば、NHKをほぼつけっぱなしにしている毎日だが、昨日は完成した国立競技場が報道陣に公開されたというニュースを報じていた。

 リポート役の若い男性アナウンサーがなにより感激していたのは、その構造がすり鉢状になっていることだった。「1階、2階、3階と上に行くほど覗き込むような構造になっています!」と(画面には1階席の傾斜角が20度で、2階席が29度、3階席が34度と記されていた)。国立競技場関係者からもその手のコメントを引き出していた。

 しかし、申し訳ないが、そうではないスタジアムが、この世にどれほどあるだろうか。3層式のスタジアムで、1階も2階も3階も同じ傾斜角のスタジアムなどあるはずがない。2層式の横浜国際日産スタジアムや埼玉スタジアムを例にとっても、1階席と2階席では傾斜角が異なることが一目瞭然となる。

 東京五輪の開閉会式が行われる国立競技場が完成したことは、確かにおめでたい話だ。なにかよい点を探し出して伝えようとする意図は分からないではない。しかし、傾斜角について語るなら、すり鉢状の構造に感激する前に、嘆かなければならないポイントがあることも事実なのだ。

 わずか20度しかない1階席の傾斜角だ。緩すぎるのである。出来るだけ俯瞰で眺めたいサッカーファンとして言わせてもらえば、心の底から残念がりたくなる点だ。一階席がとりわけ緩く、世界で最もと言いたくなるほど見にくいスタジアムとされる横浜国際日産競技場の教訓がまるで生かされていないのである。

 その点には一切、触れようとせず、すり鉢状の構造というごくごく当たり前の事実に感激してみせる。このNHKの姿勢は、あまりにもバランスを欠く報道ではないのか。ホテルのテレビ画面に、思わず突っ込みを入れたくなるのだった。

 男性アナのリポートは、そこから風通しの話に移って行った。カメラマンが映し出すビジュアルも、スタンド内部からゲートを抜けてスタジアムの外側へと向かって行った。まさに風が流れていくように。

 そしてその先にある映像を捉えたところで止まった。コンコースの縁にはグリーンが見えた。「周辺の環境と調和が考えられています」と、男性アナは述べた。国立競技場のコンセプトは杜のスタジアムだ。神宮外苑の杜の空気感をスタジアムの内部に取り入れようという狙いである。

 しかし、カメラが捉えたグリーンは、プランターに植えられた観葉植物だった。国立競技場には、スタジアムを囲む1階から3階までのコンコースは、ほぼ全てこのプランターの観葉植物が置かれている。何を隠そう僕は、ほぼ毎日、国立競技場の前を歩いている近隣住民なので、この事実に早くから気付き、そして心配に及んでいた。このランニングコストはバカにできないぞと。
 
 スタジアムはそのグリーンに取り囲まれた状態にある。国立競技場が全体的に緑っぽい建物に見えるのもそのためだ。しかし、地面に植えられているものではないので、それなりに手入れが必要になる。その外周を1キロとすれば、プランターが設置されている距離は3層式なので計3キロに及ぶ。このグリーンはずっと維持されるものなのか。オリンピックまでの限定的なものではないかと勝手に想像するが、その少しばかり怪しい存在のグリーンをカメラが捉え、アナ氏がスタジアムのコンセプトを説明する姿に違和感は募らせずにはいられなかった。
 
 無理やりにも程がある報道だ。杜のスタジアムをコンセプトに掲げた時、周辺の樹木は極力伐採しないと言っていた。ところが旧スタジアムの取り壊しが始まると同時に、外苑西通り側に並んでいた樹木は、全て伐採された。

 スタジアムを囲む片側(正面スタンド側)のコンコースから一切、グリーンは拝めない状態になった。そこで外気をスタンド内に取り入れると言っても、その外気は交通量の多い外苑西通りの排気ガス混じりの、杜の空気とは程遠いものになる。無数のプランターに植えられたグリーンを設置せざるを得なくなった理由だろう。

 男性アナは続いて、通りがかりのイタリア人ジャーナリストに話を聞いた。「木の温もりを感じるスタジアムだ」そうである。半分お世辞まじりだろう。こちらがイタリアの新築スタジアムを取材に行き、現地のメディアから急にマイクを向けられれば、悪い話など絶対にしない。お祝い気分を台無しにするような野暮な真似はしない。木の温もりに疑問を抱いたとしても、だ。

 確かに国立競技場の天井部分には多くの木が使われている。セールスポイントといえばセールスポイントになる。それで木の温もりを感じる人もいるかもしれない。しかし天井部分にはめ込められた木は白木である。合板を切断したような安っぽい色をしている。時間の経過とともに変色し、神宮外苑の杜の空気と同化していくようには見えない。

 その白木が天井にスノコのように張り巡らさせているのだ。色も好きになれないが、スノコ状に張り巡らされたデザインにも賛同する気になれない。綺麗ではないのだ。そもそも、そこに白木を貼り付ける必然性に疑問を感じる。グリーンにしても木にしても無理やり使おうとしている印象を受けるのだ。

 さらに言えば、そのスノコがの間隔が所々、一定ではなく乱れているのである。美しくないのだ。広かったり狭かったり。随所に雑な施工が目に止まる。木を使っていれば、木の温もりが感じられるというものではない。

 この国立競技場には、東京都民を中心とする税金が投じられている。民間の所有物ではない。100%おめでたい話として片付けるわけにはいかない。

 そもそもこのレポートした男性アナに、スタジアムにまつわる知識はどれほどあったのか。世界のスタジアムと相対的な目で比較する力はあったのか。スタジアムへの愛を感じさせないNHKにしては、あまりにも軽すぎるレポートと言えた。よいスタジアムが絶対的に不足する日本、スタジアム取り巻く文化が決定的に不足している日本の現状をそこに見た気がした。

 立地以外によいところはどこなのか。よいと言われている世界のスタジアムに比肩する箇所はどこなのか。正月の天皇杯で訪れた際に確認してみることにしない。