カメラの「絶対王者」キヤノンの地位が揺らいでいる。写真はキヤノンが2018年9月に開いたミラーレスカメラEOS新システムの発表会(撮影:尾形文繁)

「結局、また下方修正だったね」

キヤノンが10月28日に開催した投資家やアナリスト向けの説明会の参加者からはあきらめに近い感想が漏れた。

キヤノンは同日、2019年12月期(米国会計基準)の業績について、売上高は3兆6250億円(前期比8.3%減)、営業利益は1880億円(同45.2%減)と、減収減益を見込むとした。7月の中間決算時点での予想から売上高を1200億円、営業利益は270億円引き下げ、業績予想の下方修正は今期3回目となる。

米中貿易摩擦の長期化が影響

業績悪化の背景についてキヤノンは、為替が円高に推移していることや米中貿易摩擦の長期化による世界経済の減速を挙げた。「カメラメーカー」のイメージの強いキヤノンだが、プリンターやオフィス向け複合機、半導体露光装置など、法人を主要顧客とするBtoB事業を幅広く手がけている。

度重なる下方修正には、ヨーロッパでのプリンター関連の減収や、半導体露光装置と有機EL蒸着装置など産業機器関連で顧客の設備投資が鈍化したことなどが含まれている。

ただ、プリンターを含むオフィス事業の売り上げは前期(2018年12月期)比で6%減にとどまる見通しだ。産業機器事業の売り上げも前期比11.3%減収するとみられるが、半導体市況の回復や有機ELパネルの需要増が今後見込まれることから先行きは暗くない。

それでもキヤノンが3回目の下方修正を迫られたのはなぜか。それは主力事業であるカメラ事業が不振だからだ。

キヤノンは7月の中間決算時に300億円の構造改革費用を計上した。その中にはカメラの生産・販売体制の見直しが含まれている。

ほかの事業と比較してもカメラ事業に明るい未来は見えない。10月の決算時に公表された最新見通しによると、2019年12月期のカメラ事業の売上高は前期比20.2%減の4747億円を見込んでいる。


苦戦する理由の1つは、スマートフォンの普及などで写真を撮影するためにカメラが必要とされなくなっていることだ。カメラ映像機器工業会によれば、日本のデジタルカメラの出荷台数は2010年の1億2146万台をピークに急減。2018年には1942万台となり、ピーク時の約10分の1になった。

ミラーレスカメラの伸びが想定以下に

さらにキヤノンを苦しめているのが、ミラーレスカメラの販売台数が当初の想定よりも伸びていないことだ。キヤノンがこれまで強みとしてきた一眼レフカメラと異なり、ミラーレスカメラには本体内部にレンズがとらえた光をファインダーに反射させる「ミラー」がない。そのため、一眼レフよりも小型化・軽量化が可能となり、消費者の支持を集めている。

カメラ市場全体が縮小している中でもミラーレス市場は成長を続けている。2018年の世界出荷台数は一眼レフが前年比約16%減の622万台と減少傾向にあるのに対し、ミラーレスは同約3%増の428万台と増加を保っている(テクノ・システム・リサーチ調べ)。


2018年9月、「EOS R」発表会見でキヤノンの真栄田雅也社長(撮影:尾形文繁)

キヤノンは2018年9月、高級機種であるフルサイズミラーレスとして「EOS R」シリーズを発表。従来は入門機のみでしか扱っていなかったミラーレスに本腰を入れ始め、「ミラーレスカメラでもシェアナンバー1を奪うのは当たり前」(キヤノン開発部門幹部)と意気込んでいた。

【2019年11月7日17時34分追記】写真説明で真栄田雅也社長の社名が誤っていました。上記のように修正いたします。

しかし、キヤノンに立ちはだかったのがソニーだ。ソニーは2013年にフルサイズミラーレスを発売。2018年のミラーレスのシェアは42.5%と圧倒的強さを誇っている(テクノ・システム・リサーチ調べ)。キヤノンにミラーレスカメラ部品を供給している部品メーカーの幹部は「フルサイズミラーレスが投入されて(キヤノンの)売り上げが増えると思ったが、当初の計画にまったく及ばない水準で推移しており、経営計画を変更するしかない」と明かす。

一眼レフカメラの王者だったキヤノンがミラーレスカメラで苦戦するのはソニーの技術力の高さも背景にある。ミラーレスカメラの肝となるのはイメージセンサーの技術力だが、ソニーはCMOSイメージセンサーで世界シェアの過半を占めている。


ミラーレスは、センサーに当たった光を信号処理して電子ファインダーに表示するため、一眼レフと比べて撮影に若干の遅れが出てしまう。ピントを自動で合わせるオートフォーカス(AF)の速度も遅く、スポーツ競技など一瞬をとらえたり、連写が必要な撮影では不利だとされていた。

ところがソニーはその欠点を克服。2017年に「ミラーレス一眼の歴史的な転換点」(同社デジタルイメージング本部の大島正昭担当部長)となった「α9」を発売した。メモリーを内蔵した積層構造のCMOSセンサーを世界で初めて導入。膨大な信号をメモリーに一時保管することで高速処理が可能になり、一眼レフと同等以上の性能を実現した。

ソニーがミラーレスカメラのリード役に

デジカメ市場に詳しいテクノ・システム・リサーチの大森鉄男シニアアナリストは「ソニーのα9が一眼レフにはない撮影体験を実現したことで、カメラ市場の構造が変わり、ソニーがリーディングカンパニーになった」と話す。

商品のラインナップも、フルサイズミラーレスで20万〜40万円弱の商品を主力にするソニーに対し、キヤノンは10万円台後半から20万円強が中心と平均単価に差が出ている。交換レンズ本数もソニーが30本以上あるのに対し、キヤノンは年内にようやく10本そろえた段階だ。

国内市場では、キヤノンのミラーレスカメラでエントリー機種に位置づけられる「EOS Kiss M」が、ミラーレス一眼レフ分野の台数シェアで2018年に1位になっており、「王者」の反撃はようやく始まりつつある。しかし、世界市場でソニーを追撃できるのか、カメラの王者は正念場を迎えている。