国内回転ずしチェーンでは売上高2位のくら寿司だが、今後は海外での出店を加速するために、大胆な人材獲得を打ち出した(記者撮影)

回転ずしチェーン大手のくら寿司が5月末に募集を開始した「エグゼクティブ採用」が外食業界で話題となっている。

同社は2020年春の新卒採用で、入社1年目から年収1000万円の幹部候補生を募集する。条件としては26歳以下(就業経験者、卒業後に1年以上ブランクがある者は対象外)という年齢制限に加え、TOEIC800点以上、簿記3級以上といった必須資格もある。募集人数は最大で10人を予定している。

外食業界において「新卒で年収1000万円」はまさに異例中の異例だ。『「会社四季報」業界地図2019年版』(小社刊)によれば、業界別40歳モデル平均年収で外食は491万円と、64業界中57位。首位のコンサルティング(1316万円)や2位の総合商社(1232万円)と比べると、その差は歴然としている。また、くら寿司の有価証券報告書によれば、1252人いる従業員の平均年収は450万円程度(平均年齢30.4歳、2018年10月末現在)。新卒1年目から平均年収の2倍を超えることになる。

くら寿司は2020年春入社で約230人を採用する計画。今回募集する幹部候補生は特別枠としてこれとは別に採用する。幹部候補生は入社して2年間、店舗研修に加え、商品部や購買部など本社の各セクションで職場内訓練(OJT)を受ける。そのあと約1年、海外研修に参加。研修後は適性に合った部署に配属され、部長職相当の業務を担う。年俸制とし、1年目は1000万円を支払う。2年目以降は実績を基に1年ごとに給与額を見直す。

くら寿司は、なぜこのタイミングで異例の人材獲得に乗り出したのか。創業者でもある田中邦彦社長(68)を直撃した。

一番大事なのは将来への投資

――年収1000万円で幹部候補生を募集する狙いはどこにありますか?

海外で今後も積極的に出店できるという自信がついてきた。6月時点で台湾18店、アメリカ21店を展開しているが、それぞれ黒字化しており、手応えを感じている。日本の人口は減っていき、これからは海外に重点を置いていかなくてはならない。海外展開をより加速していくうえでも、優秀な人材が必要だと判断し、今回の募集に至った。(編集部注:インタビュー後の7月4日、アメリカ子会社のくら寿司USAがナスダック市場への上場を証券取引委員会に申請したと発表した)

もう1つは将来の幹部人材を獲得するということ。目先の売り上げや利益、株価に一喜一憂するのではなく、一番大事なのは将来への投資だ。そういう意味では、まさに今がタイムリミットだと思っている。


今年3月に大阪市にオープンした新世界通天閣店。インバウンド観光客をターゲットとした初の店舗だ(写真:くら寿司)

――実際、エグゼクティブ採用の募集を始めてからは、どれぐらいの応募が来ているのでしょうか。

募集を始めて2週間で、170人ほどのエントリーがあった。そのほとんどが早慶や東大の学生だった。多くの優秀な人から応募があったと聞いている。

――近年は若いうちに転職するのも決して珍しくなく、くら寿司に入社しても、日が浅い段階で辞めていくリスクはないですか。

もちろん、そういうリスクはある。ただ、定着するかどうかは、入ってみないとわからない。一定数は定着してくれるのではないかという淡い期待は持っている。

業績がよければ給料が上がるのは普通

――募集条件の中に26歳以下という記述がありました。あえて26歳で線引きしたのには意味があるのでしょうか。

新卒の多くは21〜22歳だが、そこで区切る必要はないと思った。ただ、私の経験則に照らしてみると、ある程度他社で経験を積んだ人は、われわれの会社の文化になじまない可能性が高い。30歳ぐらいになると、どうかなと思い、間を取って26歳ということになった。


くら寿司と言えば、サイドメニューが強みだ。3月には回転ずし業界で初となるハンバーガーを発売した(記者撮影)

――エグゼクティブ採用で社員になった人の給与は、1年ごとに見直す年俸制です。成果主義的な報酬体系を意識したということでしょうか。

すでに一部の社員ではそのような給与体系を導入している。社員のクラスによって違うが、エリアマネージャーや店長は、成果が給与に反映される。業績がよければ給料は上がるし、悪いときは仕方がない。それが普通だと思う。

年功序列で給与がどんどん上がって、50歳になると新入社員の3〜4倍とる会社もある。そんな会社に、わが子を行かせたいと思わない。

――ただ、一般の採用で入社する新卒社員からすると、同じ研修を受けているのに年収に差があることで、モチベーションが下がる懸念はありませんか。

当社の文化として「人と比べるな」というのを常に言っている。中途で入った人が上司になったからと言って、文句を言うなと。年功序列ではないということはそういうことだ。このようなことは入社する社員にしっかり伝えている。

回転ずしというフレームワークで戦う

――近年、競合のスシローは回転ずしにとどまらず、業態の多様化を狙って居酒屋などの新業態を展開しています。くら寿司も新業態を展開する考えはありませんか。

ファミリーレストランやファストフードの分野で、世界中で上位を占めるチェーンは複数業態を展開しているところは多くない。マクドナルドやスターバックスがいい例だ。われわれが現在、くら寿司以外で展開しているのは「無添蔵」という、やや高級な回転ずしの店舗を4店だけ。基本的には回転ずしのみでやっている。


田中邦彦(たなか・くにひこ)/ 1951年生まれ。1972年桃山学院大学卒。1977年に醸造酢の営業マンから脱サラし、個人のすし店を創業。1984年に回転ずしくら寿司をオープン。1995年に当社設立し、社長就任(写真:くら寿司)

居酒屋といっても、その市場規模は縮小している。その中で競争するためには、多くの人材が必要になる。当社としては、今回のエグゼクティブ採用を生かして、海外でくら寿司を広めることに力を入れていきたい。当社はあくまで(回転ずしという)1つのフレームワークで戦っていく。今のところ新業態を展開する考えはない。

――話は変わりますが、今年2月にアルバイト店員による不適切動画の投稿が波紋を広げました。投稿後には客数も減少傾向にあり、くら寿司の業績にも影響を及ぼしました。

あってはいけないことで深く反省している。企業としてできることは、ルールを決めて、管理を徹底すること。再発防止に向け、できることをしっかりやっていく。

――創業して42年、くら寿司を引っ張ってきました。後継者について、どう考えていますか。

私の息子(田中信氏)が今、副社長をやっているが、息子に引き継ぎたい、という話は全然していない。優秀な人がいればその人に社長をやってもらえばいい。息子もそういうところに固執するタイプではない。実際、社長候補は5、6人いるかな。

大事なのは、われわれがビジネスマンである前に人間であるということ。次のリーダーには良心に恥じない仕事をしてほしい。