あまりにも不祥事の続く文部科学省。大学入試を歪めた背景に、私立大学との不幸な関係はないのか(撮影:sunny / PIXTA)

7月4日、東京地検特捜部は、文部科学省の「私立大学研究ブランディング事業」で東京医科大学に便宜を図る見返りに、同大に自分の子どもを合格させてもらったとして、同省科学技術・学術政策局長の佐野太容疑者を受託収賄容疑で逮捕した。

この逮捕は、文科省との関わりで、大学入試に潜む”深い闇”を浮き彫りにした。それは、行政権限を持つ文科省に付き従う大学、という単純な構図では解けない問題をはらんでいる。その点をより詳しくみていこう。


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文部科学省は国公立大学のみならず、私立大学へも補助金を分配している。2018年度予算で、主に大学向けとされる予算は、国立大学法人運営費交付金等に1兆0971億円、国立大学施設整備費補助金に312億円、 国立大学法人先端研究等施設整備費補助金に45億円、国立大学経営改革促進事業に40億円、私立大学等経常費補助に3154億円、が挙げられる。これら以外にも大学に分配されている予算はあるが、挙げただけでも1兆円を超す予算が各大学に分配されている。ちなみに、受託収賄容疑となった対象事業である私立大学研究ブランディング事業は、私立大学等経常費補助の一部として、2018年度予算では56億円が計上されている。

直接の職務権限ないが、幹部として関与?

収賄罪が成立するには、賄賂を受け取ったことが認められなければならない。賄賂は、刑法において、公務員の職務行為に対する対価としての不正な利益と定義される。東京地検は、”自分の子どもの合格”を賄賂にあたるとした。

ただ、文科省が私立大学に補助金を配っているからというだけで、何でも賄賂になるわけではない。逮捕容疑となった対象事業の私立大学研究ブランディング事業とは、学長のリーダーシップの下、大学の特色ある研究を基軸として、全学的な独自色を大きく打ち出す取り組みを行う私立大学の機能強化を促進することを狙いとした事業である。これを所管するのは、高等教育局だ。科学技術・学術政策局長が職務権限を行使できるものではない。

職務権限を行使した対価でなければ、収賄罪は成立しない。佐野容疑者は、2017年7月から科学技術・学術政策局長に就いており、その前職は官房長だった。この受託収賄容疑は、官房長だった2017年5月に、東京医科大学関係者から、同大が私立大学研究ブランディング事業の対象校に選定されるなどの便宜を図るよう、依頼されたのを受けたものとされる。官房長は、大臣の下で省内の全局を束ねる要となる役職。官房長は、対象事業を所管してはいないが、所管する高等教育局に関与を働かせることができる役職ではある。

その後、今年2月、佐野容疑者は自分の子どもが同大入試で、試験の点数を加算されて合格するという形の賄賂を受け取った疑いがある。ただ、試験の点数の加点だけでは、合格できる保証はない。加点されなければ合格できなかった状態があったとみられる。さらに、合格しても入学しなければ、学生になるという便宜は得られない。だから、入学したことまで含めて賄賂とみたと考えられる。

今年の入試で、4月に入学した後、7月4日逮捕というのは、東京地検の捜査は相当スピーディーだったといえよう。本稿執筆時点では詳細はまだ明らかにされていないが、大学内部の通報がないと、ここまで迅速な逮捕には至らないだろう。今年1〜2月に大阪大学や京都大学などで発覚した入試の合否判定に影響する出題ミスは、公表されるまで約1年かかっていることと比べると、”裏口入学”の重大性を踏まえた捜査当局の短期の捜査のなせる業だろう。

しかし、ことは大学入試である。大学入試に関わる者は守秘義務が課され、情報漏洩は厳禁だ。大学入試は一般論として、採点する者、得点を集計する者、合否判定する者などがいて、人数は限定されているものの、複数の者が業務に関わる。その中に不正があれば、その不正を許せないと毅然たる態度で臨む人は、当然いる。

とはいえ、大学関係者としての邪推も入るが、守秘義務もかかるし、大学内では入試に関与していない者はそもそも入試関連の機密情報を知りようがない(知りたくもない)から、不正を暴くにも組織立って対応するのは容易でない。東京地検の手を借りないと明らかにできなかったことと思われる。

文科省が課した入試解答「公表」という要求

佐野容疑者は、2008〜2009年には山梨大学副学長に就いていたから、大学の実務を知らないはずはない。そうした中で、この不正がばれないと考えていたとすれば、大学はずいぶんナメられたものである。不正によって、大学入試は歪められてしまった。

文部科学省から、大学側がナメられるにはそれだけの因はある。大学のガバナンスや大学入試事務での失態は、このところ数多く取り沙汰されている。

前掲の大阪大学や京都大学などでの大学入試の出題ミスが問題視された。受験生にとって、合否判定に影響する出題ミスは、人生を左右するだけに、再発防止は必須である。

この事態を受けて、文科省は6月5日、国公私立大学等に「平成31年度大学入学者選抜実施要項」を通知した。それは、2019年度入学生の試験から、「解答については、原則として公表するものとする。ただし、一義的な解答が示せない記述式の問題等については、出題の意図又は複数の若しくは標準的な解答例等を原則として公表する」ことを、各大学に求めるものだった。

この通知は、大学側に公開を義務付けるものではないから、判断は大学側に委ねられている。だからといって、大学側はこの通知を無視できるだろうか。今回の通知と大学向け予算は、表向き、何の関係もない。しかし、今回の受託収賄容疑のこともあり、予算を増やすも減らすも、文科省の権限に委ねられていることを思い知らされると、この通知に背いて入試の解答を公表しないとなると、何をされるかわからない。

もちろん、唯一の正解を想定した入試問題なら、それは公表できる。しかし、入試問題は、唯一の正解を想定した問題だけを出しているのではない。むしろ近年では、画一的な解答しかできない学生よりも、人と違う解答が出せる多様な人材を入学させたいとする傾向が、大学側には強まっている。

大学側が多様な解答を受け入れる用意があるのに、文科省の通知に従い、「標準的な解答例」を公表しようとするとどうなるか。公表する大学側は、多様な解答を可とした入試問題で、それらを体系だって公表しようがないから、外部から批判されないような無難な例を「標準的な解答例」として公表せざるを得ないだろう。

そして、それを見た受験生も、唯一の正解があるわけではないのに、リスクを冒して人と違った解答をするより、「標準的な解答例」を意識して無難な解答を書こうとするだろう。せっかく、大学側が多様な学生に入学してもらいたいと望んでいるのに、標準的な解答例を公表することで、受験生の解答は画一化する可能性があり、それは大学が本来求めている学生像とは異なる結果になる。

このように、たかが解答例公開かもしれないが、文科省は、これまた大学入試を歪めるような通知を出したといえよう。そもそも、出題ミスの再発防止をどうするかが課題なのだから、画一的な解答公表でない方法が考えられるはずだ。たとえば、大学側が、入試問題の事前点検を強化するなどが挙げられる。そうした再発防止策は、文科省から求められる前に、大学側が自ら率先して実行すべきことである。

文科省と大学の関係が今のような関係になったのには、大学側の怠慢によるところも大きい。定員割れしている私立大学は約4割にも達していて、受験生に魅力を感じてもらえるような努力が足りていない。国からの補助金が大きく減れば、経営が立ち行かなくなる大学も多い。民間企業の常識に照らして、大学のガバナンスに疑問が呈されることもままある。

文科省は事後チェック型へ、私大は国依存から脱却を

大学が学生や社会からみて魅力ある存在になるようにするには、どうすればよいか。大学行政を司る文科省は、近年つとに頭を悩ましている。大学改革が進まないなら予算を減らせ、という声もある中、文科省は、大学に配る補助金を、今まで通りに漫然と出すわけにはいかない。

筆者は文部官僚ではないから、大学側からの邪推にはなるが、文科省から大学に改革を進めるよう求めても、「大学の自治」や「学問の自由」を盾に、大学側が文科省の言い分を鵜呑みにしたくない、という態度も散見される。予算獲得のためには大学改革が必要で、改革を推進することを約束しつつ大学に恩恵が及ぶ予算を確保したのに、大学側が改革に不熱心で、なかなか文科省の言うことを聞かない。

そうした大学の怠慢が、文科省が大学に対して、より高圧的に臨まざるを得ない状況に追い込んだのではないか。補助金分配が受託収賄容疑の便宜に当たるというのは、その最たるものだろう(もちろん、そうした行為は断じて許されるものではない)。

こうした文科省と大学の「不幸な関係」を終わらせるには、大学側が、文科省への依存を減らし、学生や社会から見て魅力ある存在になるべく、不断の改革に取り組むことは言うまでもない。国からの補助金よりも卒業生や企業からの寄付金をもっと獲得するような努力も必要だ。

加えて、文科省が大学行政において、事前裁量型行政から事後チェック型行政へともっとシフトさせるべきだ。(事後的な成果を不問にして)事前に補助金分配で裁量を働かせるのではなく、予算執行の結果として、事後的な成果で信賞必罰的に対応する。護送船団式の事前裁量型の大学行政は、これを機に終わらせるべきである。