現代は、自分にとって都合のいいことが“真実”になる――脚本家・古沢良太の目線の先

映画『ALWAYS 三丁目の夕日』や『探偵はBARにいる』、ドラマ『相棒』、『リーガル・ハイ』などで知られる人気脚本家・古沢良太。2018年にフジテレビの月9ドラマとして放送された『コンフィデンスマンJP』は、映画第2弾の公開も控えるほどの話題作となった。

彼が初めてTVアニメの脚本を書き下ろした『GREAT PRETENDER』が7月から放送される。“PRETENDER”とは詐欺師のこと。本作で信用詐欺師=コンフィデンスマンの物語を書こうと思った理由について、こう振り返る。

「今は世の中全体がすごくお行儀がいいと思ったんです。僕は“正義病”と呼んでいるんですが(笑)、ルールとかモラルに厳しい世の中だなと。そういうことを吹き飛ばしていく人たちが描きたかった」。

稀代のヒットメーカーは、現代の不寛容さにエンターテインメントで抗っていく。

撮影/須田卓馬 取材・文/佐久間裕子 制作/アンファン

70年代、80年代のロボットアニメが大好きだった

TVアニメの脚本は『GREAT PRETENDER』が初めてと伺いました。公式コメントに、「アニメばかり見ていた少年時代の自分に向けて作ったつもりです」とありましたが、当時はどんなアニメがお好きだったのですか?
70年代〜80年代のアニメはおそらく全部わかるくらい観ていたと思います。子どもの頃、すごくテレビっ子だったんです。
70年代〜80年代というと、『マジンガーZ』や『機動戦士ガンダム』シリーズなどでしょうか?
そうですね。『グレートマジンガー』、『UFOロボ グレンダイザー』、『勇者ライディーン』、『超電磁ロボ コン・バトラーV』、『超電磁マシーン ボルテスV』、『闘将ダイモス』……そのあたりのロボットアニメはよく観ていました。若い読者の方はわからないかもしれないけど(笑)。
当時に比べると、現在は大人向けアニメもたくさん制作されていますが、今もアニメをご覧になりますか?
いえ、最後に夢中になったアニメは何かと考えると……『新世紀エヴァンゲリオン』(1995〜1996年)ですね(笑)。
アニメの脚本を執筆するにあたり、現在のアニメの傾向を調べたりしましたか?
そういったこともなかったですね。このお話をいただいたとき、(アニメーション制作を手掛けるWIT STUDIOの)プロデューサーの和田(丈嗣)さんが、次々と『進撃の巨人』の映像を送ってくれました。「こういう作品を作ってます!」ということで。あれはおもしろかったですね。
古沢さんは子どもの頃から絵が好きで漫画家になりたかったそうですが、どんな漫画を描きたかったのですか?
子どもの頃は、『機動戦士ガンダム』とかを一生懸命描いてましたね。いつも、新聞の折り込み広告で裏面が白いものを親が取っておいてくれるんです。それで、だいたい学校から帰ってくると、その紙の束から何枚か取って、アニメを観ながら絵を描いていました。それが日課でした。
読者プレゼントに描いてくれた色紙。古沢良太著・漫画『猫の手は借りません。』のキャラクターが描かれている。
藤子・F・不二雄先生(本名は藤本 弘)もお好きだったそうですね。
『ドラえもん』や『パーマン』を観て育って、藤子・F・不二雄先生の全盛期の世代なんです。

大人になってから藤本先生の生き方や仕事への向かい方を知ったのですが、毎日決まった時間に出社して、「何時から何時まで」と時間を決めて、きちんと描く。その日々の積み重ねからいい作品を量産していく。そういった作家としての在り方に憧れました。
そこから脚本家を目指したきっかけは?
手塚治虫先生が、「漫画家になりたかったら、いい映画をたくさん観なさい」と言っていて、それを真に受けて、手塚先生がいい作品だと言っている映画を観るようになりました。

でも当時は、黒澤 明監督の映画がまだビデオ化されていなくて、観る機会がなくて。でも図書館に行ったら脚本集がずらっと揃っていたんです。それを読みました。黒澤監督の作品って、脚本自体がすごくおもしろいんです。ワクワクしながらバーッと読めて、それで脚本に興味が出てきましたね。
それが中学生、高校生時代?
そうです。そこから、倉本 聰さん、向田邦子さんといった脚本家の脚本集もたくさん読むようになりました。

キャラの素性を描く。『コンフィデンスマンJP』とは逆の試み

初めてTVアニメの脚本を書くことになった経緯を教えてください。
プロデューサーの和田さんに会いたいと言われたのが最初です。かなり前のことなので、和田さんがいろんなことをおっしゃってましたけど、僕はあまり覚えていないんですよ(笑)。

とにかく和田さんから、「オリジナルアニメを作りたい」という熱意がものすごく伝わってきました。そして、エンターテインメントとして幅広いお客さんが楽しめるもの、自分たちが子どもの頃に観ていたような、気持ちよくワクワクできるアニメを、とおっしゃっていたと思います。
アニメ『GREAT PRETENDER』では“コンフィデンスマン(信用詐欺師)”と呼ばれる人たちの活躍が描かれますが、このアイディアはどちらから出たものでしょうか?
それは僕ですね。詐欺師の物語を一度はやってみたいと思っていたんです。正確に何年前かはちょっとわからないんですが、ドラマ(『コンフィデンスマンJP』)より先に、アニメのほうで話しました。詐欺師が悪いヤツからお金を騙し取る痛快なストーリーで、ちょっと『ルパン三世』っぽい感じもあり、明るく元気になれるようなお話がやりたいな、というところから始まっています。
詐欺師という職業に興味があったのですか?
現実の詐欺師に興味はないけど(笑)、物語として描いてみたいという興味はありました。刑事や探偵の物語はたくさんありますけど、詐欺師ものは『スティング』(アメリカの映画)など限られたいくつかの傑作があるだけで、題材としてはみんな興味があるんだろうけど、なかなか手を出せない……。ちょっと難易度が高いので挑戦してみたいという気持ちがありました。『ペテン師とサギ師/だまされてリビエラ』といった映画も好きでしたね。
ドラマ『コンフィデンスマンJP』では、ラストにどんでん返しがあり、そこからさかのぼっていろんな仕掛けがあったことがわかる過程を毎週楽しみに観ていました。『GREAT PRETENDER』ではどんなことを描きたいと思ったのでしょうか。
まず、アニメなので実写ではできないスケール感。世界中を舞台にしたものがやりたいということがありました。それから、登場人物を多国籍にしたい。

『コンフィデンスマンJP』では、あえて、ほとんど主人公たちの素性をわからなくしているんですが、『GREAT PRETENDER』ではメインキャラクターの過去や背負っているものをちゃんと見せて、人間ドラマとしての深みを掘り下げたいと思いました。
『コンフィデンスマンJP』では、メインキャラクター3人の素性がわからなくても楽しめる勢いがありました。一方、『GREAT PRETENDER』では素性やバックボーンを描こうと思ったのはどうしてですか?
おそらく、ドラマでそういう(キャラクターの素性を描かない)ことをやっている人ってなかなかいないですよね。何者かわからない人がずっと活躍するってテレビドラマではあまりないので、そうしようと。

逆に、アニメではそういうのってよくあるなと思ったので、ちゃんとドラマっぽく、キャラクターの素性をしっかりと描き込んでいきました。
『GREAT PRETENDER』は、ロサンゼルス、シンガポール、ロンドン、上海、東京と、まとまった話数ごとにシリーズになっていて、舞台が移り変わっていくのでしょうか。最初の主人公はエダマメ(枝村真人)ですね。
1〜5話まではエダマメ(枝村真人)がメインの話で、そのあとはスポットが当たるキャラクターが変わっていきます。1人ひとりの抱えているものが、シリーズごとに深掘りされていくように構成しています。
エダマメは、どうして真面目でお人好しなキャラクターにしたのでしょうか。
詐欺師のお話をやろうと思ったときに、テーマとして、まず、今は世の中全体がすごくお行儀がいいと思ったんです。ルールとかモラルに厳しい世の中だなと。そういうことを吹き飛ばしていく人たちが描きたいというところから始まっていて。

でもエダマメは視聴者に共感してもらわないといけないから、その狭間で揺れ動いているキャラクターにしたかったんです。だから、詐欺師でありながら情やモラルにすごく揺れてしまう人。そしてすぐ調子に乗ってしまう……そういう一面が入ってくると、すごくかわいらしくなるなと思いました。
▲枝村真人(エダマメ)[声/小林千晃]
善良な老人や旅行客をカモに詐欺を働き生計を立てる、自称・日本一の天才詐欺師。元来の性格は、真面目でお人好し。
ローラン(・ティエリー)については、詐欺師の世界には“コン・アーティスト”という言葉があるんです。「信用詐欺師は詐欺師界の芸術家だ」というような言葉で、そういう人物がいいなと思いました。詐欺の手法や振る舞いもそうですし、キャラクターとしても芸術的な香りを持っている人がいいなと。で、芸術といえばフランスかなと思って、フランス人にしたんです。
▲ローラン・ティエリー[声/諏訪部順一]
世界中を飛び回る、フランス人の信用詐欺師(コンフィデンスマン)。どんな状況でも取り乱すことなく、うまく切り抜ける。日本で枝村から詐欺のターゲットにされるが……。
アビー(アビゲイル・ジョーンズ)はヒロインのポジションでもありますが、いかにもアニメらしいヒロインにはしたくなかったので……(笑)、そういうところから始まりました。
強くて男勝り、みたいな。
そうですね。そして影があって。髪も短くしています。
▲アビゲイル・ジョーンズ(アビー)[声/藤原夏海]
しなやかで引き締まった体躯と、抜群の運動能力をもつ信用詐欺師(コンフィデンスウーマン)。ぶっきらぼうで好戦的。幼少期のある記憶を、心に秘めている。
▲ポーラ・ディキンス[声/園崎未恵]
美しく、知的なFBI敏腕捜査官。ローランを逮捕すべく、ロサンゼルスに現れる。したたかに立ち回り、ロス市警にも一目置かれている。

今の世の中は“正義病”が進んでいるように思う

初めてのTVアニメ脚本ということで、産みの苦しみもありましたか?
やはり僕は実写でやってきたので、撮影しすいようにとか、予算やスケジュールを考えながら書いてしまうクセがあるんです。実写では、その枷が作っていくヒントにもなることも多いです。

でもアニメではその枷がなくなって、言ってみればなんでもできてしまう。そうなると、逆に何をやっていいかわからなくなってしまうという……(笑)。そういうところで最初は悩んでいました。「どこの国でも行けるしな〜」と思うと、どこに行ったらいいのかな?というところから……。
壮大なものにしたいと思いつつも、それが難しさになってしまったと。
そうなんですよね。「これができない」、「あれができない」と言われたほうが組み立てていく手がかりができるんだけど、「自由に書いて」って言われると、言い訳がなくなっちゃうので(笑)。正直なところ、ちょっとやりにくかったですね。
最終的には踏み出すことはできたんですか?
いや……ずっと悩んでいたと思います(笑)。
『GREAT PRETENDER』の脚本を書いているあいだ、よく考えていたテーマや意識していたことはなんでしたか。
先ほど触れた、今はモラルやルールに厳しすぎる世の中なんじゃないかということです。僕は“正義病”と呼んでいるんだけれども(笑)、今の時代って、過ちを犯した人を見つけると、正義の棒を振りかざして……みたいなことが多いなと思うんです。

それと、「ポスト真実の世界」という言葉があって、それが事実かどうかよりも、人々が興味があるかどうかで世の中は動いていく。政治も、何もかも。それが本当であろうがウソであろうが、それはもうどうでもよくて、人々が望むことが事実になっていく。

今はそういう世の中なんだそうですよ。とくにSNSの時代になってからなんでしょうね。

『GREAT PRETENDER』を書いているときは、そういうことをよく考えていました。人は、自分に都合が悪いことはウソだって言う。そして自分に都合がいいことは、真実だ、事実だって言う。その人数が多ければ、それが事実になっていく。コンフィデンスマンが登場する『GREAT PRETENDER』は、それを逆手に取っている人たちのお話です。

脚本家は孤独な仕事でもあり、共同作業でもある

古沢さんは、『ALWAYS 三丁目の夕日』をはじめ数々の賞を受賞されていて、映画『探偵はBARにいる』や、ドラマ『相棒』、『リーガル・ハイ』などヒット作を連発していらっしゃいますが、脚本を書くうえで譲れないことはありますか。
譲れないこと……そういうのはないですね。『GREAT PRETENDER』もそうですけど、そのとき、自分が興味があることをやるということかな。
自分が書きたいことを書く。
うん、自分がワクワクできること、挑戦しがいのあること、ですね。
「こういう表現はしないようにしよう」といった決まりごとはあるんでしょうか。
ないですね。むしろ、そういう決まりを作らないようにしています。「シナリオというのはこうじゃなきゃダメなんだ」というところから、なるべく自由に書こうと気をつけているかもしれないです。

セリフはそのキャラクターを表現するものだと思うので、人物像が浮かび上がるような……「こいつだからこういう言い方をするんだ」というセリフになるように。そういうことだけだと思います。
視聴者の反響、視聴率はどのくらい気になりますか?
どうなのかな……視聴率はもちろん気にしています。気にしているんですが、視聴率という指針は、作品のよさを評価する軸としてはどんどん当てにならなくなっていますよね。ビジネス上は気にしないといけないですが、昔ほどは視聴率が取れても取れなくても一喜一憂しなくなったと思います。

そして評判というのも、僕はあまりググったりしないようにしているので、自然と耳に入ってきたり、漏れ伝わってくる情報で十分かなと思っていて。自分から積極的に評価を知りにいったりもしないです。

なんというんでしょうね……自分が納得しているかどうかがいちばん大事。どんどんそう考えるようになってきています。
今はSNSなどすぐに反響がわかるメディアがありますが、エゴサーチもあまりしないですか?
たまにはしているんですが、やりだすとキリがないですし、やみつきになっちゃうから(笑)。

批評や評論というものも、読むのが好きではなくて。褒められていても、貶されていても腹が立つというか……(笑)。
モヤっとするというか(笑)。
そういうことじゃないんだよな、っていつも思ってしまいます(笑)。いや、もちろん、褒められたらうれしいですけどね。本当は評判ってもっと気にしないといけないのかもしれませんけど、やっぱり、自分がどう思っているか。それがいちばん高いハードルですから。

たぶん、僕ほど、僕が書いたものに対して厳しい批評家はいないと思っているから、人の評価は僕にとってはそんなに重要ではないのかもしれない。
否定的な評価を見つけてしまったときは落ちこんだりするんですか……?
心のなかで論破します。徹底的に、完膚なきまでに論破します(笑)。
脚本家に求められる資質とはどんなものだと思いますか?
脚本家に求められる資質は……いっぱいありますけどね。脚本を書くのはすごく孤独な作業です。ひとりで自分の世界に深く潜って、ものを作っていく。そういう孤独な時間を楽しめる人ですね。

それと矛盾するんですが、脚本は共同作業でもあるんです。脚本家はみんなで作っていく作品の設計図を描く人なので、ちゃんと他人の意見を取り入れ、みんなと仲良くやっていく。その両方ができる人。

客観的な意見を聞いて、自分が書いたものを見直し、関わっているスタッフみんなが前向きに作っていけるものに昇華させていく。最初に自分が書いたものにこだわりすぎるような、つまらないプライドとかはいらなくて、その過程を楽しめるほうがいいと思いますし、二面性が必要なんじゃないでしょうか。
古沢良太(こさわ・りょうた)
1973年8月6日生まれ、神奈川県出身。B型。脚本家、戯曲家、イラストレーター。『アシ!』でテレビ朝日21世紀新人シナリオ大賞を受賞しデビュー。『ALWAYS 三丁目の夕日』で日本アカデミー賞最優秀脚本賞(監督と共同執筆)、『ゴンゾウ 伝説の刑事』で向田邦子賞、ほか受賞多数。主な作品に、ドラマ『相棒』、『鈴木先生』、『リーガル・ハイ』、『デート〜恋とはどんなものかしら〜』、『コンフィデンスマンJP』、映画『キサラギ』、『探偵はBARにいる』、『ミックス。』ほか。TVアニメの脚本は『GREAT PRETENDER』が初となる。

作品情報

アニメ『GREAT PRETENDER』
2020年7月8日よりフジテレビ「+Ultra」にて毎週水曜日24時55分から放送
BSフジ、ほか各局にて放送
※放送日時は変更の可能性があります。
2020年6月2日よりNetflixにて順次 独占先行配信
※配信日時は変更の可能性があります。
http://www.greatpretender.jp/


©WIT STUDIO/Great Pretenders

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