バイトから取締役に出世しても、芸人の収入が月1,500円でも、僕がお笑いを続ける理由

芸歴23年を誇るお笑いコンビのパタパタママ・木下貴信には、もうひとつの顔がある。それは、「株式会社アイティートラスト 取締役」。清掃会社の東京営業所 所長という肩書きを持っているのだ。

『水曜日のダウンタウン』の「未だにバイトしている最も芸歴が長い芸人 リットン調査団説」に出演した彼を、記憶している人も多いのではないだろうか。

取材部屋に現れると、さっそく名刺交換を始める木下。所長の貫禄が漂っている。アルバイトやパートから正社員まで、約200人の大所帯をまとめているだけに、さもありなん。

芸人としての5月の収入は1,500円。所長の収入と比べると、天と地ほどの差がある。それでも、彼は芸人を辞めない。

なぜ木下は二足のわらじを履き続けるのか。やりがいと収入のはざまで、彼は何を見つめているのか――。

撮影/はぎひさこ 取材・文/篠崎美緒
▲お笑いコンビ「パタパタママ」。左から木下貴信、下畑博文。

『水曜日のダウンタウン』出演で、思わぬ問題が発生

3月放送の『水曜日のダウンタウン』で検証された「未だにバイトしている最も芸歴が長い芸人 リットン調査団説」にご出演。放送の反響はいかがでしたか?
僕の仕事は、外回りの営業もかなり多いんです。自分からは芸人だと明かしていなかったので、お客さんがみんな知っちゃって、恥ずかしかったですね。何年もお付き合いしてきた人たちから、「芸人だったんですか!?」と言われました。
何かビジネスチャンスにつながったりは?
それどころか、問題が発生しました……。

僕の本業がバレたことによって、会社の面白エピソードをTwitterに包み隠さず書いていることが問題視され、現在はTwitterを禁止させられています。
書いてもいいけど、それならどう解決したか、結末までちゃんと書け、と言うんです。でも、それだとまったく面白くないので、結局やめています。
「面白そうな会社だから、掃除を頼んでみよう!」と依頼が増えるものだと思っていました。
僕もそう思っていたんですけどね……。
木下さん自身は、昨年に東京営業所の所長となり、今年は取締役にまで就任されたとか。現在、社員は何人いるんですか?
正社員は15人くらいかな。取締役は僕を含めて4人。アルバイトやパートさんが200人くらいいます。
アルバイトのうち、芸人さんが70人近くいるそうで。なぜ、「アイティートラスト」には芸人さんのアルバイトが多いのでしょう?
働き始めた7年前は、僕を含めて10人くらいだったんですよ。僕がアルバイトながらに出世していく過程で、どんどん集めていった感じです。

「芸人が働きやすい会社」を目指しているので、その噂がどんどん広がり、見知らぬ芸人からも「働きたいです」と言われるようになりました。
「芸人が働きやすい会社」というのは、やはりスケジュール的な問題ですか?
そうです。芸人はどうしても、オーディションとか急な仕事が入ることが多いので、他の職場だとクビになりやすいんです。うちでは、「急な仕事が入った場合でも、絶対に(シフトを)対応するから」という約束しています。

朝6〜8時が最も多忙な時間です -1日のスケジュール-

木下さんの仕事内容から教えていただけますか?
うちの現場は24時間動いていますが、朝の現場の数が最も多く、毎朝60人くらいがいろんなところへ出勤するんです。全員の出勤状況を確認し、欠勤者・電車の遅れなどで遅刻者が出た現場の調整を、シフト表を見ながら2台の携帯を使ってこなします。電話はそのあいだも鳴りっぱなしです。

スケジュールとしては朝6時に起き、何か起きてもすぐ対応できる都心へ車で移動します。駐車場で待機しつつ、7時くらいから次々と電話がかかってくるので、それに対応します。朝6時から8時が、1日の中でいちばん忙しい時間帯です。
とても大変そうです……。
インフルエンザが流行っている時期など、年に数回、7〜8人が同時に病欠することがあるんです。そんなときは本気で頭を抱えますね。現場の担当者の方にはまず電話で謝罪して、さらに現地へ出向いて改めて謝罪します。本当に、涙が出そうになります。
そして、朝8時にはいったん連絡がやむと。
はい。だいたいの人が現地に着き、11時30分くらいまで仕事をしているので、僕は各所を回ります。仕事の様子をチェックしたり、掃除用具の消耗品の量を確認して発注したり、各所で滞りがないかの確認ですね。
そして、午後の仕事が始まります。
昼食は車の中で、コンビニのおにぎりを食べることが多いです。そこからは日によって違いますが、基本的にはクライアント先の現地調査ですね。

掃除を依頼された場所へ行って写真を撮り、どれだけ汚れているかを確認し、見積書を作ったり。あとは「トイレが詰まった」など緊急事態の連絡が来ることもあるので、その対応をすることも。

うちは某大手衣料量販店と契約していて、関東の店舗は全店、僕が担当しています。各店舗からのSOSが本社のメンテナンス部に来るので、そこから僕に連絡が来て動きます。
それがだいたい18時までなんですね。
そこから日野にある東京営業所に帰って、デスクワークをします。

そのあとにも、仕事のある日があります。当社は夜勤もやっていますので、きのうは深夜2時まで夜間清掃の現場に入っていました。帰宅したのは深夜2時30分かな。
とてもお忙しいと思うのですが、芸人としての収入は…?
それは本当にバラバラで……、先月は1,500円でしたが、2万円の月もあります。芸人としての去年の年収は30万円くらいかな。

面接でケーキセット、注文します?

昨今の就職状況は売り手市場と言われていますが、清掃業界もそうですか?
本当に人手不足です。求人誌の清掃のページって、すごく分厚いんですよ。でも、募集が多いからなのか、応募してくるのはちょっと変わった人が多いんですよね。

僕は面接も担当しているのですが、まず歯の少ない人が多い。全体のうち20%くらいは、歯が少ない人です。面接に来たとは思えないくらい、態度が悪い人もいます。

うちは会社が都下にあるので、相手の最寄り駅に僕が出向き、喫茶店で面接をすることも多いんです。「どうぞお好きなものを注文してください」と言ったら、ケーキセットを注文した人がいますね。
面接でデザートを……!?
そうです。たしかに「何でもどうぞ」とは言いました。でも面接でケーキセット、注文します? このあいだはいよいよナポリタンを頼んだ人がいました(笑)。もう、完全に食事です。
大胆ですね。
大胆ですよ。変わっていますよね。

タメ口の人もいましたし、「明らかにお風呂に落としただろ」と思うくらいビッチョビチョになった履歴書を乾かして持参した人もいました。

誰にもできない仕事を成功させたのが、出世のキッカケに

木下さんは福岡吉本(現・よしもとクリエイティブ・エージェンシー福岡支社)の出身ですが、初代の所長さんの教えが「芸人なら、どんどん遊べ。バイトするくらいなら借金しろ」だったそうですね。昔ながらの芸人像ですが、みんなそれを真に受けて本当に借金していたと、博多大吉さんがおっしゃっていました。
僕は大吉さんより6年後輩ですが、さらにちょっと下の世代まで、その教えは生きていました。僕も福岡時代は200万円くらい借金がありましたし。
そこからなぜ、アルバイトを始めて清掃会社の所長になったのかが、不思議です。
実際、福岡ではバイトせずに暮らしていたんですよ。15年経って東京へ進出したのですが、東京では芸人の仕事がまったくない。それでこのバイトを紹介してもらい、働き始めたんです。
出世したキッカケは?
この仕事でいちばん難しいのは、人の手配なんです。数ある現場のシフトを作り、欠勤者が出た場合、誰をどこにどう動かすのかがパズルのように難しい。この仕事、どの社員さんがやってもできなかったんですよ。現場の数が多いし、芸人のスケジュールを管理しきれない。

それでバイトを始めて3年目の僕に、お鉢が回ってきたんです。手当は月15,000円。

これが、成功しまして。「ちゃんとできる人が初めて登場した」と評価され、出世していったんですよね。
それを任されたということは、木下さんは最初から「仕事ができる人」と評価されていたのでしょうか?
できる……(悩む)、根は真面目だと思います。遅刻もしませんし、夢中になって掃除をしていました。掃除自体が好きなんだとは思います。
そこからはトントン拍子で出世していったのですか?
そうですね。あと社長に気に入られたことも大きいです。ある機会に、社長からお食事に誘ってもらって。信頼する右腕のツーナッカン・中本(幸一)に声をかけてふたりで行ったんですが、やはり芸人の性(さが)として、盛り上げちゃうんです。

たぶん社長はめちゃくちゃ楽しかったんでしょう、週に何度も誘われるようになりました。
スゴいじゃないですか!
いや、逆に失敗したなと。おいしい思いをさせたものだから、毎回盛り上げを要求してくるんです。

でも、たぶん、それがキッカケで出世していったんだと思います。「次はこれもやってみろ」みたいな感じで、どんどん仕事が増えていったので。
どんなお仕事でしょうか?
清掃業界ってどんぶり勘定のところが多くて、当社は創業時の15年前からずっと同じ料金だったんです。一方で人件費だけは、どんどん上がっていく。やればやるほど赤字になる、大赤字の現場がいっぱいありました。

それを僕が洗い出して(取引先と)交渉し、料金を上げたんです。そういうところも出世につながっていると思います。
アルバイト時代の話ですよね。とても大変だったと思うのですが、どういう気持ちからやっていたのでしょう?
自分でもよくわからないんですよ。責任感ってことなんですかね……。
「目の前に問題があるから、解決しなくちゃ」みたいな?
ああ、そうですね。赤字ばかりで、どうしようもない状況になっていたから、という感じです。

お笑いの才能がある人は、きちんと働く傾向がある

地位が上がると、部下とのコミュニケーションも重要になってくるかと思います。
先ほども言ったとおり、清掃業界でいちばん大変なのは人を手配することだと、僕は思っています。人の手配にはスケジュールだけじゃなく、人間関係も関係してきます。パートのおばさん同士のもめごともありますし、そういう調整がめちゃくちゃ大変! 
アルバイトしている芸人さんは、木下さんの言うことを聞いてくれますか?
僕は芸歴23年になりますが、当社でバイトしている人は芸歴1年目の子もいれば、30年超えの人もいます。

芸歴10年以上の人は僕を知っているから、言うことを聞いてくれます。芸人って、面白くない人の言うことは聞かないんです。その人たちは、僕のことを面白いと思ってくれているのでしょう。

でも10年以下の子は僕のことを知らないから、ただの掃除のおじさんだと思っているようで、めちゃくちゃナメてきます。だから、この子たちよりも絶対に面白くなければならないと思っています。
先輩芸人だけど会社では部下、という人に対してはどう接していますか?
気を遣いますよね。でも先輩は、ちゃんとしている人が多いので、ほとんど問題がないです。

あと、意外かもしれませんが、お笑いの才能がある人のほうがきちんと働きます。遅刻もしないし、丁寧に掃除してくれる。面白い人は真面目に働き、面白くない人のほうが問題児、という傾向はありますね。
『水曜日のダウンタウン』に出演したリットン調査団の藤原光博さんは、大先輩ですが。
めちゃくちゃ、ちゃんとしています。一度も遅刻したことはないですし、週6日きちんと出勤されます。

「遊園地にいくので休みます」部下からの困ったLINE

反対に、部下とのやりとりで困った経験はありますか?
この仕事でいちばん困るのが、急に休まれることなんです。病気なら仕方ないですけれど、外国の人がわりとよくやるので困っています。サルラちゃんという中国人の女の子はあまり日本語ができないのですが、出勤前日の夜にLINEで
と来たんです。大慌てで電話して「ダメだよ」と伝え、よくよく話を聞くと、日本語学校の遠足で遊園地へ行くという。僕は「サルラちゃん、それは急に決まったの?」と聞きました。こちらに連絡が来たのが、前日の夜ですから。彼女は「今、決まった」と(苦笑)。

とりあえず、「学校の行事があるときは休んでもかまわないけど、早めに教えてね。そうすれば対応できるから」と伝えました。するとまた別の日に、
電話したら、「本当だ。今言われた」と言うんです。極めつけは、
それじゃ退学ですから(笑)。でも、本人に確認すると「今言われた」と答えるので、どうしようもないんです。
それ以上、追及しようがないですものね。
そうなんですよ。日本語学校に通っている若い外国人の方とのやりとりは、面白いですね。別の人からは、こんなLINEが送られてきました。
翌日になって、
いや、恐れろよ、と。こういうやりとりは、思わず笑っちゃいます(笑)。
木下さんのTwitterで、「病欠なのに、頑なに病院に行かない人がいた」というエピソードも見ました。
いましたねぇ。それ、1月2日の話なんですよ。

年末年始は忙しいから基本的に休みが取れないんですけど、その年は元日の作業が終わったら、奇跡的に休暇が取れたんです。
それは嬉しいですね!
僕は1日の夜に地元の九州へ帰り、数日間滞在してから東京に戻る予定でした。

すると2日に出勤する予定のバイトのおじさんから電話が来て、「血を吐いて動けないから、現場を代わってくれ」と言うんです。
血……!?
正月に出勤してくれる人なんてまずいませんから、僕が行くしかない。その電話を受けたのは九州の実家に着いたときで、もう飛行機もありません。翌朝に戻るしかない。

さすがに「それなら診断書を取ってください、信用のために」と伝えたんです。もしズル休みならそのために東京に戻るわけにはいかないし、本当に病気なら病院に行ったほうがいいですから。

すると、おじさんはズル休みがバレそうになって焦ったのか「診断書を出すくらいなら、働きます」と言いました。なぜなのかを聞いても、「病院には行きません」の一点張り。

結局、働いてくれたので良かったんですけど…。「診断書」のひとことが効きましたね。

バイトしている芸人には、正直売れてほしくないです……

仕事ができる人の共通点ってありますか?
ちゃんと来てくれるだけでもありがたいんですけど(笑)、周りに対してちゃんと気を遣える人ですかね。

掃除も結局、チームプレイなんですよ。洗剤を塗る、洗浄の機械を回す、汚水を回収する…と分担があるんですけど、機械はコードがあるので、動線を確保することが大事なんです。

だから、機械を動かす人がストレスなく動けるよう、周りの人が邪魔なものをどかしたり、コードが引っかからないようにしたりするわけです。
なるほど。
仕事ができる人は、何も言わなくてもそれに気付き、スムーズに動けるように立ち回ってくれます。できない人は、自分の仕事だけで手一杯。

周りを見ている人は、作業を見ていても気持ちがいいんです。そういう人はたいてい、普段の挨拶やマナーもしっかりしていますね。
とくに芸人さんは上下関係が厳しいから、気配りもできそうです。
そうですね。あとコミュニケーション能力が高い。クレームを事前に止めることもできるんです。

とあるマンションに有名なクレーマーがいて、みんな辟易していたんですけど、ゆったり感の中村(英将)がその人を手なずけたという(笑)。おかげでクレームがゼロになったうえに、向こうから挨拶してくるようになったそうです。

これも「芸人力」で、いろんな仕事に通じるのかなと。しかもフットワークが軽いので、誰かが病欠した場合、代わりに出てくれることも多いです。
ガンバレルーヤやとろサーモンの村田(秀亮)さんも働いていたそうですが、面倒を見ていた芸人が売れていくのを眺めるのは、どんな気持ちですか?
ガンバレルーヤや村田くんは働いていた時期がとても短いので、面倒を見た感覚がないんです。だから、僕が面倒を見た芸人は、まだひとりも売れていません(笑)。
「売れてほしい」と思いますか?
正直なことを言うと、売れてほしくないです。なぜかと言うと、シフトが埋まらなくなるから。頑張ってほしいと思う反面、シフトで困るのは……。もし売れたら、代わりの誰かを連れてきてほしいです(笑)。

「いつでも辞めてやるぞ」と思いながら働いています

最近の風潮として、「仕事がイヤなら、いつでも辞めていい」という空気があります。木下さんは、どのように考えていますか?
正直、イヤなことや理不尽なことはめちゃくちゃあるし、僕も「いつでも辞めてやるぞ」と思いながら働いています。「僕が辞めたら、困るのは会社のほうだ」という強みがありますから。「いつでも、芸人を全員連れて辞めてやるぜ」と思っています。
そうなんですか?
本当は、もっとお笑いがやりたい。お笑い一本で食べていきたい。

でも、それは現状だとできないし、仕事に対する責任感もあります。だからこそ、僕は仕事を笑いにしちゃおうと思ったんです。ハプニングや面白いエピソードを、ライブやTwitterなどを通じて笑いに変えることで割り切っていました。そのTwitterが禁止になってしまいましたが(笑)。
若い人の中には「やりたい仕事もお金もない、働くことって何でこんなにつらいんだろう」と感じている人が多いのか、そういう話題がSNSでバズったりしています。
そういう意味では、僕は今の仕事を楽しんでいるのかもしれません。イヤなことの中に、楽しいことを見つけようとしている、というか。
楽しさを探すことと責任感の強さで、取締役まで上り詰めたのですね。
そうかもしれません。たしかにつらいけど、辞めるほどじゃないんですよね。
「給料は安いけどやりがいのある仕事」と、「やりがいはないけど給料の高い仕事」、どちらをやりたいですか?
僕が芸人を続けているということは前者なわけで、何とか芸人を続けるために後者をやっているんです。お笑いをやるために清掃業をやっています。
逆に言えば、なぜそこまで芸人を続けたいのでしょう?
僕、まだ世に出ていないので。あと、お笑いが好きなんですよ、やっぱり。

いまだに見るのも好きですし。妻も理解のある人で、「絶対に辞めるな」と言ってくれているので、お笑いを辞めずに済むよう働いている感じです。それがまた、武器になればいいなと。

毎日仕事に追われているような状況ですが、これをキッカケにこうして取材をしてもらっている。それに、1級ビルクリーニング技能士の芸人はたぶん僕だけなので、この武器を活かして何とか世に出たいなと思っています。
木下貴信(きのした・たかのぶ)
1977年9月13日生まれ。熊本県出身。B型。1996年、福岡にて下畑博文とお笑いコンビ「パタパタママ」を結成。2011年から活動の拠点を東京に移す。2019年3月、『水曜日のダウンタウン』(TBS系)の「未だにバイトしている最も芸歴が長い芸人 リットン調査団説」で「株式会社アイティートラスト」の取締役と紹介され、注目を浴びる。
ライブドアニュースのインタビュー特集では、役者・アーティスト・声優・YouTuberなど、さまざまなジャンルで活躍されている方々を取り上げています。記事への感想・ご意見、お問い合わせなどはこちらまでご連絡ください。