ブラック勤めから「毎日が夏休み」へ…あるYouTuberの“脱出劇”

写真拡大 (全12枚)

「明日はカブトムシを捕りに行こう。魚釣りに行こう」。そんな小学生の夏休み。多くの人にとっては過去の思い出だ。ところが大人になっても夏休みを続ける男が、鹿児島県・奄美大島にいる。

八丈冒険団(個人名:旭)は、現地調達した食材を調理し、動画に上げるYouTuber。東京都心部から八丈島、奄美大島へと移り住み、自由な人生を謳歌(おうか)する。猛毒を持つハブすらも、彼にかかればラーメンスープの材料だ。「“0円生活”も当たり前にできますよ」。

「もといた企業は“お”ブラックだった」と言う。ブラック勤めから「毎日が夏休み」へーー。晴れた日、旭と漁をともにするうち「もしかしたら自分にもこんな生き方ができるのかもしれない」と夢想した。

多くのモノを自ら作り出し、生活するサバイバーたちに“必要なもの”を聞く企画。生きるうえで大事なモノは何か? 旭に聞いた。

インタビュー・文/森田浩明
撮影/西田周平 デザイン/桜庭侑紀
奄美大島で活動するYouTuber。チャンネル登録者数16万人超を保有し「釣った魚で〇〇食べるぞ」と題した大自然のアウトドア動画や、現地調達した食材を調理する様子を配信する。以前はニコニコ動画に投稿していたが2017年に撤退。以降はYouTubeに専念する。2019年1月には『YouTuber × NHK 1億いいね!大作戦』(NHK BS)に出演。メディア露出の幅を増やしている。
―きょう捕った大きな貝は何という種類ですか?
タイラガイ(タイラギ)という二枚貝です。地元の人はあまり捕らないみたい。生息地は岩場で、岩に髪の毛のような繊維を絡みつけて、体を半分くらい砂地に埋めています。

この繊維がくせ者で。むちゃくちゃ丈夫なんです。1度や2度じゃとても引きちぎることができません。これはかなりの大物ですね。20回ほど潜ってやっとのことで引きちぎることができました。心臓バクバクです(笑)。
―どのようにして食べますか?
網を使ってバター焼きにするとおいしいですけど、きょうはバターを持ってきていないので、しょうゆを垂らして食べようかな。タイラガイは、貝がらは大きいんですが、意外と中身は少ないです。今回は砂抜きをしないので、内臓の毒が危ない。ですので、ヒモと貝柱だけを味わいます。
―旭さんの動画を見ていると、包丁の技術に驚かされます。どのようにして覚えたのですか?
料理は子どものころから好きでした。さばく技術は完全に独学で、本を読んだりネットを見たりして覚えました。一般的に食用と思われていない獲物をさばくときはカンが頼り。形が似た動物や魚のさばき方をマネます。それとは別に、寄生虫や毒のありかも調べて慎重に作業します。

今まで失敗したことは…取りあえずないです。
―食中毒の経験はない?
いえ。僕がさばいた魚ではありませんが、当たったことはありますよ。磯仲間が作ったシイラの刺身を食べた晩、高熱が出て震えが止まらなくなりました。関節は痛いし、朝まで苦しんだ。汚い話で恐縮ですが、洗面器を手に便器に座っている状態でした。エライ目にあった。トラウマです。

あのときは7人中4人が当たったので、けっこうな確率だったと思います。
―最近、漁師の資格(漁業権)を取ったとお聞きしました。その理由は?
動画投稿をしていると、SNSを通じていろんな人と知り合うことができます。島でも漁師たちと仲良くなって、彼らを見ているうちに自分も潜ってみたくなり、漁業組合員の資格を取りました。
―これまで食べてみて、意外においしかったものは?
オニダルマオコゼでしょうか。猛毒魚の一種で、薄気味悪い見た目をしていますが、これが意外とイケた。そのほかにもいろいろ食べているうちに「実はキワモノほどおいしい」という法則を発見しました。

次はサメに挑戦したいです。この島には、人食いのサメがいるので、捕ってフカヒレを作ってみたい。サメはアンモニア臭いイメージがありますが、すぐに血抜き処理すればおいしく食べることができます。
―そういえば、ハブを捕まえる動画には驚きました。
あれ、怖かったですよ(笑)。慣れている知り合いと一緒だったからなんとかなりましたが、ひとりならかなり危険です。ショートパンツ姿でヘラヘラしていましたが、内心は焦っていました。撮影になるとスイッチが入って強気になってしまうクセは直さないといけない(笑)。

捕まえたハブはラーメンスープにしました。ウナギをさばく要領で、頭を落として、皮をスルッとはいで、焼いてダシを取りました。

島の人は気味悪がって食べないんですよ。むちゃくちゃおいしいのに。
―ハブ以外で危険だった獲物は?
最近ではアフリカマイマイでしょうか。世界最大級のカタツムリと呼ばれていますが、素手で触るととんでもないことになる。こいつは広東住血線虫という寄生虫の(中間)宿主なんです。この寄生虫は、口から体内に侵入して脳炎などを引き起こし、最悪死に至ります。

もちろん手袋をして、使った調理器具も熱湯で消毒して、慎重に扱いました。いざ調理すると、とにかく“ぬめり”がひどい。30分くらい塩もみして、臭いを消すためにたくさんスパイスを使って、アヒージョにして食べました。味はサザエに近かったです。おいしかった。

僕からすると、あれは「食材」。奄美大島には、ちょっと歩けば踏みつけてしまうほどの数のアフリカマイマイが生息しています。だから食材がそこら辺をウロウロしているとも言える。ちゃんと調理して食べれば、極端な話、毎日の食費がタダになる(笑)。ちょっとハードルの高い暮らしですが。
―島は食材が豊富そうです。
そうですね。離島なので食べるものはあちこちにありますよ。秋は山に入ればバカマツタケなどのキノコや、そのほか山菜も多い。砂浜にはカニがたくさんいますし。奄美大島で本気でサバイバルする気があれば、1ヶ月は自然の食べ物だけで生活できると思いますよ。寝る場所と火をおこす場所はきちんと確保したいところですが。
―いま、どのような家にお住まいですか。
驚くくらい安い家賃の小さな平屋住まいです。いかにも「島の家!」って感じです。水道光熱費はかかりますけど、それ以外の出費はあまりないですね。
―これはサバイバル経験に富んだ皆さんに聞いていますが、あなたなら1ヶ月間いくらで生活できますか?
どうだろう…。本気を出して、その辺にテントを張って生活するならタダでいけるかもしれません。海の近くに、真水が流れるいい水場を知っているんですよ。海に入れば獲物も捕れるし、流木で火もおこせる。“0円生活”を試みるなら、当たり前のようにできますよ。
―旭さんは、もともと都心部に住み、その後に八丈島、奄美大島へ移住し生活をされています。現在はどのようなお仕事をされていますか?
八丈島にいたときまでは定職に就いていましたが、いまは決まった仕事はYouTube1本です。あとは不定期に捕った魚を市場へ卸したり。
―八丈島では、かなり過酷な労働環境だったとお聞きしました。
当時は観光系の営業をしていました。繁忙期になると朝7時すぎに出社して、午前0時を超えてようやく退社できる生活で、それが30日間続く。休みも全然ありませんでした。

会社に泊まり込みの夜に、突然に白目が真っ赤に染まったことがあるんです。ウサギみたいに。しばらくするとくしゃみが止まらなくなって、呼吸が困難になり、意識ももうろうとしてきて。たぶん体の抵抗力が落ちていたんだと思います。急いで病院に行くと、太い注射を打たれました。
―次の日は休みましたか?
いえ。朝からいつも通りに出社しました(笑)。そのころから動画投稿はしていて「いつかは広告で収入を得て、のんびり暮らしたい」という思いで何とか持ちこたえていました。

投稿を続けていくうちに再生数も増えていって「環境次第ならこれ1本でも生活できる」という状態になりました。それからは即決です。「じゃあ仕事辞めちゃおう! 奄美行っちゃおう!」と移住を決めました。ただ、人手が足りない会社だったので、いざ辞めるときは大変でした。それでも、さっさと奄美に家を借りて、辞表を出しました。

正直、“お”ブラックな仕事にはもう戻りたくないです(笑)。高給でキツい仕事より、ゆっくり自分と向き合って生活したい。「幸せ度」はいまがマックス。心身ともに最高です。
―なぜ移住先が奄美大島だったのでしょうか?
八丈島に、奄美大島出身の釣り仲間がいたんです。「仕事を辞めて島を出ようと思っている」と伝えたら「奄美なら俺が紹介してやるぞ」って相談に乗ってくれて。すぐに返事をして、奄美大島へはリュックひとつで訪れました。

新居に着くも、蛍光灯もない状態で。「俺、今夜どうしよう」って。日が暮れて横になっていると、真っ暗な部屋の中であちこちからガサゴソと物音がする。まったく眠れませんでした。おそらくは“アイツ”だろうと、夜が明けてから慌ててゴキブリ用殺虫スプレーを買いに走りました。
―不安定な生活にも見えますが、将来の不安はありませんか?
なるようになりますよ。普通に就職して働いていても、いつ解雇になったり会社が倒産するかわからない。病気になって働けなくなるかもしれない。

YouTuberをやっているとよく言われます。「そんなフラフラした仕事、やっていけるわけがない」って。でも、僕は自分ひとりで生きていける力がほしかった。誰かに雇われるのではなく、自らの能力で稼いで暮らしていきたかったから、これでいいんです。
―少ない金額で暮らしていくためのアドバイスをいただけますか?
本当に必要なものは何か、リストアップしてみるといいかもしれません。自分が楽しく生きるのに大切なものを順番に並べて、整理してみる。順位付けして、下位は思い切ってバッサリ捨ててしまう。ちなみに僕にとっての第1位は「海」でした。
―反対に不必要だと思ったものは?
「服」ですかね。都市部にいたころは「ブランドもの欲しいな」とか思っていました。でも島の生活を経て「それって人生をより良くするために必要なのかな」って考えるようになりました。

僕らは稼げば稼ぐほどに、ぜいたくを求めるようになる。人の欲は際限がない。どこかで高級な肉を食べれば、それが基準になって、いままで普通に食べていた肉がマズいと感じるようになる。

これは本当に必要、これは不必要と、幸せのボーダーラインをはっきりさせてあげると、自分の生き方みたいなものが見えてくると思う。僕の場合は、移住して“なんにもなし”からのスタートだったので、その辺は整理しやすかった。蛍光灯もない状態ですから(笑)。最低限が最高にありがたい。

反対にいろいろモノがそろっている状態からのスタートしか知らなければ「幸せの線引き」は難しいかもしれません。
―平均的な1日のスケジュールを教えてください。
1日のうちに「これはやらなきゃ!」というものはありません。起きる時間も寝る時間もバラバラです。

釣りに行くときは朝の3時半に起きて、弁当のおにぎりを作って、5時には家を出る。夜の8時に港に戻ってみんなで魚を降ろして、家に帰ってご飯を食べる。次の日は疲れが残っているので、自宅でゲームでもしてのんびり過ごす。

そんな生活でも、島なら何とかなるんですよ。お隣さんが野菜をくれたり「夕飯食べに来なよ」と誘ってくれたり。1週間ずっと、お招きにあずかったこともありました。何より食うに困ったら、そこらでアフリカマイマイを捕って食べればいいわけですから(笑)。
―なんだか楽しそうな毎日です。
まあ、小学生の生活みたいですよね。「あそこに行けばあれが捕れる。じゃあ行こうぜ!」って。まるでずっと夏休みが続いているような感じ。きょう一緒に海に潜った仲間も、知り合ったきっかけは「カブトムシの捕り方教えて!」ですから。

こっちにサザエがいた!と聞けば潜り、あっちにサメが出た!と聞けば船を出す。朝から晩まで働き通しだったころに比べて、ずいぶん時間が逆行しました(笑)。