他人に過度な期待はしないし、されないようにしている。SNSを自由に泳ぐ、さわぐちけいすけの思考法

“妻は他人”。一見、過激でドライに思えるタイトルで、独特の夫婦観をマンガで表現してきた、さわぐちけいすけさん。コミュニケーションの真理を簡潔に描き出した一連の作品は多くの共感を呼び、Twitter上で瞬く間に拡散。同時に、さわぐちさん自身を人気マンガ家の地位に押し上げた。デジタル世代のクリエイターにふさわしい、そのロジカルでユニークな思考法に迫りました。

撮影/和久井幸一 取材・文/友清哲 デザイン/桜庭侑紀

たった4ページのマンガが反響を呼び、一気にフォロワーが2万人に

さわぐちさんがTwitterを使い始めたきっかけは何だったのでしょうか。
アカウントを作ったのが2014年で、このときはTwitterだけでなく、Instagramやpixivなど、5つくらいのSNSに片っ端から登録したんです。それまでFacebookくらいは使っていましたが、イラストをアップするにあたり、もう少し開けたところで発信してみたいと思ったのがきっかけでした。
「開けたところ」というのは?
知らない人に見てもらえるように、拡散機能が欲しかったんです。ブログでやるならSEO(検索エンジンでキーワードに合致しやすくすること)対策をしなければなりませんが、個人でそこまでするのはさすがに面倒で。だったら誰かユーザーを経由して、自然にシェアされるツールが良かったんですよね。
で、いろいろ使ってみたところ、最終的に肌に合ったTwitterとInstagramだけが残りました。Twitterではマンガ、Instagramではイラスト、と使い分けています。
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ねこ

Keisuke Sawaguchiさん(@tricoloreman)がシェアした投稿 -

なるほど。しかし、フォロワーを増やすのは簡単なことではないと思います。さわぐちさんは当初、どのようにアカウントを運用していたのでしょうか?
最初の2年くらいは、40〜50人くらいの相互フォロワーがいた程度で、マンガをアップし続けても増えることはなかったですね。自分用のメモみたいな感じで使っていました。それがある日、妻とのことを描いた4ページもののマンガを投稿したらバズり、2日くらいで一気に2万人まで増えたんです。
この時はスマホの通知が鳴りっぱなしで、終いには電源が落ちました。Twitterにそういう可能性があることは知っていましたが、自分の投稿が突然そうした流れに乗るとは思っていなかったので、驚きましたね。それが2017年のことです。
つまり、それまでの3年ほどは、フォロワー数が増えなくてもひたすら投稿を続けていたわけですよね。
もともとSNSを介して誰かと繋がりたいとか、コミュニケーションを取りたいとは思っていなくて、勝手に投稿している感じでありたかったんです。イラストレーターとして、SNSを通じて営業しようと思ったこともありません。ただ、同一アカウントに大量の作品が貯まっていくことで、「この人は描き続けられるタイプだ」というアピールにはなったと思います。1回のバズで一気にフォロワーが増えたのも、過去の投稿を見てその点に気付いてもらたからではないでしょうか。
当初からTwitterを、ギャラリー的な用途として割り切っていた、と。
そうですね。昔と違って、最近は皆さんシビアな使われ方をしているので。例えば誰かが可愛い猫の写真をアップしてバズったとしても、それでフォロワー数が増えるようなことはほとんどないんじゃないでしょうか。
そもそも僕はTwitterにそういう期待もしていなくて、単に記録ツールとして、いつか本当にコンテンツを作ることになった時のための練習台といった感覚で使っていました。
▲さわぐちさんの制作風景をチラ見せ。街で気になるモノや人を見かけたら、ササっととスケッチしてみることも多いそう。

独特の夫婦観が話題。でも「自分のマンガのどこが面白いか、自分では不明」。

さわぐちさんが本格的にマンガ家となるのは、イラストレーターとして活動後、夫婦でオーストラリアへの短期移住を経て、日本へ戻ってからだそうですね。マンガで食べていこうと決意した理由は?
帰国してから、やはり働かなければいけなかったので、一度は就活を始めたんです。ところが、ある企業の最終面接の直前に、Twitterでバズったマンガを見たKADOKAWAの編集者が連絡をくれたので、「それならやってみよう」と思い立ちました。就職は後でもできることなので。
ただ、その編集者からの連絡も、最初は詐欺じゃないかと疑ってましたけどね。“捨て垢”っぽい個人アカウントからのDMでしたし、「いくらなんでも話がうますぎるぞ」と。でも「もし詐欺や勧誘だったとしてもマンガのネタになりそうなのでいいや」と思って会いに行って。その場でKADOKAWAの名刺を渡されたので、そこでようやく安心しました。
奥さんとのことをマンガにしようと思ったきっかけは?
何気ない普段の日常をマンガにすることが多かったのですが、それは単に何かを取材する時間やお金がなかったためでした。決してバズを狙って描いていたわけではなくて、いつかフィクションを描く時に、つまらない平凡な日常を面白く描くスキルが身に付いていれば、きっと役に立つと考えたんです。
▲さわぐちさんのイラスト練習用ノート。いつでもページを追加できるようにルーズリーフ式を持ち歩いているそう。
▲右側は以前使用していたノート。中にはイラストの構図案やメモがびっしりと書かれていました。
そこで思いがけず、ご自身の夫婦観が大ウケしたわけですが、これも計算外?
そうですね。僕にとっては普通のことだったので、ここまで反響があるとは…。ただ、僕らの夫婦関係を「変だ」と言う人が大勢いますけど、こちらの視点から見れば周囲がおかしいのであって。結局、全ての面で「普通」な人、ユニークな部分がひとつもない人はあまりいないですから、どちらが変わっているのかを考えること自体が変なのかもしれません。
作品でも描かれているように、さわぐちさんは今の奥さんと同棲するにあたり、「“改善してほしいこと”は言葉にして伝えてほしい」とあらかじめ明言されています。これは当時、どのような思いから出た言葉だったのでしょうか。
他人には言わなければ伝わらないのは当たり前。でも、言い方に気を付けなければイヤな感じに受け止められてしまいます。トゲトゲしくしないためには配慮が必要で。ちょっとした油断でせっかくの関係を壊してしまうのはもったいないですからね。何事も話し合いで解決するなら、それに越したことはありません。
その意味では、僕としては当初から一貫して、ごく当たり前のことを描いているに過ぎないので、実は自分では自分が描くマンガの面白さが、いまだによく分からないんですよね。
夫婦を題材にしたマンガがこうして反響を呼んだことで、実際の夫婦関係に何か変化はありましたか?
特にありません。妻も気にしている素振りはなく、せいぜい締め切りに追われている僕を見て、「大変そうだね」と言ってくれる程度ですね。

「とりあえず試してみよう」。思考にまで影響を受けた山下和美作品

さわぐちさんがマンガにハマったきっかけは何でしょう。これまでどのような作品を読んできましたか。
実はあまりマンガを読まずに育ってきたのですが、山下和美さんの「天才柳沢教授の生活」には少し影響を受けている気がします。「柳沢教授みたいになりたい」と思った時期もありますし、好奇心を持って何事も積極的に実験してみようというスタンスは、間違いなくこの作品の影響によるものでしょう。
自分でマンガを描いてみようと思ったのも、ある種の実験だった?
そうかもしれません。物語を考えることは好きだったので、小説でも絵本でも何でも良かったのですが、文字と絵のバランスや、コマ割りによる表現など、マンガが最もやりやすかったんです。
▲ご自宅のデスクをイラストで再現してもらいました。
それがこうしてTwitterをきっかけにプロのマンガ家になった現実を、どう捉えていますか?
特別な感動を覚えるわけではありませんが、最初の1冊が仕上がった時、自分が描いたイラストを素材に立派な書籍が出来上がったのを見て、デザイナーさんの仕事に感銘を受けました。自分自身がマンガ家になったことについては、いまだにあまりピンとこないものがありますね。
Twitterと書籍。作品に対する反響に違いはありますか。
当然ながらツイッターの方が反応速度が速く数も多いですが、書籍に対しては本そのものに対する密度の濃い感想のお手紙やメッセージが届きます。ツイッターと書籍それぞれに対して、そういった異なる性質のコメントが来るのは見ていて楽しいし嬉しいです。
インターネット上で公開された作品が本になる喜びを、どのような点に感じていますか?
それはやはり、印税が振り込まれることですよ。「稼いだ金額」は「誰かの役に立った数字」でもあると考えていますし、お金があれば次の作品を描けるので。

当初は、本の売り上げによって作品に対する評価が測れるのかなと思っていたのですが、考えてみれば作品の質にかかわらずプロモーションの手法で売れるものもありますから、売上の動向についてはあまり気にしないようになりました。
▲カフェにiPadを持ち込んで仕事をすることも多いそう。

作画はなるべくシンプルに。1回のバズより、全体の平均値を底上げしたい。

作画について、日頃から気を付けている点などはありますか。
できるだけ線が汚くならないようにすること。そのために、なるべく余計な線を減らして描くように心掛けています。例えば輪郭線を二重、三重にすると単純にバランスが取りやすいですし、マンガとして一見クオリティが高く見えますが、そこをぐっと堪えて1本の線で描きたいな、と。その分、どうしても粗が目立ちますが、シンプルに表現できますから。それに、1本の線できれいに描けるようになれば、上達している実感を得やすいので。
また、背景を書き込むと、いたずらにクオリティが高そうに見えてしまうので、それは避けています。クオリティが高く見られると後々ツラくなりますから、登場人物が外にいるのか室内にいるのかが分かる程度でいいかな、と。過剰に期待されてもこちらの力が追いつかないですからね。
さわぐちさんの描くコミックエッセイでは、吹き出しが省略されることも多いですね。
そうですね、あくまでエッセイ用の描き方として、そこは割り切っています。コミックエッセイはスピードの早いジャンルですから、その中で消費してもらうためには、人物の骨格や服のシワなどを細かく書き込む手法は求められていないと考えているので。
そうした冷静なマーケティング感覚は、フォロワー数を増やす上でも役に立っているのでは?
あくまで体験ベースのことしか言えませんが、フォロワー数を増やすには結局、作品数を増やすしかないというのが率直な実感です。その上で、できるだけクオリティの低いものを減らし、全体の平均値を上げるべきで、バズればいいというわけではありません。
ところが、多くの人はバズることがフォロワー数アップの秘訣と誤解しています。
なかには良くないバズり方というのもあると思うんです。僕自身、ちょっと前に人の「怒り」をテーマにした投稿が5万リツイートくらいまで行ったことがあるのですが、このときのネタは共感と反論がそれぞれ半々で、見ようによっては誰かをイジって傷付けるような内容でしたから、アップしたことを後悔しました。
考え方や捉え方は人それぞれだからこそ、個人的な意見を押し付けるようなことはしたくありません。だから、僕は夫婦をテーマにマンガを描いていますが、「結婚=幸せ」とは主張したくないんですよ。結婚相談所などから作画依頼をいただくこともありますが、ほとんどお断りしていますから。

夫婦円満であるためには「話が通じる」ことが大前提!

今後についてお聞きします。まずは夫婦関係において、将来のイメージはありますか?
よく「子どもができたら生活ががらりと変わるよ」と言われますが、自分としてはあまり先のことは考えないようにしているんです。予想と違う現実に直面した時に対応しにくくなりますから、「本当に子どもが生まれたら、きっといろいろ大変なんだろうな」と思うくらいで。
▲2冊目の著書、「人は他人 異なる思考を楽しむ工夫」の一部。さわぐちさんの、ひとつの手法に固執しないスタイルが、変化を恐れずチャレンジを続けられる秘訣なのかも。
この先も変わらず夫婦円満であるために、気をつけていることは?
これまでと同様に、何か問題が起きたらその都度ちゃんと話し合うこと以外、特にありません。もし、夫婦が絶対にうまくいく方法を見つけられたら、僕はベストセラー作家になれるでしょう。
そもそも話し合いで人間関係を維持するためには、話が通じる相手であることが大前提です。「どんな人と関わりたいのか」を自分自身と話し合いながら、選択していくのも同じくらい重要だと考えています。
読者やフォロワーの方から、結婚について相談されることも多いのでは?
そうですね。でも、「このままでは離婚してしまいそうなのですが…」と相談されても、離婚すればいいじゃんというのが正直な気持ちで。みんな、離婚が悪いことだと思っていますけど、本当はツラい状況から解放されるための前向きな手段のひとつであるはず。
同じく、結婚だって必ずしも良いことではないと思っています。僕たちの場合は、もともと東北の田舎で暮らしていたため、周囲のプレッシャーもあり、一緒にいるためには結婚の形を採った方が何かと都合が良かっただけのことです。
仕事面ではいかがでしょう。今後、マンガ家としてどのようなキャリアを思い描いていますか。
いずれはエッセイではなく、フィクションに移行したい気持ちはあります。いつまでこうしてエッセイを描き続けられるか分からないですから。
もともとミステリーが好きで、東野圭吾さんや森博嗣さん、伊坂幸太郎さんなどの作品をよく読んでいるんです。多少の謎解き要素があり、伏線回収の面白さが表現できるエンタテインメントを描いてみたいですね。小説ではなくマンガならではの表現で読者を楽しませることができるような作品に、挑戦できればいいなと考えています。
さわぐちけいすけ
1989年生まれ、岩手県出身。2017年春に夫婦関係についてのツイートで注目を集める。2018年11月22日に「妻は他人 ふたりの距離とバランス」を上梓。既刊に「妻は他人 だから夫婦は面白い」「人は他人 異なる思考を楽しむ工夫」(全てKADOKAWA/エンターブレイン)がある。

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