ロスジェネ逆転劇「デジタルで僕は自由になった」中道裕大

マンガがスマホで読まれ、SNSでシェアされる現代。マンガ家になる方法も制作風景も、かつてと大きく変化してきています。「デジタル時代のマンガ家の机」シリーズでは、デジタルデバイスを駆使して活躍されているマンガ家さんにインタビュー。

今回は、「ゲッサン」(小学館)誌上にて、ボードゲームをテーマにした「放課後さいころ倶楽部」(以下、「さいころ倶楽部」)をフルデジタルで描かれている中道裕大さんにお話を伺いました。

撮影/笹井タカマサ 取材・文/鈴木麻子 デザイン/桜庭侑紀

物語に寄り添ってマンガを描いていたら、自然に時代にマッチしていた

最近はWeb上やスマホアプリでマンガを楽しむ読者も多いですが、そのために工夫していることはありますか?
僕はキャリアのスタートが雑誌連載なので、実はWebで読まれることを意識したことはあんまり、ないんですけど…Webが前提ならもう見開きは作らないほうがいいんじゃないかなって思います。実は「さいころ倶楽部」は、見開きがほぼないです。
アクションマンガなんかで見開きシーンが出てくると「来たーっ!」っていう爽快感もありますが、確かにデバイスによっては難しい表現のような気がします。「さいころ倶楽部」は大きなコマも少なめですよね。
▲「さいころ倶楽部」の場合、ゲームが初登場するコマは大きめになっていることが多い。12巻より。
そうですね。単に、読み切り形式にしたり、日常的なストーリーを進める以上、そんなに大ゴマが割れなかったという、結果論なんですけど。物語の性質に応じて描いていたら、自然にスマホでも読みやすい形になっていたのかな。
紙やWebに関係なく、読んでもらうための工夫というのはありますか? 例えば「さいころ倶楽部」ではボードゲームの解説というのが、毎回入っていますよね。
ルール解説は基本的に、登場人物のセリフで言わせることになるんですよ。人によっては読まないだろうな、というのが前提としてあって。なので“読ませる工夫”というよりも、“読まなくても話が分かる工夫”をしてます。バーッと読み飛ばしたとしても、その後の展開で「あ、この子が勝ってるな」とか。飛ばしてもある程度分かる構成にしようと意識しています。ま、マンガをザッと読んでみて、ルールが気になったら、また戻ってもらえればいいな、くらいの気持ちですね。
▲ルールが理解できていなくても、どちらが不利/有利かは一目瞭然。同12巻より。

マンガは十種競技。絵は人並みでも、他の強みでカバーできる

連載デビュー作「ハルノクニ」(小学館)は浜中明さんの原作でしたが、原作があるものとないもので描き方に違いはありますか?
▲「ハルノクニ」1巻表紙
「ハルノクニ」当時は、浜中さんもマンガの連載は初めてだし、僕も原作付きで描くのが初めてだったんですよ。右も左も分からないふたりだったので、原作がどうというよりは、打ち合わせの中でどんどん話が変わっていったような。振り返ってみると、浜中さんには申し訳ない気持ちでいっぱいです(苦笑)。

ストーリーを最初から作るのは大変ですけど、自分はどちらかというと絵を描くより、話や設定を考える方が好きなので…。
えっ! こんなにキレイな絵を描かれるのに?
いや、絵に関してはけっこう早い段階で諦めていて。そりゃあ一般の方からすれば“描ける”方なのかもしれないですけど、トップクラスのマンガ家の方々と比べると…「どんなに練習しても、ここまでは到達できないな〜」と思っています。天井知らずに上手な方が、この世界にはたくさんいますから。

でも、この業界ではよく言われることなんですけど「マンガは専門種目じゃなくて十種競技」なんですよ。絵はほどほどでもキャラクターを作るのが抜群に上手だったり、面白い話を作ることが得意だったり。他の部分でカバーできれば良い作品になり得るので、僕も諦めずに描いていこうかなと思ってます(笑)。
中道さんが得意なことは、何だと思いますか?
コンパクトにまとめることが上手、かな? 僕は新人賞(第50回小学館新人コミック大賞)をもらってから連載を始めるまでの下積み期間が長かったんです。読み切りばかり描いていた時期があるので、そこで構成力が磨かれたという。
読み切りは、ゼロから始めた話が1話で完結するわけですよね。
そうです。「さいころ倶楽部」も、1話だけ読んでも分かるように描いているつもりです。月刊誌ではこれ、けっこう大事なことだと思っていて。コミックス派なら問題ないと思いますけど、「雑誌のこの号を初めて買ってきました!」というときにパッと読める作品が載っているかどうかは、雑誌読者にとっては大きなポイントだと思います。

モテなくてもいいから、マンガ家になろうと決めた

そもそも、マンガ家を目指された理由をお伺いしても良いですか?
高校時代までは、王道の少年マンガしか読んでなかったし、部活動で忙しい普通の男子でした。そんなとき、“エヴァンゲリオン・ショック”が来たんです。エヴァ(「新世紀エヴァンゲリオン」・テレビ東京系)がなかったら、もしかしたらマンガの道に行かなかったかもしれない。
それほど!?
最初エヴァは今ほど有名ではなかったんですけど、オタク仲間の間では「あれはヤバい」とウワサになりました。地元の京都では当時放送がなかったので、テレビ大阪が映る地域に住んでるヤツが録画してきたのを借りて、半年遅れくらいで見ましたね。

僕らの時代(1979年生まれ)って、今ほどマンガやアニメが市民権を得ていなくて。高校生にもなってマンガやアニメの話をしているヤツは、スクールカースト的には最下層のオタク、みたいな偏見があったんですよ。僕はサッカー部だったから、マンガが面白いだなんて友達に言えなかった。とはいえ、やっぱり好きだから、コソコソ隠れて読んでたんです。絵も描いていたんですけど、そんなの誰にも言えなかった。
マンガやアニメを見ているだけでイジられていたとは…Twitterで2次元トークが盛り上がる現在とは、隔世の感がありますね。
そんな時代だったんです(笑)。でも、エヴァを見たときに、「何これ、すげぇ!」「これを作った人は本当にヤバイな」と感じて。そのとき、「サッカー選手よりも、このアニメを作った人を俺は尊敬する!」って思っちゃったんですよ。

そして、もうモテなくてもいいじゃん、って開き直った。「素晴らしい作品を作れるのなら、一生モテなくてもいいや。だから本当に好きな道、マンガ家を目指そう」って思ったんですよ。
モテたい盛りの男子高校生にそう決意させるなんて…。じゃあ、中道さんが一番影響を受けたのはマンガ家ではなく、エヴァの庵野秀明監督なんですね。
そうです。庵野監督は、僕の中でずっと神ポジション。

「バキ」のようなバトルマンガに憧れ、挫折

前作は「月の蛇〜水滸伝異聞」(小学館)という歴史ものでしたね。もともと歴史ものがお好きなんですか?
▲「月の蛇〜水滸伝異聞」1巻表紙
歴史と、バトルが好きです。一番好きなマンガは「グラップラー刃牙(バキ)」(板垣恵介/秋田書店)。
僕は来年で40歳で、年齢的にいわゆる”ジャンプ世代”だから、小さい頃は「ドラゴンボール」とか「SLAM DUNK」、「幽☆遊☆白書」(全て集英社)を読んで育ちました。しかも、少年誌で連載していることもあって、ずっとバトルやアクションものを中心に描いていたんですよ。
マンガのジャンルとしては、メジャーど真ん中ですね。今の作風からすると意外です。
はい。過去に描いていたものは王道路線だけに作品数も多く、埋もれてしまって、なかなか芽が出なかった。どうせなら思いっきり、自分が好きなものをやってみよう! と“歴史×バトル”を描いたのが、「月の蛇」。ただ、連載中から読者の温度感とズレがあるなというのは感じていて。
中国の歴史って面白いですけど、素人目にも難しい気がします。描きながら迷っていたところがあったんですか?

もう、ずーっと迷ってましたね。読者の反応は、コミックスの部数にも如実に現れますから。で、その連載が終わったときに、「このままの路線じゃダメだ、変えなきゃ」と決意した。

悪人がいない世界、「けいおん!」の衝撃

そこで「日常系」に転向されたんですね。
はい。でも、それまでは全然「日常系」のマンガを読んだことはなかったんですよね。
えっ、じゃあ、何がきっかけだったんですか?
まず、「月の蛇」の連載を終えたときに、空白の期間を作りました。貯金が尽きるまで、徹底的にテーマを模索しようと思ったんです。
自分の趣味100%と言える作品はもう描いてしまったし、しかも思ったほどの反応は得られなかった。次は何で勝負に出ればいいんだろうって、丸1年間くらい悩んでましたね。
その時期に出合ったのがボードゲームです。直感的に、ボードゲーマーとマンガ好きって相性が良いんじゃないのかな? と感じて。あとは、それをどういう形でマンガにしていくか考えた。
▲世界中のボードゲームが、3面ある棚にびっしりと並ぶ。
エッセイ、ルポ形式や「ボドゲバトル」もできなくないですもんね。
そのとき、ちょうどアニメ「けいおん!」が最終回を迎え、話題になっていて。僕は “日常系”も“かわいい系”も触れたことがなかったんですけど、時間を作っていろんな作品をチェックしていた頃だったので、なんとなく見てみたんです。…すごいショックでした。
▲好評発売中「けいおん!」シリーズ コンパクト・コレクションBlu-ray ©かきふらい・芳文社/桜高軽音部
ショック、ですか。
はい。それまで自分が描いてきたものは、悪者が出てきて、それをやっつけることでカタルシスを得る、というものだった。悪者がいない世界でどう物語を作ればいいのか、発想がなかったんですよね。でも「けいおん!」には、悪い人なんて全然出てこないんですよ。なのに、すごく面白いし、最終回ではボロ泣きになるほど感情移入してしまって。「こういうやり方もあるんだ…」と、大きく価値観を揺さぶられました。
「さいころ倶楽部」の主人公が少年ではなく、女の子たちになった理由は、そこにあったんですか?
はい。完全に「けいおん!」にインスパイアされています。類似点も多いんじゃないかな。

もう“液タブ”がないとマンガが描けない

路線変更されて「さいころ倶楽部」の連載を開始した頃、ちょうど作画方法にも変化があったそうですが。
フルデジタルにしました。5〜6年前まではGペンで描いてたんです。トーンやベタの仕上げには少しずつデジタルを取り入れていたんですが、ペン入れがうまくできなくて、完全に切り替えられなかったんですね。
その問題をどうクリアされたんですか。
液タブ(液晶タブレット)を買っただけなんですが、それが革命的でした(笑)。以前は板タブ(手元のパッドで描いたものが画面に映るタイプのタブレット)を使ってたんですけど、描いたつもりの地点から線が微妙にズレるんですよ。ストレスがすごくて。仕上げはできてもペン入れは無理だなと思っていた。
それが、連載が始まった頃、ちょうど液タブの価格が下がってきたので、思い切って取り入れたら、全てが解決しました(笑)。
▲中道さんの昔の作業机を、記憶を辿ってイラストで再現していただきました。インクやトーンが散らばりがちだったそう。
▲すっきりとした現在の仕事部屋。写真向かって中道さんの右後方にあるのが愛用のタブレット。
▲ご自宅には2匹の愛猫が。仕事部屋に遊びに来て、じっと中道さんを見つめていることも。
▲デスクの端には資料が並ぶ。最近は筋トレにハマっているそうで、関連本もチラホラ。
▲中道さんの工程の一部を、ムービーでご紹介!
前回の連載までは、最初にGペンで描いたものをPCに一度取り込んで、デジタル仕上げをしてました。この取り込み作業がすごく煩わしくて…スキャンして整えるだけで、半日つぶれちゃうんです。
半日! めちゃくちゃ時間がかかってたんですね。
そうなんです。昔はアシスタントスタッフふたりと僕の3人で作画に20日以上かかっていたけど、今は僕ともうひとり、ふたりで15日前後で終わるので…。
工数で言うと30人日短縮されてますね。予想以上に使いやすかったと。
かれこれ20年くらいマンガを描いてますけど、昔のマンガ家さんにこれを教えてあげたら、「ウソでしょ?」ってびっくりすると思いますよ。トーンがはみ出した部分を削る作業とか、僕、大嫌いでした(笑)。灰色を塗りたいだけなのに、どうしてこのシールを貼らなきゃいけないの?って。しかも削りカスが出るから、部屋中が粉だらけだったんですよ。今はゴミも出ないし、空気もクリーンです。
中道さんはきれい好きというか、ミニマリストの気がありますよね。ボードゲームが溢れた部屋にお住まいなのに、すごく片付いていますし。
うーん、元々はそうでもなかったんですけど、どんどんミニマリストになってきていますね。余計なものは買いたくない。ゲームは必需品ですけど(笑)。でも棚から溢れた分は、定期的に人にあげたりするようにはしています。

「さいころ倶楽部」が始まったあと、引っ越し・結婚・マンガのデジタル化、と人生の転機がいっぺんに訪れて、一気にモノを持たない生活になったのかも。
▲こちらはボードゲームのコレクション部屋。ボドゲ好きには夢のような空間。

「技術」から「知識」へ、時代の転換点を見てきた

中道さんは、ペンとインクのアナログ手法でマンガの修行をされたんですよね。
昔ながらのやり方で、先輩マンガ家のアシスタントをやってましたよ。集中線(効果線)の引き方、消しゴムのかけ方、ベタの塗り方に至るまで徹底的に教えてもらった。そういうのは、僕ら世代でもう終わりじゃないかな。
これからマンガを描き始める人は、最初からタブレットを使うことがほどんどでしょうし、アシスタントを経ずにデビューする人も増えていますよね。
写真がフィルムからデジタルになったのも、データ送信がFAXからパソコンやスマホに変わったのも経験したし、僕らはデジタル化の影響を大きく受けた世代だと思うんですよ。技術がそれほど必須でなくなって「損したな」「あんなに練習したのは時間のムダだったのかな」と考えることも正直ある。でも、これからマンガ家になる人は、今だからこその大変さがあるとも思います。

「ペンの角度」とかを練習する必要はないけど、例えば「『クリップスタジオ』のAというブラシにBというフィルターを掛け合わせるとこんな絵が作れる」というような知識が必要になるじゃないですか? ソフトウェアも進化するし。これからは技術以上に、知識を絶えずアップデートしていくことを求められていると思います。
「知らないと描けない」時代になっているから、昔の職人さんみたいに「一度技術を習得すれば、ずっと食べていける」ってわけじゃない。僕も今は連載に必死で時間はないけど、常に勉強したいと思っています。背景の3D化とかも試したいですね。
中道裕大(なかみち・ひろお)
1979年生まれ。「ゲッサン」(小学館)にて「放課後さいころ倶楽部」を連載中。最新コミックス13巻が2018年12月12日に発売されたばかり。同作品はアニメ化も決定している。

「【動画あり】デジタル時代のマンガ家の机」特集一覧

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