川村元気が心の“違和感ポケット”から生み出した『映画ドラえもん』
川村元気が、国民的アニメの集大成とも言える『映画ドラえもん』に挑む――。もっとも尊敬するクリエイターである藤子・F・不二雄の「コピーロボット」として “Fイズム”を継承したという川村。そのなかで、自身の心に引っかかっている「違和感」や「忘れられないこと」を素材に、新しい『ドラえもん』を創出した。柔らかな口調で語られるその過程は、じつにストイックなものだった。
取材・文/とみたまい 制作/iD inc.『ドラえもん』の脚本を書くことに「絶対失敗できない」
- シリーズ通算38作目、そして、藤子プロ創立30周年記念作品となる『映画ドラえもん のび太の宝島』ですが、最初に藤子プロから脚本のオファーがきたときは、どのように感じられましたか?
- 創立30周年記念作品ということを最初は聞いていませんでしたが……F(藤子・F・不二雄)先生は僕が一番尊敬しているクリエイターなので、正直なところ最初は、「ちょっとこれは、どうしたもんかな?」と思いました。もちろん嬉しいけれど、「絶対に失敗できないなあ」と、けっこう悩みましたね。
- それでも「やろう」と思った理由はなんでしょう?
- 自分のなかで「これ」という物語が出てきたら書いてみようかなと思って、半年くらい悶々と考えていて。それで出てきたことがあったので、「できるかな?」と、ようやく思えたというか……でも、本当に悩みましたね。ただ、自分のなかにもやっぱり“F性”みたいなところがあったので、アイデアが出てきてからは意外とすんなりいきました。
- “F性”とは?
- 子どもの頃から『ドラえもん』をすり切れるくらい読んできて、“自分が住んでいた世界”という親近感があったので、たとえばのび太のセリフを考えるときも、苦労しなかったんですね。
- 『ドラえもん』の世界観について、藤子プロから改めて説明はありましたか?
- 「F先生が大事にしていたのは、こういうことですよ」と、かなりハッキリとご説明いただきました。たとえば「大人の力を借りないで、子どもが自分たちだけで問題を解決する」とか、いろいろあるんです。「あ! なるほどなあ」と思うところもあって、物語のヒントになりましたね。
- たとえば、どんな部分がヒントになったのでしょう?
- 「子どもが子どもだけで問題を解決する」というのが、ファンタジーではなくリアルに起こる状況ってなんだろう?とかは、すごく考えました。「子どもだからこそ、大人の思いや言動をひっくり返せることってあるんじゃないのかな?」って……。そういったところがテーマの根っこになるんじゃないかな?と思いました。
- 「子どもが大人の思いや言動をひっくり返す」というのは…。
- 大人たちって、最短距離で目的地点に到達するためにすごく急いでいて、イライラしてるなって最近思ったんです。たとえば飛行機が着陸した瞬間にものすごい勢いでシートベルトを外して(笑)、「そんなに早く降りたいの?」って思いますよね。子どもたちは、そういう大人のことをどう見ているんだろうかと。「なんでそんなに急いで飛行機を降りないといけないんだろう?」って感じているんじゃないかなあと……。
- そういう視点から本作が描かれているんですね。
- そうですね。今回登場する、のび太たちを襲った海賊船の船長・シルバー(声/大泉 洋)ってある種、大人の象徴なんです。「自分が正義だ」と思い込んでいるシルバーが、のび太の言葉にハッとさせられる。「子どもだから気付けること」というのが根幹にあるような物語がいいなと思っていたので、藤子プロさんから改めて『ドラえもん』の世界観をご説明いただいたことで、「じゃあ、そういうテーマにしてみよう」と思うことができました。
“藤子・F・不二雄のコピーロボット”になるために
- 『映画ドラえもん のび太の宝島』はタイトルの通り、太平洋に突如現れた宝島へ向けて、船を漕ぎ出すのび太たちの冒険を描いた物語ですが、「宝島」というモチーフはどこから出てきたのでしょうか?
- 「宝島」に行き着くまでの説明が少し長くなってしまうのですが……脚本を書くことになって、僕が最初に決めたのは「F先生のコピーロボットになる」ということでした。
- そのために、なにから始めたのでしょう?
- F先生のこれまでのインタビューを読み込んで、過去のてんとう虫コミックス全巻、大長編(藤子・F・不二雄による漫画作品、およびそれらを原作として制作された映画シリーズ)を全部読み直して、「なるほど、こういうふうに考えているんだなあ」とか「こういうことにヒントを得て物語を組み立てるんだな」など、いろんな気付きを得ました。まあ、もともとそういったことをやってみたくてお受けした部分もあったので……。
- というのは?
- 「自分が尊敬する藤子・F・不二雄という作家は、実際にどうやって作品を作っていたんだろう?」と調べながら書くことで、その存在に近づくことができるんじゃないか、みたいな思いですね。
- 具体的にはどのような気付きがあったのでしょう?
- F先生は落語が大好きだったということもあって、『ドラえもん』には落語的な要素がたくさん含まれているんですね。なかでも「三題噺(さんだいばなし・観客にその場で出してもらった題目3つを織り込み、ひとつの落し話に仕立てる落語スタイル)」に影響されている作品が、最初のほうでは多かったんだなと感じました。
- 藤子・F・不二雄さんの作品における3つの要素とは?
- “古典性”、“時事や化学ネタ”、そして“ゲストキャラ”の3つだと思いました。それで今回も、この三題噺をどうやってクリアしようかと考えていたときに、(ロバート・ルイス・)スティーヴンソンの小説『宝島』はまだ『ドラえもん』で描かれていないなと思ったんです。僕自身、すごく好きな児童文学なので、「これをベースにできないかな?」と考えていました。
- まさに、ひとつ目の“古典性”ですね。
- そうですね。ふたつ目の“時事や化学ネタ”については……小笠原諸島に噴火で新島(西之島)ができたというニュースがすごく面白くて、「現代でも、新しい島ができるなんてことがあるんだ」と思ったんです。F先生だったらそういうことを、絶対に『ドラえもん』で描くだろうなと。じゃあ、突然新しい島ができて、それが宝島だったらどうなるんだろう?って、ひとつ目とふたつ目がくっついたところから、今回のような物語になっていきました。
- 3つ目の“ゲストキャラ”は?
- 今回、クイズ(声/悠木 碧)というオウム型のロボットが出てくるんですが……見ている子どもたちも一緒にクイズを解いていくことで、物語の謎が解けていくような話にしたいと思ったんですね。それで、海賊のモチーフであるオウムがロボットになっていて、冒険のヒントをクイズにして出題するというのがいいんじゃないかと考えました。
- そうやって三題噺ができあがったのですね。
- 「この3つをうまく組み合わせることができれば、ユニークな話になるんじゃないか?」と思えたので、そこでようやく「あ、これだったら書けるかな?」と思いましたね。
“違和感ポケット”にあるものがくっついて物語になる
- いますごくナチュラルにご説明いただきましたが(笑)、その3つは一体どこから出てくるのでしょう?
- もともと僕は、「自分のなかでずーっと気になっていること」や「最近気になり始めたこと」というのが絶えずあって。そういったものが3つぐらい重なる瞬間に、物語が急に生まれたりするんです。だから、ずーっと忘れられないことを大事にすることと、見すごしてしまいそうだけど「なんかこれ、変だな?」って思うものを……四次元ポケットじゃないですけど、“違和感ポケット”に入れておくことでしょうか。
- “違和感ポケット”ですか?
- 僕が自分でそうやって呼んでいるものがあるんです(笑)。以前、携帯を落としてしまったことがあって、携帯がないから電車に乗っても窓の外を見るしかないんですね。そうしたら虹が出ていて、「あ、虹が出てる!」ってビックリしながら周りを見たら、僕以外の全員が携帯を見ていて虹に気付いていないっていう……。
- 「なにかを得ることは、なにかを失うこととセットなんだな」っていう気付きが、小説『世界から猫が消えたなら』(マガジンハウス)が生まれるきっかけのひとつになっていたりするんです。
- 脳腫瘍で余命わずかと告知された主人公が「この世界からひとつなにかを消す。その代わりにあなたは一日だけ命を得ることができる」と悪魔に言われて、取引をする7日間を描いた作品ですね。
- 『世界から猫が消えたなら』も三題噺なんです。脳腫瘍で亡くなった僕の叔父が言った「俺が死んでも、この世界はまったく変わらないから」っていう言葉がすごく悲しくて、なんとか叔父に言い返したい気持ちがあった。それと、いま言った携帯の話と、震災後の「いつ死んでもおかしくない」みたいな空気感……。その3つでなにかできないかな?と思ったんです。
- なるほど。
- そうやって、“違和感ポケット”のなかで熟成されたものが、あるタイミングで3つくらいくっついて出てきて、物語になっていくというのが、僕の作り方ではありますね。
- 小笠原諸島の噴火がなければ、本作もまったく違う物語になっていた可能性があるということですよね。
- それはありますね(笑)。あのニュースって当時、みんな「へえー!」って思ったじゃないですか。でも、忘れていくんですよね。僕はそういうのをずっと覚えているというか……毎日気にしているわけではないけれど、物語を書くときに、ふと出てくるんですよね。
- その“違和感ポケット”は、川村さんの頭のなかにある?
- 頭というか、心に近いかもしれないですね。メモを取っても忘れちゃうことがほとんどなので、メモは取らないんです。でも、どうしても気になっていることって、メモに取っていなくても、物語を考えるときに急にふっと自分のなかから引っ張り出されてくるから、自分の心に引っ掛かったことは大事にしていますね。
- 川村さんが物語をどのように創出されているのか、とてもよくわかりました。
- F先生も、そうやって物語を作っていったんじゃないかな?って思うんですよね。たとえば『映画ドラえもん のび太の恐竜』も、フタバスズキリュウの化石が福島で見つかって、「日本にも恐竜っていたんだ!」っていう驚きがずっとご自身のなかであって、それを物語にしたいと思って作られた作品なんじゃないかなあ?って。僕の勝手な想像ですけど(笑)。