独身者は経済的に余裕があるイメージを持たれることが多いようですが……(写真:Graphs / PIXTA)

「独身貴族」という言葉があります。

今はあまり使われていないですが、この言葉の歴史は案外古く、最初に使われたのは40年以上前の1977年頃と言われています。時代は高度経済成長期が終わり、安定成長期と呼ばれた頃です。当時は男女ともに95%以上が結婚していたほぼ皆婚社会でした。当然、未婚化も少子化もまったく叫ばれていない時代です。

「独身貴族」とは、本来「おカネと時間を自分のためだけに使える存在」という定義であり、決して「裕福な金持ち独身」という意味ではありません。が、「貴族」という言葉の力からか、リッチで好き勝手に遊びまくっているというイメージがつきまといます。

ドラマが「独身=悠々自適」というイメージを醸成

そんなイメージを決定付けた一要因には、ドラマの影響があると考えられます。典型的なのが、2006年に放映されたドラマ「結婚できない男」(フジテレビ)でしょう。主演の阿部寛演じる桑野信介(40歳未婚)は、有能な建築家で、高級マンションに一人で住み、一人きりの食事を好み、趣味はオーディオでのクラシック鑑賞という、まさにソロ男気質の自由気ままな独身生活を楽しんでいるという設定でした。


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さらに、2013年にはタイトルもそのままズバリの「独身貴族」(フジテレビ)というドラマが放映されました。

草磲剛演じる主人公の星野守は、映画プロデューサーで社長。もちろん未婚です。第1話で彼が乗っていた車は、ロールスロイス・ファントムという車で、6.8リッターV12エンジンを搭載し、新車価格なら4000万円以上もする高級車です。

このように、物語での独身貴族は大体裕福に描かれることが多く、そうしたイメージの刷り込みが独身貴族という言葉に誤解を与えている気がします。昨年、独身税の導入という話が石川県の主婦たちから提案され議論を呼びましたが、それもこうした誤解に起因するのでしょう。

はっきりと申し上げておくと、いつまでも結婚しない男たちが全員そんな裕福であるはずがないのです。むしろ20〜30代の独身男性はほとんどが低収入層で占められています。それは、前回の記事『収入重視女と容姿重視男に未婚が多いワケ』でもご紹介した通りです。平均収入である400万円を超えている単身男性は全国ではたったの25%しかいません。300万未満の収入しかない単身男性だけで全体の過半数を占めます。

そうした独身貴族と言われる人=ソロモンたちの家計の実情はどうなっているでしょうか?

総務省の家計調査は1946年から始まった国の基幹統計のひとつであり(当初は「消費者価格調査」)、消費の実態を把握するのに有効な資料です。ただ、もともとは二人以上の家族世帯単位の調査であり、一人で暮らす単身世帯は対象外でした。国の統計として単身世帯が正式に加えられたのは比較的最近のことで、2002年からです。

しかし、相変わらず国民の消費動向というニュースにおいては、基本的に二人以上世帯、つまり家族のデータだけが使用されます。日本は2015年時点で単身世帯比率は約35%に達しており、もはや決してマイノリティとは言えない規模です。消費力を測る上で単身世帯の動向を無視しては実情とかけ離れてしまいます。総務省では現在、単身世帯に加えて、家族と同居する世帯員の消費動向を把握すべく、家計ではなく「個計化への対応」を検討中のようですが、現状の統計としては家計調査に頼らざるをえません。

家族と単身の消費傾向が異なるのは当然ですが、同じ単身世帯でも男女間ではまた大きく違います。男女合計での見方をしてしまうと平均化されて特徴を見逃す危険があります。さらに、同じ単身世帯でも現役層と高齢者層という年齢でも大きく消費傾向が異なります。今回は、家計の比較に際して、単身世帯は高齢世帯を除き、男女別に勤労者59歳までの人だけを抽出し、二人以上の勤労家族世帯と比較することとします。

単身者の実収入は下落基調

まず、実収入ですが、2007年基準で比較すると、二人以上世帯が全体的にゆるやかに上昇して2017年時点では基準を超えているのに対し、単身世帯は男女とも2009年以降一度も基準を超えたことがありません。全体的に右肩下がり基調です。特に、単身男性は2014年にやや盛り返したものの、また下降して、2016年には10%近くも減少しています。


実収入は上がっていない単身世帯ですが、直接税や社会保障費負担(非消費支出)および消費税を加えた税関連負担についてはどうでしょうか?

二人以上世帯も単身世帯もどちらも負担率は上がり続けてはいますが、グラフでおわかりの通り、単身男性の負担率が圧倒的に高いことがわかります。2015年には実支出に占める割合が34%近くまで上昇しています。これは、単身男性にはいろいろな控除がないことによりますが、大きな負担になっています。2017年実績では、単身男性の税関連負担は、二人以上世帯に比べて2.7%高く、奇しくもこれは二人以上世帯の教育費の比率とほぼ一緒です。単身男性たちは子どもがいない分を国庫に入れているのです。もはや、これは可視化されていない「独身税」のようなものではないでしょうか。


続いて、単身と家族のエンゲル係数(消費支出に占める食費の割合)の違いを比較してみましょう。こちらも非消費支出と同様、単身男性が圧倒的に高くなっています。エンゲル係数の増加は、実収入の下落基調に加え、食品の物価が上昇したことが大きな要因であることは確かで、さらに2014年の消費増税の上乗せというトリプルパンチとなっています。もちろん、これは単身男性だけではなく、単身女性も家族世帯もすべて影響を受けています。


品目別に見ると…

食費の中の項目で2007年と2017年とでどれくらい消費実額が増加したのかをまとめたのが以下のグラフです。食品の物価上昇を考慮に入れるため、同時期の各分類の物価指数増加分をゼロとした場合の純粋な食費支出増減比較を見ることとします。


興味深いのは、二人以上の家族世帯の場合、物価上昇に敏感に反応している点です。物価が大きく上昇した魚介類・果物・菓子などはすべて支出減で、節約の意思が見られます。一方、単身男性は値上がりしている肉類や野菜もむしろ大きく消費額が伸びていますし、なぜか、それほど物価上昇が大きくない油脂・調味料が44%も増えています。

逆に、おにぎりや弁当などの調理食品はそれほど伸びていません。これらは、もしかするとソロ男たちの内食化や健康志向などと関連しているのかもしれません。ちなみに、健康志向とは逆行する菓子類も伸びていますが、ソロ男の菓子好きは筋金入りであり、そこを削減する意識は薄いといえるでしょう。

推測するに特にソロ男たちは家計簿をつける習慣がなく、物価上昇に対してあまり頓着していないことが考えられます。とはいえ、手取り収入が減っているのは現実であり、そこでどうするかというと、もっとも支出している分を削減するのです。

ご覧のとおり、単身男女とも外食費は約2割以上も減少しています。『外食費は1家族以上!独身男は「よき消費者」だ』でも紹介したように、特に単身男性の外食費は、一人で一家族分以上実額で使っています。それは今も変わりませんが、10年前より消費額は抑えめになっています。

よく考えずに日々の食費を使っているものの、月末になるとどうも手持ちが少ない。仕方なく、もっとも金額の大きい外食を削っているのでしょう。これでは、月3万円のお小遣いでランチは立ち食い蕎麦一択になっている既婚のお父さんと境遇としては変わらないと言えます。

ちなみに、単身男性の場合、食費以外でも2007年と2017年を比較した場合、被服費や交通通信費は2割減、教養娯楽費は3割減です。決してアイドルやアニメ、旅行や趣味のおカネを使いすぎているわけではありません。

将来的に「消費の主役」は独身に

独身人口は確実に増加します。単身世帯以外も含む全独身消費市場は、私の試算では、2020年に100兆円を超え、2030年には家族の消費額を抜きます。今後は独身の消費力が市場経済を左右します。

そんな未来経済の主役になるべき多くのソロモンたちが、諸々の要因からその消費行動を抑えざるをえない今の状況は、景気面からも決してよいとは言えません。多くのソロモンたちは、全体的に収入が伸びない中、税金や社会保障費の控除もなく、物価上昇や消費税率アップなど消費に関わる費用もかさみ、とても「独身貴族」などと呼べる豊かな生活は送れてはいません。それどころかギリギリの暮らしを強いられていると言えます。

所得が大幅に増える見込みのない中、来年に迫った消費税率アップが、彼らにトドメを刺すことにならなければいいのですが……。