幸せにお金は必要か。山ごもりするサバイバー・カメ五郎の回答

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「シカが掛かりました」。サバイバー・カメ五郎から連絡があった。

野草を摘み、昆虫を食べ、枝をハンモック代わりにして寝る。自給自足の様子を動画で配信し続ける男に話を聞くため、神奈川県・西丹沢の山奥に足を踏み入れた。

「精肉店でお肉を買うことに、罪深さを感じる必要はありません」。獣をその手で殺め、ていねいにナイフで皮をはぎながらカメ五郎は言う。見たくないものから目を背けるのは当然のことだ、と。

多くのモノを自ら作り出し、生活するサバイバーたちに“必要なもの”を聞く企画。「お金がなくても幸せになることはできる」。カメ五郎はつり上げた獲物を見つめ、つぶやいた。

※本文中に動物を解体する写真が出てきます。

インタビュー・文/森田浩明
写真/西田周平 デザイン/桜庭侑紀
1988年2月生まれ。神奈川県出身。「和製ベア・グリルス」と呼ばれ、野草、虫、魚、甲殻類、爬虫(はちゅう)類、両生類など食べられる物は何でも食べるというサバイバルを実行する。2010年5月、多摩川の河川敷にて自給自足で2泊3日を過ごす動画『多摩川自給自足生活』をニコニコ動画へ投稿。その他『自然を食べよう!』など多くの動画で人気を集める。『しゃべくり007』(日本テレビ系)、『指原カイワイズ』(フジテレビ系)などテレビ出演多数。アウトドア雑誌『Fielder』(笠倉出版)で連載中。
―まず、入山の際の装備について教えてください。
寒い時期はテントと寝袋とシカの毛皮を持っていきます。とにかく防寒対策は重要ですね。朝起きたら、寒さで事切れている危険もあるので。

夏場はテントも寝袋も持って行きません。夜は木の枝でハンモックを作って寝ています。寝心地もけっこう良いです。どの時期にも共通して持って行くのは、ナイフと火打ち石、飯ごうぐらいです。
―冬はどのようにして寒さをしのぎますか?
火をたいていれば比較的暖かいですよ。あまりに寒いときはテントに入ってさっさと寝てしまいます。冬は虫も少ないし、クマも冬眠しているし、初めて入山するなら夏よりもオススメです。
―入山したらどれくらいの期間、滞在しますか?
まちまちです。いまはベースに入ってだいたい1週間くらい。年末年始は西丹沢で過ごすことが多いですね。
―山ではどのようなものを食べて生活していますか?
主にわなで獲れたシカや山菜を食べています。山々に仕掛けたわなを毎日見回って、ついでにキノコや山菜を採る。この時期だと、重宝するのはカキドオシというシソ科の植物です。匂いが強く、臭み消しとして使えます。

実は都会の河川敷も、石を投げれば必ず当たるくらい、食べられる草は生えています。でも意外と「あいつ、道端にしゃがんで何やってるんだ?」と不審がられることは、地方より少ない。

実際、『多摩川自給自足生活』というシリーズを動画共有サービスに投稿していたときは、僕の行動に関心を持つ人はほとんどいませんでした。空間に説教をしている人とか、むしろ僕よりも変な行動に走る人はたくさんいた。それに比べたら「草を摘む」なんて、まだ普通の行動として理解されるわけです。
―地方より都心部のほうがサバイバルに向いているかもしれない。
テレビが捨てられていたら、中から金具を抜いて加工もできます。空き瓶は、割ればガラス片がナイフの代わりになります。アルミ缶は鍋になる。そういったモノが溢れる都心のほうが、かえってやりやすいかもしれないですね。
―これまで「おいしい」と感じた獲物を教えてください。
肉ならシカです。おいしくなかったら僕はシカ専門で猟をしていません。アナグマなんかも味わい深いけど、自分で獲ろうとまでは思わなかった。

シカの健康状態は毛ヅヤに出るので、見ればおいしいかマズいかがわかります。毛ヅヤが悪いものは筋張っているし、なんか臭い。今日解体するシカはダニが全然いないし、毛並みも良い。もしかして「箱入り息子」だったのかもしれないですね。

魚は…そんなに釣れたためしはないですけど、最近自作した網ですくったイワナはおいしかった。

草は甲乙つけがたい。一番お世話になっているのはノビル(ヒガンバナ科の植物)かな。ネギのようなピリッとしていて、肉やスープの味を調えてくれます。最近はキノコばかりに浮気していますけどね。
―これまでのサバイバル経験で一番危険を感じた出来事は?
うーん、一番が多すぎる(笑)。でもスッポンの血を飲んで、サルモネラ菌に感染したときは大変でした。うっ血したようなじんましんが出て、腫れが引いたあとも黒点のようなものが残りました。動物のヒョウみたいに。
―長年、動画投稿をされていますが、撮影におけるこだわりはありますか?
ちょっと前までは「山菜採りの絵はつまらないから工夫しよう」とか、いろいろ悩んでいました。でもよく考えたら「山で遊びたいだけなのに、なんで俺は絵変わりを考えているんだろう」と(笑)。それからはもう“撮れ高”を考えるのをやめました。

「動きが地味」とか言われちゃうけど、仕方がない。「サバイバル」というと強烈な絵を求められますが、生きる過程で一番大事なのは地味な作業ですから。「たくさんのわなを仕掛けたけど今年は1頭も獲れませんでした」ということもある。

今シーズンはいまのところ2頭獲れました。きょうさばくシカが「平成最後の1頭」になりそうです。
―どのような道具を使っていますか?
小さな円になった床を踏み抜くと、バネが作動してワイヤーがシカの足をくくるタイプのものです。大事なのはワイヤー部です。ワイヤーやバネがスムーズに動かず、途中で止まってしまい、これまで何度も獲物を逃してしまった。だから僕は使用したら、そのつどワイヤーを交換しています。

ただ新品のワイヤーってキレイでキラキラ光るんです。シカにバレる。使い古されて黒ずんでいるほうが、環境に溶け込みます。ですから、僕はワイヤーをわざと野ざらしにして色を付けます。人によっては、樫の樹皮でワイヤーを煮込んで染めたりするようですよ。

以前は自分で作ったりもしましたが正直、既製品に勝るものはない。僕が使っているのは、ひとつ4000円強くらい。だいたい128GバイトのSDカードと同じ値段です。
―人が踏み抜く危険性はないのでしょうか?
わな自体は小さなものなので、人が踏んでも床が抜けることはありません。それより猟犬が踏む事故のほうが怖い。猟犬は狩猟ハンター保険において「対物」扱いになります。わなの保険は「対人」のみで、犬には適応されないので。
―仕掛けるとき、どんな工夫をされていますか?
シカの通り道を限定して、通ってほしくない道に障害物を置いたり、シカが好むアオキの葉を、わなのすぐそばに垂らしたりして誘導しています。

猟を始めたばかりの頃はシカの行動が読み取れず、失敗ばかりしていました。そこで、動物園に行って、シカの歩き方をずっと見て研究しました。ぼーっと眺めていると「シカは垂直に足を下ろす」とか「前足と同じ位置に後ろ足も踏む」とか、動きがわかってくるんです。
―初めての1頭を解体したときに、ためらいはありましたか?
ありましたね。自然死ではなく、自らの手で殺すわけですから。ただ、これまでカエルやヘビ、魚などを散々さばいてきたのに、なぜシカになったらちゅうちょしてしまうのか、不思議ではありました。

「声あるものは幸福なり」(斎藤緑雨)という言葉がありますが、彼らは死ぬ前に断末魔の声を上げる。それが嫌だったんでしょうね。とどめを刺すときはいまだって怖いですよ。でも仕方ない。獲ろうと思ったんだから。ためらうなら最初からやるなよ、って話ですから。

昔、猟場に行くとき、車のラジオからKiroro(キロロ)の楽曲が流れてきて、歌の内容は「これからあなたにはいろんな未来がある」というもので。猟場で動けなくなったシカを見たとき「こいつも俺のわなに掛からなければ、いろんな人生があったのに」と罪悪感が生まれてトラウマになった覚えがあります。

最初のころは「ゴメンな」と念じながらとどめを刺していました。ただ、最近は謝らないと決めた。以前投稿した動画のコメント欄に「謝るなら始めからやるなよ」というものがあって、ごもっともだな、と思ったから。「謝る」のではなく「感謝する」ことに決めました。
―生き物を殺すことを「残酷」としながら、精肉を買う行為をどう思いますか?
全然悪いことではないです。誰だって汚くてつらいところなんか見たくはない。でもおいしいものは食べたい。当たり前のことじゃないですか? 当たり前を願って何が悪いのか。罪深さを感じる必要はありません。「かわいそうだ」「残酷だ」という感情はとても大事だと思います。

僕も自分の行動理念が正しい、と言うつもりはありません。外国ではある主張を持ったごく一部の人たちが、精肉店を襲う事件が起きています。ああいうのは良くない。意見を主張して貫くのは大事だけれど、それを他者に無理やり共感させようとするのは間違っていると思います。そういうことをするから、むしろ差別を受けるんだぞ、と。
―猟をしていて「あれはおかしかったな」と思うことはありますか?
獲物を山から下ろしていたら、知らないおじさんが見学料として2万円くれたことがありました。「見せてくれてありがとね」って。向こうからしたらパフォーマーを見ている感覚だったのかもしれない。
―2万円も。あなたのようなサバイバーにとってお金の存在はどのような意味を持ちますか?
あれば便利なものだけど、なくてはならないものではない。個人レベルではどうしようもないものを助けてくれるのがお金だと思います。
―自分なら1ヶ月間、いくらあれば生活できると思いますか?
どこまでの日用品がそろっているかで変わってくるとは思います。ただ食費だけで考えるなら、多く見積もって5000円くらい。5万円までになったら「今月はずいぶんと稼いじゃったな」という気分になる。

ただ、毎回獲物が獲れるわけではないから不安定といえば不安定。お金って生活を安定させるものですよね。不安定さを面白がることができるなら、生きていくのって、そこまでお金は掛からないのでは。

僕はいわゆる「定職」に就いていません。動画の広告収入もお小遣い程度ですが、食うに困ることはありません。外に出ればいくらでも食べるものは転がっているし。

でも、人間を含めた動物はぜいたくを求めるので、同じものをずっと食べていたら飽きる。僕もシカ肉と野草だけを食べていたら飽きますよ。たまにマクドナルドや吉野家で食事をすると、ものすごく高級なレストランだと感じる。ハンバーガーをひとつ買うだけで「ずいぶんとぜいたくしちゃったな」と幸福に思える生活です。

お金がたくさんあれば、広い部屋に住んでおいしいものを食べて、いい服を着られる。それは幸福でしょう。ただお金がないなら、ないなりに幸せになることはできるはず。

自分ができることが増えれば、使う金額は減ります。「みみっちいなあ」と思うかもしれませんが、生活ってその“みみっちさ”が大事なのでは。必要なものって、わりとそこいらに落ちていますよ。