さユりの過去・現在・未来。「自分だけの“今日を生きる意味”を積み重ねていきたい」

2次元と3次元でパラレルに活動する2.5次元パラレルシンガーソングライターとして、10代〜20代の若者を中心に絶大な人気を誇る、さユり。アニメ『Fate/EXTRA Last Encore』のエンディングテーマとなる6thシングル『月と花束』を、2月28日にリリースする。自分の居場所を探し続け、変化が起きている今、アニメの世界観と自らの精神が重なって書き下ろされたという今回のシングル。その軌跡の原点となる音楽への目覚めから現在、未来へと続く道のりを聞いた。

撮影/後藤倫人 取材・文/江尻亜由子

押さえられないコードの不協和音が、自分の響きになった

今回は初登場ということで、さユりさんの音楽的なルーツから伺っていきたいと思います。ご自身の音楽観に影響を与えているものというと、何が思い浮かびますか?
一番最初の記憶だと、幼稚園の頃に歌で敵を倒すアニメが放送されていて。そのアニメが当時流行ったe-karaを使って、テレビにコードを差してマイクで歌うタイプのゲームになってたんです。高得点が出たら敵が倒れて次のステージへ進める、という内容で。それがたぶん、最初に歌を好きになるきっかけだったのかな。
そのゲームは歌が上手に歌えると、敵がより多く倒れたりするんですか?
そうです。点数が1回1回出てきて。
それは、めちゃめちゃ倒れましたよね、きっと(笑)。
いや、どうなんでしょう(笑)。でもそれで、幼稚園の頃から歌がすごく好きになりました。その後、小学校6年生のときにギターに出会って、見よう見まねで歌詞を書いたりもして。
小6でギターというのは、早いですね。
関ジャニ∞さんのライブDVDを見て、自分たちで作った曲を弾いたりしているのがカッコいいなと思って、アコースティックギターを弾き始めました。そこから、ギターを弾いて歌うことを覚えたんですよね。
小6だと、まだ手が小さくてコードが押さえられない、みたいなこともあったのでは?
そうですね、押さえられないコードもたくさんありました。今でも苦手なコードとかはあるんですけど、逆に押さえられないから、自分でアレンジしたりして。そうすると本来の押さえ方よりいびつになったりするんですけど、それが自分のギターの響きになったりして。その響きから曲が生まれることもあったので。
それは、少しだけずれた音になる、みたいなことですか?
そうです。きれいな和音ではなく、ちょっと不協和音っぽい音が混じったり。それが自分の真っすぐじゃない……ちょっと人とずれた心の部分に上手くハマる、みたいな感じで。だから押さえられなくても楽しかったし、それがアイデンティティみたいになっていったという感覚はあります。
それは面白いですね。では、聴いていた音楽で影響を受けたものというと。
思い返したら、最初のアニメもそうですけど、物語に絡み合う音楽に惹かれることが多くて。小学校4年生の頃にポルノグラフィティさんが好きになったんですけど、それも好きなドラマのオープニング曲からでした。ドラマで流れている歌詞のない音楽とかも、小学生のときにすごく気になったり。
そこに着目する小学生は、なかなかいないと思います(笑)。
そうですかね(笑)。小学生のときに携帯を持ってたんですけど、着メロが流行ってたので、着メロを集めてました。それで「今の音の響き、いいな」とか。そういうので、音楽が好きになった感じはありますね。
では音楽以外で、さユりさんの人生に影響を与えたものはありますか?
何だろう…。あ、でも“物語”はやっぱり大きいですね。小学生のときはずっとドラマを見ていたし、今は小説をよく読むんですけど。物語に感動して曲が生まれることもあるので、物語はすごく好きです。
曲が生まれるような、印象に残っている小説というと?
上田岳弘さんの『私の恋人』とか。壮大なラブストーリーだと思うんですけど、主人公の前世はユダヤ人で、その前はクロマニョン人で、死を体験してるんですよね。歴史の中で人類が変わっていく姿を主人公は見ていて、つらいことがある中でも、いつか出会うであろう恋人のことを思い描いてるんです。
壮大な物語ですね。
恋人のことを思い描くのは、どんなラブストーリーでもあるじゃないですか。それがすごいスケールで、目の前にいる恋人の大切さに行き着く。大きな遠回りをして、すごくシンプルなことを伝えていることに感動して。
さユりさんの『平行線』とか『十億年』も、そうですよね。
目の前のことがどうして大切なのかが、スッとわかればそれに越したことはないけど、それがわかんないから、月に想いをはせたり、平行世界があると仮定して今生きている世界を捉えたり。そういうふうにして、やっと目の前のことを捉えるっていうことに通じている小説だと思ったんです。

押し込めてしまった言葉は、曲にしないと進めない

さユりさんが、曲を作るときに大切にしていることは何ですか?
私は、匂いから曲を作るんですよね。過去のこと……「あのときの、あの感情」みたいなことって、匂いから呼び起こされることがあるじゃないですか。ふいに。
嗅覚の記憶が一番強いと言いますよね。
そう、一番結びついてるから。その匂いを表現できるコードや音の響きから作り始めることが多いですね。そこをまず最初に、大事にします。
嗅覚は、敏感なほうですか?
匂いというものにすごく敏感だったりはします。
たとえば、雨がお好きだというさユりさんだと、雨の日のコンクリートの匂い、みたいな記憶が曲につながる?
あ、ホントにそうですね。雨のときの匂いは強いから。でも不思議と、リアルタイムでは気にしたりしないのに、1年経ってから「そういえば、あのときってこういう匂いがしてたな」って。そのときの出来事が発酵されて、不意に思い出すことがあって。そのタイミングで「曲を作ろう」ってなりますね。
種がまかれてるんでしょうね、知らないうちに。雨が好きな理由も、匂いが強く感じられることと関係するのでしょうか?
そういう部分も、すごくあります。あと雨の日ってすごく、雨が街を支配するじゃないですか。人間がどう頑張っても、「雨の日の出来事」になる感じがするんですよね。雨の何月何日、みたいな。
歌詞については、曲と一緒に出てくるタイプだと発言されています。
作り始めは、そうですね。適当にギターを弾いたりするときに、パッと何気なく自分の口から出てきた言葉が「何で今、こんな言葉をこのメロディで口走ったんだろう」って。それを種にして歌詞を先に書いたり、っていう作業にはなるんですけど。一番最初はそのメロディから、コード感とたまたま出てきた言葉、みたいなことが多いです。
その一言から、物語を作っていく感じなんですね。
最初は無自覚なことが多くて「何でこの言葉なんだろう」と思うんですけど、それを深めていくと、自分の言いたいことにちゃんとつながったり、そこに意味が生まれたりするので。
歌詞を仕上げる過程では、どうやって書いていくんですか?
降って来たりするほうではなく、考えて書くほうですね。人と話していて、どうしても言えなかった言葉ってあるじゃないですか。押し込めてしまった言葉とか。それを曲にしないと進めないって思うときに書いていきます。
心の中にあるものを、きちんと昇華していくというか。
そうですね。本当に大事にしたいことって、日常生活の話し言葉だと上手く伝わらないけど、歌詞の中の言葉だと言えたり、美しくなったりすると思うので。
一方で表現者としても、すごく特徴のある、つかまれる声だと思います。
そう言っていただけるのは、うれしいです。
ご自身の声について、好きなところはありますか?
人は、言葉の響きを聴いて「変わった声だな」って思う気がするんです。その言葉の響きって、言葉をどういうふうに感じ取って、どういう角度からその言葉を放ってるか、みたいなところにつながってくるのかなと思うんですよね。そう考えたら、それが歌の声色として出ているということは、自分の中で誇らしいというか、うれしいことではあります。
ファンの方からは「息継ぎが好き」という声も多いです。
私の根っこの部分を好いてもらえてるって思うので、うれしいですね。
憧れる声の方とか、好きな歌手はいらっしゃいますか?
声に憧れる、みたいなのはないですね。でもやっぱり、曲を作ってる人はすごいと思うし、たとえば「花」という言葉でも、それを言った人によって、聞こえ方って全然違ったりするし。そういう単語だけで説得力がある人は、いろんなことを考えてたり、見えてる世界が違うのかなって、想像したりします。自分もそういう、説得力のある声を持ちたいと思います。

日常への“ずれ”を歌うのに、非日常なポンチョは最適

中学2年生から地元で路上ライブを始めて、17歳で上京して路上ライブを続け、昨年11月には初のホールでのワンマンライブが実現しました。お客さんの数によって、音楽に対する感覚の変化はありますか?
なるべく変わらないように、自分の世界からは“ひとりひとり”に対する感覚で歌っています。……小さい頃は、ファンがたくさんいるアーティストって、「あらかじめ決められたこと」だと感じてたんですよね。「こういう運命を持っているから、この人にはファンが1万人いて」っていうふうに。
徐々に増える、という感覚がなかったと。
そう。でも実際自分が路上ライブから始めてデビューして、今までやってきたら、全然違って。この前3000人の前でライブをやったけど、本当に1対1がそのまま増えていったその感覚をこれからも忘れないようにしたいですね。
さユりさんとファンの方との関係って、その1対1の関係性が強い感じがしますよね。
そうだとうれしいです。私としては、聴いてくれる方のことは「ファン」というより、一緒に生きている人たち、という感覚なので。
ライブに来た人から「これから好きな人に告白します」みたいな報告があったとか。
「いい曲だった」とかそれだけでもすごくうれしいけど、何かもっと大きな可能性を含んだものになったらと思っていて。音楽の中に留まらず、その人の生活の中で何か変化を起こすことができたらな、って思います。
ライブで裸足になることは「ちゃんとそこで歌った感覚になれる」ということですが、ポンチョを着て歌っているのは、どんな意味があるんですか?
もともとポンチョ自体は、雨が好きっていうところから。傘だと雨をはじいちゃう感じがするんですけど、裸足と同じように、生身で雨を受けてる感じがするんですよね。ポンチョって普通の服ではないので、そこが自分の精神性に合っていると最近思います。
普通の服ではない、というのは…。
どこにでも行けるような私服で歌うんじゃなくて、非日常な格好で歌ってるという。自分が普段の生活の中で“ずれ”を感じる、だから歌っているっていうことと、意味が重なるのかなって。
そのポンチョもバリエーションが増えていますが、オリジナルですか?
そうですね。スタッフの方が作ってくださっています。
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