大キライからはじまる恋はアリ? 早見沙織、劇場版『はいからさん』でキュンとした瞬間

想像がつかない、と言ったら失礼だろうか。早見沙織が『劇場版 はいからさんが通る 前編 〜紅緒、花の17歳〜』で演じた花村紅緒は、まさに“じゃじゃ馬娘”の女の子。上品で透き通る声が特徴の早見から、荒々しい言動も目立つ紅緒の声が生まれることに驚きを隠せない。「こんなに演技の引き出しを開けることもあるのかと思った」と語る早見は、紅緒という女の子をどのように作っていったのか? 早見の意外な一面が垣間見えた趣味の話まで、じっくりと語ってもらった。

撮影/川野結李歌 取材・文/渡邉千智 制作/iD inc.
ヘアメイク/樋笠加奈子 スタイリング/鈴木麻由(DIAMOND SNAP INC.)

ありとあらゆる演技の引き出しを開けて、紅緒を演じた

1975年から1977年まで『週刊少女フレンド』で連載された、大和和紀さんによるマンガ『はいからさんが通る』(講談社)。テレビアニメをはじめ、ドラマ、実写映画、舞台と、これまでさまざまなメディアミックス展開がされ、現在も愛され続ける少女マンガの金字塔とも言える作品です。参加された際の心境はいかがでしたか?
高い人気を誇る作品ということで、プレッシャーは大きかったです。『はいからさんが通る』は、私の母がドンピシャの世代で、多くの人から愛されている作品ですし、そんな作品で主人公の紅緒を演じられるなんて…と少し夢見心地な気分でした。
早見さんが生まれる前に世に出た作品で、それこそ早見さんの親世代の方々に親しまれて人気を確立してきた作品ですよね。
そうなんですよね。母の世代はみんな『はいからさんが通る』を読んでいて、当時からすごく女の子が憧れる作品だったそうです。だからこそ、今回紅緒役で出演が決まって、母がとても喜んでくれました。
それはうれしいですね。
私も、母が好きな作品に出演できてうれしいですし、母が私の出演をとても喜んでくれたこともうれしかったです。
早見さんが演じた紅緒は年頃の女学生ですが、お裁縫や家事全般が苦手。しかし、剣道などでは向かうところ敵なしの“じゃじゃ馬娘”です。紅緒の印象はいかがでしたか?
マンガを読んでいると、いち読者としてすごくパワーをもらえて、憧れる女の子だなと感じました。お茶目でドジな部分もあるのですが、そこも含めて可愛い女性だなというか。
友達も多く、いつも明るくて周囲を惹きつける魅力がありますね。
紅緒はとても喜怒哀楽が激しい子で、ひとつのセリフのなかでも笑ったり、泣いたり、怒ったり、叫んだり……いろんな感情が凝縮されていて。私の声優人生のなかで、あのアフレコ日で、いったいいくつの(演技の)引き出しを開けたのだろう…と思ってしまうくらいでした(笑)。
これまでたくさんの役を演じてきた早見さんでも、ここまでいろんな感情を出すことはなかった…?
はい。もう、私のなかのありとあらゆる引き出しを開けました(笑)。ただ、それを「難しい」と感じることはあまりなかったです。それは、原作のパワーや、紅緒の性格がそうさせてくれるのかなと思いました。
▲花村紅緒(声:早見沙織)
と言うと?
紅緒は、行動ひとつひとつを無意識のうちにやっているんですよね。だからこそ、物語に沿って無理なく演じられたなと思います。もちろん、しゃべる量が本当に多くて、私も「紅緒さん、よくしゃべるなあ」と思ってしまったくらいで、そこは大変でした(笑)。そのセリフ量で喜怒哀楽を表現するので、アフレコが終わったあとは、運動したあとのような…走り切ったあとの疲れみたいなものがありました。
アスリート的な…ですね(笑)。現在、弥生美術館で開催中の『「はいからさんが通る」展 〜大正♡乙女らいふ×大和和紀ワールド!〜』に来場された際、「紅緒の酒乱シーンが聴きどころ」とお話されていました。
紅緒が酔っ払うシーンは私もアフレコをしていて楽しかったですし、現場でも盛り上がったところです。酔っ払っている紅緒がチャーミングなのはもちろん、少尉(伊集院 忍/声:宮野真守)の器の大きさが垣間見えるシーンでもあるので、印象的なシーンに仕上がっていると思います。
そのほかに、アフレコをしていて印象に残るシーンなどはありましたか?
そうですね、いろいろありますが…紅緒と少尉がふたりでオペラを見に行ったとき、紅緒が脳内でいろんなことを考えて百面相をする場面があって。紅緒の感情がパン、パン、パン! と切り替わるので、その表情に当てはめつつ演技をするのは印象的でした。声の表情を動かすには、やっぱり心ごと感情を変化させないといけない…。そこについていく作業がありましたね。
普段、そんなに短い時間のなかでいろんな感情を動かす経験もあまりないですし…。
はい。そうなんですよね。あそこまで回転が早く…しかもオペラを見ているという状況だったので、さすが紅緒だなと思いながら(苦笑)。

アフレコで感じた、宮野真守と忍の共通点とは

今回の『前編』では、紅緒が許婚である忍と出会い、最初は距離がありながらも次第に惹かれていく様子が描かれます。そのなかで忍のシベリア出兵や、青江冬星(声:櫻井孝宏)との出会い…など、紅緒にもさまざまな心情の変化が起こりますね。そういった紅緒の心情の変化についてはどう考えられましたか?
原作は巻数も多く、物語が細やかに描かれていますが、映画ではどうしても決められた時間のなかで心情を動かさないといけません。そこをいかに見てくださる方に違和感なく伝えることができるかというのは、ひとつ考えた部分です。
そこを違和感なく表現するのは…決して簡単なことではないと思います。
はい。でも、今回に関しては、私が演技でどうこうするというより、紅緒は少尉と出会って彼と一緒に変化していくので…もちろん、紅緒は少尉を変化させていく子でもあるのですが。宮野さんの演技を受けて、紅緒を変化させていけたらいいなとアフレコに臨みました。
なるほど。
宮野さんはすごく“少尉感”を醸し出しているんですよね。意図せずにじみ出る少尉オーラというか…。そういうのを感じたので、一緒にアフレコをして、自然と紅緒を変化させていけたかなと感じています。
▲伊集院 忍(声:宮野真守)
そう思うと、宮野さんの存在は大きかったですか?
大きかったですね。まず、キャストのみなさんと一緒にアフレコ収録できたこともすごく大きかったです。少尉って一見、完璧で“理想の王子様”みたいなところがありますが、彼自身は「僕は理想の王子様です」という感じを出していないじゃないですか。無意識のうちに、その“王子様感”が出ているというか…。
たしかに、自分を棚に上げず謙虚ですし、みんなに優しいですね。
宮野さんは普段すごくお茶目でいらして、後輩とも気さくにお話してくださる方なんですが、いざマイク前でお芝居をされると、すごく“王子様感”が出るというか…。決してカッコつけているわけではなく、自然と醸し出すものというのは少尉に通ずるものだなと感じました。紅緒として一緒に収録できて本当に助けられましたし、華のある方だなと感じました。

全女子がキュンとする! 乙女心にヒットするシーン

宮野さん演じる、女子が憧れる王子様・忍に、紅緒の幼馴染で女形役者の美少年・藤枝蘭丸(声:梶 裕貴)、紅緒が入社した出版社の社長・青江冬星に、忍の部下で男気あふれるワイルドな青年・鬼島森吾(声:中井和哉)と、紅緒の周りにはとても魅力的な男性が揃いますが、早見さんの理想のタイプに近いのは誰ですか?
……そこですよね。紅緒を演じている手前、「少尉です」と言わなければならない気もするのですが…(笑)。はじめてマンガを読んだときは蘭丸が気になっていたんです。
▲藤枝蘭丸(声:梶 裕貴)
紅緒より一歳年下で、紅緒は弟のように接しますが、蘭丸はずっと紅緒に片思いをしていますね。
大和先生と対談をさせていただいたときにその話をしたら、大和先生が「当時、蘭丸は小学生の女の子に人気のキャラクターで…」とお話してくださって、「ああ、私は小学生の価値観なのか…!」と思ったんです(笑)。でも、蘭丸は中性的な面もあって、一見か弱い感じもしますが、親しみやすくて健気なところがいいですよね。
アフレコや映像でご覧になってみて、「この男性もいいな」と思うことはありましたか?
それこそ、アフレコで改めて見つめなおすと、やっぱり少尉ってすごく素敵な男性だなと思いましたね。少尉はまずアドバンテージがあるじゃないですか。すべてのステータスの基準値が高い(笑)。グラフで表したときに、全部キレイな五角形なんですよね。それだけで魅力的だなって。
蘭丸はここでも忍に負けてしまいましたね(笑)。
ふふふ。私としては蘭丸と友達になりたいです。私自身ひとりっ子ですし、年下と接する機会はあまりなかったので、紅緒と蘭丸のような間柄はとても憧れます。蘭丸なら朝起こしてくれそうですし、「こんなところにこれを置いてちゃダメでしょ!」って言いながら、ちゃんと片付けてくれそうです(笑)。
キッチリお世話してくれそうですね(笑)。では、本作のキャッチコピー「いつだって大キライは恋のはじまり」にかけて…早見さんは、最初は嫌いと思っている相手でも好きになってしまう気持ちはわかりますか?
あぁ〜…たしかに、アフレコ現場では普通にときめいていました。宮野さんをはじめとするキャストのみなさんのパワーもあると思いますが、紅緒が少尉に気持ちが傾いていくのを「いいぞ! いいぞ!」と思いながら。
(笑)。こういう恋の仕方もアリかもしれない…と?
アリ…ですね! 大嫌いから好きになる過程もキュンとしますが、私が一番キュンとしてすごくいいなと思ったのは、少尉の“ありのままの自分を受け入れてくれる感”。紅緒は向こう見ずな行動をたくさんしますが、少尉はそれを受け入れますっていう感じではなくて、当たり前のように「ははは」と笑ってくれる。そこが全女子の…と言ったら私が代表みたいになってしまいますが(笑)、女子心にヒットするんじゃないかなと思いました。
自然と受け止めてほしいなって?
そうですね。あと紅緒が木に登っているシーンで、紅緒が「(登って)来ないでください!」って言っているのに「来ちゃった」って木に登ってくれるんです。「…ウソ…! 木にも登ってくれるの…!?」って思ってしまって!
たしかに、同じ目線にいてくれる感じがキュンキュンします!
あんなに王子様っぽいのに、まったく気にせず木にも登ってくれる…ああ…こんな人がいたらな…と映像を見ながら思ってしまいました(笑)。でも、大和先生がおっしゃられていたのですが少尉にもちゃんと弱点があるそうなんです。
弱点…何でしょう?
「気を配りすぎること」だそうです。少尉は完璧なんだけれど、“抜け”をしっかり作っていて。気を配りすぎてみんなに優しいことが裏目に出てしまうこともある…。完璧に見えるけれど、先生的にはそうじゃなくて、すごく人間味があってそこが魅力につながるんだなと感じました。
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