スローガンに「突破」を掲げて、2024-25 大同生命SVリーグ女子を戦うAstemoリヴァーレ茨城。今季からキャプテンを務めるのがアウトサイドヒッターの上坂瑠子だ。昨季はシーズンをほぼ全休した上坂だが、復活までの胸の内と、その時間を経て今、抱く思いを明かした。
背番号1がコートに立つ。それだけで、エースがそこにいると思わせる。今年10月14日のシーズン開幕戦、上坂瑠子はいつもの笑顔を浮かべていた。
実際には今年の3月に実施されていたV Cupでリリーフサーバーとして起用されたものの、リーグ戦でコートに立つのは2022-23シーズン以来。昨季は丸々、プレーすることはかなわなかった。というのも、さかのぼること1年前の夏、上坂の膝は悲鳴をあげたのだ。
「8月ですね。それまでは順調だったんです。でも、元々悪かった膝の痛みがいよいよ悪化して。それで手術に踏みきりました。症状を簡単に言うならば、左膝の半月板の軟骨がすり減って、周りに破片が飛び散って痛みを生んでいた、というもの。それを取り除くようなオペをしたんです」
それは長年、エースアタッカーとして常にプレーし続けてきたことの代償だったかもしれない。小学4年生からバレーボールを始め、中学生でその名が全国区になると、強豪・福井工大附属福井高校(福井)ではチームの中心であり続けた。高校時代にはアンダーエイジカテゴリー日本代表にも選ばれ、卒業後に入団した日立リヴァーレ(当時)では早々から出番をつかんだ。何度も、何度も、力強く跳んでは、持ち味である鋭い打球を放ってきた。
「アタックのあとは左足で着地するので、もしからしたら負担がかかったかもしれませんね」と上坂は体を労う。手術を決行した時期が10月だったこともあり、やがてリーグ戦をリハビリ期間に充てることになった。
「やっぱり悔しい気持ちが大きかったですよ。焦りもしました、ほんとうにこのまま体が戻るのかな、って。でも今までやってきたことは裏切らないと思うし、そこは地道に頑張りました」
手術を経て、足は動かせなくても上半身のトレーニングから徐々に始め、復帰への道を歩んでいく。年が明けて2月後半には、およそ半年ぶりにアタックを打った。
「最初はめっちゃ怖かったです、ジャンプすること自体が。ステップ台を昇り降りすることから始めて、縄跳びをして…と。でも体が覚えているみたいで、意外とすんなりボールを打つことはできました。跳べてなさすぎて自分でもびっくりしましたけどね(笑)。さすがにボールはネットを越えましたよ、そこは大丈夫でした」
やがてV.LEAGUEのあとに行われたV Cupの予選ラウンドで復帰を果たす。3月23日、会場はひたちなか市総合運動公園総合体育館(茨城)、この日は偶然にもチームのホームゲームだった。
「ほんとうにうれしかったです。歓声を聞いただけで、なんだか涙が出てきてしまって。もううるうるしながらサーブ打ちましたもん。それで打ったショートサーブが、エースになったんですよ」
再びコートに立てた喜びと、巧みに得点につなげたサーブの手応えを、上坂は少しばかり得意げに振り返った。
それから半年、新たなシーズンを迎え、上坂はキャプテンの職に就いた。中谷監督が明かすに、「ここ数年、プレーオフ(チャンピオンシップ)に進出できないのが続いて、何かを変えなければと思った時にチームの象徴になれる存在が、自分の中では上坂だった」ことが背景にある。本人は当初、頑なに断っていたそうだが、最終的には監督の“粘り勝ち”となった。
もっとも上坂自身は昨季、プレーはできずともエンドラインからチームを見守り、ときに声をかけ、仲間を支えていた。
「一応、昨季は副キャプテンをやらせてもらっていたので。それにチームでいえば、ちょうど中間の年代に私はいるんです。キャプテンが全員からそれぞれの意見を聞くとなると難しいだろうなと感じていたので、そこではキャプテンの代わりに話を聞いたり、間をつなぐ意識を持っていました」
ただ、自分がプレーできない以上、思ったことがあっても口に出すのをためらったのも事実。だからこそ今季は、奥手になってしまった自分の殻を打ち破る思いでいる。それこそ、チームのスローガンである「突破」のとおりだ。
幸いにもコンディション自体は問題なく、2024-25シーズンの開幕は迎えることができた。その初戦となる群馬グリーンウイングス戦で、上坂はスタメンに名前を連ねた。
だが、試合の開始を告げる相手のサーブが飛んでくると、手に当たったボールは思わぬ方向へ。相手にブレイクを許すと、続くサーブもきれいに処理することはできなかった。
「もう体がガチガチでした。足が動けていませんでしたね。試合の後半にかけて修正できたのはよかったですが、アップの仕方も含めて出だしからしっかりとできるようにやっていきたいです」
少しばかりばつが悪そうに、試合後にそう語った上坂。とはいえ、1セット目の7―8からはライト方向からのスパイクを放ち、今季初得点をマークしている。その後もコンスタントに得点を重ねた。
「1セット目の終盤にクロスへ思いきり打てた1本があって、そこからリズムに乗れたかなと」
上坂のシャープな打球に、エース対角に入ったオクム大庭冬美ハウィも「久しぶりに瑠子のスパイクが見れましたね。うれしかったです」と胸を弾ませた。それは中谷監督も同じだった。「今日は上坂の復帰、それが大きかった」と会見で語り、このように続けた。
「だいぶ緊張していたと思います。本来の力からすれば、3、4割のパフォーマンスだったと。ですが、彼女はここから良さを発揮してくれると思うので。キャプテンとして、よりも、一人のプレーヤーとして期待しています」
中谷監督が表現するに、上坂は“周りにいい影響を与えられる”存在。力強くボールを打ち、得点が決まれば、とびきりの笑顔を浮かべる。それがチームの士気を生むのだ。
また、闘争心も彼女が備えるスタイルだ。学生時代から「こう見えて負けず嫌いなんですよ」とほほえみ、1年前の手術を受ける際も「『どれだけ起きていられるか頑張ってみよう』なんて思ったんですけどね。麻酔された瞬間に落ちて、目が覚めたときには手術が終わっていました(笑)」と勝気な性格をのぞかせる。チームメートに対してもそう。リーグ内でもAstemo茨城はとりわけアウトサイドヒッターが多く、その数は上坂を含めて9名に及ぶ。その台所事情に対して、上坂はライバル心を抱かずにいられない。
「みんなへのライバル心は消えないかも。そりゃそうですよね、やっぱり。でも、お互いが高め合ってチームをつくっていきたいと考えています。誰が出ても強いチームが、結果的にいちばん強いと思うので。そこではお互いの助け合いも大事になってきますから、そうしながら頑張りたいなと思っています」
きっとそれは、手術後のリハビリ中に抱いた焦りの正体でもある。ただし、あの期間で確かめた思いは、それだけではなかった。
「昨シーズンより前の時期はなかなか結果が出ないことがつらくて、自分の中でバレーボールがきついなと感じたことはありました。ですが、応援してくださるファンの方々の声を聞いたり、チームメートと話をしていると、やっぱり結果を出したいなと思うんです」
V Cupでエンドラインに立ったあのとき。胸の中で再び湧き立った思いが、目からこぼれそうになっていたのである。
幕を明けた2024-25シーズン、チームは開幕3連勝と好スタートをきった。上坂も出場した試合では2桁得点をマークしている。
やはりどこまでもエースだ。Astemoリヴァーレ茨城、背番号1。上坂瑠子が、帰ってきた。