全社員に求められる「センシティブなコスト意識」とは(写真:78create/PIXTA)
京セラ、KDDIを創業し、それぞれを大企業に育成した後、会社更生法の適用となった日本航空(JAL)をわずか2年7カ月で再上場するまで再建。数々の功績から「経営の神様」と称えられる故・稲盛和夫氏。その言葉や考え方は今もなお多くの人に影響を与えています。
37歳で稲盛氏から特命秘書に任命され、約30年間にわたり最側近として稲盛氏の仕事を間近で見てきた大田嘉仁さんは、稲盛氏の言葉や教えをノートに書き留めていました。その数実に60冊!
「生き方」「リーダー論」「経営」「心のありかた」について選りすぐった稲盛氏の言葉を収録した『運命をひらく生き方ノート』より一部抜粋・編集してご紹介します。
全社員に求められる強いコスト意識
京セラを創業する際、技術者でしかなかった稲盛さんは、経営はいかにあるべきかわからず、大変悩んだといいます。
しかし、よくよく考えると経営とはそれほど難しいことではなく、売上を最大にして経費を最小にすれば、残りが利益になる。だから、全員で「売上最大、経費最小」を目指せばいいことに気が付きます。
それが全員参加経営とつながっていくのです。
京セラは製造業ですので、稲盛さんは常に製造現場での無駄の削減に注意を払っていました。
工場へ行けば「床にネジが落ちている。このネジ、1本いくらだ」とか、「原料がこぼれている。この原料は1グラムいくらだ」と問いかけて、現場社員の経費に対する感度を高めていきました。間接部門の人には「塵箱に何が入っているかを見たら、何を無駄にしているかわかるんだ」と、コスト意識を高めるように促していきました。
稲盛さんは、「神は細部に宿る」とよく言っていましたが、本気で「経費最小」を実現しようと思うのなら、「全社員にものすごいセンシティブなコスト意識が必要だ」と語り、普通は気が付かないような細部にまで無駄がないか目を凝らさなくてはならないと教えていました。
そのためのツールの1つが、アメーバ経営で活用する採算表です。
稲盛さんは、現場で使う部門別の採算表は、家計簿のように誰にでもわかるようなものにしなければならないと指摘していました。そのため、採算表の科目の名称、科目の順番も、現場の社員に最もわかりやすく、最も関心を引くように熟慮したものであるべきだと強調しています。
つまり、「すべてに意味がなければならない」のであり、そうしないと「ものすごいセンシティブなコスト意識」は生まれないというのです。
採算表のなかでは、「固定費や共通経費、雑費など、ついブラックボックスになりがちな科目にも細心の注意を払うべきだ。たとえば、固定費は分解したら変動費の塊かもしれない。共通経費、雑費も詳しく調べたら無駄が隠れているかもしれない」と、指摘していました。
同じような視点で、「買いに利あり」とも教えていました。
いつも同じところから同じ値段で買っていては、経費最小が実現できるはずはありません。鉛筆1本、紙1枚に対しても、購入価格に細心の注意を払うべきだというのです。
コピー代のコストは紙代だけではない
コスト削減に関しては、私にはこんな経験があります。
あるとき、資料を持って稲盛さんのところへ行くと、「コピーをとってくれ」と言われたので、私は部下にそれを頼みました。そのときに稲盛さんから「コピー代はいくらだ」と聞かれたのです。
私も経費削減には努めていましたから、コピー代のことは頭に入っていました。「白黒で2円ですかね。カラーなら15円です」と答えました。
すると、「それでは経営者として失格だ」と叱られたのです。
わけがわからずに驚いた顔をしていると、「京セラの中間管理職の時間当たりコストは6000円ほどだろう。お前は部下にコピーをさせたが、それには1分間100円の労務コストがかかっている。コピーを取りにいって5分で帰ってくれば、本当のコピー代は500円と紙代になるんだ。わかるか」と指摘されたのです。
考えてみると確かにその通りで、コピー代は紙代だけでなく、労務コストもかかっています。しかし、私の頭からは労務費、つまり時間のコスト意識が抜け落ちていたのです。そのことを指摘され、自分のふがいなさを恥じ入りました。
日本ホワイトカラーの生産性が低いとよく指摘されますが、それは時間のコスト意識が希薄なことも1つの要因でしょう。稲盛さんが注意したように、1分間にどれだけの労務コストがかかっているかを理解するだけでも、自然と生産性は向上するのではないでしょうか。
さらに、経費という面では、稲盛さんからこのような指摘を受けたこともあります。
「今年の新入社員は何人だったのか」と聞かれたので、「グループ全体で500名ほどです」と答えました。稲盛さんから「どう思うのか?」と聞かれたので、「人事からは、優秀な社員が多いと聞いているので、よかったんじゃないでしょうか」と答えると、稲盛さんは「お前は経営が全然わかっていない。お前の感想はそれだけか?」と問いかけられました。
どう答えていいかわからずに黙っていると「1人当たりの生涯賃金は2億円ほどだ。500名採用したのなら、今回、1000億円投資したことになる。お前は経営者としてどう回収するつもりなんだ」と質問されたのです。
優秀な新入社員が入ってくることは当然いいことですが、それを私のように単純に喜ぶようでは経営者としては失格であって、「売上最大、経費最小」という視点からは、大きなコスト増にもなるということを私に伝えたかったのだと思います。
当然、社員の幸せを願い、社員を大切にしなければなりませんが、それを理由に労務費の管理が甘くなっては、経費最小を実現することも、高収益にすることも、企業を成長させることもできません。
それでは、社員を幸せにすることもできないのです。それゆえ、経営をするうえでは、常に労務費に対する冷徹な分析も不可欠だと教えてもらったのです。
ここまで説明してきたことは、稲盛さんから教えてもらった高収益を目指すために必要なことの一部でしかありません。
大切なことは、経営者はどんな苦労があろうと逃げることなく、まずは高収益を目指さなければならないという強烈な思い、願望を持つことなのです。なぜなら、高収益でなければ、全従業員の幸福は実現できないからです。その意味では、高収益を目指すことは、正しい経営をするための第一歩になるのです。
事業を再生させる10のキーワード
では、長年赤字に苦しみ、もう復活は無理だと思われている事業をどうしたら再生できるのでしょうか。
JAL再建はその成功例でもあるので、稲盛さんがJAL会長に着任し、最初に幹部の方々に伝えた10のキーワードを紹介したいと思います。
最初に、稲盛さんは「本当のリーダーとして成長し、再建の先頭に立ってほしい」「自分が立派なリーダーとなり、日本航空を再建させてみせる」という“気概”を持ってほしいと伝えました。
そして、そこで必要なのが“反省”です。稲盛さんは「これまでの日本航空の何が悪かったのか、また自分自身の何が悪かったのか、真摯に反省することだ」とまず伝えました。
その際に大切になるのが、“謙虚さ”です。
プライドの高い人は、悪いのは旧経営陣だ、経済環境のせいだと責任を自分以外に求めたがりますが、そのような姿勢では再生は不可能だというのです。
ですから、「まずは皆さんが謙虚に反省し、自らの非を認めることから再生へのスタートは始まる」と伝えたのです。こうして真摯に謙虚に反省すれば、次に何をすべきかがわかってくる。それは何か。稲盛さんはこう言いました。
「おそらく、皆さんは『こうすればいい』とわかっていたのに、自分の評価を気にし、上司に気に入られたい、部下に嫌われたくない、失敗したらどうしようと、悩み、結局実行できなかったのではないか」と指摘したあと、「今回は最後のチャンスなので、“勇気”を持ってやるべきことを必ず実践してほしい」と熱く訴えたのです。
そして、そのときには“素直さ”が必要だとも教えています。
「他者から素直に学ぶことができる人だけが成長できる」のだから、自分の至らなさを認め、お客様や部下の声を真摯に聞く素直さが大切になるというのです。
そのうえで“努力”をする。「皆さんリーダーが先頭に立ち、誰にも負けないような努力をしなくてはなりません。部下が見てあそこまで上司が必死にやっているなら、自分も頑張ろうと自然に思えるくらいに努力する必要がある」というのです。
それに加え、「それぞれの職場の夢を部下に語れる人でなくてはなりません。今は大変厳しいけれど、これを乗り越えた暁には自分の職場は『こうしたい』と明るく夢を語り、それを部下全員と共有できるようにしなくてはなりません。夢があれば、それがエネルギーとなり、職場を明るくするはずです」と、“夢”を語る意義を伝え、励ましています。
感謝することで人は謙虚になれる
また、お客様や取引業者など関係するすべての人に“感謝”することの大切さも強調しています。「感謝することで、人間は謙虚にもなれ、優しくなれる」からです。
このような姿勢で再建に取り組まなければいけないのですが、欠かせないのが“経営者意識”と“採算意識”だと稲盛さんは指摘しています。
「再建を成功させるためには皆さんが『経営者意識』、『採算意識』を持つことが不可欠になる」と強く訴えたのです。幹部の人たちが採算管理もできる経営者に成長できれば、結果として各部門の収益性も向上し、その集合体としてJALの収益性も高まるというのです。
こうした稲盛さんの一連の発言のなかにある「気概、反省、謙虚、勇気、素直、努力、夢、感謝、経営者意識、採算意識」という10の言葉は、どのような事業であれ、それを再生させるキーワードになると私は考えています。
(大田 嘉仁)