[画像] 「大江戸温泉が高級化」いったい何が変わったのか


海の眺望を楽しめる大江戸温泉物語Premium伊勢志摩の大浴場(筆者撮影)

かつてお台場で人気を博した温泉テーマパーク「大江戸温泉物語」を懐かしく思う方は多いのではないだろうか。

東京都との借地権契約の満了により、お台場の施設は2021年9月に閉館したが、その運営会社である「大江戸温泉物語」グループは、現在も東日本を中心に37の温泉宿・温浴施設を運営している。

この「大江戸温泉物語」グループと、西日本を中心に29の温泉宿を展開する「湯快リゾート」が、2024年11月1日にブランド統合する。これにより、現在、両社が運営する全国66の施設は、すべて大江戸温泉物語系列のブランドに統一される。ただし、今回はブランド統合のみで法人の統合は行わず、施設の運営はこれまで通り、それぞれの事業会社が担う。

ブランド統合の狙いや、今後の事業戦略などについて、大江戸温泉物語ホテルズ&リゾーツ株式会社マーケティング部課長の梅村洋介氏に話を聞いた。

大江戸が高級化する理由

大江戸温泉物語は2001年の創業後、安価に泊まれる温泉宿というビジネスモデルを展開。経営難や後継者不足の温泉旅館を次々と買収して成長した。2015年にアメリカ投資ファンドのベインキャピタルに買収され傘下に入ったが、コロナ禍で集客が落ち込み、2022年にアメリカ投資ファンドのローンスターに売却された。

一方の湯快リゾートは2003年の設立。大江戸温泉物語と同様に低価格戦略を展開し、廃業したホテルを買収するなどして施設数を増やしたが、2023年に同じくローンスター傘下に入った。つまり、今回の件は、同じローンスター傘下の類似したビジネスモデルを展開する2つのチェーンの統合なのである。

【写真】大江戸温泉物語Premium伊勢志摩のバイキング、広々としたプレミアムラウンジ、ラウンジの外に設けられた「水盤デッキ」、リニューアルで新設された「和モダンルーム」など

大江戸温泉物語、湯快リゾートはともに、近年は単価を上げる戦略に舵を切っている。大江戸温泉物語について見ると、通常の大江戸温泉物語の施設(スタンダードシリーズ)をリニューアルしてサービス内容を充実させた「Premiumシリーズ」や、建物の内装やサービスをより高級ホテルに近づけた「TAOYA」ブランドを冠した施設を増やしている。一方の湯快リゾートも、「プレミアムタイプ」の施設を増やしている。

その背景について、梅村氏は次のように話す。「創業当初、大江戸温泉物語は1万円を切るような安価な温泉宿というビジネスモデルで業界に革命を起こした。しかし、昨今は競合するホテルチェーンが増えるとともに、物価も上昇している。また、安かろう悪かろうという面があったのも事実。お客様の目も肥えてきており、多少、料金が上がっても、清潔感のある施設のほうがいいというニーズに応えていく必要がある」。

ブランド統合後は、現在の湯快リゾートの施設も、改装する際には大江戸温泉物語のPremiumシリーズやTAOYAへとリブランドしていくという。以上が、これまで両ブランドが歩んできた経緯の概略だ。

関西圏では大江戸と湯快の知名度は、ほぼ一緒だった

では、今回のブランド統合には、どのようなメリットがあるのだろうか。まず疑問に思うのは、東日本では大江戸温泉物語の知名度が圧倒的であるものの、西日本では知名度のある湯快リゾートというブランドを消滅させるのは、果たして得策なのかということである。梅村氏に聞くと、この点については事前に調査を行ったという。

「関西圏において行った調査では、大江戸と湯快の知名度は、ほぼ一緒だった。また、大江戸と湯快はともにバイキング形式での食事を提供しているが、食事のイメージに関しては大江戸が勝っているという結果だった。これらのことを踏まえ、大江戸ブランドで統一したほうが、メリットが大きいと判断した」

さらに事業会社は別々ではあるものの、トータルで66施設に増えることで「食材等の仕入れ交渉などでスケールメリットを享受できる」ほか、「両社の強みを相互に採り入れることで、サービスの向上も図れる」(梅村氏)という。


大江戸温泉物語Premium伊勢志摩のバイキング(筆者撮影)

具体的にはまず、大江戸の強みである食事のノウハウを湯快の施設に展開する。大江戸では、ステーキ等の料理をその場で調理し、アツアツで提供する「ライブキッチン」というサービスが強化されている。また、TAOYAでは、夕食時のアルコール類やラウンジのドリンクをはじめとする館内のほぼ全サービスが宿泊料金に含まれ、財布を持ち歩かずに済む「オールインクルーシブ」というサービスを提供している(Premiumシリーズでも、ラウンジのドリンク等は無料)。こうしたサービスを今後、湯快の施設にも導入していく。

一方で、「湯快の最大の強みは簡素化された効率的なオペレーションだ。満足度を落とさないようにしつつ、湯快のオペレーションのいい部分を大江戸にも採り入れる」(梅村氏)という。

さらに利用者の視点に立って見ても、大江戸の施設をお得に利用できる「いいふろ会員」は、現行の37施設の倍近い66施設を会員価格で利用できるようになるなど、統合のメリットは大きい。

提供サービスは未完成

さて、筆者はこの原稿を書くに当たり、TAOYAと大江戸温泉物語Premium、それぞれに宿泊した。リニューアルされた施設に実際に泊まってみると、とくにハード面は、かつての大江戸とは見違えるように洗練されているのに驚いたが、その一方で課題も見えた。以下、2024年6月にリニューアルオープンした「大江戸温泉物語Premium 伊勢志摩」への宿泊体験を中心に記すことにする。

まず、大浴場やラウンジなどの共用施設について見ていく。大浴場は非常に清潔感があり、リニューアルに当たって「より開放的にした」(現地スタッフ)という露天風呂は、眼前に広がる海の景色を一望できるなど申し分なかった。


広々としたプレミアムラウンジ(筆者撮影)

ラウンジではビールを含むドリンク類や高機能マッサージチェアなどが無料で楽しめるほか、屋外デッキに出ると海に溶け込むような「水盤デッキ」が設置されているなど、高級感を演出するつくりになっている。


ラウンジの外に設けられた「水盤デッキ」(筆者撮影)

一方でリニューアルが、やや中途半端に感じられるのが客室だ。全83室のうち、今回のリニューアルで17室を、これまでの和室タイプからベッドタイプ(高さの低いローベッド)の「和モダンルーム」に改装した。この和モダンルームは、各地で進めているPremiumシリーズへのリニューアルの大きな目玉だという。

「近年は年配のお客様でもご自宅でベッドで寝られる方が多い。また、これまでのように大人数で宿泊されるお客様を定常的に取り込んでいくのは難しく、和モダンルームは、今後のボリュームゾーンとなる2〜3名で宿泊されるお客様をターゲットとしている」(梅村氏)


Premium伊勢志摩の宿泊料金は曜日や部屋タイプによって異なるが、リニューアルで新設された「和モダンルーム」(2〜3人部屋)は1泊2名利用時2万7000円前後〜。写真は「和モダンルーム」の4人部屋(筆者撮影)

和モダンルームは好評だというが、逆にいうと、残りの大半の客室はこれまでの大江戸と同じ和室タイプのままである(3室はリニューアル前から洋室タイプ)。「限られた投資額で、より多くのお客様にリニューアルの価値を享受していただくためには共用施設部分を優先する必要があり、どうしても客室の改装は後回しにせざるをえない」(梅村氏)とのことだが、せっかくきれいな大浴場やラウンジでくつろいでも、客室に戻るとがっかりするというのが正直なところだ。

バイキングにはご当地メニューが多く並ぶ

次に食事を見てみよう。元々、大江戸のバイキングは美味しいと定評があるが、Premium 伊勢志摩のバイキングで目を引いたのが、ご当地メニューの割合が多いことだ。郷土料理の「てこね寿司」や「伊勢志摩産あおさ海苔のかき揚げ」など、地元の食材を使った料理がバイキングに並んでいた。


バイキングには郷土料理の「てこね寿司」なども並んでいた(筆者撮影)

「各施設で統一したメニューを提供したほうが、コストメリットが大きく、今まではその部分を重視してきた。だが、お客様が求めているのはその土地ならではのもの。我々の強みであるバイキングスタイルで食べても十分に満足いただける、ご当地メニューをしっかりと開発していきたい」(梅村氏)

さらに夕食時に高級アイスクリームのハーゲンダッツがバイキングの食べ放題メニューとして提供されていたのには驚いた。原価的に問題ないのかと思い尋ねると、「お客様1人当たりの原価に均すと、そこまでの金額にならない。スケールを生かした食材・飲料の仕入れをコントロールできているのも我々の強みだ」(梅村氏)という。

こうして見ると、食事に関しては何も言うべきことがないように思われるが、梅村氏は次のように話す。「我々がTAOYAで提供しているオールインクルーシブサービスは、未完成だ。海外の高級リゾートのオールインクルーシブサービスは、複数のレストランで何回でも食べられるし、プールサイドなどでカクテル等のドリンクもすべて自由に飲める」。

そのレベルのサービスに近づけるならば、相当に単価を上げる必要があると思うが、「TAOYAの施設数が現状よりも増えると(現状は6施設)、スケールメリットを生かした、より完成したサービスを提供できる可能性がある」とする。

課題もあるがコスパはいい

実は、筆者が大きな課題だと感じたのは、これに関連する部分である。大江戸の各ブランドは、スタンダードシリーズが「普段使いの宿」、Premiumシリーズはワンランク上のちょっとしたぜいたくが味わえる宿、そしてTAOYAは「ゆったりと、たおやかに。」をコンセプトとした、大人が特別な日に利用するようなホテルを目指している。

だが、実際にTAOYAに泊まると、子どもが走り回っていたりするのを見かける。梅村氏は「TAOYAは、他社の同じ水準のサービスを提供しているホテルと比べると、コスパよくご利用いただけると自負している。だが、価格を抑えている分、ブランドごとのお客様のご利用シーンの棲み分け等が、きちんとできておらず、目指すブランドイメージと現実にギャップが生じている部分がある」とし、「今後、ブランド戦略をブラッシュアップする必要性は感じている」という。

そして、「我々がベンチマークとすべきホテルチェーンはいくつかあるが、その中でブランド戦略が上手だと思うのが星野リゾートだ」と明かす。

星野リゾートは、若者をメインターゲットとするカジュアルホテルの「BEB(ベブ)」、都市型ホテルの「OMO(おも)」、温泉旅館の「界」、そして最上位ブランドの「星のや」と価格だけでなく、利用シーンごとのブランドの棲み分けをうまく行うなど、ブランド戦略に長けている。ただし、こうしたことをやるには、ブランド価値に見合ったスタッフの採用・育成なども不可欠であり、言うまでもなく一朝一夕にできることではない。

大江戸温泉物語は、さまざまな面でまだまだ伸び代があるブランドだと思う。しかし、間違いなく言えるのは、PremiumシリーズであれTAOYAであれ、現状、そこそこの値段で比較的満足度の高いサービスが受けられるという意味で、非常にコスパのいい宿だということだ。今後、どのようなブランドの方向性を目指すのか、企画・運営スタッフも頭を悩ませながら前へ進んでいる。

(森川 天喜 : 旅行・鉄道ジャーナリスト)